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<東京怪談・PCゲームノベル>


Route4・ひと時の安らぎ/ 藤郷・弓月

――鹿ノ戸さんに会いたい。
 そんな想いで飛び出した家。
 本当は明日に控える小テストの勉強もあるし、日も落ち始めてるから出掛けるのは止めた方が良い。そう思った。
 でも、鹿ノ戸さんのことを考えていたら、いてもたってもいられなくて……。
「こ、ここ、どこだろう……」
 飛び出した勢いのまま駆けて辿り着いた場所。
 鹿ノ戸さんが働く喫茶店とも、彼と行ったことのある公園とも離れた場所で、足が止まった。
 切らす息の中で込み上げてくる感情。
 喉を締め付けるような、目頭を熱くするような、そんな感覚に首を横に振る。
「会える……会えるんだから」
 突き放された。
――俺には、関わるな……もう…余計な真似は、するな……。
 苦しそうに吐き出された声は、今も耳の奥に焼き付いて離れない。
 会ってもまた同じことを言われるかもしれない。
 また、関わるなって突き放されるかもしれない。
 でも、それでも、
「――会いたい」
 テスト勉強もそこそこに考えていた、彼に何がしてあげられるんだろうって。
 力のない私に、何が出来るんだろうって。
「会いたいの……鹿ノ戸さんに会わせて」
 胸の前で手を組んで祈る。
 強く、強く。
 あの人のことを思い描きながら、前の道を曲がったらいるんじゃないか。
 ううん、いて欲しい……いる。
「伝えたいことがあるの。鹿ノ戸さんに聞いて欲しいことがあるの」
 自分の中に芽生えた感情。
 それが「何」かはわかる。でもそれは、1人ではどうにもできないもの。
 そしてあの人がいなければ、この気持ちは何もしないで消えてしまうもの。
「……それだけは、嫌」
 無力な自分を嘆いて何もしないでいることもできる。
 関わらず、知らんぷりをすることもできる。
 でも私の心はそれを望まなかった。
「私は、鹿ノ戸さんに会える」
 確信を持って歩き出した。
 ゆっくり、一歩ずつ確実に進む。自分の気持ちを整理するように。彼に近付くように。
 そして――
「あ」
 あの後ろ姿。
 詰襟の学生服をきた長身の男の人は間違いない。
「鹿ノ戸さん!」
 思わず叫んで駆け出していた。
 会えた。会うことができた!
 構うなって、そう言われたことなんてすっかり忘れて彼に飛び付く。
「おまっ!?」
「鹿ノ戸さんだ。鹿ノ戸さん! やっと、会えたよ……」
 驚いた声が聞こえたけど納まらなかった。
 ぎゅっと抱き付いて、抱きしめて、彼の温もりを感じて。
 そうしてどれだけ経っただろう。
 目の前に皺くちゃのハンカチが差し出されて、それでようやく自分が泣いていることに気付いた。
「あ、ごめ……っ、ごめんなさいいいいい!!!」
 ハンカチを受け取って僅か。
 自分が何をしていたのか理解して、咄嗟に彼から離れた。
 その速さはちょっと尋常じゃなかったかも。
 でもでも仕方ないよね?
 おかげで涙もピッタリ止まったし!
「何なんだ。お前は……」
 呆れた声で息を吐く彼の顔が見れない。
 借りたハンカチで涙を拭って、ついでに鼻もぬぐってたら「おい!」ってツッコミが入って。
「信じらんねぇ女だな」
 クツリ。
 耳を突いた笑い声に目が上がった。
 ……笑って、る?
 思わずそのことに安堵して、私まで笑ってしまう。
 ああ、これだ。
 鹿ノ戸さんと笑うこの感じ。
 これがすごく好き。
「鹿ノ戸さん。どこに、行くんですか?」
 ズズッと鼻を啜って彼の手元を見た。
 大きな白いユリの花が入った花束は、誰かへの贈り物だろうか。
 鹿ノ戸さんが持つと、ちょっとキザッぽいけど、でも似合ってる。
「墓だ」
「お墓?」
「ああ。俺の両親のな」
 鹿ノ戸さん、ご両親が亡くなってるの?
