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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


+ LOST・2―記憶探し編― +



「蓮曰くすぐに戻るものじゃなくて徐々に戻る可能性があると言っていたから一日待ってみたが……やっぱり戻らんな」
「五歳児の姿から全く変わってませんね。どうしましょう」
「徐々に若返ったなら徐々に元に、と期待していたんだがな。くそ」
「お兄さん、記憶の方はどうですか? 何か思い出せましたか?」
「……あー」


 武彦は興信所の応接間に置いてあるテーブルに広げた資料へと必死に目を通す。
 それはここ最近この興信所に舞い込んできた依頼書達で、昨日協力者達によって集められた、整理されたものだ。人探しに猫探し、浮気調査等など、「怪奇探偵」と呼ばれながらも怪奇系を極端に嫌う武彦にしては珍しく怪奇系の依頼が舞い込まなかった時期だと、そう安心していたのに――この低落ぶり。
 ふと武彦がある一枚の解決済みの依頼書を手に取る。続いて依頼人の顔写真が載った資料をその場に広げた。


「――ちょっと待て。この男」
「何か見つかりました!?」
「コイツだ。この男と逢ったような気がする。だが、コイツはただの物探しの依頼人だったはずだが……」
「何を探していたんですか?」
「トルコ石の付いたネックレス。恋人の形見だとか言っていた」
「ネックレス……最近物探しも多かったですからね。でもこれは確か泥棒に入られた人で、質屋に流れそうになった時点であっさりと差し押さえる事が出来て、解決しましたよね」
「……あー、それで、確か。改めて礼を、言いたいとか、……もう一件依頼したいとか……いや、それは別の依頼人のはずで……くそっ、記憶にもやが掛かっていて上手く流れが掴めねぇ」


 武彦は男の写真を睨みながらなんとか記憶を探ろうとする。
 だが途中で何か遮られ、記憶は空白となり、目覚めた直後に飛んでしまう。そんな兄の苦悩する態度に零は心配そうに寄り添い、子供姿の武彦の肩に両手を乗せ落ち着かせに入った。
 精神年齢は元のままだが、外見は五歳児。
 今は肉体的に非常に頼りない状況にある。零はぐっと気を引き締めると小さな兄に向けてこう言った。


「その男の人のことはともかく、今はお兄さんの記憶を取り戻せるよう皆さんに協力を頼みませんか。男性の方はその後でも良いじゃないですか」
「……零」
「もしかしたらこの男性は本当に関係ないのかもしれませんしね」


 その時零が浮かべた笑顔に落ち着きを取り戻し、武彦は「そうだな」と同意の呟きを零しながら今一番傍にいる彼女へ自分も精一杯の笑みを返した。



■■■■■



「まあ、これはこれで可愛い」
「あのな、アリス……」
「ふふ、草間さんのそんな姿が見れるだなんて、思わず……」
「待て、お前の魔眼の『力』はこんなところで使うべきものじゃないだろう」
「残念ですわ」


 開口一番武彦へと感想を述べたのは石神・アリス (いしがみ・ありす)。
 昨日の一件では関わっていなかったが、連絡を受けてこの興信所へと足を運んできてくれたさらりと伸びたストレートの黒髪が美しい十五歳の少女だ。そんな彼女の能力は『魔眼』と呼ばれるその瞳。彼女と視線が合ったものは催眠もしくは石化状態に陥らせる事が可能という恐ろしい能力持ちだ。それゆえに武彦は手を立てストップを掛ける。


「怪奇探偵の次は小学生……、いや幼稚園児探偵かいな」
「おい、あのなぁ。セレシュ」
「んー……とりあえず、飴ちゃん舐めとく? 口元が物寂しそうやし」
「貰うけど」
「ヘビースモーカーは大変やねぇ。ほい」


