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<東京怪談ノベル(シングル)>


行き着く先は見えずとも。

 部屋に戻って扉を閉めて、1人になった瞬間、ふぅ、と大きなため息が、知らず芹澤・篤美(せりざわ・あつみ)の口からついて出た。

(目まぐるし過ぎる‥‥)

 つい先日からの、我が身に降りかかった出来事を思い返す。チャイニーズ・マフィアと某大物政治家との黒い関係――それを白日の下に晒そうとした結果、篤美はチャイニーズ・マフィアに追われて殺されかけた所を危うく鳥井組に助けられ、協力を仰いだ友人は恐らく、やはりチャイニーズ・マフィアに殺された。
 篤美と彼との運命を分けた何か。それが何なのかは解らないけれども、その何かによって篤美は助かり、彼は志半ばで命を絶たれたのだ――

「――必ず、仇は取るから」

 脳裏に浮かぶ彼の面影に、そう誓う。篤美が巻き込んでしまった彼――篤美が殺したも同然の、彼。何としてもその仇を取って、彼の命を奪った連中に、その無念を思い知らせてやらねば、ならない。
 ならば、その為にどうすれば良いのだろう。篤美は、どう動けば良い?
 部屋が用意できるまで使っていてかまわないと、言われた客室の窓からは、鳥井組の広々とした敷地に作られた日本庭園が見下ろせた。それは、組長の趣味で作られた庭園であり、組員達の憩いの場所にもなっているのだと、いう。
 そこに広がる緑を見下ろしながら篤美は、ともすれば真っ白になりそうな思考を奮い立たせるべく、己に何度も言い聞かせた。

(冷静になれ。冷静になるんだ)

 ショックを受けるのも、悲しむのも、己を責めるのも後から幾らでも出来る。だがそうしていた所で、友の仇が取れるわけではないのだから、今の篤美がやらなければならないことは、とにかく気持ちを切り替えて、友の仇を取るための方策を練ることだ。
 でも、一体、どうやって?

(こちらの事はもう、相手には知られている)

 それは篤美が自宅で待ち伏せされ、狙われたことからも明らかだ。さすがは与党の大物議員と言うべきなのだろう、こちらの事は知られないように気をつけていた筈なのに、悔しいほどいともたやすく、あちらは篤美に手を伸ばした。
 だとしたらきっと、篤美の人間関係も洗い出されているに違いない。友人関係、会社の同僚、血縁まで――巻き込んでしまったあの友人ももしかしたら、そちらのルートから最初は目をつけられたのかも、知れない。
 そう思い、そんな自分に首を振る。どちらにしても、結果的に彼を殺したのが篤美だという事は変わらないのだから、理由を考えるだけ無駄だろう。

(とはいえ、まだ全てを掴まれている、と言うわけじゃないはずだ)

 逃げる時に持っていたバッグに、これまでに篤美がもらった名刺は全て入れてあった。幾ら情報網を駆使しても、取材でアポも取らずに向かったり、その場に居合わせた相手に話を聞いたりした全てを把握しているとは思えない。
 ならばまだ、ほんの少しだけ、安心できる。全てが明らかになるにはまだ時間がかかるだろうし――そうして篤美と関わってしまった人達が危険に晒される可能性も、低いはずだ。
 ほっと知らず、息を吐いた。それもまた篤美が、どれだけ冷静を欠き、そうしてこの事態に動揺しているのかを自分自身に教えるものだった。
 冷静になれと、また己に言い聞かせる。目に飛び込んでくる庭の緑が、眩しい。

