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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


不穏の幕の向こう。

 最初からどこか、不審な事件だとは思っていた。とある殺人事件――それはもちろん、どんな殺人事件だって不審には違いないのだけれども。
 不自然なほど残された手がかり、だがそれを辿っていった所で忽然とその先にあったはずの手がかりは姿を消している。幾つも、幾つも。まるで最初から、それ事態が幻であったかのように。
 これ見よがしにばら撒かれた手がかりは、当初こそ警察本部に事件を楽観視させたものの、あまりの不自然さに早々にブラフであると気付かざるを得なかった。だがそこから改めて現場検証を試みたところで、すでに本来の手がかりなど消え去っている。
 となれば、事件はこのまま迷宮入りするかと、思われて。捜査本部にも諦めの色が濃く漂い始めた頃――逆にこの不可思議な殺人事件の真実を探ろうと、マスコミたちはこぞって調査に乗り出した。
 芹澤・篤美(せりざわ・あつみ)もまた、この事件の不自然さに興味を覚え、調査を始めた1人である。大学院の修士課程を終えた後、これと言って定職に就くでもなく、フリーの記者としてネタを掴んではマスコミ各社に売り込む――それが、篤美の生業だ。
 この不可思議な殺人事件の裏をつかめれば、これほどのスクープはなかった。それに何より、個人的な欲求として、謎の多い殺人事件の真実を知りたい――と願ってしまうのだ。
 だから、篤美は精力的に調査に乗り出した。まずは被害者の事を徹底的に調べ上げ、どんなに関係のなさそうな事に見えても裏を取る。そうしてどんな可能性も排除せず、あらゆる方向から検討に検討を、重ねて――

「すごい情報を掴んだんだ」

 篤美が、同じフリーの記者でもある友人を呼び出したのは、それからしばらく経ってからのことだ。場所は、都内某所の喫茶店――よく雑誌社との打ち合わせに使う店だ。
 この店の良いところは、それなりに入れ替わりが激しく、それなりに個々の座席が独立しているところである。店内の見通しもよく、それでいて互いの会話は耳を澄ませてもちょっとやそっとでは聞こえない。
 篤美の言葉に、友人は軽く目を見開いた。彼もまた、篤美と同じ事件を追っている1人だ。
 何かを言いかけて、注文のコーヒーを運んできたウェイトレスに気付き、口を閉ざす。「ご注文は以上でお揃いでしょうか?」というお決まりの文句に頷いて、コーヒーで唇を湿らせてから、友人は改めて口を開いた。

「例の件か?」
「うん。かなり大掛かりな事件だよ」

 そうして篤美が語って聞かせたのは、件の殺人事件の裏に隠された、とある政治家と某チャイニーズマフィアとの黒い関係。チャイニーズマフィアが起こした事件を隠蔽する見返りに、政治家には莫大な賄賂が渡っている――或いは、始まりは逆だったのかもしれないが。
 大掛かりな、そして底の知れない事件だった。これを徹底的に調査しようと思えば、篤美個人の手にはもちろん、ちょっとした調査班を組んだ所で手に余る。
 と言って、あまり大々的に動き回っては相手に、こちらの動きが知られて消されるかもしれない――それほどの、大物なのだ。

「それでオレに声をかけた、って訳か――良いぜ、乗ってやる」
「――危険だぞ?」
「承知してるさ」

 ニッ、と笑った友人にほっと息を吐き、篤美はさらに細かい情報を交換し、彼の知っている事と突き合わせて事件を整理していった。そもそもの始まりであった殺人事件から、そこへと繋がる道筋を1つ1つ、丁寧に。
 そうして、何かあればすぐに知らせる事を互いに約束して、別れた篤美がその違和感に気付いたのは、数日してからの事だった。どうも、篤美の後をつけてまわる何者かが居るように、感じられたのだ。
 心当たりは、幾つでもあった。その際たるものは、つい先日、友人にも協力を仰いで更なる調査を進めようとしていた、例のチャイニーズマフィアの件だ。
 決して相手に気付いた様子は見せぬよう、ちら、と眼差しだけで背後を振り返ったが、相手もなかなか尻尾を見せようとはしない。思いあぐね、篤美は心惹かれた服を見つけた素振りをして、ショーウィンドウを覗き込んだ。
 じりじり、焦る気持ちを抑えながらショーウィンドウを、そのガラスに映る自分の背後を、見る。笑いさざめきながら歩く通行人、篤美と同じようにショーウィンドウを覗き込むショッピング客、そして――

(居た‥‥ッ!)