 セレシュ・ウィーラーはその長いウェーブ髪を少しかき上げながらポケットから飴玉を出し、今はとても小さい武彦の掌の上に乗せた。
 そんな彼女と武彦の間に若干興奮気味な高校生――工藤 勇太(くどう ゆうた)が顔を覗かせる。しかし口を開く時にはその顔はきりっと引き締め、いたって真面目に――。


「草間さん。あれやって」
「何を」
「見た目は子供! 頭脳は大人! その名は……いでっ!」
「色んな意味で黙れ」
「あ、でも思ったよりかは全然痛くない。五歳児だもんなぁ……く、草間さんがご、五歳児……ぷふっ!」
「なら次は全力で殴るか」
「えー……地で行ってると思ったのになぁ」


 幼児化してしまった武彦には当然ながら現在肉体的攻撃力はない。
 ゆえに勇太はにやにやと笑いながら武彦の攻撃を甘んじて受ける。しかしそんな勇太と武彦のやりとりを見ながら長い銀髪を持つ少年、鬼田 朱里(きだ しゅり)は同感だというように深く頷きを繰り返す。


「私だってあの漫画を思い出しました」
「朱里、お前まで」
「大人だった名探偵が子供になった例の漫画……それを現実で見ている気分ですよ」


 遠い目をしつつ、彼は言う。
 そして自分の大事な人である少女、金髪の三つ編みが良く似合うゴスロリ服を着た人形屋 英里(ひとかたや えいり)へと視線を滑らせた。英里は現在進行形で「記憶喪失」を負っており、今自分探しの途中だ。それを思うと武彦の今の状況はまるで英里と自分とを見ているようだと朱里は思わざるを得ない。
 さてそんな風に視線を向けられている英里だが、先日大活躍した子守人形の回収を行っていた。


「元に戻らなかったか……」
「その人形は本当に助かったぞ。有難うな」
「役立ったなら良い。念の為に幾つか置いていったが、その後壊れていないという事は草間さんに呪いが残っていなかったと確認出来たし、本当に良かったと思う」


 溜息を吐きつつも英里は小型トランクの中に子守人形を綺麗に仕舞い込む。
 武彦を見る時どうしても眉をひそめてしまうのは、己が現在進行形の記憶喪失という点からどうしても他人事とは考えられないためである。先日判明した術式の中に含まれていた「記憶欠如」が残っているのだろうと、そう考えながら彼女は片付けを進めた。
 その途中セレシュが人形に興味を示したので、彼女は一つだけそれを手渡してトランクを閉めた。さて付与術師でもあるセレシュは子守人形を眺め見ながら残りの面々へと視線を滑らせる。
 そこにはもう一人魔術を使う女性、弥生 ハスロ(やよい はすろ)がソファーに座りながら先日自分が読み取り、零が書きとめた術式の羅列を真剣に眺めている。
 そんな彼女へとすっと氷の入った麦茶のグラスが差し出された。弥生へと簡単な挨拶と共に顔を覗かせたのは、この草間興信所にて依頼の調査から書類の作成まで幅広く活躍している青年、椎名 佑樹(しいな ゆうき)である。


「有難う、佑樹さん。頂くわ」
「そちらは何か分かりましたか?」
「うーん……やっぱりこの術式って分からない事が沢山あるのよね。多分この『記憶欠如』っていう単語が武彦さんの記憶喪失に関係している事は間違いないと思うんだけど……」
「そっち方面は俺は駄目なんで、弥生さん達にお任せ致しますね。俺は今回も興信所を中心にサポートしていこうかと思います。一先ず武彦さんが引っ掛かったって言う依頼人を再調査かな。あと調査中の依頼等可能性が高い順番から調べ直してみます。昨日気付かなかった事も今日なら気付けるかもしれませんし」
「興信所の事は祐樹さんや零ちゃんが調べるのが確実だものね。でも一先ずは、今回皆がどうやって動くか纏めましょうか」


