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犠牲
「空間を断絶して、その世界を隔離。これで“虚無”の被害は最小限に抑えられるね…」翼がどこか安堵したかの様に呟く。
「いや、それはどうやら甘い考えかもしれない」潤の表情が険しく染まる。「あれを見ろ」
潤が目を向けている方向に現われた、“虚無”。おおよそ人と同じぐらいの身体の大きさではあるが、両腕を胸の前で交差して手で身体を縛っている様な風貌はまるで拘束具に身体を縛られているかの様だ。目や口を閉じた顔。
「…寒気すら感じる…。“虚無”。あれが、世界を回帰させる神…」
「姿形はアテにならない。能力も未知数だ…」潤が構える。「気を付けろ、翼…―！」
潤が翼へと視線を向けた瞬間、翼の真後ろに虚無が姿を現し、ゆっくりと口を開いている。潤が翼の身体を蹴飛ばし、互いに逆方向へと避ける。
「アー…！」甲高い女性の声の様な音が響き渡った次の瞬間。二人の避けた直線上の空間が一瞬で塵と化す。
「…ッ！ なんて力だ…！」潤が思わず息を飲む。「翼、二手に分かれるぞ！」
「あ、あぁ！」
一斉に一度潤と翼が虚無から距離を取る様にその場から姿を消す。虚無がただ同じ体制のまま、何をしようともしない。
一度距離を取った潤が翼と虚無との戦いを見つめる。
「アー…！」
「くっ！」歪曲術で空間を歪ませ、虚無の攻撃を避ける。そのつもりだったが、翼が異変に気付き、身体を翻す。間一髪、肩からかけていたマントだけがその場に残り、一瞬で消し去られた。
「術の無効化…？ 小手先で倒せる相手ではなさそうだ…」
翼が地面に着地し、神剣を抜く。が、その一瞬に虚無が姿を消す。
「まずい…！」翼が周囲を見つめたその一瞬の隙を狙ったかの様に斜め上空後方から「アー…！」と声が鳴り響く。が、間一髪で潤が翼を突き飛ばす。
「油断するな、翼。ヤツは神の中でも最悪な部類。殺す事に躊躇う気などない筈だ」
「ありがとう…」
「…目が、徐々に開いてきてる…」不意に異変に気付いた翼がそう呟いた。
「…悪い報せだな。今翼と俺が戦っている相手は、虚無の覚醒までの防衛システムって訳か」
「防衛システム？」
「あぁ。完全なる覚醒まで、もう少しばかり時間が必要らしいが、完全に覚醒されたら更に勝機が減るって事だ。叩くなら今だ」潤がそう言って動き出す。「散るぞ」
潤が動き出した瞬間、虚無が分身を生み出し、潤へと追ってきた。翼とだいぶ距離を取った場所で潤が足を止める。
「…いくら分身とは言え、相手は虚無…。下手に油断出来ないな…」潤が小さく呟く。「オフィーリア！ いくぞ！」
翼達から距離を取った潤が立ち止まり、オフィーリアと共に二手に分かれて分身へと距離を詰める。
「アー…！」最初の攻撃は潤へと目掛けて放たれる。潤は先程の翼の攻防を参考に、無理に術では対抗せず、すぐに身体を避けた。
「出し惜しみはなしだ…。アイン・ソフ…！」潤が不可視なる武器をその場に作り出し、刀の形に構える。
オフィーリアの鳴き声を開戦の合図にするかの様に、潤とオフィーリアが二手に分かれて一斉に虚無の分身へと攻撃を開始する。先手を放ったのは潤だ。アイン・ソフを使って虚無の分身へと斬りかかる。異変に気付かれ、虚無の分身が距離を取る様に移動した。
「鋭いな。だが…」
潤の言葉と同時に、オフィーリアが高らかに鳴く。虚無の身体を囲む様に魔法陣が形成され、地面へと叩き付ける。みるみる身体が地面へと埋もれていく。重力を操ったオフィーリアの魔法が虚無の分身の身体の自由を奪っていた。が、次の瞬間、虚無の分身の身体から魔力が溢れ出し、オフィーリアの放った魔法を吹き飛ばした。
「アー…！」オフィーリアに向かって放たれる攻撃。しかしオフィーリアはそれを空中で旋回しながらあっさりと避けてみせた。そのままオフィーリアが潤の元へと戻って来る。