 じゃあ、今は1人?
「ごめんなさい」
 聞いちゃいけないことを聞いたかな。
 そう思ったから頭を下げたんだけど、そこに大きな手が触れてぽんぽんって叩いてくれた。
 気にするな。
 そう彼の手が言っていて、胸がじんわりと暖かくなる。
 もう日は暮れかけていて、あと数分もすれば辺りも暗くなるはず。
 本当なら家に帰らなきゃいけない時間だけど、1人じゃないし、良いよね?
「私も、一緒に行っていいですか?」
 突然の申し出に、鹿ノ戸さんは少し驚いたみたい。
 時間も時間だし、帰れって言われるかな。
 そう思ったけど、予想外に彼は「仕方ねえな」と言葉を返してくれた。
 だから一緒にお墓に向かったんだけど……。
「ここが、鹿ノ戸さんの家のお墓?」
 草木の茂るお掃除のされていないお墓。
 そこの雑草を無造作に抜くと、鹿ノ戸さんは手にしていた花束をそのまま墓前に供えた。
「ここには鹿ノ戸の家の者、全員が眠っている。俺の親は勿論、祖父や祖母もな」
 鹿ノ戸さんのご先祖様全員が眠るお墓。
 手入れなんて全然されていない様子を見ると、もしかしたら鹿ノ戸の家は彼だけなのかもしれない。
 檮兀って人が鹿ノ戸の血は呪われてるって、そう言っていた。
 鹿ノ戸さんの中に流れる呪われた血。彼が戦う理由はきっとその呪われた血と、彼の持つ瞳にあるんだと思う。
 でも、彼が戦う理由はそれだけではない感じもする。
 これは直感でしかないけど、それでも思う。
 私を遠ざけようとした理由も、そこにあるんじゃないかな、って。
「鹿ノ戸さんは、おじいさんやおばあさんに会ったことはあるんですか?」
 彼に習って雑草を取りながら問い掛ける。
 何気ない言葉を向けながら、ふと墓石に刻まれた名前に目が向いた。
 1人や2人じゃない。
 幾つも書かれた名前は彼の一族が眠ると言うだけあって多い。
「ないな。祖父も祖母も会ったことがない。そもそも、鹿ノ戸の家の人間は短命だからな」
 苦笑を零して取った雑草を端に添える。
 そうして墓前に立つと、彼は静かに両の手を合わせた。
――短命。
 この言葉は、墓石を見れば理解できた。
 徐々に狭まってゆく没年月日。それは近年に近付くと更に加速しているようだった。
「私は……」
 なんて平和な世界に生きてたんだろう。
 胸の奥でギュッと何かが締め付ける。
 それでも首を横に振ることでそれを振り払うと、私も鹿ノ戸さんの隣に立って手を合わせた。
 平和な世界に生きる私と、危険な世界に生きる彼。
 あまりに違い過ぎる世界は、私と彼との距離を物語っているようで痛い。
 本当ならこの平和な世界で生きることが正しい選択肢なんだと思う。
 でもね、出来ない……そう、思ってしまったの。
 だから鹿ノ戸さんを探した。
 私は彼に近付きたい。そのための一歩を踏み出したい。
「……許して下さい」
 ポツリ。
 口の中で呟いて目を開ける。
 彼のご両親やご先祖様。その人たちがなんて言うかはわからない。
 それでも許しを請うのは悪いことではない気がした。
「終わったか?」
 聞こえた声に慌てて振り返る。
 鹿ノ戸さんは私がお参りを終えるのを、ずっと待っててくれたみたい。
 私を放って行ってしまうこともできたのに……。
「あの、鹿ノ戸さん」
 墓前から離れて彼の前に立つ。
 真剣な私の表情に、鹿ノ戸さんは眉を軽く上げるだけで何も言わない。
 これは私の言葉を待っているんだ。
 何か?