 全員が出揃ったところで弥生が皆に声を掛ける。
 そこで改めて草間兄妹から正式にどういう状況なのか、そして彼らとしてはどういう意向なのか伝えられた。
 武彦は肉体が戻らない場合は最悪腕輪の使用を考える――が、まずは記憶を優先したいとの事。
 零もまた兄である武彦の意思を汲み取り、記憶探しの方を望んだ。
 「状況が許さないのであれば引っ掛かった男の事は後回しでも良い」と、最後にそう付け加えて。


「記憶を戻す方法、か。皆さんだったら真っ先に何を思いつきますか?」
「「ハンマ叩ーでシいョックてを与え直てみるす」」
「――今被った二人、一人ずつ発言をお願いします」
「え、いやいやいや。「ハンマーでショックを与えてみる」なんて冗談でも言いませんよー」
「随分前にそういうのは「叩いて直せ」と友人に聞きましたが……ああ、もちろん却下しますけどね」
「お前ら……」


 武彦はがくりと項垂れ、質問した祐樹も思わずぷっと息を吹く。
 身体能力が高いといっても武彦は「普通の人間」で機械ではないのだから、例えそういう行為によって記憶が戻る可能性があったとしても更なる問題が浮上する事は間違いないだろう。
 言葉が被った二人、勇太と朱里は顔を見合わせ軽く肩を竦めた。


「しかしこう、人形みたいに物に目があり、人と同じように記憶していれば苦労はしないのにな」
「はいはいはーい、じゃあ俺からしたい事言う!」


 英里が己の所有する狐の縫いぐるみを撫でながら「独り言だがな」と呟く。
 すると勇太はその発言に反応し、片手を挙げた。草間武彦を含めて九名もいれば意見が混乱しないために挙手するのはとても賢い。
 そして勇太に発言権が与えられると彼は口を開いた。


「最初にまず、草間さんの中に記憶があるか知りたいんで、潜って良いですか? ああ、いわゆる精神同調っていうヤツですね。で、次に草間さんが気になったっていう男性に逢ってみたいです。直接会うのはマズいかと思うので、その男には精度は落ちるけどある程度距離をおいてサイコメトリーして思考を探ってみたいかな。で、その時にもしも男が黒幕で危険かもしれない事を考えて、出来れば誰かと一緒に潜るか、誰かと意識を繋げておいて危険な時に戻るように呼びかけて欲しいかなーって思ってます。その方が戻りやすいし、一緒に思考が読めて便利っしょ」
「なるほど。しかしそれだけ能力を使うと疲れないか?」
「本当は前回の腕輪と蓮さんが持ってきた腕輪もサイコメトリーしたいんですけど……」
「精神疲労半端ないと思うからどれかに絞れ。昨日あの後倒れてただろ」
「ですよねー。まあ、言うだけならタダなんで、俺はこう言うことがしたいって事で! 以上!」
「次は誰が意見を出す?」
「じゃあうちが」


 勇太が意見を述べ終えると今度はセレシュが手を挙げた。
 セレシュへと注目が変わり、彼女は腕を組みながら自分の意見を述べ始める。


「腕輪の残骸から術式をサルベージできんかやってみる。読み取って貰った中の『反魂』っちゅうのが気にかかる。草間さんを贄に誰か蘇らせようとしたんかな。もしそうなら対象を指定しとるはずなんやけど」
「反魂……死者の蘇りか」
「それと蓮さんに相談して、最近魂狩りの腕輪が取引されたとか創った人がおるっちゅう話が流れてないかとか、記憶に引っ掛かったっちゅうその男がうちと似た様な付与術師として活動しとらんか界隈で調べてみるわ」
「じゃあ蓮には俺が連絡を取ろう。他には?」
「さっきも草間さんには言いましたけど今度は俺が」
「――祐樹か。お前は興信所で調べるって言っていたな」
「ええ、それに加えて今回は時間がありますし、外に出ようかとも思ってるんですけど。興信所で調べた中で武彦さんが訪れる可能性が高い場所にて姿を見かけなかったか聞き込みするか、もしくは警察の方に協力して貰えそうなら町の防犯カメラなどに映っていないか調べたいですね。あ、もちろん動く時は他の依頼に影響させたり草間興信所の信用を落とすような真似は絶対にしないよう気をつけますよ。とにかく俺としては腕輪云々は他の皆さんに任せて、客観的な情報、事実として武彦さんのスケジュールを把握してみる方向を取りたいです」
「分かった。もし協力出来る部分があるなら手を回そう。他には?」