「分身でこれでは、本体はもっと強いという訳か」潤が呟く。「翼の元へ早く行かないとな…」
再び虚無の分身が動き出す。オフィーリアがそれを見越したかの様に空へと飛び上がり、周囲を警戒する。潤の背後へと現われた虚無の分身に、オフィーリアの放った魔法によってその動きが制限される。潤がそれに反応したかの様にアイン・ソフを構えて虚無の分身へと攻撃を仕掛ける。斬撃が虚無の分身を捉え、身体を両断する。が、様子がおかしい。黒い煙が出始め、互いの身体を再びくっつける。
「…成る程、そういう再生方法を取るのか…」潤がそう呟いて一度距離を取る様に後ろへ退いた。
オフィーリアが再びその独特な鳴き声で鳴き始める。それを警戒した虚無の分身がオフィーリアの目の前へ一瞬で移動し、口を開いた。が、オフィーリアはそれすらもあっさり旋回してかわし、まるで笑うかの様に再び鳴き声をあげ、虚無の分身を魔法陣で縛り上げた。
「さすがだ…！」潤がアイン・ソフで再び身体を切り裂き、左手でそれぞれの空間を断絶し、再生出来なくする。互いの空間が違う空間になり、そのせいで一箇所に集まって再生が出来ない。
次の瞬間それぞれの切り裂いた部分が丸く黒い球体に変化を始めた。
「魔力の圧縮…！ 爆発するつもりか…！」
潤が断絶した空間の中で巨大な爆発が起こる。同じ空間にいれば、恐らく無事では済まないであろう規模に、思わず潤が息を飲む。
「なんとかなったが…、マズいな…」潤が飛び上がり、背の高いビルの屋上へと登る。「翼は何処に…」
周囲で戦っている気配を探り、潤が翼の場所を探す。すると遠方で砂塵が舞い上がる。
「あそこか！ オフィーリア！」
オフィーリアと共に潤が砂塵の舞い上がった現場へと急いで向かう。
―――
――
―
潤がオフィーリアと共に戦況を見つめる。
「…覚醒してる…！」
潤が見つめた先には先程とは違い、目を開け、手も自由になっている虚無の姿だ。どうやら潤が分身と戦っている間に、本体は既に覚醒していたらしい。どれぐらいの時間が経っているのかは解らないが、翼も既に満身創痍だ。
「…あそこまで翼が追い詰められるなんて…！」
その瞬間、翼の身体が突き飛ばされ、瓦礫の中へと埋もれる。急いで潤が飛び出すが。虚無の攻撃が翼の倒れていた場所へと襲い掛かった。力を振り絞る様に、翼は風の力を使って身体を起こし、間一髪でその場から逃れる。が、蓄積されたダメージのせいで、身体がまだ言う事を聞かない。翼がバランスを崩し、倒れ込む。そんな翼に向かって虚無がゆっくりと歩み寄る。身体が動かない。肉体再生が間に合っていない事は見て解る。あと少し、潤がアイン・ソフを構える。
「消え去れ」
虚無がその一言と共に、腕を振り上げ、翼の身体へ襲い掛かる。魔力を帯びた右腕、恐らく当たればあっさりと肉体を壊す。が、身体は相変わらず言う事を効かない。翼が諦めた様に目を閉じる。ドスッと鈍い音が響き渡り、翼に鮮血が降り注ぐ。
「…兄…さん……！」
「ぐっ…！ 間に合ったか…」潤が口から血を零しながらも、自らの身体を貫いた虚無の手を掴んだ。
「愚かな」虚無がそう告げると、潤を貫いた腕をそのまま潤の身体もろとも振り払い、潤の身体を吹き飛ばす。
「兄さん！」翼が力を振り絞り潤の元へと駆け寄るが、潤は意識を失い、その場に倒れていた。
FIN
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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。
さて、潤さんの方でも虚無との戦いが始まり、
今回は互いの話が交錯し、途中で視野が変わるという形で
書かせて頂きました。
気に入って頂ければ幸いです。
それでは、今後とも宜しくお願い致します。
白神 怜司
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