「どう動くか、な‥‥」

 自分自身と会話するように呟いた。そうやって声に出すと、少しだけ、考えが纏まりやすい気がする。
 どう動くか。どう動くのが、一番効果的で、効率的で、安全なのか。

「相手は与党‥‥なら、野党のルートを辿るか‥‥? いや‥‥」

 ダメだ、と篤美は首を振る。与党のスキャンダルになるなら喜ばれそうではあるが、現状ではまだ裏付けすら取れておらず、あの議員が黒幕である証拠はどこにもない。
 政治家という人種は、おおむね揃って慎重派の生き物である。篤美が握っている程度の情報はまだ、見切りですら野党を動かせる段階では、ないのだ。
 それにそもそも、どうやってそのルートと連絡を取るのか、という大前提の問題も、あった。今の篤美は逃亡者で、チャイニーズ・マフィアに追われている身だ。のみならず、もちろん某議員の手の人間だって、篤美を探しているに違いない。
 そんな中で、一体どうやって。そもそも友人の不審死の件で、警察は動いていないのだろうか? ならば捜査線上に自分の事が上がってきた場合、それが有利に働くのか、不利に働くのか――いや、そもそも某議員の圧力がかかれば、これは一時流行った小説やドラマではないのだ、所轄などでは動く事も出来まい。
 ならばやっぱり、篤美自身が動くしかないのだ。だが連絡を取るとしても、メールや電話では篤美のものはすでに抑えられているだろうし、もしかしたら篤美が伝手を持つ野党ルートだって察知されているのでは――いや、名刺はここにあるのだから、繋がりを掴まれるのはもっと先か――違う、野党は動かないだろうとさっき自分で考えたところじゃないか。

「‥‥‥ッ」

 もどかしさに歯噛みしてから、そんな自分に嘆息した。気持ちを切り替え、冷静に思考を積み重ねているつもりで、やはり、自分は動揺しているらしい。
 ふぅ、と大きく息を吐いた。吸って、吐いて。また吸って。

「まずは、現状を確認しなきゃ、な」

 良く考えてみれば篤美は、今手元にあるモノが何なのかすら把握していないのだ。そんな状態では、どれが武器になるのかも解らないし、方策だって立てようがないじゃないか。
 篤美は視線を部屋の中へと戻し、サイドテーブルの上に置かれたバッグに手を伸ばそうとした。自分自身がいつも持ち歩いているカバンとは言え、或いはだからこそ、中に何を入れていたか正確には覚えていない。
 だが――ふと苦笑して、篤美は伸ばしかけた手を引っ込め、前髪をかき上げた。

(こんな状態じゃ、見えるものすら見落としそうだ)

 冷静になって居ないと、先ほども思ったばかりではないか。だったらここで、幾ら考えたって良い方策など纏まるわけもない。
 ふと気付くと、窓の外から賑やかな声が聞こえているのに、気がついた。先ほどまでは静かだったはずだが、どうやら鳥井組の人々が、庭に出て何かをして居るらしい。

「それにも気付かなかったなんて」

 また苦笑がこみ上げて、篤美は小さく肩を揺らした。まったく、どこまで冷静さを欠いているのだか。
 こうなってはこれ以上、この部屋にいてもろくな考えしか出てこないことは目に見えていたから、気分転換に散歩でもと、篤美は部屋の外へ出た。幸い、屋敷の中は自由に出歩いて構わないと、組長から言われている。
 せっかくだから、賑やかな庭を除いて見ても良いかもしれない。少なくとも、見下ろした日本庭園は恐ろしく立派で、東京都内の住宅だとは思えないほど広かったから、そちらを散歩しても気が紛れるだろう。
 そう考えながら、篤美はゆっくりと階段を下りていったのだった。





 庭に出た篤美を待っていたのは、おおよそ、極道という名からはどうやっても想像できそうにない、牧歌的でほのぼのとした光景だった。

「おい、こっち、肉が足りねぇぞ!」
「うす! すいやせん!」
「うぉぉぉぉッ!? このタマネギ、めちゃくちゃ辛ぇッ!?」
「あほう! がっついて生で食べる奴があるか!」
「兄貴ィ‥‥、豚肉と鶏肉が混ざって解りやせん‥‥」
「てめぇの前にあるのは牛だ、牛!」
「‥‥‥バーベキュー?」

 ジュージューと美味しそうな音と、パチリと炭が爆ぜる音。ひっきりなしにあちこちでビールのプルトップがプシュッと引かれる音がして、何人かがひたすら網の前で焼き方に周り、残りはあちらこちらで、いわゆるヤンキー座りでがつがつと焼けた肉や野菜を食べている。
 その光景に、まっさきに思いついた言葉を呟いた篤美の声色が、ひどく疑わしく響いたのは仕方のないことだろう。まさか、極道本部で――否、たとえここが極道本部でなかったとしても、ふらりと庭に出てみたら朝っぱらからバーベキューが始まっているなんて、誰が想像するというのか。
 思わずその場に立ち尽くし、どうしたら良いのか判らない気持ちでその光景を見守っていたら、網の1つの前に立ってせっせと肉をひっくり返していた男が、いかにもヤクザらしいいかつい顔をぎょろりと上げた。ばっちり目が合って、男の動きが一瞬、止まり。

