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●斡旋屋―雨遊び―/工藤・勇太
工藤・勇太(1122)はいきなり雨脚を強めた空に、慌てて店の軒下に駆けこんだ。
「つ、冷てぇ……」
しっとりと濡れた服の水滴を払えば、隣に立つ人物に気付いてあれ、と勇太は首を傾げる。
人形を連れた、斡旋屋(NPC5451)である――この雨で、足止めを喰らったのだろうか?
「あれ? この前の斡旋屋さんだよね? たしか……ショウとか、アキとか――」
「ええ、その様子では、まだ迷っていらっしゃるようですね。ああ、此方をお使いください」
差し出された手ぬぐいを受け取り、礼を述べて服や鞄の雨粒を拭う。
まだ迷っている事を知られて、少しばかりばつが悪い。
好きに呼んでいい名前――ふ、と薫ったのは秋風の薫りだ。
夏の風の暖かさと太陽の薫りとは違い、木枯らしと木の薫りが強い。
「それじゃ、今秋だし、晶(アキ)って呼ばせてもらおうかな」
「わかりました……そう呼ぶ方は、珍しいですね」
ショウ、の方が良かったのだろうか、と頬を掻いた勇太の心情を察したのか、ゆっくりと斡旋屋は首を振った。
「いえ『斡旋屋』で事足りる、と言う方が多いものですから」
「……そんなもんかな? 名前があるんだし、呼んだ方が断然いいって、俺は思うけど」
決して買いかぶっている訳ではないが、勇太としては斡旋屋は悪い人物ではない、と感じていた。
確かに、唐突に仕事を斡旋したりと……少々、常識と呼ばれるものからは逸脱しているのかもしれないが。
隣の人形だって、良く見れば――。
「傍らの人形だって、よ、良く見れば……」
つるり、と陶器の様な白い滑らかさをもって、人形が此方を見返してくる。
跳ねた雨が、その白い人形の表面をツルリ、と滑っていった。
「あ、愛嬌が――うん、愛嬌が……」
なくも、ない……と思う、多分、と心の中で呟く。
人形は表情なく、勇太を見ていた――ぽっかり、と空いた眼の部分は暗く、深く。
まるで飲みこまれそうな――何とも言えない思いを駆りたてる。
「……気に入りましたか?」
中に入りましょう、と促した斡旋屋に続いて、勇太も中に足を踏み入れた。
喫茶店の中は、珈琲の香りと甘いケーキの匂い、学校帰りの勇太の胃袋が、くぅ、と空腹を訴えた。
お腹を抑えて思わず赤くなる勇太に構わず、斡旋屋がどうぞ、とメニューを差し出してくる。
「え、でも――俺、お金……」
「工藤さんのお時間をお借りする、お礼ですよ。私も退屈していましたから――此処で断られると、私の面子が立ちません」
「……う」
女の子に奢らせるのは、と思わず言い返しそうになったが……先手を取られて勇太は、小さく呻いた。
結局、一番安いアイスティを頼み、斡旋屋がグリーンティを頼む――そうして、先に口を開いたのは勇太の方だった。
●
「どお? お仕事は順調?」
未だに、作り物の様な完璧さを保った斡旋屋へ声をかける。
しとしとしと、降り続く雨に耳を澄ませてから、斡旋屋は頷いた。
「順調ですよ。工藤さんがしっかり、取り立てて下さったお陰で、斡旋料を払わない輩もいませんし……工藤さんこそ、学業の方はどうです」
「え、まあまあかな。って、俺、高校行ってるって言ったっけ?」
「情報も、私の武器ですから……」
何時の間に、と勇太は口の中で呟くがそれはアイスティとグリーンティを持ってきた店員の声にかき消された。
不自然な明るさを持った店員の声が響き、両者の前に飲み物が置かれる。
ふ、と奇妙な間が出来、斡旋屋は口を開いた。
「……どうです、肩は」
どうやら、勇太の肩に視線を向けたようだった――尤も、その瞳を見る事は出来ないが。
「あ、そうそう、肩の怪我。痛みはさほどないんだけど、なんだかちょっと違和感が残っててさ」
肩を動かしながら、勇太は告げる。
「でも、この程度だからどうしようか迷ってたんだよね」
「――そうですか。少しお待ち下さい」
斡旋屋が袂から、一枚の名刺を取り出した……斡旋屋の名刺と似ているが、そこには鳳凰の模様が描かれている。
やがてそれは、燐光を発し、一羽の鳳凰となって斡旋屋の手から飛び立った。
「へぇ、綺麗……」
「修復屋を見て、意気消沈しない心の準備をお願いします」
容赦無い斡旋屋の言葉に、曖昧に笑いながら、心の準備――をした時だった。
ガラン、と店の扉に取りつけられたベルが鳴り、一人の青年が入って来る。
大きなヘッドフォンを外し、これまた大きな声で店内へと声をかけた。
「晶、いるかー!」
浅黒い肌をした、銀髪の青年だった――精悍な顔立ちをしている。
「えーっと、もしかして」
「アレです。紬、此方は私がお世話になった、工藤・勇太さん。肩を負傷しているので、診て差し上げて下さい」
サラサラと告げられた言葉に、紬、と呼ばれた青年……修復屋(NPC5452)は斡旋屋と勇太を交互に見、口を開く。
「お、あんた。晶の、無茶苦茶な斡旋を受けたんだろ」
当たらずしも遠からず……頷きそうになって、慌てて戦いで負傷したのだ、と言い直した勇太の背中を軽く叩く修復屋。
「少し待ってろ、よっと――」