 武彦は今は何でも言えと言うかのように先を促す。
 暫しの間皆が皆、自分以外の動きを窺う様に視線を彷徨わせる。だが此処で意見が止まってしまった。それならば、と武彦は意見を参考に動こうとする。ところがそれを遮るかのようにアリスが手を静かに挙げた。この時まで沈黙を貫いてきた彼女に皆の視線が集まる。
 そして彼女は自分の鞄から一つの封筒を取り出すと、それをテーブルの上についっと滑らすように差し出し、こう言った。


「悪いとはほんの少し思いましたが、草間さんが腕輪を付けられたという日……つまり土曜日の行動ですが、事前調査させて頂きましたわ」
「何?」
「情報も新鮮さが勝負ですわ。わたくしが持っている情報網を使いまして、ある程度は調べさせて頂いておりますの。これはその調査結果」
「……相変わらずお前のツテは強いな」
「お褒めのお言葉有難う御座います。皆様もどうかごらんになって下さい。そこから何か引っ掛かるものがあるのでしたら、これからの行動も定まりやすいでしょうから」


 アリスはふふっと愛らしい笑みを浮かべながら自信を持って言い切った。
 差し出された封筒を開けば其処には何枚かに纏められた調査書に編集されたらしいDVDが一枚入っている。DVDの情報をアリスに訊ね聞けば「草間さんが映っていたもの」だと簡単に返答がされた。


 ――――――――――――――――――――

     「調査報告書」

 18時頃:対象は草間興信所より移動開始。

 19時頃:対象は公共交通機関を利用し、都心へ到着。
      その際一軒の喫茶店に入店。DVD内キャプター1参照。

 同時刻:喫茶店内にて待ち合わせらしき一人の男と接触。
      防犯カメラでは会話内容までは不明。
      一時間ほど店内にて男と対面し続ける。
      喫茶店従業員の証言:「依頼への感謝とかトルコ石がどうだとか言っていた」との事。

 20時頃:対象、男と共に喫茶店を出る。
      その後、地下鉄まで行動を共にした形跡あり。
      地下鉄の防犯映像・DVDキャプチャー2参照。

 20:30頃:対象と共に駅を降り、人通りの少ない住宅地へと移動を開始。
      現地の映像は入手出来ず。

 21:30時頃:対象のみ地下鉄の駅に戻り、草間興信所まで道程を一人で過ごす。
      キャプチャー3参照。興信所付近までの映像は一纏めに編集済。

 22頃:対象帰宅。


  以上が当日の対象の行動調査報告とする。

 ――――――――――――――――――――


 調査書にはプリントアウトされた画像も付けられており、武彦と男がテーブルを挟んで対面している姿が確認出来る。それを皆で回し見てみればやはり武彦が引っ掛かったと言っていた問題の男である事が発覚した。
 二枚目を捲ればそこに記されていた住所氏名、在籍会社名その他諸々は依頼書と全く同じ情報。
 男は至って普通の三十代の会社員である事。
 数年前に結婚した妻が居たが事故で死別している事。
 トルコ石のネックレスが妻の形見である事。
 会社に夫婦の写真が飾られており、妻の首にネックレスが飾られている点からそれが判明している事。


