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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.12 ■ それぞれの十年







「―…ん……」
 深い眠りの中から少しずつ意識が浮かび上がる様な感覚。百合は静かに目を開けた。見知らぬ部屋。だが、女性らしい部屋だ。明るい色の家具やカーテンがそれを物語っている。何故自分がここにいるのか、起きたばかりの鈍い思考で記憶を蘇らせる。そして、ハッと思い出した。周囲に目を移すと、ベッドの横にあるソファーで眠っている冥月の姿がある。その姿に一瞬驚きながらも、百合の頭がその状況を把握する。
「…(…そうか、私…。お姉様に…気絶させられて…)」
 百合が身体をゆっくりと起こし、気配を消して能力を使役する。鋭い鋭利なナイフを取り出し、冥月の目の前で振り上げる。が、その手がピタッと止まる。殺す事に何の意義があると言うのか、百合はそんな事を思っていた。目の前で眠る冥月の顔を見つめ、つい見惚れてしまう。
「…なんだ、殺さないのか?」
「――ッ!」不意に口元が動き、冥月が放った言葉に百合が思わず驚く。「…起きてたんですね…」
「お前が目を覚ました時にな」冥月が目を開け、百合を見つめる。「それにしても、漸く起きたか、良かった。丸二日も眠っていたからな」
「……」百合が目を逸らして黙りこくる。「ここは?」
「武彦の探偵事務所だ。とは言っても住居も兼ねているからな。武彦の家、といった所だな」
「…ディテクターの家…」百合がそう言って周囲を見回す。
「あぁ、ここはヤツの妹の部屋だ」
「…そう、ですか…」冥月の家かと思っていた百合が少しばかりがっかりしていた。
「百合、まずは身体を綺麗にしてこい。お互い積もる話しもあるだろうが、その後で食事をしながら話そう」部屋の外へ冥月が出て行こうとする。
「―私は、アナタの命を狙ったんですよ? なのに、どうしてそんな私に情けをかける様な真似を…!」
「昔の私と今の私は違う。それはお前もだろう、百合」冥月がそう告げて部屋の外に出て声をあげる。「零、百合が目覚めた。シャワーを使わせてやってくれ」
「はーい」零が小走りに部屋へと入って来る。「服は私のを使ってくれれば良いですから。行きましょう、百合さん」
「ちょ、ちょっと…―」
「良いから早く行きますよー」零が百合の手を引っ張って風呂へと連れていく。「ここです。お湯の出し方とかは解りますよね?」
「バッ、バカにしないでよね…。見れば解るわよ、こんなの…」そう言って脱衣所を隠す為のレールカーテンをシャッと音を立てて百合が閉め、服を脱ぎ始める。
「…でも、起きてくれて安心しました」零が微笑みながらカーテン越しに口を開いた。「冥月さん、百合さんが副作用のせいで起きないんじゃないかってずっと心配してましたから」
「――ッ!」思わず口を塞ぎ、涙が溢れそうになる。二日間、冥月が自分の事を心配しながら看病してくれていた。その事に今更になって気付いた。「…大丈夫よ。それより、この服とタオル使って良いのよね?」
「はい。多分私と同じぐらいの身体の大きさなので、使って下さい。あと、洗濯物はちゃんと横にある篭に入れて下さいね! それと、ポケットの中にティッシュとか入ってないかちゃんと…―」
「―わ、解ってるわよ!」ピシャっと戸を閉めてシャワーを浴び始める。
「百合は?」
「あ、冥月さん。今やっとシャワー浴び始めました。でも、シャンプーとコンディショナーと、ボディーソープ。お兄さんのとゴチャゴチャになってるので、間違えないか心配です」
「別のを使っているのか?」
「はい。お兄さんはスッキリしたいからってシャンプーを変えてますし、ボディソープの臭いも女物はあまり好きじゃないって言ってて…。一応容器は普通なら見れば解るんですけど…」
「よし、私が教えてこよう」シャッとレールカーテンを開き、冥月がシャワールームをノックする。「百合、開けるぞ」
「―へ…、ちょ…!!」動揺する百合を他所に冥月が堂々と戸を開けて中を見る。
「シャンプーとかはそっちの赤とピンクのを使えば良い。青いのは武彦の使ってる男物だそうだ」
「お、お姉様…その…解りましたから閉めてもらえますか…?」
「あぁ、リラックスしているのに邪魔してすまないな」
「そういう問題じゃありません!」冥月を追い出し、勢いよく戸を閉める。
「…やはりまだ敵対心を…」
「違うと思いますけど…」冥月に向かって零が乾いた笑いを浮かべながらツッコミを入れる。
「…そうだ、零。食事なんだが…――」


