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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.6 ■ 思惑-U






 ―「解った、協力する」
 この言葉を、勇太は後悔していた。

 その事を強く感じたのは、部屋を後にして凛と共に楓に連れられ、研究施設らしい階層へと着いた瞬間だった。

 白衣を着た男達が歩いていく楓に道を譲り、頭を下げている。これだけの光景だと言うのに、何故こんなにも胸がザワつき、吐き気を催すのか。勇太はそれを思い出したくないと強く願う様にギュっと目を瞑った。

「―…勇太…?」

「えっ…!?」

 隣りから聴こえてきた凛の声に身体を強張らせながら勇太が反応する。凛が差し出そうとしていた手をそっと降ろす。

「大丈夫ですか? 顔色があまり良くないみたいです…」心配そうに凛が勇太の顔を見つめる。

「あ、あぁ。大丈夫だよ」

 気丈に振る舞い、笑ってみせる。その表情とは裏腹にやはり顔色は悪いままだ。

 凛は知っている。凰翼島で別れを告げた時、勇太の口から全てを告げられた。過去、どんな経験をしてきたかという事も全て。だからこそ、尚更勇太の異変に気付かずにはいられない。

「この子が例の…?」

「そうよ。今回の計画に賛同してくれたわ。…けど、無理はさせられない。この子のトラウマもあるから、危険だと感じたら中止して」

 楓も勇太の違和感には気付いている様だ。

「えぇ、解りました。…宜しくな、工藤 勇太クン…」

 そういって白衣を着た男が勇太へ握手をしようと手を差し出した瞬間。勇太が身体を強張らせながら、小さく震えながら男を睨み付ける。凛と楓、そしてその白衣を着た研究員が思わずたじろぐ程の鬼気迫る表情に、研究員の男は手を急いで手を引っ込めた。

「…工藤君、無理なら言って。これは強制なんかじゃないのよ?」

「…大丈夫です…」

「勇太…」

 そうは言われても、引きたくない。過去の思い出は確かにろくでもない。だが、その弱みに負けたくはない。それに、今隣には凛がいる。

「…じゃあ、こっちに座って」楓がパイプ椅子に勇太を案内する。「遺伝子情報を読み取るには、様々な方法があるわ。まずは粘液を採取するから、口を開けてもらえるかしら?」

 楓が半透明の手袋を手にはめ、綿棒を差し出す。

「……ッ!」

 拒絶反応。正に勇太のそれは、一瞬にして巻き起こった。近くにあった試験管やガラスがカタカタと震え出し、弾けた。同時にそこにいた研究員達が驚き、恐怖する様に声をあげる。楓が慌てて手を降ろし、周囲を見る。

「…あ…ぁ…」

「勇太!」凛が瞳孔を開き、涙を零す勇太を強く抱き締める。「大丈夫…。大丈夫です…」

「これは…」

「拒絶反応ね…」研究員の一人が楓に向かって声をかけると、楓が小さく溜息を漏らした。「今は難しそうね…。今日は諦めましょう。彼をよろしくね」

「はい…」



――。



 別室で暫く休んだ後、凛と勇太はIO2のエージェントに車で送られて凛の部屋へと帰る事になった。車中、凛が何度か話しかけるが勇太はずっと外を見つめて気の無い返事を返すばかりだった。

 部屋に着き、家の鍵を開けて部屋の中に入る。エストは楓と話す際に鬼鮫と共に何処かへ行ってしまった様だが、まだ帰って来ていないらしい。勇太は何も言わずに、ソファーへと腰を降ろし、俯いた。

「勇太」

 不意に、凛がソファーの後ろからそっと勇太を抱き締める。

「……。」

「辛かったでしょう…。ごめんなさい、私がもっと早く止めるべきでした…」

 凛の声が震えている。どうやら凛は勇太を抱き締めながら、小さく泣いている様だった。それは、勇太にも解った。

「…凛のせいじゃない…」ポツリと勇太が呟く。

「…勇太…?」

「…俺、もう大丈夫だと思ってたんだ…。…もうこんな歳だし、叔父さんに面倒見てもらって、草間さんとかと会って、虚無の境界とかってのと戦って、凛に会って…」

 勇太の言葉が、徐々に張り詰めた声に変わっていく。

「でも、ダメだった…ッ。…怖かった…」ボロボロと勇太の頬を流れる涙が凛の腕にも当たる。「…カッコ悪いトコ…見せた…よな…」

「カッコ悪くなんかありません」

「…ごめん…ごめんな、情けなくて…」

「情けなくなんか…ありませんよ…?」

 凛の温もりが、勇太の緊張の糸を少しずつ和らげた。涙を浮かべながら、勇太が声をあげて泣き出す。凛は勇太をそれでも離さずに、涙を堪えながら抱き締め続けていた。何処かへ飛んでいってしまいそうな、儚い風船を手にしている。そんな感覚を抱きながら、その細く括りつけられた糸を掴む様に、勇太の心が飛んで消えてしまわぬ様にしっかりと抱き締めていた。






―――

――







「話しがいまいち読めないな…」武彦がいつも通りに煙草を咥えて火を点け、口を開いた。「ここは“宗”と呼ばれる人間の研究施設で、虚無の境界に加担している。だが、それを完成させない様にしている…?」

