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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.13 ■ おかいもの






 ―冥月が携帯電話で誰かと電話している。
「―…中国で壊滅した…そう、その組織だ」冥月の声は心なしかいつもより低く、淡々としている。「そこに所属していた人間だが、今の所在を知りたい。大至急でな」
 椅子に座っていた冥月が組んでいた足の膝の上でとんとんと指を鳴らす。
「…そうだ。金に糸目はつけない。もし見つけたら、“虚無の境界”との関係を調べて…――」冥月が告げた直後、電話越しに驚き焦る様な声が鳴り響く。「―嫌だ? まがりなりにもプロだろう。金に糸目はつけないし、報酬はいつもの十倍以上出そう。…あぁ、頼む」

 ――溜息を漏らしながら背もたれに身体を預ける。天井へと顔を向けながら、冥月は考えていた。

「…(…これで、百合以外の私の教え子の情報は手に入る。多少はゴネたが、ヤツならそれなりに成果を出すだろう…)」冥月がそっと目を閉じた。「…(普通に暮らしてるなら構わない…。だが、虚無に利用されてるなら…助けてやりたい…)」


 祈る様に冥月が目を閉じる。その直後…――。


「―お、お姉様…?」


「お、似合うな。熊や兎のシャツも良かったが、百合には今時の可愛いのもいいな」
 まるで品定めするかの様に冥月が百合の姿を見つめる。真新しい洋服。女性物の十代の少女にはピッタリな、可愛らし過ぎず、暗すぎもしない淡いピンクを基調とした明るい色。
「仰る通りですね。顔が整ってらっしゃいますから、多少派手でも嫌味になりません」
 にっこりと笑って百合の隣りに立っていた店員が冥月の言葉に頷き、わざわざ賛同する。
「そうだな。百合、どうだ?」
「わ、私は…。こういう服をあまり着た事がないので、どうと言われましても…」
「気に入らないか?」
「い、いえ! そんな事は…――!」
「――なら、これも頂こう」冥月がさっさと店員にそう告げる。
「有難う御座います」
 にっこりとは笑って店員が答えるが、若干顔が引き攣っている。無理もない、既にレジでは店員が総出で荷物をまとめ、しかも値段を計算している。

 勿論、その引き攣りは店員だけではなく、周りの客や、百合自身も含まれる。

「それと…、あの辺りはどうだ?」冥月がそんな事もお構いなしに更に服を指差す。
「あの、お姉様…?」
「何だ?」
「こ、こんな高いお店で、しかもあれだけの量を買って頂くのは…」

 本日何度目かの冥月への遠慮。

 無理もない。ここは一流の店舗しか入る事の出来ない、一等地の高級デパート。普通の何処にでもある様な若干大きいデパート程度とは品質も違えば、値段も違う。

 ―だが、総じて返って来る言葉は同じだった。

「昔稼いだ金が腐る程あるんだ、お前の為に使えるなら嬉しいさ」
「で、ですが私は…」
「迷惑か?」ちょっと困った様に冥月が僅かに顔をしかめる。
「と、とんでもありませんっ! 嬉し過ぎるぐらいですっ!」
「そうか。では着替えてこい」冥月がほっとした様な顔をした、と思いきやすぐにそう告げる。
「…え…」百合の口から声が漏れるが、店員はこの機を逃すまいと百合の背中を押す。
「さぁ、あちらでお待ち下さい。すぐご用意致しますから」




―――

――





 ――事の発端は今朝の事だった。

「だから、私の服! もう乾いてるでしょ!?」
「乾いてますけど、出掛ける予定もないのですから、着てて良いですよ」
 にこっと零が笑いながら答える。
「だからって何でアンタの服は胸元にファンシーな絵のプリントされたシャツばっかりなのよ! 熊の次は兎って何!?」
「動物のプリントは可愛いですよ?」
「可愛い可愛くないじゃなくて、似合わないでしょ!?」

 と、朝から百合と零が言い合いを開始していた。それを後ろから眺めていた冥月が会話に参加する。

「よし、服を買いに行こう」
「へ…?」百合が不意に後ろから聞こえてきた冥月の声に驚き、振り返る。
「それに、百合の荷物もないからな。必要な物を全て揃えに行くぞ。百合、すぐ支度しろ」





――

―――



 ―と、言う事で朝から高級デパートの中で買い物をしている冥月と百合だった。

「こんなモノか」
「こんな…に…」
 価値観の差というのは恐ろしい。
 百合の前に詰まれた服は季節関係なく揃えられた服が十着以上。しかも上下全てがそれぞれに、だ。思わず百合は唖然として口を開き、高く詰まれた服を見つめていた。
「お、お買い上げ有難う御座います…」
「これで」冥月がポケットからお金を取り出す。「足りるか?」
 実際にやってみたい事の中に、この行動は誰もが抱く夢の一つではなかろうか。胸の内ポケットから出てきたのは、帯によって止められた茶色い紙幣。その枚数は帯を見れば解る通り、三桁を示す。
 目の前でそれをやられたら、笑ってしまうか口を開けて唖然とするか。大きくその二つに分かれる事だろう。ちなみに、この場にいた人間は全員後者に当てはまる事となる。


