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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.5 ■ 思惑-T







「その質問は、一体何に対してしているの?」白衣を着た女性が武彦を見てクスっと小さく笑いながら呟いた。「何故虚無の境界の研究機関に私がいるのか? それとも、何故私が生きているのか?」
 扉を開いた先、研究室の様な場所にいた一人の女が武彦へと歩み寄る。
「…柴村、どういう事だ…!」武彦が女性を見つめたまま力無く声を搾り出す。
「…“相沢 馨(あいざわ かおる)”。エヴァの生みの親であり、A001のクローンシステム構築の研究者よ」百合がそう答える。
「無駄よ」馨が百合の言葉の後で口を開く。「その子は私と武彦の事については何も知らないわ」
「…知り合いなの?」馨の言葉を聞いた百合が武彦を見つめる。
「…虚無の境界と勇太を巻き込んだ大きな戦闘が起こる前の話だ。…IO2のエージェントとして馨が虚無の境界の潜入捜査を行っていた」武彦が深呼吸をして小さく言葉を紡ぎだす。「そして、数ヵ月後、勇太を巻き込んだあの戦闘が終わり、俺は数名のバスターズと共にある虚無の境界の持つ施設へと攻め込んだ」
「その時の目的は、恐らく虚無の境界の研究施設の破壊と、潜入捜査員である私の救出」馨が静かに口を開く。「でも、虚無の境界にIO2の潜入捜査員だと知られた私は、睡眠薬を飲まされ、この身体を改造された…。百合ちゃんと同じ、欠陥状態の霊鬼兵となったのよ」
「―ッ! …成る程。だからアナタはここでこの身体の改善を研究しているのね」百合が驚きながらもそう呟くと、馨は微笑んで答えた。
「…そんな事にも気付かなかった俺達は施設を爆発させ、馨を救出して無事に任務を成功させようとしていた。その時、馨がバスターズを撃ち殺し、俺に銃口を向けた…」
「…でも、洗脳されていても武彦だけは撃てなかったわ…。武彦が私に必死に呼び掛けてくれたおかげで、私にかかっていた洗脳は解けた…。そして、武彦にあるお願いをしたのよ」馨が百合に向かってそう告げた後、武彦を見つめる。「『こんな身体になってしまった私は、いつ洗脳が戻って仲間達や貴方に襲い掛かるか解らない。それに、この身体は普通の銃じゃ死ねない…。お願い、武彦。私は大事な人をこの手で傷付けたくない。だから、せめて、貴方の手で私を殺して。武彦』」
「―ッ…」武彦の顔が一瞬歪む。
「…武彦の放った銃弾は、私の心臓を綺麗に撃ち抜いた。呪物である銃のおかげで、再生能力も届かない程に」
「…そうだ。お前はあの時、確かに俺が…! なのに、何故生きている…!?」
「次に目が覚めた時、私はこの施設にいた。私の命を繋いでくれたある人によって洗脳は完全に解除してもらった。それでも、特殊な薬剤がないと生命を維持出来ない私は、貴方の元へ帰る事も出来ず、ここで彼の研究に協力しながら生き永らえてきた…」
「…ディテクター。その馨の言っている男こそが、さっき話した“宗”という男よ」百合が口を開く。
「…武彦」馨が武彦の身体を抱き締める。「外との連絡を取れないせいで、貴方に生きている事を告げられなかった…。ごめんなさい…」
「…馨…」








