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ココロ
何度目のため息だろう。
――力無き娘。
頭の中を駆け巡るこの言葉に、私の中で誰かが同意する。
(そう、私は何の力もない、ただの高校生)
この言葉にも反発することなんてできない。
だって、確かに私には、何の力もないのだから。
でも「あの人」……鹿ノ戸さんは違う。
「……はあ……」
こんなんじゃダメだ。
手にしていたシャーペンを放り出して息を吐く。
明日は小テスト。本当なら勉強に集中しなきゃいけないのに、さっきから全然進まない。
勉強どころじゃないよ。
脱力するように寝転ぶと、フローリングの冷たい感触が伝わってくる。
考え過ぎて火照った頭にはちょうど良いかも。
「……それにしても……力って、なんだろう……」
見慣れた天井を見詰めて呟く。
力の定義はいっぱいあると思う。それこそ、人がいるだけの分が。
じゃあ、鹿ノ戸さんが敵視しているあの人が言った「力」って何だろう。
私の力って……。
考えても出て来ないことが。既に力がないって言ってる気もする。
じゃあ、鹿ノ戸さんの「力」は?
これは簡単。
鹿ノ戸さんの力は、あの眼帯の下にある。
あの目は人とは違ってた。
あの目を晒した後、鹿ノ戸さんはすごく苦しそうで、それはあの人の中に流れる血がそうさせるんだって……そんなことを敵である人は言ってた気がする。
「血か……それって、そんなにすごいことなのかな……」
彼にかかった呪いはすごいものだと思う。
でもその呪いじゃなくて、彼自身は血が呪われているからと言って、何かが変わるのかな?
呪われているから鹿ノ戸さんは鹿ノ戸さんじゃなくなるの?
「ううん……鹿ノ戸さんは、鹿ノ戸さんだよ……」
人と違う目の色をしていても、呪いに掛かっていても、彼が彼であることに変わりはない。
「どんな呪いの血が流れていても、鹿ノ戸さんの良い所が無くなることなんてないもん……彼は、彼……そんなのは関係ない」
じゃあ、なんでこんなに悩むんだろう。
鹿ノ戸さんを思い出すと胸が苦しくなる。
その理由は何?
力がないのに巻き込まれに行って足手纏いになったことへの罪悪感?
それとも、傷付く彼に何も出来なことへの贖罪?
ううん、違う。
「……私の問題なのは確か……でも、罪悪感とは違う……」
もしかしたら、これは――
1つの考えが頭を過る。
でも、その考えを認めるには私には乗り越えなきゃいけないことがいっぱい。
それに、鹿ノ戸さんには……
「……難しい……」
ため息交じりに呟いて寝返りをうつ。と、携帯が光っているのが見えた。
「メール……?」
おもむろに手を伸ばして引き寄せると、やっぱり着信の文字だ。
誰からだろう。
無意識に胸が高鳴る。
鹿ノ戸さんのことを考えていたから、鹿ノ戸さんから来たのかもしれない。
そんな思いが過るけど、でもそれこそ有り得ないことだよね。
だって、彼が私にメールをくれたことなんて一度もない。
それに――
――俺には、関わるな……もう…余計な真似は、するな……。
鹿ノ戸さんは、そう、言っていた。
あの言葉が拒絶だったとしても、私の知らない所で鹿ノ戸さんが辛い思いをし続けるなんて嫌。
だから、「関わらない」なんて選択肢はない。
じゃあ、何をすれば良いの?
また初めに戻った思考を抱えて、携帯電話を開く。
「……違う」
着信は鹿ノ戸さんじゃなかった。
当然だと思っていたけど、実際に目の当たりにするとため息が零れちゃう。
「……私の出来ることって何なんだろう……」
鹿ノ戸さんを苦しみから救いたい。
もしかしたらそう思うこと自体が間違いなのかもしれない。
彼の苦しみは私なんかじゃどうにもできないほど大きい。
それはわかってる。
でも、何もしないなんて嫌なの。
嫌……。
「……、っ……」
思わず目頭が熱くなった。
そっと目を伏せると、頬を涙が伝って。
たぶん、無力な自分に腹が立ったんだと思う。何も出来なくて、ただ考えるしか出来なくて。
それなのに考えがまとめられなくて。
なんで、こんななんだろう。
「鹿ノ戸さんが、傷付くが怖い……自分が、死ぬのも怖いけど……それ以上に、怖い……」
啜り泣くように零れた声。
これは私の本音。
彼の苦しみの片鱗すら気付けないまま、彼はいなくなってしまうのではないかって。
そう思うと、本当に胸が苦しい。
「……関わらないままいなくなるなんて、嫌……嫌だよ」
答えは出てる。
ギュッと唇を噛んで携帯を持ち上げた。
無意識に指が動いて、そして「鹿ノ戸千里」の名前が表示される。
強くて、不器用で、でも優しい人。
大きくは変わらない表情の中に、時折柔らかくて暖かい表情を見せる人。
「……知りたい……私、鹿ノ戸さんのことが、もっと……」
もしかしたら、彼に好意を持っているのかもしれない。
そう考えると、いろいろなことへの辻褄が合う。でも、それは……
「茨の道を駆け上がるのと、同じ……」
鹿ノ戸さんを取り巻く状況は異質。
それは確かなこと。
それにどう立ち向かうのか。何をしたらいいのか。
彼を支えるなんて簡単なことじゃないし、そんな資格はないのかもしれないけど、立ち向かうことすら諦めるなんて出来ない。
「………」
見詰めた先の名前を指でなぞる。
ただ名前を見るだけで、こんなにも胸が苦しい。
もしこの名前が消えてしまったら……。
「消さない……消させない。私の、できること……私にできることをしなきゃ……」
そう言えば、鹿ノ戸さんと話す時、私はよく笑ってた気がする。
能天気に笑って、いっぱいおしゃべりして、すごく楽しかった。
もちろん、厳しく当たられて楽しいなんて思う余裕がなかった時もあったけど、それでも思い返せば全部楽しいことで……。
「……笑いたい」
ぽつり。零した声に、胸が熱くなる。
自覚してゆく気持ちと、追いつかない頭。
笑って話が出来たら……。
「……すごく、会いたいよ……鹿ノ戸さん」
言って、彼の名前が表示された携帯を、抱きしめた。
胸は締め付けられるように痛くて、心は鹿ノ戸さんに会いたいと素直な気持ちを告げてくる。
「……」
カチカチと響いてくる時計の音。
今、何時なんだろう。
そう思って顔を上げる。
「まだ、こんな時間……今からでも、会える……?」
知らず零した声に、体が真っ先に反応してた。
「お店が閉まるまでには時間があるし。大丈夫!」
急いで起き上がって着替えを済ます。
そうして彼のお店の名刺を手に家を飛び出した。
――会いたい。
今の私に出来ること。
その答えは出ないけど、言えることはある。
それは彼を失いたくないってこと。
それを実行するために出来ることはまだあるはず!
私は私に出来ることをする。
「そのためにも、会わなくちゃ……!」
――END
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