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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ あの日あの時あの場所で……【回帰・8】 +



「あら、このご飯美味しいわ。でもあたしがあまり箸の使い方に慣れていないのが難点ね」
「僕達は和食より洋食の方が好んで食べるからね。気を使ってフォークなどを持って来てくれたここの宿の方々には感謝するよ」
「カガミー、工藤さん飲んでるー?」
「こら、勇太に酒回すな! コイツにはジュースしか駄目だっつーの!」


 スガタが俺へビールを注がれたコップを握らせようとしたので反射的に受け取りそうになるが、その前にカガミがさっとそれを奪い取り釘をさす。するとスガタはそれでやっと俺が未成年である事を思い出したらしく、ぽんっと両手を打ち鳴らす。
 その後ろでは黒髪では有るものの明らかに日本人離れした容姿を持つミラーとフィギュアがほのぼのと出てきた郷土料理を食べていた。――スプーンにフォーク、それとナイフを使って。
 そんな二人の様子を何故だかほのぼのと見つつ、俺は改めて握らされたオレンジジュースの入ったグラスに口をつけ、有り難く喉を潤していた。


 さて話は二時間ほど前まで遡る。
 自分達が知り合いである事を仲居さん伝いに聞きつけてくれた女将さんが、「ご夕食は一緒のお部屋でお取りになられますか?」と俺に訊ねてくれた事が始め。
 別に問題もなかった為その案に乗せてもらった俺は、人数の都合上部屋の広かったスガタ達が取った部屋の方に夕食を運んでもらう事にした。
 ちなみに彼らの部屋は真ん中を襖で仕切る事が出来、男女で泊まるには適した部屋である。
 そんなスガタ達の部屋に資料の整理や風呂等を済ませてから改めて集合したのが三十分程前の話。
 訪れた時には既に五人分の食事が運ばれ、かつ綺麗にお膳が並べられておりちょっと感動したものだ。ちなみにその時にフィギュアが「お箸の使い方が分からない」と発言した事により、仲居さんはフィギュアとミラーを完全に海外の人間認定したらしく彼らのお膳にはスプーンなどが並べられた。


 正直この流れには今まで張っていた気が抜けるのを感じたが、まあ良いかと俺は思う。
 風呂に入り、浴衣に着替えた俺とカガミは他の三人と対面する形で並んで座り、そして今に至る。


「おや、君はお酒が飲めない年齢だったっけ。忘れそうになるね」
「んー……未成年だからなぁ」
「この国くらいだよ、そこまで厳しく律しているのは。まあ、飲めないなら仕方がない。残念だが君の分にと頼んだ果実酒は僕が美味しく頂こう」
「はぁ? って、ええ!? ミラーが俺の為にだって……!?」
「そう、君が落胆する様を見たいがために」
「――……ミラーの意地悪」
「なんとでも言ってくれて構わないよ」


 ちょっと「ミラーってばやっぱり俺の事嫌ってない! なんかちょっと優しい!」と感動してしまったのに、……。返せ。この俺の心のトキメキ!!


「ときめいたのかよ」
「ぎゃー! カガミに心読まれた!」
「あーあ……俺ぷちしょっくー」
「今の流れでなんでカガミがショック受けんだよ!?」
「他の男にときめきやがって、浮気者」
「まあ! 浮気はいけないわ。めっ!」
「フィギュア……もしかして酔っ払ったのかい」
「え? そんな事ないわ。この程度では酔わないわよ」
「――頬を赤らめる君も可愛いから良いけどね」


 カガミは明らかにからかっての言葉を吐いてくるがそこにフィギュアが乗ってきた。
 その頬はほんのり赤く、手には俺が飲めない果実酒が入ったグラスが握られており、自分では否定してみてもフィギュアがちょっと酔っている……というよりも普段より気分が良くなっている事は一目瞭然。
 フィギュアに「めっ」された俺はそんな彼女の様子も愛らしいと思うが……それを口にする事はない。なんせ、傍にいるミラーが怖いので。


「で、スガタは此処に来る予定がないって言ってたけど、それならミラーとフィギュアが此処に来る用事があったって事になるよな。一体何の用だよ」


 そろそろ食事も終わり、皆あとは飲むだけという状態になった頃合を見て俺は本題を口にする。
 ほろ酔い気分になっているところに持ってくる話題ではないけれど、それでも重要だと判断したし、俺も彼らの目的が早く知りたかった。
 するとミラーがすぅっと目を細め、俺へと視線を向ける。その隣ではフィギュアが甘えるかのように彼の肩に寄りかかり静かに目を伏せた。


