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●燃ゆる炎、雷撃の龍
白い天井、強い消毒薬の臭い。
そして、身体中の、鋭い痛み。
目を覚ました竜王寺・珠子(5215)の頭を占めているのは、自分の身体の痛みよりも奪われた御神刀「九頭龍」の事だった。
(「取り返さなきゃ……あれを」)
魔を退治する一族の末裔、龍の宿る刀……それを頭から信じている訳ではない。
だが、あの刀を奪われたままいる事は、まるで敗北を認めたようで酷く不快だった。
「珠子、たーまーごー!」
「たまごって呼ぶな!」
ノックもなしに入って来たのは、赤羽根・灯(5251)だ。
珠子の親友でもあり、よき理解者である。
「ほんと、珠子らしくないよ? ちょっと待って――」
灯がほっそりとした指先を合わせて印を紡ぐ……朱雀の恩寵を受けている灯の身体から、温かな赤の光が零れ珠子に吸い込まれていく。
癒しの力を込めた、灯が得意とする術式だ。
「――どう?」
「うん、大丈夫……あー、よかった。バイトクビになるかと」
這ってでも行くつもりであった珠子は、体を動かし痛みが薄れている事を知る。
何処で聞きつけたのかは知らないが、灯が来てくれたのは純粋に嬉しい……だが、その瞳の奥に憤慨の色を感じ、少しばかり珠子は眉尻を上げた。
――無理はしないと、いいんだけど。
「それにしても、酷い! 目の前にいたら、ボコボコにするのに!」
自分の事のように悔しがる灯に、苦笑を返す。
「でも、灯。見かけても、手は出さないで」
「どうして!? 珠子は悔しくないの?」
「……悔しいけど、最悪の相手だけど。――強かった」
そう、ギルフォード(NPCA025)と言う敵は、単純に『強い』のだ。
汚い手段を厭わぬ、快楽犯罪者には倫理と言うものが欠落している。
鋭い横顔に、厳しい表情を浮かべる珠子を見、灯は唇を噛んだ――頭を下げさせ、謝らせたい。
友人をこんな酷い目にあわせておいて、敵は何処にいるのか。
「竜王寺さん、検診の時間ですよ」
病室の外から声がし、そして中に入ってきた看護師は笑顔のまま、面会時間の終了を告げる。
名残惜しげに珠子と灯は視線を合わせるが、仕方がない。
「じゃあ、帰るね」
「うん、ありがとう」
笑顔を返しながら、安堵と憤慨に灯は心を燃やすのだった。
●
暗い路地で、義手が鈍い光を放つ。
「随分、嫌われてるみたいじゃん?」
嗤いながら狙うのは、赤みがかった黒髪の女……ギルフォード(NPCA025)はコンクリートの壁に預けていた体を起こすと、腰に吊り下げた『九頭龍』へ視線を移す。
さて、今度の相手は楽しめそうか――?
爬虫類のような瞳を細め、ギルフォードは灯に向かって銃を向ける。
ズゥゥーン
パッ、と地面が弾けると同時に、不審そうな顔をする人々。
襲撃に気付いた灯は、直ぐ様印を紡いで撃ち抜かれた肩を治す。
――見られていた、と気付いたのは、今になってからだ。
このままでは、巻き添えを喰う一般人が多いだろう――自分一人、釣りだす為に、どんな手段だって使う。
銃撃の意味する処を知り、灯は駆ける……銃を向けるギルフォードの元へ。
印を紡ぎ炎を放つ、それをヒラリと避けたギルフォードは足に力を入れると重い蹴りを放った。
「きゃっ!」
咄嗟に身体を斜めに滑らせ、腕で受けとめる灯……至近距離で印を紡ぎ、炎を放つ。
「はっ、面白ぇ!」
渦巻く炎に向かってナイフを放ち、受け身を取るしかない灯を徐々に追い詰めるギルフォード。
(「こいつが……珠子を!」)
心に燻ぶる怒りの炎は、灯の動きを切れのあるものとし、合気道に見られる『小よく大を制す』の戦術を取る。
死角に入り込んだ灯の手刀が、ギルフォードの首に決まる瞬間――土色の顔をした快楽犯罪者の表情が、裂ける。
いや、裂けたかのように見えたのだ――紅く裂けた口から蛇を思わせるように、舌が蠢く。
おぞましさに、迷いが生まれた灯の手へと容赦なく斬りつけるギルフォード。
鮮血が飛び散り、痛みに灯の表情が歪んだ。
纏った雷に、肉は焼けて黒く染まる。
「そんなに喜ぶなよ……それにしても、この刀、いい拾いものをしたぜ」
鮮血を浴びて妖しく輝く――そこに、鮮血の呪縛で飛べぬ龍を、灯は見た気がした。
「それは、珠子の――」
「今は俺の……じゃあ、黙ってな」
ガッ!