 見るからにマフィアと思しき怪しげな男の姿に、篤美は心臓を鷲掴みにされたような恐怖を覚え、目を見開いた。とっさに振り返りたい衝動を、全力で堪える。
 このタイミングで、偶然とは思えなかった。思えなかったけれども、それでも偶然ということは考えられるのだから、こちらから怪しげな動きをしてわざわざ注意を惹いては、いけない。
 だから何気ない風を装って再び歩き出しながら、篤美は目まぐるしく考える。どこで己の存在が知られたのだろう。先日の喫茶店? だが周りには十分注意していたはずだ。調査の途上のどこかで、知らず、マフィアの目を引くような行動を取ってしまったのか。
 考えた所で解らなかった。祈るような気持ちで偶然であって欲しいと思う篤美の期待は、だが歩き続けるにつれてゆっくりと裏切られていく。
 カツ、カツ、カツ、カツ‥‥
 自宅へと続く道に、篤美と、篤美を追う男の足音が奇妙に大きく響いた。あちらはまだ、篤美が気付いた事に気付いては居ないのだろう、一定の距離を保ったまま後をつけてくる。
 このまま自宅へ戻るのは危険だろうか。ちらり、頭の隅で考えた。といってこの道は一本道で、逸れた所で良い逃げ道があるわけでもない。今から方向を変えるには、その思いつきは遅過ぎた。
 カツ、カツ、カツ、カツ‥‥
 どうするべきか――悩みながら歩く篤美の目に、見慣れた我が家が見えてきた。いつもならほっとするその光景に、だが紛れようもない違和感を覚えて篤美はつい、ギクリと足を止める――止めて、しまう。
 自宅を伺うように、身を潜めている怪しげな風体の男達。それは明らかに、自分の後をつけてきている男達の纏う雰囲気と、酷似していて。
 足を止めてしまったことで、あちらも篤美が自分達に気づいた事を悟ったようだった。それまで陰に潜むように表立って動こうとはしなかった男達が、明らかに篤美を目指して動き始める。
 その意図が、良からぬものである事は考えなくても、解った。解っていたからこそ篤美は、決してマフィア達には知られないよう、注意して動いていたのだから――

(まずい‥‥ッ)

 このままここに居ては危険だ。そう判断し、篤美はばっと身体を翻して、身も蓋もなく駆け出した。それにマフィア達が怒声を上げ、追いかけてくる気配がするが、構っては居られない。
 とにかく、逃げなければ。どこに逃げれば良いのかすら思いつかないまま、篤美は一先ず人の居る方へ、繁華街の方へと走り出す。
 と、角を曲がった所で誰かにぶつかりかけた。

「わ‥‥ッ!」
「おっと‥‥」

 声色からして老人らしい。避けようとして転びかけた所を、危うく踏みとどまった篤美は、老人に謝罪をしようとして追っ手の存在を思い出し、「すみません!」と言い捨てそのまま走り去る。
 とにかく、安全な場所へ。ああ、けれども――安全な場所なんて、一体、どこにあるんだ――?
 そんな、切羽詰った様子で走り去った篤美を、老人は、鳥井・忠道(とりい・ただみち)は目を細めて見つめた。ただならぬ様子が妙に気にかかる娘だと、思う。
 そんな忠道の横を、ついで、怪しげな男達がばたばたと走って通り抜けていった。行く先は、先ほどの娘と同じ方向――あの娘を、追いかけているのか。

「やれやれ」

 なってないねぇ、と嘯き、忠道もまた同じ方向へと歩き出した。まるで、夜更けの散歩でも楽しむような風情で。





 繁華街を目指した事に、明確な意図があったわけではなかった。ただ、とにかく1人で居るのは危険だと思った事と、賑やかな場所ならば相手もそうそう手出しはしてこないだろう、と漠然と考えたに過ぎない。
 幸い、篤美の自宅のある住宅街は、繁華街から程近かった。あちらこちらにマンションも立っていて、治安もそれなりに悪くはない――そんな場所。
 とはいえ近くにある繁華街はといえば、多くの繁華街の例に倣って、この町でシマを張るヤクザが介入している。だからそこもまた、決して安全な場所とは言い切れないのだが――少なくとも、1人で居るよりはずっと良い。そのはずだ。
 ハァ、ハァ、ハァ、ハァ‥‥
 走り通して、荒くなった自分の息に顔を顰めた。夜に沈む住宅街に、自分の呼吸音が酷く大きく響くような気がして、無意識に口元を押さえる。
 どこへ逃げれば良いのだろう。どこまで逃げれば、安全なのだろう。一体、どうすれば――

