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<東京怪談ノベル(シングル)>


―― 侵食する虚飾の闇 ――

「‥‥ふぅ」
 松本・太一は『いつも通り』朝早く起きて、顔を洗い、歯を磨き、身だしなみを整える。
「‥‥胸が少しキツい、また大きくなったのかな‥‥?」
 松本は小さくため息を吐きながら呟き、スーツに着替える。
「――‥‥っ!?」
 そこで何かに思い当たったように松本は動きを止めて、鏡で自分の顔を見た。
(‥‥女性化がこんなに進んでいるなんて、いつから普段通りじゃなくなった?)
(いつから、私は『異変』を『いつも通り』と受け入れているんだ!?)
 松本は震える身体、挫けそうになる心をかき消すように、自分の身体を抱きしめる。
 そんな些細な行動にさえ『女性らしさ』が出てしまい、松本はゾッとする。
 気がつかないうちに、いや、気づく事さえも許さないかのように心が浸食されている。
(この前は『保険』をかけてからLOSTをプレイしていて、それから――‥‥)
 思い出そうとするけれど、肝心な部分はもやで隠されているのかのように思い出せない。
(LOSTに関わった事は失敗だったのかもしれない)
 松本は鏡に映る自分を見ながら、心の底から後悔していた。
(だけど、一度関わった以上、私は見届けなくてはならない)
(LOSTに足を踏み入れた時から『逃げ道』など用意されていないのだから)
 それでも男性用のスーツを着て出勤するのは『自分が男』だという事を自分が忘れないようにするためなのかもしれない。

 そして、その日の仕事を終え、パソコンの電源を入れて、LOSTを起動させる。
 何故松本がLOSTを起動させているのかというと、社内で妙な噂を聞いたからだ。

「松本さん、LOSTは進んでいますか?」
「‥‥まぁ、それなりには」
「PKには気を付けてくださいね、最近多いみたいですから」
「プレイヤーキラー?」
「敵じゃなくてプレイヤーを甚振る事に生きがいを持ってる奴らですよ」
「俺の友達もPKに襲われてレアアイテムとか全部取られたらしいです」
「‥‥そういう人もいるんですね」
「ネットゲームじゃ多いですよ? PKのいないゲームの方が珍しいんじゃないかな」
「‥‥そうなんですか」

「PK、か。悪質な事を好む人もいるんですね‥‥」
 ゲームとはいえ、そこには確かに人が存在するのに嫌がらせをする気持ちがわからない。
(確か、このエリアで出会ったと言っていましたよね‥‥)
 自分からPKを行うような人物に会いに行くなんて酔狂にも程があるとわかっている。
 だけど、少なくとも自分がいるLOSTは一切の常識が通じない場所だ。
 だから、PKのような人物に会えば、何かわかるかもしれないと思い、行く事にした。
「へぇ、色んな噂が広まっているのにこのエリアに来る奴がいるなんて思わなかったぜ」
 エリアに入ってから数分後、松本は数人のキャラクターに囲まれていた。
「ここがPKエリアだって知らなかったわけじゃねぇだろ?」
「よほど勇気がある奴か、ただの馬鹿か、どっちかな」
 画面越しだけれど、相手が楽しそうに話している事だけはわかる。
「‥‥お、何だこのアイテム。見た事ないアイテムだな」
 PKが『ログイン・キー』に手を伸ばした瞬間、画面が真っ白になる。

『資格無キ者ガ触レル事ハ許サナイ』
『身ノ程ヲ知ッテモラオウ』

 画面に表示された後、そのエリアから松本以外のキャラクターの姿はなかった。
(‥‥一体、何が起きたんですか‥‥?)

『資格無キ者ガ触レル事ハ許サレナイ』
『今回ハ警告ダ』
『次ハ触レタ者ヲ殺シ、汝ニモぺなるてぃヲ与エル』

 それだけ表示された後、松本は最初の街へと強制的に飛ばされてしまった。
(‥‥つまり、被害は私以外にも来るという事なんですね‥‥)
 さっきのPKの口ぶりを聞く限り、ログイン・キーに関して何も知らないようだった。
(今回は警告、つまり今回は私にもPKにも害を与えなかったという事)
 ただし、次はない、と言っている以上、不用意に他人をログイン・キーと接触させる事は控えた方がいいのかもしれない。
(この事件を起こしている黒幕は、他のプレイヤーが死ぬ事を難しく考えていない)
(邪魔をすれば簡単に殺され、私も用済みだと判断されれば簡単に殺される――?)
 ぞっ、と背中を何かが駆け上る。
(まるで操り人形のようだ、ログイン・キーに生かされているだけの、人形‥‥)
(魔女の力が通じなかった事を考えても、こちら側からLOSTに干渉は出来ない)
(ただ、相手はこちらに干渉する力を持っている、何て厄介なんでしょう‥‥)
 見えない敵、見えない糸によって操られる、だけど道は示してくれない。
 この事件の先にいる人物は『自分の力で辿り着く事を願っている』のだから。
(気に入らなければ浸食され、自分が消える)
 改めて、この事件の先にいる人物を怖いと思った。
(魔女の能力に驕りを持っていたわけではありませんが、効かない相手がいるとは‥‥)
 松本は鏡を見て、妖艶に微笑む女性――自分を見て、恐怖する。
(どんな結末を望んでいるのかはわかりませんけど、果たして良い結末なのかどうか‥‥)
 ここまで人を振り回す相手がこちらにとって良い結末を願っているとは思えない。
(‥‥今日は疲れました、早く休む事にしましょう)
 ログイン・キーは静かに光を湛えている。
 まるで、松本をせせら笑うかのように――。



―― 登場人物 ――

8504/松本・太一/48歳/男性/会社員・魔女

――――――――――
松本・太一様>

こんにちは、いつもご発注頂きありがとうございます!
今回の話はいかがだったでしょうか?
気に入って頂ける内容に仕上がっていれば幸いです。

それでは、今回も書かせて頂きありがとうございました!

2012/9/26