「――い、いきなり覗き込んで来るなんて…もう…」百合がシャワーを浴びながらブツブツと心の中で呟く。「…でも、昔もそうだった、わね…」
 いつもそうだった。シャワーを浴びていてもお構いなしに無言で入って来て、用事を済ませる。無言じゃなく断りを入れる様になっただけ、やはり少し変わったのかもしれない。そんな事を思い出し、百合が小さく笑う。





―――

――






「…ちょっと、何よこの服…」シャワーから上がってきた百合が食事の準備をしていた零に声をかける。
「あ、やっぱり似合ってますねー♪」零が嬉しそうに振り返ってピョンピョンと跳ねる。
 百合の服は何故かやたらと大きく胸元に熊の可愛らしい絵がプリントされた白いシャツと、下はジーンズ生地のホットパンツ。シャツを思い切り引っ張りながら零に抗議している。
「ほ、他の服はないの!? むしろ私の服は!?」
「今頃洗濯機の中で回ってますー」零がお構いなしに告げる。「ちなみに、その服は私の持ってる服の中で結構シンプルな部類ですよ?」
「あ…そう…」項垂れる様に百合が脱力する。
「何だ、百合こんな所でどうした?」冥月が歩み寄る。「似合ってるじゃないか」
「嬉しくないです!」
「…腹が減っているのか」納得、といわんばかりに冥月が手を叩く。「二日も寝ていれば腹は減るな。それならイライラするのも…――」
「―冥月さん、百合さんと一緒に座ってて待っててもらって良いです?」零がニッコリと笑って冥月に告げる。どうやら零は冥月の軽い天然な性格を見抜いたらしい。
「あぁ、解った。百合、そっちの椅子に座れ」
「……はい」
 冥月と百合が向かい合う様に座る。そこへ、零が卵粥を持ってきて二人の前へと並べた。
「さ、冥月さんもこれ食べて下さい」
「わ、私は別に…」
「百合さんを看病してる間、ロクに部屋を離れようともしなかったせいで御飯食べてないじゃないですか。なので、ちゃんと二人で食事するんです」零の言葉に思わず百合が冥月を見つめる。冥月がバレたか、と言わんばかりに小さく溜息を漏らす。「いただこう」
「…いただきます…」百合もゆっくりと口に粥を運ぶ。「…美味しい…」
「良かった…」冥月が小声で呟き、冥月もまた粥を口に運んだ。「…それで、何から話せば良いものか…。何が聞きたい?」
「…何故十年前、突然私達の前から姿を消したんですか…?」
「…そうだな…。まずはそこか…」

 冥月はゆっくりと事の顛末を語り出した。虚無の境界と、組織の密約。差し出される百合達。そして、それを止めようと一人戦場へ赴き、死闘の末に追い払った事。その後、自分に師に拾われ、そこで修行を続ける事になった事を。