『居たぞ!』
『こっちだ!』
「‥‥ッ!」

 ふいに響いた声に、篤美は全身に緊張を張り巡らせて、忙しなく辺りを見回した。耳に届いた言葉は異国の物で、恐らくは予想通り、篤美の追っていたチャイニーズマフィアがこちらの動きに感づいたのに違いない。
 とっさに、目に付いた路地に飛び込んだ。その後を更に続いて駆け込んでくる足音に、もはや後ろを振り返る余裕もなく、ただ走る。
 幾ら日頃ネタを求めて駆け回っているとはいえ、篤美は女で、あちらは男だ。基礎体力の差は歴然としていた――しかもあちらとて、拳銃を振り回して獲物を追い詰めるだけが能ではないだろう。
 じりじりと、迫ってくる気配を感じる。もはや、自分がどこを走っているのかも解らなかった。ただ、闇雲に走って、走って、走って――

「く‥‥ッ!」

 行き止まりに入り込んでしまった事に、気付いて篤美は歯噛みした。マフィアもそれに気付いたのだろう、追いかけてくる足取りが緩やかに、余裕を持ったそれに変わる。
 戦うしか、ない。篤美はそう決意して、路地の壁を背に立ちマフィアへと向き直った。
 幸い、護身術が中心ではあるが、格闘技は収めている。それが果たして、どこまで通用するかだが――暗闇にも光るナイフの刃を見つめ、篤美はぎり、と歯を食い縛り。

『鬼ごっこは終わりだ、お嬢さん』
「ここは日本なんだから、日本語で言え‥‥ッ!」

 余裕を崩さないマフィアを相手に、篤美はとにかくこの場から逃れるべく、打って出た。――獲物を持つ玄人相手に、素手で素人の篤美に勝機があるとすれば、とにかく先手を打って不意をつく事だけだ。
 だが、それはマフィアも警戒している。おまけに圧倒的に、多勢に無勢だ。
 それでもこの場を乗り切らなければ、篤美は殺されるより、他はない‥‥!

「痛‥‥ッ!」

 誰かのナイフが腕を掠め、痛みに顔を顰めた。こちらはすでにふらふらなのに、相手はといえばまだまだ余裕があるようで、それが篤美を精神的に追い詰める。
 とにかく、何とかして逃げなければ。逃げて、逃げて、逃げて――でも、どこへ? どこまで行けば、逃げられる?
 先の見えない焦燥が、篤美の技を鈍らせる。それでも生きる為に戦わねばならないのに、その先の未来が見えなくて拳が惑う。
 諦めが、篤美の全身を支配しかけた、その時。

「いけねえな。兄ちゃん達」

 ふいに降って沸いた声が、その場の動きを止めた。篤美だけではない、マフィア達もまた突然の声に驚いたようで、動きを止めて背後を振り返る。
 そこに――先ほど篤美がぶつかりかけた老人が、居た。飄々とした風情で、にやりと笑って。

「女はもっと優しく扱うもんだぜ」
『なんだ、この爺!?』
『構わん、一緒にやってしまえ!』
「‥‥ッと、若ぇのは血の気が多くて困るねぇ」

 突然の乱入者を、とにかく片付けてしまえと襲い掛かったマフィアに老人は、忠道はやれやれと出来の悪い子供でもあしらうかのように、笑った。笑って、ひょいと肩を竦めて――次の瞬間。

「‥‥ッ!?」

 見ていた篤美は思わず、命の危険も忘れて目を剥いた。さして触れた様子もないのに、決して小柄ではないマフィアが軽々、子供のように地に転がされたではないか。
 一体、この老人は‥‥? 状況も忘れてまじまじと見つめた篤美を、忠道がちらり、見た。それにはっと気付き、篤美は慌てて体勢を立て直して、マフィア達へと向き直る。
 この老人が誰かは知らないが、好機に違いなかった。もしかしたら彼もまた、篤美を狙う一味なのかもしれないが――不思議と、そんな感じはしない。
 だからとにかくまずは目の前のマフィア達をと、篤美もまた格闘技を駆使して男達に襲い掛かった。先ほどは殆ど歯も立たなかった相手だけれども、老人の乱入で敵も混乱しているのだろう、篤美の技は的確に敵の急所を突いていく。
 形勢が逆転するまで、時間はかからなかった。自らの不利を悟ったマフィア達は、口々になにやら捨て台詞を吐き捨て、ほうほうの体で逃げていく。
 それは中国語で、やはり何を言っているかは解らなかったが、こういう時に口にする台詞などそれほどバリエーションはないだろう。篤美は大きく肩で息をしながら、マフィア達が路地から逃げ出し、姿を消すのを見送った。
 そこが、彼女の限界。