――

―――






 ―翌日、IO2東京本部。
 勇太と凛、それにエストの三人が鬼鮫に連れられて東京本部の中で続いている廊下を進んでいく。何となく見た事がある様な、そんな慨視感に襲われながら勇太もそれに続いていく。テレパシーを使って周囲の思惑を探ろうと企む勇太に向かって鬼鮫が不意に口を開いた。
「言っておくが、能力の館内使用は禁止だ。敵対行為と見なされ、強制的に眠らせて連れて行く事になるだけだ」
「わ、解ってるよ…」とは言いながらも、突然の鬼鮫の言葉に驚いて勇太は慌てて返事をしていた。
「それに、ここでの能力使用はリスクが大きいんです」凛が続ける様に口を開く。「脳波を妨害する音波が出ているので、能力使用をした能力者はその制御が出来ず、自らの能力に苦しむ事もあるそうですので」
「げ…それを先に言ってよ…」勇太が思わず呟く。いざとなったらテレポート、とはいかないらしい。「って事はさ、能力者の能力って脳が関係しているって事?」
「理論上はそうなるそうですが、私にもいまいち詳しい事は…」凛が言葉を濁す。
「そういう事になっているな」鬼鮫が言葉を挟む。「脳波だけが能力発生の引鉄にはなり得ないらしいが、結局は脳が命令を出す事に変わりはない。なら、そこを抑えるだけの工夫をしていて無駄にはならない」
「へぇー、鬼鮫って脳筋なのかと思ってたけど、案外博識なんだ…」
「思考がだだ漏れだぞ、小僧」
「あ、すいません…」
「IO2に所属するには様々な心理テストや肉体テスト、それに知識が必要になる。少なくとも、資質こそあっても凛はそれらをクリアして正式にIO2に所属した。資質だけで戦っているおまえとは違う」鬼鮫が勇太にそう告げ、足を止めて目の前にあった扉を軽くノックした。
「どうぞ」
 中から声をかけてきたのは一人の女だった。鬼鮫が返事を聞いて扉を開ける。
「連れて来たぞ」
「ありがと、鬼鮫」女が振り返る。
 室内には長い楕円上のテーブルに椅子が等間隔に置かれ、入って右手にある壁には大きなモニターが飾られている。にも関わらず、各席にも小型のモニターが取り付けられている。さながら映画やドラマの中の巨大な会議室の様な造りに、思わず勇太がキョロキョロと辺りを見回す。
「どうぞ、その辺りに座ってちょうだい」大人の女性、とでも言うべきだろうか。女が勇太達にそう促す。勇太達が椅子に座ると、女が向かい合う様に椅子に腰かける。
「初めまして、工藤 勇太クン」
「あ…、アンタは…!」
「IO2、科学研究部門の統括管理官、“相沢 楓(あいざわ かえで)”です。ディテクターと鬼鮫から貴方の話しは聞いているわ」柔らかい物腰で女が告げる。「…どうしたの?」
 楓と名乗る女が勇太の態度を見て尋ねる。勇太はある事を思い出していた。凰翼島で、武彦の記憶を見た時にいた女性。その女性と瓜二つの顔をしている。
「…撃たれた人…じゃ…?」
「…ッ! …それは私の双子の姉、馨の事ね…。感応能力で見てしまったのかしら?」
「あ、すいません…」
「良いのよ。もう五年も前の事だわ。ディテクター…、いえ、武彦から全て聞いているわ」
 楓と勇太のやり取りに、エストと凛が思わず首を傾げる。
「恨んでますか…?」勇太がふと楓に向かって尋ねる。「その、草間さんの事…」
「…最初は、ね。彼を恨まないと、気持ちのやり場がなくておかしくなりそうだった…。でも、今は感謝しているわ。彼が姉さんを撃たなければ、きっと姉さんはもっと苦しい思いを…」楓の言葉が途切れる。「ごめんなさい、私情が混ざった会話になってしまったわね」
「あ、いえ、俺の方こそ、変な事聞いてすいません…」
「気を取り直して、本題に入りましょう」楓がニッコリと微笑む。「実は、虚無の境界で今、貴方のクローンを作り出すという研究が行われている可能性があるの」
「クローン…!?」凛が思わず声をあげる。
「正確には、貴方の遺伝子を利用したクローン霊鬼兵隊だと思われるわ」楓が言葉を続ける。「今回貴方をここに匿い、同時に我々はそんな事が本当に可能なのかどうかをテストしたいのよ」
「お言葉ですが、相沢管理官。それはテストとして生命を作り出すと言う事でしょうか…?」凛が口を挟む。
「生命ではないわ。脳と似た組織を持つ媒体を作り出して能力の使用が可能かどうかを調べるのよ」楓が静かに答える。「勇太クン。貴方の過去は我々も把握している。こんな事に手を貸したくない気持ちは解るわ」
 楓が声をかける。勇太は確かに表情を青ざめさせながら、俯いていた。
「でもね、勇太クン。これがもし本当に成功してしまったなら、貴方は自分の分身の様な存在達と戦い、殺さなくてはならなくなる。そうなる前に、可能かどうかを実験すると同時に、その研究施設を押さえる必要があるわ。生み出される前に、ね」
「…解った…。協力する…」







―――

――







「武彦、私はここでこのクローン研究を完成させない様に進展させながら、私や百合ちゃんの身体を改善させる研究を続けて誤魔化してきた」馨がそう言って、言葉を続けた。「だから、絶対に楓にA001の細胞を渡さないで」
「楓に? どういう事だ?」
「私より頭の回る楓が、本物のクローン研究を完成させないとも言い切れない…。あの子はきっと、私の死で虚無の境界に復讐を企てる…」
「そんな事、言い切れない―」
「―私だったら、そうするわ」馨が武彦の言葉を遮る。「あの子と私は一心同体だった。だからこそ、私はそれが怖い…」




 それぞれの思惑が、武彦と勇太を巻き込む様に動き出していた…――。



                                                to be countinued...