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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ ある一夜の夢 +



 夢を見ている。
 夢でなければ説明が付かない。
 そうだ、これは夢だとも。


 でなければこんな変化――どうしたらいい!?


「やはり違和感を覚えますわ。全身鏡などで確認したいところですけど――こんなところにそんなものはなさそうですし、どうしましょうか」


 わたくし、石神 アリス(いしがみ ありす)は己の服に入っていたコンパクトミラーを覗き込みながら溜息を吐き出す。鏡面に存在しているのはいつものわたくしの姿ではなく、そうですわね。もう少し成長した姿と申し上げた方がよろしいでしょうか。
 本来のわたくしは十五歳ですわ。しかし鏡面に映る女性は……そうですね、そこに映っているのは成人ほどの『女性』なのです。ただしコンパクトミラーで確認した限りですから限界がありますわ。身体的には髪や身長が少し伸びたような気がしますが、今わたくしがいる場所では確認しようがありませんの。
 なんせ、周囲は完全なる闇、なのですから。
 なのにわたくしはわたくしの存在だけは視認出来、コンパクトミラーに写した虚像も確認出来る。


「やはり夢の世界なのでしょうね。でなければこんな不思議な空間に心当たりは――あら?」


 わたくしは不意に視界の隅に「それ」を見つけましたの。
 先程までなかったはずの「それ」。遠近感覚も可笑しくなりそうなこの場所で明かりを持つ何かが目に入ってきたわたくしは思わず目を瞬かせてしまいましたわ。
 しかしこうしていても何も状況は変わりませんことは当然分かっております。わたくしに選択肢はないも同然ですわね。
 足は「それ」に向かい、やがて正体を現す。


 真っ暗な空間に一件だけ建つアンティーク調の一軒家。
 あれはなんでしょうか。扉の傍には『鏡・注意』と書いてあり、わたくしは思わず首を捻ってしまいますわ。
 しかしこの場所以外に寄れるような場所がない。仕方ないと諦めノックをすれば中から少年が一人出てきて下さいました。


「こんにちは、<迷い子(まよいご)>。ご用はなんでしょう?」


 彼はにっこりと人好きされそうな笑顔で挨拶をしてくださる。
 よく見れば彼の瞳はオッドアイ。左目が緑で右目が黒だ。室内を見やれば壁と言う壁が全て鏡張りで構成されており目を見張る。
 そしてその部屋の中央に一人の少女が安楽イスに座っているのが確認出来ましたわ。
 彼女はわたくしを見ると少しだけ嬉しそうに微笑み、片手を持ち上げて下さいましたの。とても可愛らしい――わたくし好みの少女。


「初めまして、<迷い子>。己の困惑を取り除きたいならあたしの元へいらっしゃい」


 白いゴシックドレスに身を包み、ドレス袖からわたくしを招く手。
 甘く誘惑する声は己の肉体の変化について知られている事を告げていた。此処は一体どこで、何故このような変化を起こしているのか。


―― 何を知るにも情報が必要ですわ。
    それにあの少女……わたくしのコレクションに加えたい程に愛らしい……。


 わたくしはそう思い、中に入る事にいたしました。
 その裏側では招いてくれた少女への渇望を抱きながら。



■■■■■



 壁という壁が鏡張りのそこはわたくしの姿を確かに映し出す。
 コンパクトミラーよりもそれは確かな形を生み出すわたくしの今の姿は「大人」。学生服ではなく、わたくしの母が着る様な衣服に身を包み長い髪の毛と共にお淑やかさを醸し出している。わたくしがこのまま成長したらこのような姿になるのか。それとも母が若返ったらこのような女性になるのか……そのような思考をしてしまうほどに少々わたくしは動揺していましたの。


「鏡張りの家に入ったのは初めて?」
「ええ、遊園地のミラーハウス以外では初めてですわね」
「お茶の用意が出来たよ。貴方も座るといい」
「では遠慮なく」


 わたくしは招かれるままに紅茶と平皿に乗ったクッキーの並ぶテーブル、その前に置かれた椅子に腰掛けさせて頂くことに致しました。
 紅茶の方は香りよく鼻先を擽り、その味もよさそう。二人が各々クッキーを食べたり、紅茶を飲んでいるのを確認してからわたくしもこの奇妙なお茶会に参加させていただく事に致しましたわ。
 お茶を飲んではほう……と溜息をつき、クッキーを齧ってはその味わいに感嘆の息を吐く。
 わたくしの舌を唸らせるなんて、なんて素敵なのでしょう。