「この男の細かい点は時間の都合上調べ切れませんでしたわ。まあ、連絡を受けてからの時間じゃ当然ですわね」
「やっぱりこの男が怪しいんじゃないかな。折角アリスさんが行動調査してくれたなら俺は男の調査の方に行こうか。どちらかというとどういう生活をしていたのか気になるんだ」
「じゃあ祐樹さんにくっついて俺も外に行きます! さっきも言った通りいざとなったらサイコメトリーで思念探れるし」
「うちは此処で腕輪の方から手掛かり探ってみるわ。こっちの方で何か鍵になるもんあるかもしれへん。もしかしたら破壊したのが悪いのかもしれんしな」
「確かに私も腕輪が気になるのよね。腕輪に潜っていた私が言うのもなんだけど、あれで本当に良かったのか分からないし、読み取った術式の言葉が気になるもの。英里ちゃん達はどうする?」
「……私は男の方が気になるな。「逢ったような気がする」と草間さんが言ったが、それは何故思い出せたのだろう。もしかして男と逢ったあたりから記憶が薄れている? それならいっその事、その日一日の記憶を丸々なくしたほうが……あー、分からなくなってきた!」


 英里は考えていた事を口にし、最終的には狐の縫いぐるみを抱き込んでむすっと表情を変える。自分一人ではやはり思考に行き詰まりが生じてしまったかのように。
 彼女は隣に立つ自分の朱里の方へと視線を向ける。彼は腕を組みながら顎に手を当て、ぶつぶつと何かを呟いていた。その表情はいたって真剣で、纏う気配も尋常では無く見る者を圧する勢いだ。


「……だから、でも……んー……」
「朱里? どうしたのだ?」
「あのね、英里。一応、腕輪は壊れたから解除? 「記憶欠如」は目を覚ますのを前提したもの? 目を覚まさなければそれ、要らないよね? 「拘束解放」は何を解放するの? だったらあの時、縛っていた「縛鎖」は何よ? うーん……正直言うと、文字羅列で判らないのが多過ぎるんですけど」
「……珍しく発言がないと思えば、お前もぐるぐる考え込んでいたのだな」
「うん。考え込みだすとこう、嵌っちゃいますよね、ははははは……――はぁ、疲れた」
「せやったら、朱里さんらは外出た方がええんとちゃうか? 慣れへんもんが付与術式の文字列考え出すと混乱するで」
「そうだな、私達は外に行こう。それでいいか、朱里」


 英里が朱里の肩をぽむっと叩き、彼はその案に頷いた。
 二人も先日の一件に関しては悩みに悩んでいたらしく、発言が無かったのは深いところまで考え込んでいた為だと判り武彦は思わず笑った。幼い顔立ちに浮かんだ笑顔。それによって緊張していたものがほのかに解けていく。


「それで、少しは元気が出ましたの?」
「アリスか」
「あまり元気がないようですと零さんが心配致しますわ」
「せやで。零さん本気で草間さんの事心配してんやし、元気だし。ほれ、飴ちゃん追加や」
「あ、ああ。ありがたく貰っとく」
「さて、最後にわたくしの行動ですわね。わたくしは単独ではありますが裏のツテを使って男の調査に参りますわ。その流れで蓮さんにも顔出し致しましょう。なので途中で外組と合流するかもしれません。――ああ、もし良ければ皆さん、これを使って下さいな」
「あら、何かしら?」
「携帯ですわ。予備で十数基ほど持ってきましたから全員に行き渡りますでしょう? これなら何か問題が起きても個人情報はばれませんわ」
「え、いいの。それ」
「もしその男やその仲間が何かしら探ってきたとしてもわたくしの元に情報が集うだけ。かえって都合がいいと言うものですから遠慮なく使って下さいな。電話番号については全て入力済みです。機体の隅に番号を書いたシールを付けてありますのでそれを記録して連絡を取り合って下さいませ。メモなどで記録するのが怖いと思われるのでしたら、今回の件が終わるまでは適当な名前を入力してわかり易いようにカスタマイズして頂いて大丈夫ですわ。ようはちゃんと持っている方に連絡が行けばいいのですから」


