コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.12.5 ■ 本末転倒






「冥月、俺がいつまでもお前を守ってやる」
 突然、武彦がそう言って冥月へと歩み寄る。
「フフ、どうしたんだ、武…―」冥月が少しだけ頬を赤くし、照れ隠しする様に視線を横へと逸らした次の瞬間、武彦の身体を抱き寄せられる。「―…え?」
「だから、何処にも行くな。お前はずっと俺の傍にいろ」
「…な、何をいきなり…」唐突な武彦の行動に、頭の中が混乱する。「わ、悪い冗談だぞ…、そんな事されたら…」
「されたら、どうする? 俺を嫌いになるか?」武彦がそっと冥月の身体を抱き上げ、ベッドの上へと静かに寝かせる。
「な…ッ、武彦…?」困惑しながら武彦を見つめて冥月が尋ねる様に呟く。
「もう止められないんだ、お前への想いが…。こうして、お前と触れ合うだけで、胸が張り裂けそうな程辛いんだ」
 武彦が覆い被さる様に冥月に近付き、無防備に横に投げ出していた手を握り締める。
「…武・・彦」
 徐々に近付く武彦の顔に、冥月の頬が真っ赤になり、心臓が強く脈打つ。恥ずかしさと愛しさで、胸が苦しい。唯一出来る事は、受け入れる事。そう感じた冥月がギュっと目を閉じる。武彦の顔が近付く事を感じながら、少しだけ顎を上げ、唇が触れる瞬間を待つ。
「俺はお前を、どうしようもなく…――」


――。


「――……あ…」先程まで見ていた瞬間と同じ光景。だが、目の前には武彦の姿はない。寝惚けた頭を働かせ、夢だったと理解した瞬間、一瞬で冥月の顔が真っ赤になる。「〜〜〜ッ!」
 顔を隠すかの様にぼふっと空気の抜ける様な音を立てて、冥月が勢い良く枕へと顔を埋める。平静を取り戻すどころか、余計に動悸が早まる。胸の鼓動が収まってくれる気配すらない。
「…(何度目だ、あの夢は…ッ!)」思わず自分に喝を入れるかの様に心の中で声をあげる。「…(…ここで眠る様になってから、毎日だ…)」
 原因は解っていた。今この瞬間も、枕に顔を埋めた冥月が息を吸う度、その原因とも呼べる匂いを嗅ぎ取る。
「…(持ち主の…、武彦の匂いが染み付いたベッド…)」




―――

――






「IO2へ?」冥月が武彦に尋ねる。
「あぁ。何かしらの情報を手に入れるなら、あそこに頼るのが一番だからな」武彦が出掛ける準備をしながら冥月に告げる。「数日留守にする」
「だったら、百合と零は私の隠れ家で匿う」
「いや、何かあった時に連絡が取れなくなったら困る。ここにいてくれ」
「そうは言っても、零のベッドで百合を眠らせているんだ。元々ここに押しかけたせいで、寝る場所が足りていない…」申し訳なさそうに冥月が俯く。
「零は眠らなくても大丈夫なんだ」武彦がそう言って、冥月を見つめる。「お前の事だ、零に対しての違和感は気付いているんだろ?」
「…それは…」
 言葉にされなくても、気付いている。零が、普通の人間とは何処か違う事。細かい話を聞いた事はないが、こうして改めて会っていると、それが確信に変わるのは時間の問題だった。
「それに、寝る場所ならお前は俺のベッドを使えば良いだろ?」
「…へ?」思わず搾り出した声は素っ頓狂な声だった。「な、何を言ってるんだっ?」
「まぁ、男臭いベッドは嫌かもしれないが、零にシーツや枕を洗って干す様には伝えてある。今日はこんな天気だし、天気が良い日までは我慢してくれ」
「で、でも…」
「悪いな。二人の事、頼んだぞ」武彦が冥月の肩をポンと叩いて歩いていく。「それじゃ、行って来る」
「い、行ってらっしゃい…」
 唖然としてつい見送ったが、まるで夫婦の様だ。そんな事を思いながら冥月は一人で顔を真っ赤にしていた。





――

―――




 ―そして現在に至る。
「むぅ…、武彦のベッドで眠るという事がこんな罠になるとは…」顔を赤くしながらも真剣な表情で呟く。どうやら匂いにあてられているらしい。「落ち着かない…、匂いがあるのに当の本人がいないなんて、悶々とした夜を過ごすハメになるとは…。おかげで毎日が寝不足だ…ッ!」
 と言いながらも、顔は徐々に緩んでいく。この光景をもしも百合が見ていたら、確実に武彦への殺意が増幅する引鉄になる様な光景だ。そんな折、部屋にノックの音が響き渡る。
「冥月さん、起きてますか?」零がドア越しに声をかける。
「あぁ、起きてる。どうした?」
 冥月の返事を聞いた零が部屋のドアを開ける。
「すみません、兄のベッドをそのまま使わせてしまって…。そういうの、男臭い、ですよね?」苦笑しながら零が声をかける。
「い、いや、押しかけたのは私達だからな。そんなに気を遣ってもらわなくて良いぞ」そんな零の言葉に、冥月も苦笑を浮かべながら誤魔化す様に答える。
「有難う御座います。それで、今日は天気が良いので、シーツを洗って布団を干そうと思って」
「あぁ、そう…いや、私の事は気にしなくて良いんだ」賛同しかけて慌てて冥月が否定する。「私より、百合の事を気遣ってくれると助かる…。お、男臭いぐらい、仕方ない事だしな。我慢出来る」
「…そうですか。じゃあ、百合さんの事見てきますね」零はそう言うと、再び部屋を後にしてドアを閉めた。
「…うん、そうだ。仕方ない…。我慢してやる」そう言って冥月がぼふっと布団の中へ潜り込む。
 言ってる事とやってる事が合っていない。布団の中で顔を赤くして胸がきゅっと締め付けられる様な感覚を味わう。夢の中で見た武彦のあの姿を思い出し、思わず布団の中で足を少しだけぱたぱたと動かしている姿は、元殺し屋どころか純粋な少女の様だ。
「…武彦、今頃何をしているんだ…?」
 ほんの数日前までは共にクルーザーで寝食を共にし、激戦に身を投じていた。そこで知った、武彦の過去の素性。そして、IO2に行ったまま、まだ一度も連絡が来ない。匂いに包まれながら、当の本人は目の前にいない。布団の中で、きゅっと優しく手を握り締める。




