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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ あの日あの時あの場所で……【回帰・11】 +



 宮崎県の高千穂神社に俺とカガミはバスを乗り継ぎやってきた。
 其処は宮崎県でも有名な観光地の一つで、神社の本殿は国の重要文化財にも指定されており、他にも古くから存在する杉が宮崎の重要文化財に指定されていたりと見所が沢山ある場所だ。
 当然周囲は自然に囲まれており、木々の隙間から指し照らす地面や建物は聖域と言う事もあり清らかに見え、雰囲気や気配も洗浄されたそれが漂っており呼吸をするだけでどこと無く気分が落ち着くのを感じた。


「――そして、こちらの杉が噂の――」


 ふと、俺は神社の敷地内を案内しているツアーガイドの声を捕らえ、観光客一行を見つけた。
 観光地なのだから平日でもそれなりに人が集まっており、むしろご年配の方々は休日を避けるように平日に動く傾向がある。その観光客一行もどちらかというと年配の方々が多いが、夏休みという事もあって子供連れも中には存在していた。
 ガイドが説明しながら敷地内を進めば団体が動く。
 俺はその声に何となく惹かれるものを感じ、情報収集も兼ねて後ろを付いて行くことにした。カガミも観光客らしく周囲の建造物や狛犬や鳥居などを面白げに眺めていたので丁度いいかもしれない。


「実はこの地には神話に纏わる話が沢山残っております。その中でも口伝えでしか残っていない伝説があり、今も尚語り部によって文書ではなく口伝(くでん)で伝えられております」
「どんなお話なんですか?」
「では私が受け継いだ話を一つお話致しますね。これも文書化されていないものです」


 そう言ってツアーガイドさんは皆を本殿の方へと案内しつつ説明を始めた。
 俺はラッキーとばかりにその話に耳を傾けるが、立ち止まって向かいあった狛犬二匹を見ていたカガミの腕を掴み引っ張る。その行動によってカガミの意識が俺に向き、ツアーガイドの方を見てから少しだけ口元を緩めたのを俺は見た。
 置いていきそうになったと視線で訴えれば、向こうからも片手が上がり顔の前に立てて謝罪するというジェスチャーが見られ、これで離れなくて済むと胸のうちを下ろす。


「この地にその昔、神の力を使う民が存在していたという言い伝えが残っております。民の名前は既に口伝では失せており、正しい名はありません。でもその民は時に神からお告げを授かったり、またその神通力を持って災いからこの地の人々を救っていたといわれています」
「じんつーりき?」
「神通力とは『神に通じる力』と書きます。一般の人が持っていない超人的な能力の事を纏めてそう言いますね」


 子供の質問に丁寧にツアーガイドは答える。
 小さな手を挙げる子供の姿が愛らしく、俺はぷっと息を噴出しながら表情を綻ばせた。


「はは。神通力だって。超能力みたいなもんかな」
「これを貸してやる」
「ん?」
「電子辞書」
「……お前のその鞄はまるで国民的アイドル青狸のポケットみたいだよな」
「こんな場所で空中から物を出したらそれこそ『神通力』だろ?」


 カガミがボディバッグから薄い電子辞書を取り出し、俺の方へと差し出してくれる。
 人目を気にしてわざわざ鞄を介して取り出してくれる辺りやっぱり人間っぽい。いや、旅行中なんだから確かにカガミの言う通りなんだけど。人前でカガミの力を使えばそりゃあもう立派な神通力だろうよ。
 俺は有り難く電子辞書を受け取ると国語辞典のボタンを押してから「じんつうりき」と打ち込む。
 そこに出てきた説明を読めば確かに「超人的な能力」を書かれていた。だがふと参照リンクがあったのでそこにカーソルを合わせてボタンを押せば「通力」の方へと飛ばされる。
 其処にはその言葉が仏の言葉もしくは仏教に関する意味である「仏語」であること、そして「禅定(ぜんじょう)などによって得られる、何事も自由自在にできる超人的な能力」と詳細が載っていた。