「さて本題に入ろうか。君もそろそろその変化に付いて知りたいだろう」
「わたくしのこの変化に付いて貴方は何をお知りで?」
「僕の名はミラー。彼女はフィギュア。貴方は石神 アリス。その瞳には魔力が宿っており、目を合わせた者を催眠、もしくは石化させる事が出来る。違うかい」
「あら、まあ。わたくしは何も話していませんのに」
「ここでは僕らのフィールド。そうだね、夢の中という表現が良いだろうか。その肉体の変化に関してだけど君の深層意識が関わっているよ」
「あら、やっぱり夢でしたのね。で、どのような深層意識でしょう?」
「君は裏の世界であくどい商売を繰り返しているね。その魔眼を使い、石化させた少年少女を競売にかけたりして名を馳せている。けれど商売に年齢は関係ないとは言え、君は実質十五歳の少女――裏の世界では子供扱いされて当然の年。それが貴方にとって不満なんだろうね」
「ええ、確かに。取引相手はわたくしを見た瞬間、子供扱いしてきますわ。そして優位に事を運ぼうと致しますの。商売に年齢など関係ないと言うのに……愚かな思想ですわ」


 苦々しく吐き出してしまう本音。
 石像を競売にかけ、売り飛ばし、それを受け取る先の人間はわたくしを見ると「なんでこのような子供が」という顔をする。しかしその反応こそが浅はかだとわたくしは考えますわ。本当に肝が据わった人間というものはどんな相手だとしても対等に、という事を知っていますもの。


 子供だからと値切ろうとする者。
 甘い言葉を吐きかけ、より多くの作品を得ようと欲張る者。
 騙し、作品を奪おうと試みる者。


 この外見が憎らしいと思ったことはありますけれど、年齢だけはどうしようもないもの。
 いずれこの不満も時がくれば解消される問題だとわたくしは思っているのですけど……まさか夢に見るほどとは思ってませんでしたわ。


「あら。でもね、ミラー。この<迷い子>の変化は不満だけじゃないわ」
「どういう意味でしょうか?」
「貴方は自分のお母様に対して尊敬の感情を抱いている。そうでなくて?」
「ええ、わたくしは母を尊敬しております。わたくしも将来、母のような――いいえ、母を超えた商売人になりたいと常日頃思っておりますもの」
「だから貴方は少しでも貴方のお母様に近付きたいのね」


 フィギュアさんがその黒と灰色の目でわたくしを見つめる。
 ああ、そんなに見つめては駄目ですわ。なんて可愛らしい子――わたくしは欲望に忠実ですのよ。ああ、その白い肌が灰色へと変わり、表情が笑みのまま固定され、いつだってわたくしを見るようになったらどんなに、どんなに心地よいでしょう。


「フィギュア、彼女と視線を合わせないように」
「あら、魔眼のことかしら」
「彼女は君を気に入ってしまったようだからね。君が石像になり、売り飛ばされたり……そうでなくても彼女のコレクションに加えられるのは僕は嫌だよ」
「そうね。でも彼女は魔眼の能力を制御出来るタイプの人だからその点では安心だわ。あたしも石像になりたくないし……ごめんなさいね。あたしは貴方のものにはなれないわ」
「――思考を読み取られると言う事は中々不愉快ですわね」


 釘をさされ、わたくしは外見は大人と言えど中身は十五の少女らしく拗ねてしまう。
 恐らく彼女達にはわたくしの全てが暴かれている。ここはそういう世界なのでしょう。現実世界ならばわたくしの能力を駆使し、更にあらゆる手を尽くしてフィギュアさんを奪い去り、ミラーさんを葬るものを……。


「もし君がフィギュアを攫った場合、僕はどのような手を使ってでも追いかけるよ」
「話をしなくても内容が通じてしまう事は良い事か悪い事か分かりませんわね。少なくともこの世界では誰も嘘をつけないようですから、嘘吐きが趣味な方にとっては苦痛でしょう」
「世界には世界の掟があり、法則がある。君の生きる世界で通じる事が他の世界では無力化されてしまう事もある――ただそれだけだね」
「……それで、わたくしはこうなった原因をどう解消すればいいのでしょうか。知っていらっしゃるのでしょう? そこまでわたくしの内面に触れたというのなら、わたくしが裏の世界でどうやれば不満を募らせずに生きる事が可能なのか」