「うっ!」
峰打ちだが、腹部に入った衝撃に息が止まる気がした。
髪を掴まれ、街灯の下へと引き摺られる。
カシャ、と無機質な音……カメラのフラッシュが光っている。
ぼんやりと其れを見つめ、灯は身体の痛みに呻くのだった。
●
ロックの激しいビートが、白すぎる病室内に流れる。
マナーモードにするのを忘れたな、と思いながら珠子は何気なく携帯を手に取った。
灯からのメールに、ざわつくものを感じながら添付された写真を開き、彼女は立ち上がる。
痛々しい傷の残る灯の姿、ロープで動きを封じられ捕らわれている。
「何、これ!」
震える手は状況がつかめないままの思考を放り出して、文面をディスプレイに映す。
――返して欲しかったら、倉庫街に来い。
「随分と――」
自分の声が震えているのがわかる。
だからこそ、珠子は叱咤するように拳を強く握り締めた。
「色気のない、誘いじゃない……」
革ジャンを羽織り、珠子は駆けだした――灯を助けなければ。
彼女は駆ける、指示された場所へ。
●
来たか、とギルフォードは九頭龍を手に、嗤った。
「灯は関係ないでしょ!?」
「あ? あんたが決めんじゃねー、俺が決めんだよ」
何処までも、人を馬鹿にした男だ……怒りに燃える珠子が、鉄パイプを構える。
適当に拾ってきたものだ、相手が相手、素手で戦うのは遠慮したかった。
「あんたが勝ったら、こいつを返してやるよ」
流れ弾で死ななきゃいーな、と笑いながらギルフォードの義手が裂け、ドドドドと機関銃のように銃弾を吐く。
それを踏み込む事でかわし、間を計りながら珠子は鉄パイプを構えた。
ギルフォードも同じく、九頭龍を構える。
「お互い、刀で勝負しましょう」
「いいぜ。じゃあ、俺から――」
ダッ、とギルフォードが駆ける、九頭龍を正眼に構え、雷撃を放った。
それを屈む事でかわし、九頭龍の斬撃をかわす。
刀を鉄パイプで受けとめる事はしない――九頭龍の切れ味は、珠子が良く知っている。
雷や嵐を呼び、魔を切り裂く『御神刀』を、ギルフォードは使いこなせてはいないようだった。
腕を掠めた雷撃は確かに、珠子に痛みを与えたが痛恨と言える程ではない。
刀に封じられた龍が、哀しげな呻き声を上げる……攻撃の隙に、珠子は鋭い突きを放った。
そのまま、背面を取るようにジリジリと後退し、肩を狙う。
キーン!
金属同士が奏でる音、義手を嵌めこんだギルフォードは、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ああ、つい、手が出ちまった。でも義手だし、いいよなぁ?」
カッ、と目の前が赤に染まる様な衝撃を受ける――分かっていた、ギルフォードと言う人物が、約束など守る訳がないと。
「本当……最ッ低!」
壁を蹴り、ギルフォードの頭上を狙い強襲をかける、雷撃で珠子を打ち抜こうとするギルフォード。
だが、雷撃の前に炎が爆ぜる。
「……うぅ」
擦り切れた手首を動かし、灯が真っ直ぐに二人を見ていた。
ギルフォードの視線が、一瞬、灯へと移り、そして――。
「てやっ!」
ガッ!
珠子の蹴りがギルフォードの手にした九頭龍を蹴り飛ばす、九頭龍へ向かって駆ける二人。
「うぅ――珠子!」
祈るように灯の声が響く、指先が九頭龍に触れ、そして――。
「残念だったな、はははっ!」
銀色の刃を突きつけたギルフォードが、珠子の首の皮を切っ先でなぞる。
赤い一本の線が刻まれ、悔しさに珠子は奥歯を噛みしめた。
このままでは、灯ともども、この狂人の餌食になるだろう……ならば。
(「本当に、あたしが『主』なら――あたしに力を貸して」)
呻く龍へ声をかけたのは、ただ単に『困った時の神頼み』と言うものだったのかもしれない。
「じゃあ、そろそろ殺してやるよ」
ギルフォードが上段に構えた九頭龍を振り下ろす――同時に鉄パイプで篭手払いを仕掛け、九頭龍の刃を掴み力任せに引き抜いた。
赤く滑る九頭龍の刃を握り、そして柄へと達した時、手の傷は鮮血を溢れさせたが九頭龍はまるで、珠子の手に戻るかのようにピタリと馴染む。
滑る筈の柄は、決してぶれない。
「やぁっ!」
キン、と響く金属音、そして二の動作に移ったのは珠子の方が速かった。
ギルフォードに袈裟斬りを仕掛け、ギルフォードは珠子に向けてナイフを放つ。
頬を掠めていくナイフ、そしてゴトリ、とギルフォードの義手が落ちた。
「……チッ、まあいい。今日は引き上げてやるぜ、じゃあな」
「逃がすか!」
追撃せんと九頭龍を構える珠子だが、ギルフォードがそれより速くナイフを灯に放つ。
「灯!」
「あばよ!」
駆ける、灯に手を伸ばし、そして九頭龍を振りおろし、雷でナイフを撃ち落とす。
――ギルフォードはその間に、義手を拾いあげると、夜の闇に消えたのだった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【5215 / 竜王寺・珠子 / 女性 / 18 / 少し貧乏なフリーター兼御神刀使い】
【5251 / 赤羽根・灯 / 女性 / 16 / 女子高生&朱雀の巫女】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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竜王寺・珠子様、赤羽根・灯様。
発注、ありがとうございました、白銀 紅夜です。
ギルフォードとの再々戦でしたが、如何でしたでしょうか?
九頭龍の扱いをどうするか……悩んだのですが、話の展開上この様な形になりました。
序盤のお二人のやり取り、そして戦闘と二つの面を楽しんで頂ければ幸いです。
では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。
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