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●斡旋屋―取り立て―(セレシュ・ウィーラー)
異質能力者だと見抜く、その斡旋屋(NPC5451)と名乗る人物を見ながら、セレシュ・ウィーラー(8538)は心の中で呟いた。
(「悪いけど、胡散臭いなぁ……」)
人形の様な少女と、人形と。
まるで、暴漢に絡まれる事ですら綴られた筋書きのようで……。
「まあ、ええわ。ちなみに斡旋の内容って、どんなんなん?」
「千の魔法を操る魔術師からの、斡旋料の取り立てです。見た目は私と同じ位、もう少し下でしょうか――?」
『人形』に囲まれた、魔術師ですよ、と斡旋屋は呟いた。
「わかった。でも、うちは無理矢理取り立てるような真似は、せぇへんで?」
「ええ。お話を聞いてからで、構いません」
妙に潔い――まるで、返答を予測していたかのような。
少しだけセレシュは、眉を顰めたが、ほな、行こか、と斡旋屋を促した。
太陽の光はセピア色……秋とは言っても、まだ陽光は夏のように激しい。
だが、青にほんの少しだけ灰色を溶かした様な空には、うろこ雲が靡いていた。
――人の多い場所から、やがて人の少ない場所へ。
アスファルトから、石畳に変化した道を二人と一体で歩く。
「何処に居るん?」
「もうすぐ……此処が、彼女の家です」
斡旋屋が示したのは、豪邸と呼んでも差し支えのない家だった。
薄桃色の壁を持つ豪邸の庭には、花々が咲き乱れ、薔薇のアーチや日時計まで設置されている。
「何か、派手な家やなぁ」
「青い鳥症候群と言う、言葉があるそうですね」
唐突に切りだした斡旋屋に、怪訝な視線を向けるセレシュ。
もしかしたら、魔術師の情報かもしれない――と続きを待つが、一向に斡旋屋は口を開かない。
十分に時間をとってから、斡旋屋はふ、と口を開いた。
「――『人間』が嫌いだそうですが、あなたは大丈夫でしょうか?」
ザァ、と風が吹いた――秋の薫りを含んだ風が、セレシュの頬を撫でる。
彼女の蜂蜜を溶かした様な金髪が風に流れ、はためいた。
バレているか、そうでないか……声音を聞くに、セレシュの正体に気付いた様子はなかった。
「大丈夫やろ」
そう言って、セレシュは豪邸に足を踏み入れ、斡旋屋も続くのだった。
●
甘ったるい菓子の匂いに、甘ったるい死の匂い。
差し出された紅茶と菓子に、セレシュも斡旋屋も口を付ける気はなかった。
「……斡旋屋さん、依頼は失敗したのよ」
桜貝の爪をしてグミの唇をした、少女が言う。
「それは、先方との問題でしょう。当斡旋所の規定でも、仕事の成否に関わらず斡旋料を頂く仕組みになっています」
「斡旋って普通、成功するように取り計らうものでしょう?」
(「依頼は失敗した。斡旋料の支払いは成否に関わらない……二人共、譲歩はなさそうやなぁ」)
頬杖をつきながら、二人の様子を眺めるセレシュは、芳しい紅茶を飲もうかどうしようか、と頭を悩ませる。
もしかしたら、戦闘が始まるかもしれない――だがこうして、豪邸の中に招かれたのは少なからず、話す気があると言う事だろう。
(「話す気なかったら、外に放置でも構わへんもんなぁ……」)
桜貝のような爪を齧りながら、魔術師は唇を尖らせた。
「勿論、成功させるつもりだったわよ? でも、IO2が出て来たんだから仕方がないじゃない。こっちだって、報酬は貰ってないわ」
「依頼人を巻き込んだ、と当斡旋所の評判も下落しました」
水掛け論である……ふと思いついて時計を見れば、時刻は夜の6時を回ったところだ。
(「病院は――臨時休業で申し訳ないなぁ」)
このまま、休業のままでいる訳にいかないだろう……溜息を吐きつつ、セレシュは二人の仲裁に入るべく、口を開いた。
「確かに、そっちの言う事も納得は出来るけど。別に、成功報酬を払えって言ってる訳や、ないんやろ?」
「ええ。成功報酬ではなく、着手金です。手持ちがないとの事で、依頼後に倍額で譲歩しました」
「自分、めっちゃがめついなぁ……」
倍額、という言葉に思わずツッコミを入れるセレシュだが、当然です、と斡旋屋は言い切った。
「当斡旋所は、どんな手段を用いても斡旋料を取りますので」
こう言うのを、守銭奴って言うんやなぁ……とセレシュは遠い目をしつつ、口を開く。
「全額って、訳じゃないやん? 倍額は兎も角、元の代金だけでも――」
斡旋屋が一枚の紙を取り出す……2倍の料金を支払う事に同意する、に、魔術師の名が書かれていた。
「帰って、帰って!」
兎に角、嫌だから! と言った魔術師は綿のはみ出たウサギのぬいぐるみを乱暴に投げつける。
「そもそも、IO2が悪いんでしょ!」
「当斡旋所では、立場に関係なく斡旋を行います」
「……五月蠅い! 深淵に囚われし御霊、覚醒の声に呼応し――」