「確かに、筋が通っていない様にも聞こえるわよね」馨がクスっと小さく笑う。「でも、そのままの意味よ」

「大体、柴村。お前は虚無の境界に執心だったと思うが?」

「…私は…」とだけ告げると、百合が力無く俯いた。

「百合ちゃんは、私の大事なお客様よ」

「どういう事だ…?」

「…“宗”という男が虚無の境界に協力をする為に、私はこの身体を馨に知られた。当然、“失敗作”というレッテル付きで、私はこの身体を馨に見せたのよ」

「―ッ!」武彦が思わず言葉を失う。

「私はその事実を見て、悟った。虚無の境界は、この研究施設で霊鬼兵の研究を行っていた。そして、“宗”によって霊鬼兵となった私は、自由になる為の条件と状況が揃う日を、研究を手伝うフリをしながらずっと待っていた。それが、この子だと」

 馨が百合を見つめる。

「そう、最初にこの“取引”を持ちかけてきたのは馨よ。私の身体と馨の身体が同じ造りだと知らせた上で、その改善策を開発している事を知らせた。そして、それを私に施工する代わりに、馨をここから連れ出す事」

「だが、そんな事をすれば、お前も結果的に虚無の境界を裏切った事になるんじゃないのか?」

「えぇ、そうよ」百合が迷わずに答える。「私は自由を手に入れる。もう、誰の指図も受ける気はないわ…!」

 百合の言葉に、武彦は確信した様な表情を浮かべ、煙草を消して馨へと振り返った。

「本気みたいだな」武彦が馨へと声をかける。

「えぇ。それを確かめる為に、今日ここに武彦を連れて来てもらったのよ。本当に、自分の利の為に動いているのかどうか、確認する為にね」

「…虚無の境界としては絶対に知られたくない場所へ、俺を連れて来れるかどうか、か。ハイリスクな賭けだ。もし柴村が虚無の境界の息がかかっていれば、お前は確実に消される事になったんだぞ」

「この命は、二度消えているわ。一つはこの身体になる前。そして、この身体になって、貴方に私を撃たせた時。どうせいずれ訪れる三度目なら、私は勝ち取る為に使う…!」

「…馨…」

「武彦、私は貴方を裏切るつもりなんてない。お願い、楓を止めて」






―――

――







 既に部屋の中はオレンジ色の夕陽で紅く染められていた。泣くだけ泣いて、少し気持ちが落ち着いた。泣き疲れていつの間にか眠ってしまったらしい。勇太はそんな事を思いながら、隣りを見た。

「…凛、もう夕方だよ…」

「…ん…」凛がゆっくりと目を開ける。

 凛が少しだけ動いて、手を繋いだまま寝ていた事に漸く気付いた。勇太が顔を赤くしながら驚いて手を離す。

「落ち着きましたか?」

「え…?」思わず勇太が振り返ると、凛が優しい表情をして勇太の顔を真っ直ぐ見つめていた。「…うん、ごめん…」

「そればっかりですね」凛が笑う。口元を隠す様に、手を当てて。

 そんな姿を見て、勇太の胸が高鳴る。なんだかいつも凛の表情が違う様な、そんな錯覚すら感じながら勇太が凛を見つめる。

「今です、凛!」

「どわぁ!?」

 不意に響いた声に、勇太が驚いて振り返る。そこにはエストが立っていた。

「エスト様…、いつお帰りに?」

「三十分ぐらい前からだったのですが、二人の寝顔が可愛くてつい見入ってました」ウットリとした表情を浮かべながら、エストが続ける。「手を繋いで、頭と頭を寄せ合って眠る姿…。可愛かったですよ」

 エストの言葉に、思わず凛と勇太が顔を赤くして俯く。

「で、今ですってのは…?」

「あら、勿論愛の口付けを…――」

「――やっぱりかーい」勇太が投げ出す様に呟く。

「凛、勇太。鬼鮫さんからクローンの話は聞きました」エストが急に真剣な表情に変えて口を開く。

「はい。生命を創造するなど、神への冒涜です。あってはなりません」

 さすがは巫女、と思いながら勇太は凛を見つめる。

「それに、勇太の遺伝子は私がきっちりと子を…―」

 ―前言撤回です、お疲れ様でした。

 勇太が思わず誰かに幕引きの挨拶を心の中で呟く。

「…でも、どうにかしなきゃ…――」

「――ですから初夜を…―」

「―敵に俺の遺伝子を遣わせるなんて、絶対に止めなきゃいけない…」

 エストの言葉はなかった事にしたらしい。

「でも、その為には本当に研究に協力しなきゃいけないのかな…」

 勇太がそう呟いた瞬間だった。凛の携帯電話が鳴り出した…――。



                                            to be countinued...



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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

笑いあり、涙ありの今回(?)いかがでしたでしょうか?

それと、今回より読み易さを追求してみようと、
ちょっと改行を細かく入れ、書き方を変えてみました。
成果があれば良いのですが…。

それでは、今後とも、是非宜しくお願い致します。

白神 怜司