「有難う御座いましたー!」

 店員の大歓声の様な挨拶を背に、冥月と百合が大量の服を詰められた袋を持つ。人のいないトイレの近くに行き、冥月が影の中に全ての荷物を押し込む。
「あの、お姉様…。あんなにたくさん買って頂いて…―」
「―ベッドは置けないから布団がいるな…。それに歯ブラシなんかも必要だな…。寝巻きも用意しなくてはな…。ふむ、まだまだ半分にも満たないな」ブツブツと冥月が呟く。「百合、何が欲しい?」
「え…?」
「生活する上で、あとは何が必要だ?」
「えっと、私はそんなに…」
「よし、なら上から見て回るか」
「上から?」
「あぁ。ローラー作戦だ」




 最上階にあるレストランブースには色々な店がひしめき合っている。が、どれも高級感溢れる店。コースメニューで当たり前と言わんばかりの店がある。贅沢をするならこういう所で優雅に…――。

「値段の割りに栄養のバランスが悪いな」
「栄養補給でしたら、もっとシンプルで効率の良い食事の方が良いですね…」
「あぁ。こんな面倒な食事をしていたら、いつ襲われるか…――」
「――フフ、お姉様の実力でしたら、襲われても…」
「まぁ、ある程度なら相手出来るが…」

 ――とはいかないらしい。
 全く持って乙女の楽しみは何処へやら。周囲との会話の内容が違い過ぎが、それは二人の感覚が常人とはやはり違う。
「もうすぐ昼になるしな。何か食べたい物があるなら言ってみろ」
「食べたい物、ですか…」百合が困った様に周りを見回す。「…あ…」
 窓から外を眺めた百合が声を漏らし、冥月がその視線の先を見つめる。
「…あれは…クレープ…?」雑踏の中にある出店を見つめて百合に声をかける。
「いっ、いえっ、ああいうのあまり見た事なかっただけで…!」
「…そうだな。私達みたいな人間とは少々無縁だったな」冥月が小さく笑う。「物は試しだ。食べてみないか?」
「え…?」
「私も実は食べた事がなくてな。一度食べてみたいんだ。後で付き合ってもらえるか?」
「は、はい…」
 百合は冥月の心遣いに気付いていた。それでも、その厚意を素直に受け取ろうと、それ以上の言葉は返さなかった。


――。


 ―生活道具、主に布団から家具からそれなりの物が置かれている階へ着き、お互いの布団を買い揃える。
 その他にも何か便利そうなものはないかと見回っている冥月と百合だったが、冥月が突如足を止めた。

「お姉様…?」
「…ふむ」
 もふもふと音を立てながら、六十センチ程はあるだろう白い熊のぬいぐるみを軽く叩く。
 一瞬の空白の時間。そして、じーっと熊を見つめる冥月。
「…お、おねえ…――」
 ―百合が手を伸ばそうとした瞬間、冥月がガバっとぬいぐるみを強く抱き締めた。百合は思わずその行動に理解が追い付かず、冥月を見つめて固まっている。
「……良い」真顔で人形を抱き締めながら呟いた。
「は…?」
「…実に良い、この抱き心地。どうだ、百合も試すか?」
「え、いや、私は…」と言いながらも、百合が冥月に押し付けられたぬいぐるみ受け取る。
「どうだ? なかなかのモノだとは思わないかっ?」心なしか冥月が何処か興奮している様に声を弾ませる。
「…そうですね、良いかもしれ…――」
「―よし、私とお前の分だ。二個買う。いや、零の分で三つか…? いや、武彦の…――」

 ―十年という時間は、やはりこの人を“人として”成長させたのかもしれない。
 百合はそう思いながら、結局四つ買う事にした色違いの熊のぬいぐるみ達を持っている冥月を見つめていた。

 とは言え…

「何で八つに増えてるんですか…?」
「全色だそうだ」
「…一人一つで良いのでは?」
「…全色…―」
「―お姉様」
「…う…」

 百合は強制的にぬいぐるみの数を四つにさせた。


―――。




 ―結局、全ての買い物を終え、クレープを食べながら運転手付のリムジンに乗って冥月と百合が帰り始めたのは夕方の事だった。

「足りない物があったらちゃんと言うんだぞ」
「大丈夫ですよ」百合が笑って答える。「それにしても、これはなかなか…」
「あぁ、思ったより美味かった」
 冥月と百合が思わずクレープを見つめて呟いた。
「っと、運転手、悪いがそこを左に曲がった先の公園で結構だ」冥月が運転手へと声をかけた。
「はい」
「公園…?」
「あぁ。悪いが百合、ここからは歩きだ」
「それは構いませんが…」

 運転手に礼を告げ、冥月が車を走らせる。冥月は何も言わず百合と共に公園の中を突き進んでいく。

「一体ここには何が…――」
「――朝から尾行されてる。随分大勢だ」冥月が口をあまり動かさずに百合へと告げる。
「そんな…」
「殺気は余り感じないがいい加減鬱陶しい。ご対面と行こう」

 広場へ出た所で冥月が足を止めて振り返る。

「出て来い!」

 冥月の声が公園内に響き渡る…―。




                                        to be countinued...


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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

買い物ストーリーいかがでしたでしょうか。
何だかちょっと可愛い一面が出てしまいましたが、
気に入って頂ければ幸いです。

熊のぬいぐるみに何故か心を奪われるという設定にしましたが、
ちょっとずつ乙女化?してる様な…w

何はともあれ、お楽しみ頂ければ幸いです!

それでは、今後とも是非とも宜しくお願い致します。

白神 怜司