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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ あの日あの時あの場所で……【回帰・9】 +



 その夜、俺は一人で考え事をしたいとカガミ達に一言述べてから部屋を出た。
 フィギュアは既に就寝、ミラーもそんな彼女の傍に寄り添っているのだから二人が俺を追いかけてくることはない。
 自分が取っている部屋へと移動してから窓へ出て、そこからタンッと飛び上がり、屋根の上へと出て夜風に当たる。夏場であるというのに夜というだけでやや冷えた空気が纏わりつき、ほんの少しだけ頭をすっきりさせてくれる気がした。


 深層エーテル界。
 ミラーとフィギュアに教えて貰った多くの人々の精神が集う――自分でも意識していない場所にある精神世界。そこに潜り、意識あるもの全ての中からたった一つの情報を探し出し、自分の望み通りの記憶を得る……そういう選択もあるのだと彼らは教えてくれた。
 だけどそれは非常に危険の高い行為で、潜った者自身の自我が逆に深層エーテル界に奪われる可能性がある。


「工藤さん」
「……スガタ」
「これからどうするんですか?」


 俺と同じように――否、彼は空中から自身の姿を登場させ屋根の上へと足先を下ろした。
 もう彼がどういう登場の仕方をしようと気にしない俺はただ彼が現われたという事実にだけ着目した。カガミではなく、スガタがやってきた事……そこにどんな意味が含まれているのか……それが気になって。


「俺、深層エーテル界に行こうと思う」
「それはもう貴方の中で決定された事項なんですね」
「うん」
「じゃあ、僕からはもう何も言える事は有りません。ただ、一つだけ聞いて貰ってもいいですか」
「何?」
「カガミの事です」
「カガミのこと?」


 スガタの姿が雲に隠れがちな月光に照らされ、逆光となり、黒さだけを際立たせる。その中でも蒼の瞳だけが浮き上がって見えて、俺はその瞳の中にカガミの面影を見た。
 カガミとスガタは誰が見ても「対(つい)」だ。
 互いに向かい合った虚像。
 だけど実体があり、互いに個別意識のある存在。
 しかし彼らは誰よりも互いを理解し、繋がりあってしまう。
 そんなスガタが話したいと言う。
 母親の件を除いて俺が今一番気にしている存在の事を――。


「カガミはね、工藤さんの事本当に好きなんですよ」
「あ、……うん。それは嬉しいと思う」
「だから今回、能力の使用なしで完全なる記憶の復活など出来ないと最初から判っていても――貴方に付いていくのだと彼は言った」
「え?」
「無理だと僕らは知っていたんです。人智を越えた力で奪われたものを何の力も使わずに取り戻す事など出来ないのだと」
「じゃあ、どうして、カガミは――!? そんな事一言も言わなかった!」
「知っていても尚、彼は可能性に賭けた。もちろん、この世の中には完璧などありえない。もしかしたら工藤さんが何も能力を使わなくても、周りの環境や関わってきた人達によって影響される可能性は有りました。でも、完全に記憶を取り戻すのは――」
「それは絶対に能力の使用無しじゃ出来ないって……カガミは最初から知っていたんだな」


 こくんっとスガタが頭を頷かせ、俺は溜息を一つついた。
 本人に確認を取っているわけじゃないからスガタが言っている事が真実かどうかは判断出来ない。けれど、スガタが嘘を付いてもなんのメリットもないことを俺は知っていた。


「カガミはね、工藤さんにはあくまで人間でいて欲しいんです」
「? どういう意味?」
「記憶を取り返す方法は幾らでも本当はあります。でもその方法は決して『人間』では成しえない。カガミはね、人智に超えた世界に触れることによって『人間離れ』していく事を望まない。でもその事は決して彼の口からは直接工藤さんに伝えられる事は有りません。少なくとも貴方が行く道を完全に塞ぐような真似は僕らには出来ない」
「人間離れ、か。確かにそうかもしんない。俺は自分が能力者っていう時点で結構酷い落ち込み方をしてたもんな」
「工藤さんの能力を否定するつもりはもちろんありません。その能力があってこそ、工藤さんという存在が成り立っているんですから。……でもね、否定はしないけれど心配はするんです。特にカガミは工藤さんが人間として何の能力も使用せず行き詰ったとしても、そこから先の道は作るつもりだったようですし」
「――え」
「案内人ですからね。もしも貴方が駄目だと思い込んでも、僕らは道を示します。今回の件が済むまでカガミは決して工藤さんを見捨てないし、ずっと傍にいるつもりですよ」
「うわ……マジか」
「それが工藤さんにとってどう受け取られるかっていうと話は別ですけどね」
「いや! すっげー嬉しいっ! ホントに……ホントに、さ……」


 急に胸が温かくなり、俺は一気に多幸感に包まれる。
 カガミは自ら自分の気持ちを明かそうとはしない。それは判っていた。俺が俺の道を歩くために必要な事で、彼の感情に左右されてはいけないと知っているからだ。だけど旅を一緒にすると言ってくれたことの真意がそれならば――。


「俺部屋に戻る! 教えてくれてありがとうな!」
「あ、工藤さん!」
「ん?」
「今回の旅――帰って来たら『彼女』が笑っていたか教えてくださいね」


 『彼女』、それは一体誰を示しているのか。
 俺の知らない世界を生きる案内人達の触れる人々の中にきっとその人は居て、俺は多分その人ともう出会っている。だからこんな言い方をされたんだろう。全ては記憶を取り戻した先にあると、スガタはそっと示唆するように。


 俺は笑って片手を上げ、それに肯定で答えた。
 この旅がどんな終結を迎えるのか――それとも此処が始まりなのかもわからないけれど俺は行く。
 部屋に戻るとそこにはカガミは二組敷かれた布団の片方に潜り込んで眠っていた。その枕元に立ち、俺はしゃがみ込みながら彼の顔を覗き込む。瞼を伏せられた顔。眠っているのか、息はすよすよと定期的に浮き沈み、胸もそれと連動するように動く。


「俺、絶対帰って来るよ」


 眠っていると思われるカガミに向かって俺は言う。
 カガミが起きたらちゃんと話をしよう。彼特有のヘテロクロミアを見つめて、俺は見つけた道を……決意を口にしよう。
 でも今は。
 この時だけは。


「いつも気にかけてくれてありがとう……大好きだよカガミ」


 その顔に俺は顔を近付け触れながら――気付かれないことを祈りつつ本音暴露という悪戯を仕掛けることにした。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、九話目です。
 なんだかあっという間にここまで来ましたね。びっくりです。
 今回はカガミと工藤様の絆というかそっと繋がっている部分の確認や『彼女』の存在の仄めかし、それから久しぶりにスガタと二人きりでのおしゃべりという事でこんな風に。
 ラストのプレイングが個人的に嬉しく、こういう形に仕上げさせてもらいました。
 起きていたかどうかは……今は秘密で。

 ではでは、次をお待ちしております!