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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


覚醒する力





 ――泣いている…のか…?


 身体を貫かれ、投げ出された状態で意識が朦朧としている潤は翼を見つめて心の中で小さく呟いていた。傷口に触れた翼の手から温かい魔力が流れ込む。それだけ重傷を負った事は、動かなくなった身体が物語っていた。
 それでも、構わなかった。目の前にいる翼が無事なら、潤にとっては嬉しい限りだ。圧倒的な魔力の持ち主である虚無を前に、妹だけを残して動けなくなった事が悔しいとすら感じるが、どうにか命は繋いだらしい。

 ――逃げろ、翼。

 声は出ない。腕をのばそうにも、身体が飾りの様に言う事を聞いてくれない。潤は薄らと残った意識の中を、まるで夢でも見ているかの様に漂っていた。そのまま、深い眠りの中へと誘われていった…――。





―――

――






 誇り高き吸血鬼の神祖である父の力を受け継ぎ、余りに強力な力を宿した潤は周囲から“禁忌の具現者”と呼ばれ、畏れられていた。正統なる血の後継者でありながら、文句がない程の力を持つ潤。
 だが、彼はその血と力に驕る事もなく、無益な殺戮を嫌っていた。周囲を取り巻く者の中にはそんな潤を非難する者もいたが、穏健派な吸血鬼達からは慕われた。


――。


 孤立した心、同胞の死。そして、死ねない身体である自らの“生”に対しての苦しみ。それを分かち合える唯一の肉親は、異母兄妹である翼しかいないと、潤は心の中で兄として翼を見つめ、家族として支えられてきた。


――。


 お互いの交流は消えつつあるが、それぞれの“人生”を歩む様に晴れ舞台へと足を進めた現在もまた、潤にとってはかけがいの無い大切な時だ。






――

―――



 ――仰向けになりながら目を開けた潤は自らの腕を動かし、自分の掌を見つめた。身体の自由はなんとか取り戻し、どうにか動けるらしい。激しい爆発音が鳴り響いている事から、翼と虚無が戦っているのはすぐに理解出来た。

「くっ…」

 なんとか身体を動かし、翼達の様子を見ようと腕に力を入れるが、まだそこまでの回復には至っていないらしい。早く回復しなければ、翼の加勢が出来ない。逸る気持ちを抑えながら潤は目を閉じて深く深呼吸をし、空気中に散らばる魔力を身体へと収集し始めた。
 少しずつ、身体が治癒していく。強大な魔力によって貫かれた身体はどうやら治癒に時間がかかるらしい。潤は今までにない治癒の遅さに焦燥感に駆られながらも集中する。

「…よし」

 潤が目を開け、身体を少しばかり動かして寝返りを打つ。
 その瞬間、翼が自分の身体を強く抱き締める様に項垂れ、髪の毛が黒く変色していく。黒く禍々しい魔力に触発された様に潤の身体が熱くなる。翼から溢れ出た魔力は、明らかに父や潤自身と同じ、吸血鬼の神祖たり得る波動を放つ。潤の身体の治癒が早くなり、魔力を吸収していく。

「――…ッ! マズい…」

 幸運な状況かと思われたが、潤の言葉と心は真逆な事態を告げていた。
 翼の髪が金色なのは戦女神の聖なる力が身体の中で吸血鬼の身体に打ち克っているからこその証だった。それは即ち、翼の性格や芯の部分を形成している力と言える。しかし、目の前にいる翼は違う。吸血鬼の血が暴れ、自我を崩壊していく事は目に見えている。そして何より、これ程までの強大な力は潤が自我を捨てる時とほぼ同等の力を得ている事が解る。

 激しい戦闘が開始した。虚無の攻撃は先程までとは違い、かなりの威力を誇る攻撃が乱発されている。それに対して、翼はそれを凌駕する魔力を用いて身体の周りを断絶魔法で覆い、虚無の波状攻撃がダメージを通そうとはしない。形勢は優位だが、これ以上時間が経ち、あまつさえ虚無の魔力を喰らおうとする可能性は否めない。
 翼から満ち溢れた魔力のおかげで傷はそれなりに癒えつつあるが、まだまだ身体が言う事を効かない。

 ――覚醒した、というのか…?