「行き詰った君に情報を提供しようかと思ってね」
「――な、んだって?」
「此処に来て君は限界を悟ったはずだ。能力を使わずして求めるものを得る事の限界を」
「……」


 図星、だった。
 普段ならば結構好き勝手に自分の力を使って無理やり引き出している情報も今回は能力に制限を掛けている以上、もう俺の手では行き詰ったと正にその言葉しか当て嵌まらないところまで来ている。実際、あとは例の神社に行くくらいしか思いつかなかったのだ。
 そこにミラーからの言葉は甘い蜜のように耳に届き、そして俺は寛いでいた足を寄せ、無意識に正座し気持ちを整えた。


「君は情報が欲しいかい?」
「欲しい」
「それと引き換えに君は今度何を差し出す」
「――!? そ、れは……」


 記憶探しに記憶を渡す事は出来ない。
 彼らとの取引は等価交換だ。情報には情報。俺が有している情報は当然『記憶』が妥当となる。俺は唇を噛み締めながら考えた。
 渡せない。
 今渡したら今度こそ俺は駄目になる。重要な記憶、今大事にしたいもの。それは隣に居る――。


 ところが、そこに甘いねだり声。


「ミラー、あたしね。果実酒をおかわりしたいわ」
「じゃあ、取引材料にそれを要求してみようか」
「――は……はい?」
「フィギュアが果実酒を飲みたいんだそうだよ。それ一本や二本分くらいで得られる情報なら安いものじゃないかな」
「そ――それでいいのかよっ!?」
「今回の情報は割りとありふれた情報だから、元々高くつける気もなかったしね」


 「だからいいよね?」と笑いながら、ミラーはスガタに内線で追加注文を頼んでくれるよう声を掛ける。もしかして遊ばれたのだろうか。額に手を当てつつ、俺は呆れた様に深い息を吐きだしながらもミラーの要求を飲む事にした。



■■■■■



「深層エーテル界?」
「そう。『集合的無意識』とも人は言うかな。かの昔、有名な心理学者であるユングが説いた言葉にそう呼ばれるものがあって、それを世界化した場所だよ」
「ユングは名前しか知らないから詳しくないけど……」
「ではユングではなく、深層エーテル界について説明しようか。個々の精神世界の最下層のさらに奥は、すべての生命体はその昔、一つの生命から生まれたようにすべてが一つに繋がっている」
「俺達の意識が繋がってるって?」
「そう、動物も植物も人間も全ての意識が――だ。その精神世界を深層エーテル界と呼ぶ」
「深層エーテル界……」
「ユングが説いたのは全ての生き物――特に同種族が同じ行動を何故行うのか、そこには無意識に働く精神的な何かの作用があるからだと……そう言う事だったかな。大災害の前に何かを察知して多くの者が破壊的な『夢』を同時期に見たりする事も過去の例ではあったそうだよ。そういう点で人は深層意識で繋がっていると信じられており、実際僕らの存在を考えるとそこに繋がるよね」
「ミラー達の存在……?」


 俺の呟きにカガミが顔を顰める。
 スガタもほんの僅かに困ったような笑顔を浮かべた。


「まあ、今は僕らの事は置いておいて話を続けよう。僕が話したいのは君が行えばいいのではないかというただのアドバイスだ」
「……う、うん。それで?」
「深層エーテル界には当然膨大な量の精神があり、当然ながらそれに相当する情報がそこには存在する。君はそこに潜り、欲しい物を探ってくればいい」
「――危険だ! 俺は反対する!!」
「カガミが口を出す問題じゃないよ。僕はただそういう方法があるという事を彼に教えているだけだからね。選ぶのは僕じゃない、まして君でもない。――工藤 勇太(くどう ゆうた)という個が選択すべき事だ」