「――とまぁ、事の次第はそういった所だった。お前達に会いに行けば、組織に私自身が疎まれているせいで、お前達が腹いせを受ける可能性がある。師にそう言われていた私は、お前達に会いに行く事も出来なかった…」
 既に二人の前に出された粥がなくなり、零が何も言わずに皿を提げる。冥月の言葉が途切れ、沈黙が流れる。
「…私達は、十年前にお姉様は突如組織を裏切った、と聞かされました」
「そうしておけば、お前達に接触しようとした私を追い詰める事が出来ると考えたのだろう…」
「…結局私は、何も知らないままお姉様を恨んで生きてきただけ、ですね…」自嘲する様に笑う。「ディテクター。彼がお姉様を支えてくれているんですか?」
「なっ…、バカ言うな! ヤツとは只の仕事仲間でだなっ!? たっ、ただそれだけだっ! ただな!」
「…そ、そうですか…」解り易すぎるリアクションに思わず百合が戸惑う。
「そっ、そんな事よりだな! お前こそ、あれからどうしていたんだ? 何故虚無と組む事になった? 奴らの目的や、お前の能力の副作用…。聞きたい事は私もあるんだ」話しを逸らすかの様に冥月が捲し立てる。
「順を追って話します…」百合がそれ以上は聞くまいと、静かに口を開いた。「“虚無の境界”が私達に協力を持ちかけてきたのは、一年程前の事です。組織が壊滅し、私達より年下の子供達は行き場を失くしかけていました。私は日本でそれを耳にしていたのですが、仕事とお姉様の足取りを追っていたので、そこまで気にはしていませんでした。そんな折、彼らは私達に子供達を育て、私達に仕事を与えると交渉してきたのです」
「…そうか…」自らが撒いた種が原因になってしまったのかもしれない。そう考えると、どうしようもなく胸が苦しくなる。冥月は視線を落とした。
「そして私達、お姉様の監督制で教わっていた仲間も散り散りに世界へ飛び、その後連絡は取れていません」
「…すまないな。私のせいで、お前達を再びあの連中の駒にさせてしまった…」
「いえ、私は更なる力が欲しくて、虚無の境界を利用する事を考えていたのです。結果として能力を得た事に、後悔はしてません…」
「だが、副作用というのは…?」
「能力を使役し過ぎると、精神を崩壊するそうです。お姉様の心配してくれた通り、私の眠りは能力の使役の代償。精神を回復させる為の必要な措置です」
「それで、眠れば元に戻るのか?」
「ある程度は、ですが…。まだ未知数です」
「…そうか…」冥月が溜息を吐く。
「虚無の境界の目的は私達も詳しくは解りません。お互いの利益の為の行動。それが私達と虚無の協定内容でしたから…」
「…成る程。気にしないでくれ」そう言って冥月が零へと振り返る。「零、あれを出してもらえるか?」
「はい」そう言ってパタパタと零が小走りで冷蔵庫へ向かい、再びキッチンに戻り何かを皿に盛り付けて持ってくる。「どうぞ」
「これ…」百合が思わず呟く。
「この辺りで一番美味いケーキ屋で買ってきた。昔、こうして食べるつもりだったが、十年も経ってしまうとはな」
「……」百合がケーキを見つめていた視線を落とし、そのままボロボロと涙を零し始めた。冥月が小さく笑って百合の頭へと手を伸ばし、頭を撫でる。「今度こそ守ってやるからここにいろ」
「……うっ…うぅ…」ただ泣きじゃくりながら百合が首を小さく縦に振る。
「ほら、泣いてたらせっかくのケーキの味が解らないだろ?」冥月が立ち上がり、ティッシュを手に百合に近付き顔を拭く。「ちゃんと鼻をかめ」
「…ふぁい…」



 十年越しの再会。その空白の時間を埋める様に、互いに言葉を交わす。そんな光景を見ながら零が小さくガッツポーズをした。
「…(…絵になりますね…!)」
 草間 零。最近ちょっと趣味がそっちの趣向に走りつつある。




                                         to be countinued...


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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

今回はシリアス感から一転、なかなかのギャグ感に
してしまいましたが、いかがでしょうか?

お楽しみ頂ければ幸いです。

十年越しのケーキ、なんか良いですねぇ…w

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司