「おい、誰か! 親父のお客人だ、箸と皿ァ持ってこい!」
「へい!」
「あ、いや‥‥私は‥‥」

 幾らなんでも朝っぱらからバーベキューは、と断りかけた頃には新しい皿と割り箸がちゃんと揃えて、どうぞ! と最敬礼の勢いで篤美の前に差し出された。反射的に受け取って、いやだから、と改めて口を開こうとしたときには、皿の上には焼きたての肉とキノコが乗せられている。
 そろりと視線をあげると、極道らしい目つきの悪い眼差しが、キノコは嫌いだったか? と聞いてきた。

「タマネギはもうちょいかかるんでな。あぁ、キャベツなら行けるが‥‥」
「いや‥‥良い‥‥」
「そうか。あぁ、白いメシが欲しけりゃ誰かに言ってくれ。俺ァ忙しい」

 そう言いながらもたしかに男の手は、引っ切りなしに肉が焦げないようくるくるとひっくり返したり、場所を変えて良く焼けるように動かしたりと、忙しそうだ。いかつい極道の男が、バーベキューに忙しい、というのも奇妙な話だが。
 そこまでくると篤美はもはや、驚きも通り越してなにもかもがどうでも良くなり、大人しく皿と割り箸を手に縁側に戻ると、腰をかけてパチンと箸を割り、口に運んだ。疲れているせいだろうか、あまり味を感じなかったが、肉は焼きすぎにならない程度にしっかりと焼かれているようだ。
 その間にも篤美の目の前では、男達が最後の肉を賭けて穏やかでない雰囲気を放っていたり、と思えば仲裁――なのだろう、恐らく――でケンカ両成敗とばかりに殴り倒されていたり、そんな事はおかまいなしでひたすら野菜を食べていたり、不器用に握った三角握りを網の上に置いて焼きおにぎりを作っていたりした。そのこと如くが概ね、一見して極道らしき風体の男でなければ、どこに紛れ込んでしまったのかと思ったことだろう。

(聞きしに勝るほのぼのさだな‥‥)

 極道・鳥井組の噂はもちろん聞いていた篤美だが、予想外にもほどがあった。これで、この街を庭名会と二分するほどの勢力を持っているのは、何かの詐欺だろう。
 そう思った。そう、思って――けれども篤美の胸を占めていたのは、小気味良いような、ほっこりと温かくなるような感情。

(こういうのも悪くない、か)

 はむ、とよく焼けたエリンギを食べながら、篤美は思う。極道としてどころか、人としてもかなりのほほんとした場所だけれども、暖かなものは確かに、ある。
 ならばしばらくの間、ここで身を潜め、機を待つのも悪くはないのかもしれない。元より篤美に、打てる手は多くはないのだ。
 ならば。このままここに居る事で、もしかしたら幾度志を果たそうとしても、結局叶うことのなかった厳復の二の舞になるのかもしれないけれども――そうなると、決まったわけではないのだから。

(鳴りを潜めて‥‥しばらく鳥井組に付き合ってみるのも、悪くない、か)

 他に取れる手段がないから、という理由では合ったけれども、さきほど、組長の前で世話になると告げたときよりは余程明るい気持ちで、篤美はそう思い、口の中のエリンギを飲み込んだ。やっと、美味しいと感じられた。




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢 /      職業     】
 8604   / 芹澤・篤美 / 女  / 28  / 鳥井組・事務兼会計監査

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
そして、お届けが遅くなってしまいまして、本当に申し訳ございません(土下座

お嬢様の、鳥井組にやってきて最初の朝の衝撃的な()物語、如何でしたでしょうか。
いえ、最初はもっとまともなというか、普通にほのぼのとしている流れだったはずなのですが、気づけばこんな事になっていて、誰がびっくりって蓮華がびっくりという‥‥(ぁぁ
着実に極道としてはダメな方向に進んでいく、鳥井組の将来が心から心配です‥‥っていうか、心から申し訳ございません(土下座

お嬢様のイメージ通りの、『いつも通り』を取り戻して非日常へと繋がっていくノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と