 こくん、と喉を鳴らしながらわたくしは紅茶を飲みきる。
 注がれていたカップも決して安物ではない。美術館経営者の娘ですもの。美術品を見る目は確かですわ。この陶器は値段にすると数万はすると言うのに、惜しげもなく客人に出すその神経……やはり通常の人間ではないのでしょうね。


 フィギュアさんはミラーさんに追加のお茶を注いで貰い、優しく微笑みを返す。
 その花のように可憐な表情は石像にして永久保存しておくに値するというのに、決して彼らはそれを望まず、そしてわたくしの手に入らない。残念過ぎる。
 恐らくこの屋敷のどんなモノよりも彼女自身が価値があると言うのに。


「それは正しい。僕よりもフィギュアの方が価値ある人だからね」
「あら、でも<迷い子>が見ているのはあたしを石造にした場合の価値じゃないかしら。そうでないのなら、あたしは嬉しいけれど」
「石像よりも動いているフィギュアが可愛いに決まっている」
「ふふ、有難う。でもミラー、彼女の質問の問いに答えてあげなきゃ」
「そうだね。でも僕が彼女に言える事はただ一つ。――――『逆手に取れ』」
「――逆手に取れ、ですって」
「っ、歪手(ゆがみて)」


 まあ、なんて発言。
 わたくしは思わず目を見開いてフィギュアさんの方を見てしまいますの。その際、魔眼を使ってみることを忘れない。チャンスは逃したくないんですの。でもミラーさんはすっと左手を横に滑らせ――瞬間、二人の前の空間が歪みわたくしの視線が通らなくなる。
 ピキッと何かが石化する音が部屋のどこかから聞こえてきましたけど……それが何なのかはあえて考えないようにいたしましょうか。


「手強いですわね」
「魔眼を悪用しないでくれるかい? ああ、この場合の悪用は僕らへの使用という事だよ。君の現実まで僕らは口を出す気はないんでね」
「フィギュアさんの石像を見てみたくありませんの?」
「興味ない。君とは少々愛しさの分野が違うようだ。フィギュアを見初めたその目は良いと思うけれどね」
「――二人とも、喧嘩は駄目よ。<迷い子>も、あまり悪戯をするようならあたしも容赦しないわ」
「……機嫌を損ねるのはわたくしの本意ではありませんわ。分かりました。多用しないようにいたしましょう」
「使わないわけではないところがポイントだね。欲望に忠実なその性格……嫌いじゃないよ。分かりやすく、そして共感出来る部分だ」


 フィギュアさんに言われるまであまり気にしてませんでしたけど、わたくし達は喧嘩腰になっていたようですわね。ああ、でもそんな風に止められると逆に欲と言うものは膨らむもの。自分でもこの欲求を止める事は出来ないのですから困った感情ですわね。


「それで貴方は僕の進言をどう捉えたのかな――目を覚ませば確かに君のその変化は無かった事の出来る。しかし君自身が何か変わらない限りは子供扱いは続き、不満はより深みを得て黒くなり……最終的には貴方自身が苦しくなる可能性はあるね」
「貴方は自由よ。それだけは忘れないでね」


 ミラーさんの言葉にフィギュアさんがそっと一言付け加えてくれる。
 その心も石化させてしまえばおしまい。


 これは一夜の夢。
 目覚めればいつも通りの日常に戻る事が出来る――ならば進言を得たわたくしは考えるべきなのでしょう。
 『逆手に取れ』。
 その言葉は短く。
 その言葉の意味は深く。
 だからこそ今のわたくしは二人へと微笑み返し、そして唇を開く時を狙うのみ。









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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7348 / 石神・アリス (いしがみ・ありす) / 女 / 15歳 / 学生(裏社会の商人)】

【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、PCゲーノベへの参加有難うございました!
 
 今回は大人化、それも裏の世界への不満が原因と言う事でこういう形で書き上げさせていただきました。
 連作可能という事でしたので、どちらでも取れるようにしてあります。
 NPC達からの進言への返答をして下さるならまた発注頂けましたら嬉しく思います^^

 ではでは今回はこの辺で失礼致します。