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<東京怪談・PCゲームノベル>


VamBeat −Incipit−





 暗い路地裏。
 大通りからは街のネオンと、車のヘッドランプが流れ込む。
 だが、その人が居る場所だけは、何の光も降り注がなかった。
 腹部を押さえ、きつく瞳を閉じた顔は青白い。
 汗が額から頬へと伝わり、落ちる。
 腹部を押さえている手の下から、じわりと滲む赤い………

―――血だ!

 思わず駆け出した。
 あふれ出る血は路地に赤い血溜まりを作っていく。
「大丈夫―――!!?」
 声をかけた瞬間、首筋めがけてその人の頭が動いた。





 いきなりの攻撃に、セレシュ・ウィーラーは間合いから逃れるように後退し、その人を見つめる。だが、その人はそれ以上セレシュに襲い掛かることなくその場に蹲っていた。
 多少動いたことで微かな灯りがその人に向かって射し、光によって長い銀髪の少女だと分かる。
「本気ってわけじゃないんやね」
 セレシュはゆっくりと少女に近づくも、少女は先ほどのように顔を上げることなくただ腹部を押さえ、その額に脂汗を浮かべるのみ。
 傷を負った獣が、他の獣に酷く牙を向くように、多分、生き残るための無意識の行動だったのだろう。
 自分に牙を向ける相手ではないのなら、怪我をしているならば助けてあげたい。セレシュはその思いで少女に手を伸ばす。
 血を吸うという種族など、大枠で見れば余り多くない。
 ただ、不思議なことに相性が悪いと思っていた自分の魔除けに対して、全くの反応を示さないことに疑問を抱きつつ、セレシュは少女を抱え、路地の奥へと進むと、辺りを見回し人目がないことを確認して隠蔽の魔術を施す。
 勿論、五感でも魔術感知でも見つけにくいものを。
「何すれば、怪我が治るん?」
 最初の行動からして、単純に考えれば――血――なのだろうけれど。
 セレシュは最適な治療法を探すため、とりあえず少女の種族が何なのかを魔法によって分析する。
「何やろう? この不安定感」
 多分、吸血鬼。分析しても吸血鬼としての結果が強く出ている。ただ、分析が出来ない部分があることも確かで、言うならば、どっちつかずの不安定感。
「普通の治癒魔法は効くんかな…」
 効いたら楽なのにな。と思いつつ少女を見遣る。
「あかん、悠長に考えとる場合や無いな」
 血溜まりはどんどん大きくなる。
「やっぱり、吸血鬼専用の…というか、この子は血しかだめなんか」
 分析の結果は明らかだ。
 しかし、どうしようと思う。
 流石にゴルゴーンである自分の血を飲ませていいものか、いやそれよりも、吸血鬼はそもそも闇の眷属であり、自分とは相反する存在だ。それでも、いいものか。
 セレシュはうーんと唸るように眉を寄せる。
「…う……っ」
 少女の瞳がゆっくりと開き、すぐさま苦痛に顔をゆがめ、自分の腹部に視線を向けて息を吐く。なぜか少女は、怪我が治っていないことに、ほっとしているように見えた。
「目、覚めたか!」
 セレシュは、少女の傍らに膝をつき、その顔を覗きこむ。
「あなた…は?」
 少女は困惑した瞳でセレシュを見上げる。どうやら、セレシュに襲い掛かったことは覚えていないらしい。
「通りかかりや。気にせんといて」
 それでも少女は萎縮するように身を縮め、セレシュを見ている。
「そんなに怯えんと、取って喰うつもりはないから安心せえ」
 にっとセレシュはその顔に、笑みを浮かべる。
「血、必要やろ?」
 セレシュのその言葉に、少女は弾かれたように顔を上げるが、すぐさまぎゅっと唇を咬み俯いてしまう。
「……いいの。いらないわ」
 少女は力の入らない足で立ち上がり、少しずつセレシュから離れるように歩き出す。
「待ち! そんな体で動いたら、本当に死んでまう」
 それに、余り離れたら折角かけた隠蔽の魔術が解ける!
 セレシュは手を伸ばし、その袖を掴めば、少女の膝がガクッと折れた。
「大丈夫なん!?」
「ご…ごめんな、さい」
「なんでそんな怪我したん?」
 思わず、そんな疑問が口から零れ落ちる。
「簡単なことですよ」
 すっと頬を掠めていった何か。
 セレシュはゆっくりと振り返る。
「何で!?」
 隠蔽の魔術をかけてあったはずなのに!?
 視線の先に立っていたのは、影に解けてしまいそうなほど黒い服装の男性。微かに差し込んだ光で認識するならば、男性は神父の恰好をしているようだった。