「さて、嬢ちゃん。大丈夫か‥‥ッと?」
「あ‥‥‥」

 同じく、マフィア達が去っていくのをじっと見つめていた忠道が、襲われていた娘の安否を気遣って声を掛けた途端、彼女は糸が切れたようにふらり、大きく身体を揺らした。慌ててその身体を抱き留めると、ぐったりとした重みが圧し掛かってくる。
 どうやら、完全に気絶してしまったらしい。幾度か揺すってもうんともすんとも言わない娘に、忠道はそう判断し――さて、と考え込んだ。

「放って帰ぇるわけには、いくめぇよ」

 何しろ、あの男達の事もある。今は上手く撃退したけれども、いずれ戻ってきてこの娘の息の根を止めるだろうことは、容易く想像出来た――あれはそういう目をした連中だ。
 だから忠道は、気を失った娘をひょいと姫抱きにして、さて、とまた考える。

「――車は、どっちだったかねぇ」

 実の所、表の顔である不動産屋として取引先との会合の帰り、待たせている車までのんびりと歩いている最中にこの娘を見かけ、追いかけてきた忠道だ。そこから動いていないか、気を利かせて忠道を追いかけてきているか――さて。
 ま、そのうち見つかるだろ、と。のんびり歩き出した忠道を、迎えの車が見つけ出したのはそれから10分ほど経ってからの事だった。





 翌日、目を覚ました篤美は見知らぬ場所に居る自分に気付き、強い困惑に目を瞬かせた。

「ここは‥‥?」

 どこかのホテルの一室かとも思う、洋風の造りの部屋。もちろん自分の部屋ではなく――けれども、仕事柄よく泊まるビジネスホテルのような類かといえば、それもまた違う。
 一体ここはどこだろうと、記憶を探ってみたものの、路地裏で男達を何とか撃退して以降の記憶がない。あれから無意識のうちに、どこかのホテルにでも転がり込んだのだろうか?
 そう考えてから、あの場に居た老人の存在に思い当たり、篤美は知らず辺りを見回した。決して贅沢ではない、品の良さを心がけたらしい設えの部屋のどこにも、その姿はない。
 とはいえ、あの状態で自分で動いた覚えがない以上、可能性があるとすればあの老人だけだった。篤美は手早く起き上がって自分の姿を確認すると、特に何もされた様子がないのにほっと息を吐いてから、慎重にこの部屋の唯一の扉へと近付く。
 ドアノブを回すと、あっけないほど簡単に開いた。かちゃり、響いた音に肩を跳ね上げ、息を詰めるようにしてそっと引っ張ると、扉は音もなくスムーズに開く。
 そっと首だけ出して廊下を伺っても、見える限りのところに人は居なかった。それに安堵のような、拍子抜けのような感覚を覚えた篤美は、ふと人の声が聞こえる事に気付き、身を硬くする。
 あの老人だろうか。それとも、篤美を追っていたマフィアのものだろうか。
 今更ながらその可能性があることに気付いたものの、ならば自分に監視がついてない事はおかしいと――それ以前に生かして捕らえる義理もないはずだと、考え直して篤美はそっと、そちらの方へと近付いた。足音を忍ばせ、そっと、そぅっと。
 それは少し先の部屋から聞こえてくるようだった。近付くにつれ鮮明になった声色は、どうやらテレビのニュースキャスターのものらしい。聞き覚えのある声に、このキャスターの番組なら今は朝か、と辺りをつけ。
 耳に飛び込んできた名前に、思わず目を見張った。

『今朝未明、○○町の路上で発見された不審な男性の遺体は‥‥さんのものと判明しました』
『‥‥警察では殺人事件の疑いもあると見て‥‥』
『‥‥さんはフリーのルポライターをしており、何らかの事件に巻き込まれたものと‥‥』
(なん、だって‥‥?)