「おお、辞書って便利ー」
「あのツアーガイドが言っているのはもっと神掛かったものだと思うけど、まあ超能力に似たようなものではあるだろうな」
「巫女さんっぽいもん?」
「それはお告げを授かる方だな。ちょっと辞書返してもらうと――……ああ、出てきた。女が『巫』、男が『覡』という字を使う。ひっくるめるなら神の子と書いて『神子(みこ)』」
「男の方は知らなかったなぁ」
「あんま神話的に男の神子――覡は伝わりにくいからな。巫女も覡も神に仕える者で、神の意を民に伝える役割を担っていることには違いないんだが……どちらかというと現代に伝わるイメージとしては神主系のほうが強い」
「確かに」


 カガミが辞書を使い、「かんなぎ」と打ち込み巫と覡の文字を出す。
 俺はカガミの肩に手を乗せその手元を覗き込むようにしながら説明を受けた。まさか文字についてレクチャーを受けるとは思っていなかったが、少しだけ頭が良くなった気がする。


「じゃあ、神通力を使って災いを避けたっていうのは?」
「それこそ民の中に何かしらの能力者が居たんだろう。己を媒体として神々の力を借りていたかもしれないし、本人そのものの力かはあのツアーガイドからの説明じゃ曖昧だけどな」
「神話だもんなー」
「別の地の神話じゃ神の血を引いている子らが近親婚を繰り返し、ある程度の集落を作って暮らしたという話もある。その民がどういう経緯でお告げを聞いていたか、神通力を持っていたかはその時代の人間にしか分からないし――まあ人の言葉で伝わっているものならその頃一般的に知られていなかった技術が民以外の者には『神通力』に見えたという可能性もあるって事で」
「う、一気に現実的になった」
「歴史に置きかえるとそうなるって話だろ。ほら、ガイドがまた何か話し始めたぞ」
「あ、聞く聞く!!」


 カガミに指差され、俺は慌ててガイドの人の話へと意識を向けた。
 ガイドは敷地内の建造物がどうやって作られたのか、いつ頃作られたのかという話を旅行客にも分かりやすいように噛み砕いて説明をし続ける。
 そして話題は夫婦杉という根が繋がった二つの杉の話へと至る。


「夫婦杉はこの先を行った場所にある二つの杉です。その根っこは繋がっており決して離れられない様子が如何なる時でも別れられない形を示しているとされています。木に近づくことは禁じられておりますが、その二つの木の廻りを離れたくない誰かと一緒に手を繋いで三回廻ると縁睦まじく過ごす事が出来ます。何故三回かと申しますと縁睦まじく過ごせる事、家庭安全、子孫の繁昌、この三つが得られるとされているためです」


 旅行客から関心の声が上がる。
 当然俺もその話には興味を抱き、夫婦杉があるという方角を向く。旅行客がガイドに案内されて先に行くので俺も慌ててそちらへと足を向けた。


「勇太、少し間を空けろ。そろそろ旅行客に付いていく変な二人組になりかけてる」
「え、そうなの?」
「珍しい事じゃないが、旅行客にとっちゃあんまり気持ち良いとは言いがたいだろ。明らかにガイドの話を盗み聞いてる挙句ちょこちょこ付いていくんじゃ金を払っている側としては気分が良くない」
「……お前が忠告するって事は、そう思ってる人の思念を感じ取ってるって事だよな」
「――……お守りでも買いに行くか。それとも御籤を引くとかどうだ。ああ、本殿に参るのも有りだよな」
「否定しない事は肯定なんだぞー」


 ぷくっと頬を膨らませつつも俺はカガミの案に乗る。
 確かに色々聞きすぎた気はする。情報収集は大事だけれど、一般客の不快を買うのはよろしくないのは確かな話だと思うから。
 だからこそ去っていくツアー客を視界の端で捕らえながら俺は本殿に参拝する事を選んだ。