 アリスは鞄から携帯を取り出すと皆に好きなものを使うよう指示をする。
 各自自分の携帯と似たような仕様になっているものを選び抜き、それを手にした。ただし英里だけは「英里は妖力の影響で壊す可能性が高いから私と一緒で」と朱里に言われ、電子機器は持たずじまい。そんな彼女はむぅっと少し拗ねたように、けれど自覚済みの電子機器破壊体質についてはもっともなため何も言えず、縫いぐるみを弄って気を紛らわせることにした。


「零さんも元気だし。大丈夫や、こういう変な事するやつには必ずバチ当たるって」
「セレシュさん……有難うございます! わ、私もあんまり落ち込んでちゃ駄目ですよね! 今はお兄さんと一緒に興信所で出来ること精一杯しますから」
「あ、そや。うち差し入れ持ってきてんよ」
「? 差し入れですか?」
「うん。この興信所の経営状態悪いって言うてたやろ。せやからな……ほれ! 子供服!」


 じゃっじゃーん、と効果音が付きそうな調子でセレシュは紙袋を取り出す。
 まあ、と零は目を輝かせながらそれを素直に受け取り、そして中身を早速拝見と場に広げ始める。当然着衣対象である武彦もそれには興味を示すわけで。


「――ちょっと待て、セレシュ。このラインナップは何だ」
「多少大きめのサイズにしたけどええやろ。小さすぎて着れんよりマシや」
「白カッターシャツに紺色のジャケット、灰色寄りの水色の半ズボン……極めつけは赤の蝶ネクタイ」
「参考にした方がええかと思うて!」
「お前何がしたいんだ!!」
「えー、結果的にこうなっただけでうちはあくまで善意やで? 結果的に皆の期待に答える形になってしもうたのも偶然。不可抗力、不可抗力ってな。――なぁ、幼稚園児探偵さん」
「お前は俺を弄りに来たのか……!!」


 ぶはっと吹き出し笑いに走る者も居れば、流石に武彦に同情した者も居る。
 零もまたくすくすと手を口に当ててこの時ばかりは笑みを浮かべる。
 そんな零を見て慰める事に成功した事を知ったセレシュは「ん?」ととてもイイ笑顔を浮かべながら、武彦がそれを着るのを今か今かと楽しみに見つめ続けた。



■■■■■



「んじゃ外の調査組も行った事やし、草間さんには蓮さんに連絡してもらってる間にうちらはうちらでやろか」
「私は何をサポートすれば良いかしら?」
「弥生さんはうちが情報を拾い上げるから、それを記録してもらってええかな」
「もちろんよ」
「んじゃ始めるで」


 そう言ってセレシュは作業用の魔方陣を応接間で展開し、その中央もといテーブルの上で粉々になっている腕輪へと力を注ぎ込む。破壊された腕輪はもう反射などの効果はなく、怖がる事は無い。
 先日は弥生と勇太が直接腕輪に潜ったが、今回はセレシュが表側から読み取りに掛かる。
 ほのかに光るセレシュの手元。そしてその光を吸って眼鏡越しに反射する碧眼の瞳。弥生はその魔術にも興味を抱きながらも、筆記用具を手に真剣な面立ちで腕輪とセレシュを見守った。
 やがて風も無いのにふわりとセレシュの金髪が浮き上がる。
 彼女は潜った二人が見れなかった術という文字列を確かな形で見抜きに掛かった。


「……『吸収反射』……これは対象に触れた時に起こってた効果やね。
  ……『記憶欠如』……万が一対象が目が醒ました時の保険や。記憶をあやふやにさせとく効果がある。
  ……『接触拒否』……うちらを弾いとったあれか。
  ……『生と死の逆転』……若返りの効果が付与されとる。なんか他にも読めそうやねんけど……。
  ……『魂束縛』……弥生さんが縛鎖(ばくさ)言うたヤツやな。対象を拘束するんや。
  ……『呪術反転』……ああ、これ呪い返しされんように仕組んどる。せこいやっちゃな。
  ……『反魂』……やっぱりこれ、何かしら蘇り目的で組んでんな。でも蘇らす対象が見えんのはなんでや? かすれとる感じ」