 その名前。よく知った名前なのに、上手く聞き取れない――理解したくない。一体なぜ、こんな物騒なニュースの中に、あの友人の名前が出てくるのだ?
 気付けば篤美はその扉を開け、ニュースを食い入るように見つめていた。そうして、そこに映し出された被害者だという男性の写真が、数日前、喫茶店であったばかりの友人である事を確かめ――蒼白になる。

(私が‥‥私の、せいだ‥‥)

 なぜ昨夜のうちに思い至らなかったのだろう。自分がマフィアに襲われたということは、自分に協力して動いてくれた、彼もまた危険に晒されるのだ、ということに。
 否、解っていたはずの事では、あった。不用意に闇に手を突っ込むのがどれほど危険かは、自分も、彼だってフリーの記者として動いている以上、重々承知していたのだし、この話を振った時にだって篤美はちゃんと、警告した。
 ああ、でも。それでも。
 葛藤する篤美に、ちょうどニュースを見ていた忠道が、おぅ、と振り返った。

「目ぇ覚めたかい?」

 気さくに声をかけたものの、篤美は食い入るようにテレビ画面を見つめたままだ。ドアを握る指には力が入るあまり、真っ白になっている。
 ちらり、ニュースキャスターが感情のない声で読み上げ続ける殺人事件と、血の気のない篤美を見比べた忠道は、ふと真剣な声色になり、姉ちゃん、と声をかけた。ゆっくりと、眼差しがこちらを向いたのを見て――その眼差しをしっかりと見つめて、尋ねる。

「この兄ちゃんも、か?」
「‥‥‥私が、彼を殺したんだ」

 その言葉に、婉曲的に頷いた篤美に、そうかい、と忠道は眉を潜めて腕を組んだ。昨日の、篤美を追い掛け回していた連中を思い出す。
 中国語らしきものを喋っていた事から、この頃幅を利かせてしてきたチャイニーズマフィアの一味だろうとは想像がついた。恐らくこの娘や殺された男は、彼らにとってまずい情報を握ってしまったのに違いない。

「巻き込んでしまって、すまない。実は、私はフリーの記者をしていて――」

 そうして、何かを諦めたような表情になった篤美がぽつり、ぽつりと語った事情は、忠道の予想を裏付けた。チャイニーズマフィアと某政治家との、闇の結託。隠蔽され続けるマフィアによる事件。動く、巨額の裏金――
 なっちゃぁねぇな、と口中で呟く。何もかも、なってない。仁義って物がどこにもない。幾ら、極道とは道を異にするチャイニーズマフィアとはいえ――この日本で、しかも鳥井組の目と鼻の先でそんな仁義に悖る悪事を働かれたんじゃぁ、こちらの矜持にも関わる話だ。
 知らず、険しい顔になっていた忠道をどう思ったものか、恐らくはこの友人である記者もチャイニーズマフィアに襲われ、命を落としたのだろう、と締めくくった篤美は、諦念を浮かべた顔でかろうじて微笑を作った。

「このまま私がここに居たら、いずれあなたも巻き込む事になる。世話になった事は感謝する‥‥万が一ヤツラがきたら、私とは無関係だといってくれ」
「ちょっと待ちな。それを聞いちゃぁ、なおさら放っておけねぇ」

 言うだけ言って頭を下げ、くるりと背を向けて出て行こうとする篤美を、だから忠道は引きとめた。びくり、弾かれたように足を止めた篤美の小さな背中を、じっと見る。
 このまま彼女を放り出せば、遠からず同じような目にあってやはり、良からぬニュースで再会する事になる事は明白だった。忠道を巻き込むまいと――これ以上誰も巻き込むまいと思いつめているのは立派だが、些か、張り詰めすぎて悲壮ですら、ある。
 こんな娘を、このまま1人で放り出すなんざ、極道のすることじゃねぇ。忠道はそう思い、座んな、と顎をしゃくって自身の前のソファを示した。
 篤美が戸惑った気配が、する。それを眼差しで促すと、少し考えて、篤美は大人しくソファに腰掛けた。
 良い子だと、目を細めて忠道は頷き。