 潤が思考を巡らせる。
 本来翼の力は女神の力に所以している能力を多く持ち、吸血鬼としての特性や力はあまりに少ない。だと言うのに、こんな状況で突如潤と同等の力を持つ事などあり得ない。覚醒したとしても、原因がある筈だ。
 そこで潤は自分の血を思い浮かべた。普段なら血を口にする事もない翼が、よりにもよって吸血鬼の神祖の血を色濃く継いでいる自分の血を口にしたのなら、話は変わってくる。
 形勢が不利と見た翼は、自我を崩壊するリスクを知りながら潤の血を飲み、内に秘める力を無理やり引き出した可能性がある。
 しかし、そのリスクは翼が理解している以上に危険な賭けだと潤は知っていた。

 かつて、潤の血を欲した一人の吸血鬼が、たかが一滴の潤の血を口にした程度で力が暴走し、器となった肉体を崩壊させ、壊してしまった事があった。

 いくら父の血を引き、耐性があると言ってもこのままでは翼に何が起こっても不思議ではない。
 とは言え、眼前に繰り広げられている戦闘は凄まじい戦いだ。生半可な状態で仲裁に入ろうとすれば、弱りきった潤の身体ではあっさりとやられてしまうだろう。

 ――焦りが生まれる。

 拳を握り締めながら戦況を見つめる。回復させながら、虚無が無力化し、翼を止めるタイミングを見計らう。周囲の魔力や妖気、生命を喰らう虚無を相手にしながらも、翼の放った魔力が溢れているという事は、それだけ翼の抑えが効かない状態だと言う事だ。

 そんな折、虚無がレーザー状の攻撃を乱発しながら強大な魔力を溜め込む。翼が砂塵に包まれてはいるが、おそらく断絶魔法でダメージは一切負っていないだろう。それでも今虚無が手に蓄えている魔力は危険だ。潤は再び身体に力を入れ、動かす。先程までとは比較にならない程度に身体の力は回復し、傷口は完全に癒えている。
 だが、魔力はまだ回復しているとは思えない。身体の中にある倦怠感がそれを如実に表している。

 虚無の放った巨大な魔力の塊が翼の立っていた場所へと真っ直ぐに飛んでいく。舞い上がる砂塵のせいで翼の姿は見えないが、潤は吸血鬼特有の魔力の匂いに気付いていた。次の瞬間、虚無の放った攻撃に幾重にも光りの線が刻まれ、魔力が霧散する。霧散した魔力を半ば強引に翼は吸収していた。

「やはり、喰らうつもりなのか…」

 既に殺戮と破壊の本能に突き動かされて長い時間が経っている。今のままでは、翼の身体が保たずに壊れてしまうか、或いは翼自身がその力に完全に自我を喰われるかのどちらかだろう。
 ―そんな潤の心配を他所に、翼が神剣を使って虚無へと襲い掛かる。やはり速度も上がり、凶暴な力が暴走している。

「もう少しで虚無が無力化し、翼が喰らいにかかる…か…」

 潤が再び身体を構え、翼の攻撃を見つめていた。
 悪い予感が的中する。翼は虚無の両腕を斬り落とし、顔を掴んで持ち上げた。虚無の身体に蓄積されていた魔力を腕を通して喰らい始める。

「マズい…!」

 潤の体力が万全になる前に勝負が決してしまった。潤は力を身体に込め、勢い良く飛び出して翼と虚無を突き飛ばした。

「そこまでにするんだ、翼」

 睨む様に潤を見つめる翼を他所に、潤はアイン・ソフを生み出し、魔力のない虚無の身体を切り刻み、更に魔力を放って粉々にした。すると、その場に赤黒い光りを放つ核が現われた。
 潤がそれに向かって右手を翳すと、見慣れない文字が刻まれた線が幾重にもそれに巻き付き、動きを制した。
 虚無の魂を封印した。肉体を滅ぼされ、これでもう自力での覚醒は出来なくなった事に一安心したかの様に小さく溜息を吐くと、潤はそのまま翼へと視線を向けた。






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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

潤さんの方は葛藤が多い回となりましたが、
お楽しみ頂けたでしょうか?

今回の話は潤さんの内情が強い回だったので、
私としても色々と書けて楽しませて頂きました。

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司