 吸血鬼と神父。まるで設定されたかのような役者揃えだ。
「全く姑息な手を使うものですね。セシル」
 少女は顔を上げ、神父の姿を確認するや、その表情を固くする。
「あなたは逃げて! ヴァイク、この人は関係ない!!」
「あなたに、その名で呼ばれるのは不愉快です」
 名前を呼び合っているということは、この2人知り合いか。
(にしても……)
 セレシュは2人を神父に身体を向けたまま、ちらりと少女を見遣る。どう見ても神父は銃口をこちらに向けているのに、見捨てて逃げるようなことができるはずがない。
「止めぇや! ここは日本や。そないなもんふりまわすんやない!」
 そんなセレシュの言葉にも、躊躇いなく男性の指が動き、数発の弾丸が放たれる。
 だが、その弾丸は全てセレシュに当たる前に軌道を逸らされ、周りのビル壁に打ち込まれた。
「いきなりなにすんねん! 事情を説明せんかい! 事情を!!」
 啖呵を切るようにぎりっと奥歯をかみ締めたセレシュの姿に、神父が不機嫌そうに目を細める。
 そんなセレシュの啖呵に返ってきたのは、やはり弾丸で。
「会話する気全くないんか!」
「私が居なくなれば……――え?」
 少女は自分の足が中に浮いたことに、目を瞬かせる。
「逃げるが勝ちや」
 セレシュは辺りに煙幕をはり、足止めとして竜牙兵を呼び寄せる。
(軽いな、この子)
 毎日何を食べているのか気にかかるほど細い手足。それは、スタイルがいいではなく、痩せ細っていると表現する方が正しい。
「お、下ろして…」
「ここから離れてからや」
 いきなり見境なく銃ぶっぱなすとか、どれだけ常識がない奴なんだと、心中で怒りつつ、こんな訳がわからない状況に命までかけられるか!
 それに、当分は竜牙兵がどうにかしてくれるだろう。
「ここまでくれば充分やな」
 少女を下ろせば、セレシュの服にはびったりと血が染みこまれ、もうこの服は今後着れそうにない状態になっていた。
「幾らなんでも、血が止まらなさすぎやろ」
「この傷は…特別、だから」
 ぎゅっと血が染みこまれた服を握り締める。
「あの、ごめんなさい。本当に。あなたの服……」
「気にせんでええよ。そういえば、セシルって呼ばれとったね。うちはセレシュやから。似とるね」
 本当は、ちょっと惜しいけど、彼女を担いだのは自分だ。
「その怪我も、あの男にやられたんやろ?」
 ぎゅっとセシルの唇がきつく結ばれる。
(話したくないんか…)
 助けたと言うよりは、居合わせたと表現した方が正しく、信頼を生むにはまだ関わった時間が短すぎる。
「まぁ、確かに初対面にベラベラと事情を話すなんて、ドラマくらいやしなぁ」
 自分だって、今日出会ったばかりの他人に、土足でずかずかと入られたら気分が悪い。
「本当に、ごめんなさい……」
 土気色に近い顔色で、セシルは頭を下げる。
「本当に気にせんでええよ。せや、早く怪我の治療しよ」
 セレシュの言葉に、セシルは首を振る。
「これ以上、迷惑はかけられないわ」
 セシルは気付かないほど静かにセレシュから離れる。
「ありがとう」
「あっ待ち…!!」
 軽く折られた膝に、この場から去ろうとしている雰囲気を感じ取る。しかし、伸ばした手は1度目のように目標物を捕らえる事が出来ず空を切った。
 セシルの姿は、もう、どこにもない。


























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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8538/セレシュ・ウィーラー/女性/21歳/鍼灸マッサージ師】


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■         ライター通信          ■
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 VamBeat −Incipit−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 この段階ではまだ顔合わせという感じにさせていただきました。ただ、治療薬をどうやって取得するかということがちょっと不明瞭だったので、手負いのままの状態になっています。
 それではまた、セレシュ様に出会えることを祈って……