「良いかい、嬢ちゃん。ここは極道一家・鳥井組だ。――記者をしてんなら、聞いた事くれぇはあるかい?」
「‥‥‥ある」

 その言葉に、篤美はこくり、頷いた。この町で勢力を二分する極道組織、庭名会と鳥井組――それは、多少なりと闇の部分に踏み込まずには居れないフリーの記者にとって、知らずには居れない名だ。
 と、同時に、どうやら当面の命の危険はなさそうだと判断し、知らず入っていた肩の力が、抜けた。極道・鳥井組といえば仁義を篤く重んじ、むやみな殺生や暴力は避けて通ることで、業界でも有名である。
 すとん、と何かが抜け落ちたような表情になった、篤美に忠道は目を細めた。フリーの記者といえば、汚いものも見てきたのには違いないが、それでも己のタマをかけての追いかけっこは、彼女には些か酷だっただろう事は予想に難くない。
 なぁ、と告げた声色が、いささか優しく響いたのは、そんな彼女を哀れんだからであり、そのぎりぎりまで戦おうとしたことに敬意を表したからでも、あった。

「嬢ちゃんを追ってた連中と、言っちまえば同じ穴の狢だ。それで良いんなら、しばらくここに居ちゃぁどうだい? 昨日の怪我もまだ、治っちゃいねぇだろう?」

 その言葉に篤美は知らず、ナイフで傷つけられた腕をそっと押さえる。実際、言われるまでもなく篤美の腕は、きちんと手当てをされてはいたものの、僅かに動かすだけでも痛みが走る状態だった。
 意識を凝らせば、じくじくと痛んでくるような気のする傷を抑え、篤美はじっと瞳を閉じて、考える。――忠道の申し出を受けるか、否か。出て行くか、留まるか。
 だが――出て行くといっても、実のところ、篤美にあてなどありはしないのだ。あてがあればそもそも、あれほど逃げ惑い、追い詰められたりはしなかっただろう。
 ここを出て行くということは、またあてどもなく逃げ惑い、チャイニーズマフィアに怯えて暮らす日々が待っている、ということだ。ならば、ここに留まれば――?
 ふ、と瞳を開いて篤美は、忠道を真っ直ぐ見つめた。

「‥‥解った。あなたの、世話になる」
「――ああ、解った。好きなだけ居ると良いさ。ここに居る限り、あいつらには嬢ちゃんに、指一本触れさせやしねぇよ」

 そうして告げた篤美の言葉に、忠道は満足そうに目を細め、何度も大きく頷いた。それは面白い事に、心底篤美の決断に安堵し、喜んでいるようだった。
 否――驚くような事ではないのかも、知れない。極道とはいえ鳥井組は、仁義を掲げる組長の下、道理に悖らない行動は一切禁じられ、末端の組員に至るまでその精神を叩き込まれている、という噂なのだから。
 とはいえ極道だから、実際のところはどうなのか、正直疑わしいと篤美は思っていたけれども。どうやらこれは『本物』だと、篤美は思い、ちらり、テレビ画面へと眼差しを走らせる。
 ――ここに居れば少なくとも、追われず、落ち着いて冷静に考え、事態に対処する事が、出来そうだった。それに何より、ここに居ればいつか、あの友人の仇討ちをする事もできるかも、知れない。
 篤美のせいで、殺された友人。篤美が協力を要請したせいで、突っ込まなくても良い闇の事情に首を突っ込ませ、むざむざと死なせてしまった。
 ここに居れば、いつか――あの、篤美が殺してしまったも等しい友人の仇を討つ為の、力も手に入るだろうか。彼を殺した相手を見つけ出し、その報いを受けさせてやる事ができるのだろうか――
 そう、考え篤美はぎゅっと強く、腕を握った。そんな篤美を見守る忠道の眼差しは、痛ましく、そうしてどこか優しかった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢 /     職業     】
 8543   / 鳥井・忠道 / 男  / 68  /  鳥井組・三代目組長
 8604   / 芹澤・篤美 / 女  / 28  / 鳥井組・事務兼会計監査

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

組長さんとお嬢様の、出会いの日の物語、如何でしたでしょうか。
鳥井の皆様は、実にいろいろなご事情があられて、組長さんの下にやって来られているのですね――というか、組長さん、実は天然たらs(ターン
いつか、お嬢様が本懐を遂げられる日が来られることをささやかにお祈りしつつ、いつでもリテイクはお待ちしております、と小心者ゆえにそんな定型文で結びの言葉とさせていただきます(土下座(何

組長さんとお嬢様のイメージ通りの、出会いの瞬間を振り返る大切なノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と