 一つずつ、一つずつ。
 それはもう確実に単語を説明へと言い換えてセレシュは拾い上げた情報を唇から紡ぎだす。それを弥生は文字が汚くても自身が解読出来れば後で書き直せるとばかりの勢いで書き記していく。


「『術式融合』……これは複数の術式を繋ぐための術式。
  『精神停滞』……あかん、これは読めんくらいぐちゃぐちゃになっとる。破壊のせいっぽい。
  『夢幻回路』……草間さんを夢に迷いこませておくシステムつくっとるね。
  『拘束解放』……これも壊れとる。多分ここが鍵やったんやないやろか。
  『覚醒要因の欠如』……これもあかん。でも覚醒要因やしなぁ。次は……。
  『不可逆固定』……ああ、なるほど。コイツで対象の状態を元に戻さんように仕組んだんや。
  『時限操作』……うわ、ムカつくなぁ! 何となく察しとったけどこれ時限式で発動するようになっとるで。そりゃ草間さんが帰ってきた時に零さんが気付かんかったわけや」


 そっと腕輪から視線を外し、セレシュは床を見ながら眼鏡を外しその下の目を擦る。
 これは己が持つ石化の視線をうっかり腕輪や弥生へ掛けてしまわない為の行動だ。見続けた瞳は少し乾き、ドライアイ状態になっていたので痛みを感じる。しかしセレシュは他に何か読み取れるようなものはないかと更に術を続けた。


「セレシュさん、私もお手伝いするわ。今読み取ってくれた分だけでも充分な情報よ」
「うーん……読み取れんかったヤツが気になるんやけどなぁ」
「構造解析の魔法をもう一度掛けてみるわね。それで穴が埋まれば嬉しいんだけど」
「じゃあうちの休憩ついでに場所交代するわ」


 セレシュが立ち上がり、今度は弥生が腕輪の前に移動した。
 弥生はすぅっと胸に外気を入れ集中を始める。そして先日と同じように呪文を唱え始めると構造解析を開始した。昨日は武彦を目覚めさせる事が目的だったが今は違う。「吸収」の無くなった腕輪に思う存分魔力を注ぎ込み、情報を何とか拾い上げようとあがく。
 だが確かに読み取れないとセレシュが発言した部分は術の文字列が分散しており、解読に困難を要する。しかし――。


「『精神停滞』……これは武彦さん自身を操り人形状態にするものね。腕輪を付けた瞬間から対象の意識を奪うの」
「それか! ああ、なるほどなぁ」
「……それから……本当にこれはボロボロね。えっと、『拘束解放』と『覚醒要因の欠如』は一対の鍵だわ。術者への保険とも言うのかしら」
「どういう意味や?」
「もしも対象以外の人物が誤って腕輪を付けた際、手順を踏めば解けたみたいなんだけど……それがなんだったかはもう腕輪自体がボロボロだから判らなくなってるみたい」
「あー、破壊してもうたから『鍵』として成り立たなくなったんやね。しゃーない、しゃーない」
「……ふー……これで大体読み取れたかしら」
「ええんとちゃう? しかしそうか……時間があらへんかったから破壊に走ってもうたけど、一応道はあったんやね」


 セレシュが弥生が書き留めた紙に今度はペンを走らせる。
 息を吐き出しながら弥生は術を止め、体中の力を抜いた。腕輪から読み取れそうな事はもうないと判断した上でだ。だが、その瞬間何かが脳裏に浮かぶ。