鋭い短剣を手に、魔術師はリボンを靡かせ死霊を呼び醒ます呪文を唱える……が、一足早くセレシュが黄金の剣を手に、結界を完成させる。
無数の亡者達は結界内に入れず、魔よけの力で弾き飛ばされる。
「この位――!」
「止めとき。実力行使したって、きっと諦めへんって」
その通りです、と空気を読まない相の手が入ったが、セレシュは黄金の剣に力を注ぎ、魔よけの力を放出する。
バチン、と光と闇の力が混じり合って反発し、部屋の内装にヒビを入れた。
「とりあえず……こっちも仕事やし、貰っていくで」
黄金の剣が軌跡を描き、捕縛の魔法を紡ぐ――悲鳴を上げた魔術師は、憤怒の表情で捕縛され、動きを止めた。
「こっちで適当に見繕って持ってくけど、文句ないよな」
「んんーんっ!」
当然ながら喋る事が出来ず、呻き声を上げる魔術師を尻目に、魔術書に視線を移すセレシュ。
偽物の類も沢山あるが、中々面白そうなものも揃っている。
やはり、虚無の世界側の人物だからか、それに関してのものが多い。
「必要な分だけにしぃや?」
「分かってますよ」
と言いつつ、価値があるものだけを選び出して持っていく斡旋屋、魔術書は勿論絵本や、ぬいぐるみまで持っていく気の様だ。
アンティークショップ・レンの売り物もこう言うところから、流れてくるのかもしれへんなぁ、と思いながら一冊の魔術書を抜きとる。
「うちの報酬は、此れでええわ」
「ありがとうございます……では、斡旋屋をご利用頂き、ありがとうございました」
またのご利用を、お待ちしています――と全くの感情を込めず、言い切った斡旋屋を横目で見る。
(「また、取り立てるんやろか――?」)
瞼を伏せたままの、斡旋屋の顔からは何の表情も読み取れなかった。
●
南天に至った月が、大都会、東京を照らしている。
月よりも明るい、人工の明かりの中二人は歩いていた。
「ありがとうございました、お陰で取り立てる事が出来ました」
そう言って頭を下げる斡旋屋に、それはどうも、と少しだけ皮肉を交えてセレシュは返した。
手の中には、魔術書……実り多いとは言えないが、これは十分価値のあるものだ。
「ああ、此方をどうぞ」
そう言って斡旋屋が差し出したのは、一枚の名刺だった。
『斡旋屋 晶』
「ショウ、でも、アキ、でも構いません。此れには、転移の魔法が使われています。お名前を伺っても宜しいですか?」
「セレシュ・ウィーラーや」
「わかりました、ウィーラーさん。ウィーラーさんがいらした際には、斡旋料を勉強させて頂きます」
とてつもなく、胡散臭かった……『勉強』であって『値引き』じゃない辺りが。
とは言え、此れ以上揉めるのも嫌なので名刺を受取る。
正直言って、そろそろ家が恋しかった。
「ありがとうございました。また、お会いできる日を楽しみにしています」
斡旋屋の視線を感じつつ――セレシュはその場を後にするのだった。
家に帰って、彼女がまず始めにしたのは、魔術書の複写である。
幻装学――幻想装具学――の研究者である彼女にとって、その魔術書は興味深いものだった。
だが、それ以上に……。
「昨日ぶりやなぁ」
「何の用?」
「これ、返しに来たんや。その代わり、魔術技術について情報交換、ええか?」
魔術師は魔術書を見、そしてセレシュの顔を見、頷いた。
魔術技術と、魔術書の交換……勿論、セレシュは複写しているので、得るものが増えるのみ。
(「向こうもご同類、酷いと言う様な真っ当な生き方しとらんやろ」)
午後のティータイム、アップルパイとセイロンティの香りが漂う中、魔術技術について学ぶセレシュと、狡猾な魔術師の会話が見られたという。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女性 / 21 / 鍼灸マッサージ師】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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セレシュ・ウィーラー様。
この度は、発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。
頂いた文章から、したたかで憎めない印象を受け、その部分を表現出来るよう尽力致しました。
ツッコミ気質のセレシュ様になりましたが、ボケも担当出来ると思います。
ワルツのように軽快なテンポで、お届け出来ていれば幸いです。
では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。
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