 ミラーは先程注文したばかりの果実酒の瓶を傾け、フィギュアと自分二人分のグラスに酒を注ぎ込む。
 この場で一番『情報』を持っている彼が言い切った――その瞬間、カガミはぐっと息を飲み込み、ふいっと顔を逸らす。言い返せない悔しさからか、ビールを煽り飲む様子が痛ましい。
 更にミラーはグラスを己の口につけ、喉を潤しながら話を続けた。
 逆に俺はといえば何かを飲む事すら忘れ、必死にミラーの言葉を記憶する事に必死だった。


「君は母親の精神世界に潜る事を思い付いた。それは確かに近道だ。潜る目的も場所も絞られている分、正しく相手の精神から情報を得る事が可能だろう。しかしそれでは潜った者も潜られた者も後々互いに影響を及ぼす。つまり危険性が高い」
「カガミはそれをした場合、母さんが悪化する可能性があるって言った」
「その通り。最悪の場合、死ぬ可能性もある」
「でもその深層エーテル界は違うのか? 誰も傷付けずに情報だけを得る事が出来るなら、俺は――」
「物事を得るためには相応の危険は付きものだよ。残念ながら誰も傷付けずに――というよりも潜った者の安全までは僕も保障しかねる。下手をすれば情報の多さに潜った張本人が吸収及び同化を求められ、自我を失う可能性が高い。更に深層エーテル界は『意識あるもの』全てが存在する世界。そこから個を探し出すのは砂粒の中から一粒の砂金を探し出すより難しい。自分が飲み込まれるのが早いか、探し出す方が早いか――考えるまでも無く前者だろうね」
「じゃあ、どうすれば――!!」
「……縁(ゆかり)を探しなさい」


 ふぁっとあくびを漏らしながらフィギュアが口を開く。
 酒が入って眠気が来たのだろう。しかし彼女はミラーに寄りかかったままでも全ての話を聞き、そして『理解』していた。忘れてはいけない。例え彼女が物事を長く記憶出来ない人物でも、彼女が『案内人』であり『情報屋』である――その事実だけは変えられないのだから。


「深層エーテル界で特定の人物の思念を探す場合、その人物に縁のある地もしくは縁のある物を握り締めて潜るの。そうしたら共鳴するかのように思念と縁は糸を結び惹き合うわ。危険性も大分軽減する」
「縁……の、あるもの?」
「探しなさい。本当に貴方が本気で何かを得たいというのなら――貴方の母親に結び付く縁(ゆかり)を」


 ミラーの肩を押し、彼女は自力で上半身を立たせる。
 その頬はやはりほんのりと赤らんでいたけれど、口調は決して酔った人間のものではなかった。そして俺を見つめてくる彼女の黒と灰色のヘテロクロミアも決して――。


「有難う」


 俺は礼を口に出す。
 行き詰った俺に出来た更なる選択肢の道に心から感謝を込めて。


「有難う、二人とも……」
「まだ先は長い。ゆっくりと選択する事をお勧めするよ。――さてフィギュア。今日はもう寝るのかい。隣の部屋に布団が敷いてあるからいつでも眠れるよ」
「……ん、寝るわ。おやすみなさい、<迷い子(まよいご)>」
「おやすみ、フィギュア」
「――明けない朝は無いわ。いつかきっと貴方は選び抜くでしょう。その結果をあたしは自分の目で見れることはないかもしれないけれど、機会があれば教えてね」


 ミラーがフィギュアを抱き上げて襖で仕切られていた隣の部屋に敷かれていた布団に彼女を寝かせる。さぁっと空気が一瞬変化する気配がし、次の瞬間にはフィギュアは女性用浴衣に身を包んでいるのが分かった。やがてミラーに頬や額を撫でられたフィギュアは瞼を下ろし、夢を見るかのように意識を沈めていく。


 そして俺はと言えば縁(ゆかり)という言葉に心を占められ、暫くの間誰からの言葉にも返答する事せず考え込む事にした。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、八話目です。
 深層エーテル界、精神世界のお話は個人的に好きなので、うきうきしつつ書かせて頂きました。ちゃっかり、前半の宴会も楽しく……!!
 ちなみに情報料云々はミラーの虚勢です。
 本来は以前の取引が正しく行われていないため、ミラーは何も要求する事は出来ない立場ではありますが、姿勢を変えず対面する事が一種の「信頼」に繋がるかなと試みてみました。
 今後工藤様がどういう選択をなさるのかは分かりませんが、新たに出来た道も踏まえ、前進する姿を見れることを楽しみにしております。
 ではでは!