 そう目で問い返されてる。
「言いたくなかったら何も言わなくていいんです。ただ、聞いて下さい」
 見つけた自分の気持ち。
 生まれてしまった想い。
 もしかしたら迷惑かも知れないけど、それでも伝えたい。
「私が無力だから本当に死んでしまう可能性が高くて、だから関わるなって言われたのかもですけど、それでも鹿ノ戸さんの傍にいたいです」
 突き放されてそれで消えてしまうんじゃないかって、すごく不安で、必死に探して見つけたとき、愛しい気持ちが溢れて抱き付いてしまった。
 感じた温もりに安心感を得て、そして確信した気持ち。
「どんなに頑張っても、私の中の貴方は消えないから、近くに居させてください。私は死んだりしないから」
 せめて、貴方の心を少しでも守りたい。
「それでもやっぱり、駄目……ですか?」
 真っ直ぐに見詰める瞳に、彼の目が逸らされた。
 やっぱり、駄目なのかな?
 そう思った時、彼の口が開かれた。
「……これを使うと、激痛が走る。それこそ、体が引き裂かれるんじゃないかってほど、強烈な痛みが」
 そう言って眼帯に手を触れさせた彼を見て思い出す。
 眼帯の下にある、彼の異端の目を。
「それは、呪いのせいなんですか?」
 問いかけに、彼の口元に苦笑が乗った。
「檮兀が言った通り、俺の力は呪いだ。使えば使うほど命を削る」
「!」
 ぞくっと背筋が震えた。
 思っていた以上の言葉に、思わず言葉が消えてしまう。
――力を使えば命を削る。
 だからあんなにも苦しんでいたの?
 だから私を遠ざけたの?
 力を使えば死んでしまうから……。
「鹿ノ戸さん!」
 無意識に彼の手を取って顔を覗き込んでいた。
 間近で見る彼の顔はすごく整っていて、ちょっと見詰めるのを躊躇してしまう。
 でも目は逸らさない。
 それが私の意思を伝える方法だから。
「私が守ります。鹿ノ戸さんの命も、鹿ノ戸さんの心も。だから1人で抱えないで」
「守るって……」
 何の力もないのにどうやって。
 そう問われる覚悟をしていた。
 でも鹿ノ戸さんはそんなこと言わなくて、私の目を見返した後、少しだけ笑って頭に手を置いた。
「……だったら笑っとけ」
「?」
「普段能天気でアホなことしか喋らないヤツが、急に真面目になっても調子が狂う」
 クシャリと撫でた髪に目が細められる。
 能天気でアホって……確かにそんな感じかもだけど、ここでそれはちょっと酷くない?
 そう思ってほっぺを膨らまそうとしたんだけど、それよりも先に、鹿ノ戸さんの笑みが飛び込んできた。
 控えめだけど、どこか暖かい笑み。
 その笑みを見てるとさっきの言動なんて何処かへ行ってしまう。
「仕方ないなあ」
 そう言って、思わず笑みが零れた。
 うん、悪くない。
 彼と笑い合えるこの時間を大切にしたい。
 そう、心から思う。
 そして彼自身も大切に――。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 5649 / 藤郷・弓月 / 女 / 17歳 / 高校生 】

登場NPC
【 鹿ノ戸・千里 / 男 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは鹿ノ戸千里ルート4への参加ありがとうございました。
前回に引き続きご指名頂いた、千里とのお話をお届けします。
心情を詰めつつ書き進めていったら、声を掛ける前に飛び付いておりました。
もしこれはちょっと……と思う所がありましたら、遠慮なく仰って下さいね。
少しでも今回のお話がPC・PL様共に喜んでいただけたなら幸いです。

また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂けて下さい。
このたびは本当にありがとうございました。