レッグポーチから取り出したのは、一本の針だった――銀色に輝く小さな針を勇太の肩に刺すと、丁寧に傷に沿って縫いあげていく。
服の上からでも、修復屋には『修復すべきもの』が視えているようだった。
勇太の方はと言うと、針が通る感覚はあったが……不思議な事に、痛みは存在していなかった。
斡旋屋が、修復屋と勇太の顔を交互に見る――同じく交互に視線を移す人形、その二つに大丈夫、と勇太は頷いた。
●
「ありがとうございました」
「礼を言います、紬」
勇太と斡旋屋の礼を受けて、修復屋はまんざらでもない様子だった。
頭を掻いて、あからさまに照れている、と言う様子である。
「傷はしっかり、修復……いえ、治りましたか?」
「うん、大丈夫。お陰で治ったよ……違和感もないし」
斡旋屋の言葉に力強く頷いた勇太は、少し肩を回してみる――違和感は皆無だ、寧ろ、前よりも調子が良いくらいに。
表情の裏を読み取ろうとでもいうのか、斡旋屋は無言のままその肩を見つめていたが、どうやら勇太の言う事が本当だと分かったらしい。
チラリ、と修復屋へと視線を移して首肯した。
「それは良かったです……」
「そう言えば、晶と……えーっと、修復屋さんって仲いいの?」
何だか仲が良さそうだよね、と人懐っこい笑みで言った勇太だったが、両者から返事が返って来る。
「とんでもないです」
「絶対ない」
……あれ、もしかしてステレオ? と思わなくもなかったが、何やら両者の間に火花が散っている――気がする。
仲が良いのか、悪いのか。
「そうそう、俺は修復屋のお兄さん。『お兄さん』な」
やたらと『お兄さん』を強調して、一枚の名刺を差し出してくる修復屋。
『修復屋 紬』
鳳凰の透かし絵が書かれたその名刺を受取り、そう言えば斡旋屋が持っていた名刺と同じものだなぁ……と記憶を探った。
「その名刺があれば、俺のところまでひとっ飛び。表向きは形成外科医やってるから、また何かあったら来いよ」
「……表向き?」
目の前の人物が白衣を着ているところを想像し、思わず口元が引き攣る……申し訳ないが、似合っていない。
それは当人も理解しているのか、修復屋は頬を掻いた後、わしゃわしゃと勇太の頭を撫でた。
「な、何するんだよ!」
いきなりの子供扱いに、思わず声を上げる。
その様子を見て、カラカラと声を上げた修復屋は椅子の上に胡坐を掻いた。
「……って、椅子の上で胡坐組まない」
「あ、すみません。いや、弟みたいだなーと、言わば家族、ふぁみりぃ」
『家族』の言葉に、ふ、と勇太の表情に翳が差したことに、修復屋は気付かないようだった。
華やかな笑い声の響く、喫茶店の中に、しとしと、しとしと――雨の音。
自分と、その他を隔離してしまう音。
それはベールのように、己を覆い尽くして……息が出来ない。
人は孤独で息が詰まるのだと、今更ながら思い出す――周りには沢山の人がいるのに、孤独であるという事実。
「世界は一つの家族! 血の繋がり!? そんなものは吹っ飛ばせ!」
いきなり腕を上げて、修復屋が声を上げた……小刻みに身体を動かし、どうやら彼は何かのリズムを取っているようだった。
その大きな声に、客の視線が集まる、思わず身体を小さくして頭を下げた勇太と、涼しい顔の斡旋屋。
「いいか? ミュージックがあれば、世界は一つの家族になる。はーと・とぅ・はーと!」
ヘッドフォンを装着し、じゃあな! と修復屋は去っていく……その手に吸い込まれるように鳥が舞い降りた。
――仕事が入ったのかもしれない。
「お気を悪くさせたのなら、申し訳ないです」
斡旋屋はばつが悪そうに呟いた……カラン、と氷が溶けだして音を立てる。
殆ど飲み干された、勇太のアイスティと、口を付けて貰えない斡旋屋のグリーンティ。
「いや、いいけど……面白い人だね」
「ええ。単細胞とでも言うのでしょう――そろそろ私達も、行きましょうか」
パチン、とがま口の財布を取り出して、斡旋屋は言った。
「もう止んだかな?」
勇太がガラス越しに、空を見上げる……雨の止んだ空、雲の切れ間から太陽が顔を覗かせていた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【1122 / 工藤・勇太 / 男性 / 17 / 超能力高校生】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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工藤・勇太様。
発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。
勇太様は、明るく笑っているかと思えば、ふ、と過去を思い出して翳のある表情をするのではないかと。
そう思い、書かせて頂きました。
修復屋も交えて、楽しんで頂ければ幸いです。
では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。
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