―――

――







 ―IO2、東京本部。眼鏡を外し、サングラスをかけた武彦が建物へと向かって歩いていく。
「おい、あれ…」
「ディテクター…!?」
 周囲から声が上がる。数年前にここを離れ、その後『ディテクター』と呼ばれる様な存在はいない。その実力と、突然IO2を去った鮮烈なイメージは今もしっかりと残っているらしい。
「お、久しぶりだねー」武彦の歩く先で手を振る女が声をかける。
「悪いな、急に外来のID申請まで用意させて」
「まったく、本当だよー」白衣を着た茶色いショートカットの髪をして眼鏡をかけた女が呟く。「ひっさしぶりに連絡してきたと思ったら、IO2の外来IDの申請なんてしてくるんだからー。アンタなら顔パスなんじゃないの?」
「無茶言うな。俺も今はただの部外者だ」
「そうでもないみたいだよー、ホレ」周囲を見る様に女が顎で武彦の視線を促す。「伝説のエージェント、『ディテクター』の権威は未だ衰えず、だねぇ」
「見世物の動物にでもなった気分だ」
「あっはは、相変わらずだねぇ。感情に乏しいというか、つまらん男だ。さて、与太話はこの辺にして、早速私のラボに行こうか」
「あぁ」
 茶髪の溌剌とした女性がそう言って白衣のポケットに手を突っ込んで歩き出す。その後ろをついてビルの中へと歩いていく武彦に周囲の視線は相変わらず集まる。
「にっひひ、まるで私が有名人になった気分だよ」女が笑いながら告げる。
「お前は有名人だろうが。昔っからな」武彦が溜息混じりに呟く。「IO2のジーンキャリア、そして兵器開発。多分野における研究チームのエース研究員、IO200以上の超天才。若干十六歳でその地位を確立した。俺よりも知られる存在だ」
「なっはっは、武ちゃんにそう言われると照れちゃうなぁ。それに、それはもう五年以上前の話だしねー。もう私は二十一ですよー」
「武ちゃんって…」
「良いじゃないの」エレベーターに乗り込み、誰もいない事を確認して女が言う。「お姉ちゃんが生きてたら、武ちゃんと私は兄妹だったかもしれないんだし?」
「……」
「おっと、喋り過ぎちゃったかな」武彦を見て女が口に手を当てて告げる。
「…すまない…」
「…はぁ、相変わらずの不器用だねー。お姉ちゃんの事は、寧ろ私は感謝してるんだから。武ちゃんがいなかったら、お姉ちゃんはもっと悲しい最期を迎えてた」
 エレベーターが開き、すぐ目の前に分厚い自動扉と、その横には本人確認用の網膜・声紋・静脈センサーが取り付けられている。機械の前に立ち、女が機械をスタートする。
「相変わらず仰々しいな」
「しょうがないでしょー。“影宮 憂(かげみや うい)”、二十一歳独身彼氏募集中ー」
『…オールグリーン。ロック解除します』
「…なんちゅう声紋情報登録してんだ、お前は…」武彦が思わず溜息を吐く。
「にっひひ」憂が笑って中へと入る。「あ、武ちゃんの情報も登録してあるから。声紋は名前だけ言ってね。私と一緒に入ると、侵入者対策で蜂の巣になるよ」
「…あぶねぇ。危うく入るトコだった」武彦が寸前で足を止め、センサーの前へ向かう。「草間 武彦だ」
『…オールグリーン。ロック解除します』
 武彦が中へと入る。そこは正に研究施設。人が入れるぐらいのカプセルに、巨大なアクリル板の様な透明の板に、いくつもの映像が浮かび上がっている。
「…相変わらずの優遇ぶりだな…」本来なら一つの階に幾つものラボが立ち並ぶが、憂のラボはフロア一個を丸ごと使っている。「今は一人でここを使ってるのか?」
「そだよー。お姉ちゃんが死んでから、ここはずっと私だけの部屋。ちなみに、武ちゃんと私以外は入れませーん」
「…それにしても、何で俺のデータを持ってたんだ?」
「憶えてない? お姉ちゃんの研究データを守る為に、武ちゃんのデータでロックをしたでしょ?」
「…あぁ、あの時か…」武彦が少しだけ俯く。
「で、彼女ぐらい出来たの?」
「…は…?」
「え、もう三十だよね…? 魔法使いにでもなりたいの…?」
「おい、何だその偏見は…」


       薄らと少しずつ、武彦の過去が記憶の中から蘇ろうとしていた…―。




                                          to be countinued...

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。
こういう話し、良いですね…w
ニヤニヤしてしまいます、大好物でした←

さてさて、文字数の制限上、あまり深く突っ込めなかった武彦の過去、
今後どう描いていこうかちょっと考え中ですw

二部構成の進行でお互いの動きを書いていくのも
なかなか楽しいなぁ、とか今回思ってましたw

何はともあれ、お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司