■■■■■



 そして、時を空けてからやってきた夫婦杉。
 其処には今人一人居らず、自分達二人きり。
 それはいい。むしろ気楽。
 だけど――。


「何、この杉……纏わり付いてる思念が……」
「ああ、これは『強い』な。ちょっと感受性が強い者だとこの木々が普通じゃない事を感じ取る事は容易だ」
「力を使わなくても……うわ、なんだろ、圧倒される」


 だがそれは不快なものではなく、多くの人々の想いの念が集まっているのだと知っているからこそ怯えはしない。
 夫婦杉は確かに根が一つとなり、互いがどんな状況に立っても離れられない事を一目で知らせてくる。寄り添う仲の良い男女。夫婦。それをこの不思議な関係を持つ杉に重ねて多くの者が祈願していった証がこの思念。


「おい、勇太!?」


 夫婦杉の周りには柵が立てられており、立ち入り禁止とされている。
 だが俺は何かに憑かれたかのようにその木柵を乗り越え中へと踏み込む。カガミはその行動を読めなかったのか慌てて周囲に気を張り、「人間」の気配を感じないことを確認してから俺と同じように柵を乗り越えた。
 だがその時差が隙を生む。
 俺は誘われるかのように夫婦杉に……その二本の木に片手ずつ掌をくっ付け――。


「――っ!?」


 直接触れた事によって纏わり付いていた以上に密度の高い思念が一気に己の中に流れ込み、俺の意識を侵食していく。
 見えるのは祈りを捧げる姿。
 聞こえるのは願い事。
 楽しげに周囲を巡る多くの人達。
 この夫婦杉が望まれる奇跡を辿る軌跡。


 飲み込まれていく俺の意識。
 思念の触手が何かの媒体を求めるかのように俺の中を蠢いて……――!


「ぁ……あ、あ……!」
「勇太っ!」


 制御不能になる。
 自分が何なのか分からなくなる。
 漏れる『力』。
 望みを叶える為に必要だと言われているかのように『力の解放』を願われているのが分かった。
 がくがくと震える俺の身体をカガミが横抱きにし、柵の外へと飛び出す。だけど侵食は止まらない。風が吹く。自然のものではない――人為的な風。カタカタと木柵と夫婦杉の前に置かれていた賽銭箱が揺さぶられて音を鳴らす。杉の枝が風に煽られて葉がザザッ!! と激しく鳴り始めた。
 抱きかかえられた俺の意識を引き戻そうとカガミが柵の外でしゃがみ込みながら頬をぺちぺちと叩く。だがそんな刺激など今の俺には覚醒のきっかけにもならず、ぱくぱくと血の気が引いた顔で俺は相手の名を呼ぶことすら出来ずに足掻いて。


「君、少し耐えなさい」


 急に聞こえた俺の知らない誰かの声。
 カガミも目を丸めながら現れた年配の男性を見やる。袴姿の外見は神職に携わっている者だと視認するには容易で、彼はそのまま俺を抱くカガミの前にしゃがみ込むとゆっくりと何かを当ててきた。
 それが杉から送り込まれていた気を静かに俺の中から追いやるように動くのを感じ――そして次の瞬間、一気に苦痛が無くなった。


「――ふ、はっ! ……はぁ、はぁ……」
「大丈夫か、勇太!」
「ぁ……うん、今苦しくなくなった……」


 念の為カガミは俺の襟元を寛げ呼吸をしやすいようにしてくれる。
 俺はまだ支えられたまま思念を払ってくれた男性へと顔を動かして視軸を変えた。男性は真剣な表情で俺を見ており、そしてすっと立ち上がった。


「気を当てて払った。どうか気を付けられよ」
「有難う、ございました。……あの、貴方、は……?」


 その質問に男性は何も返答せず、夫婦杉を見上げる。
 カガミは俺の肩を摩る様にしつつ、ぎりっと唇を噛んだ。









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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 さて、第二部に当たる第十一話のお届けとなります!
 今回は神社のお話。
 相変わらずがつがつとアドリブを突っ込んでおりますが、そこも楽しんでもらえればと。

 最後はアレです。
 「人間」の気配にばかり気を張っていたカガミの悔しさだと思ってもらえれば!