「――トルコ石」
「どないしたん?」
「いえ、今トルコ石のネックレスが浮かんだの。例の依頼調査書に載ってたものと同じものよ」
「……一層あの男が怪しくなったなぁ」
「ねえ、セレシュさん。知ってる? トルコ石の効果」
「なんやったかな。パワーストーン的な話やろ」


 弥生は目を伏せ、そして先程見た映像を再現する。そして再び目を開くと、少し眉根を寄せ苦々しく笑いながら唇を開いた。


「トルコ石はね、別名ターコイズ。――その石は『身代わり』の効果を持っているらしいわ」
「それ偶然やの?」
「さあ、どうかしら」



■■■■■



 一方その頃の祐樹、勇太、朱里、英里の外調査組の四人はと言うと――。


「こんにちは。ちょっとお時間頂けますでしょうか。実は自分はこう言う者なんですけど、この方について少々お尋ねしたい事が御座いまして少しお話をお聞かせ願えたらと。――ええ、もちろんお時間は取らせません。五分程度お話して頂けたら嬉しく思います」


「すみません、土曜日の夜なんですけどこういう人見かけませんでしたか? ――え、いや、ちょっと喧嘩しちゃって出て行った兄なんですけど、連絡がなくって……あ、もちろん警察には連絡入れているので! でも俺心配で心配で……あ、分かってくれます? で、話は戻しましてですね――」


「あ、えーっと。そこの人。一つお尋ねしたいんだが」
「きゃー!! え、ちょ、ちょっとMistのアッシュ!? うそうそうそー! あたし超ファンなのよー!!」
「……他人の空似ですよ。よく似ていると言われますよ」
「えー本人じゃないのぉー……でもぉ、貴方もあたしのこ・の・み♪」
「はははははははは」
「あの、すまないが、私の話を聞いてくれないか。……はぁ、……朱里、折角だ。そのまま話を持ちかけてしまえ」
「そうですね。ちょっとお話したい事があるんですけど」
「きゃー!! アッシュ似の男の人にナンパされちゃった! いいわよ、何でも話しちゃうっ!」
「で、では、土曜日の事なんですけど――」
「…………(隠れアイドルと言うのも大変なものだな)」


 と、このように各自表からそっと問題の男と草間 武彦について情報収集を行い、アリスから提供された携帯電話を使って各々分かったことに付いて交換し合う。
 祐樹は自分が探偵である事を極力隠しつつ、話せそうな人には話して情報を提供してもらう形を取った。勇太は一般人相手にはなるべくテレパシー能力は使わず、けれど何か引き出せそうな時にだけほんの僅か使用し、記憶を思い出してもらう事を優先に情報を集めていく。そして朱里と英里は典型的な聞き込み調査。だが途中何度か二人の外見の為、本筋から離れてしまう事もしばしば。それでも懸命に聞き込みを繰り返していれば見えてくるものもあった。


 やがて決めていた待ち合わせ時間がやってくると一旦四人は集い、適当なファースドフード店に入って自分達が集めた情報を差し出す事にした。
 各々ジュースやらハンバーガーなどを購入し、店内の一番奥の席をがっつり確保すると他の客からなるべく影となり、死角になるよう身を寄せ合う。


「先程セレシュさんと弥生さんの方からメールが届いたんだけど。皆見た?」
「あ、俺まだ確認してない。見る」
「私は見ましたよ。あの壊れた腕輪から術式を拾って解読したっていう一文と、各々の説明がくっついてました」
「凄く長い文章だったのだ。あれだけの文章をその小さい携帯電話とやらに打ち込むには時間が掛かっただろうに」


 アリスからの借り物である携帯には一斉送信という形で一件メールが入っている。
 そこに並ぶ術式解読の結果の文章には正直圧され、閉口してしまう。勇太も今はじめてチェックしたが、その最後にくっついていた一文に眉をしかめた。


 『腕輪には一定の手順を踏めば解除方法があった』


「そっかー、そうだよな。誤って付けちゃう、っていう事もあるのか」
「変なところで臆病な腕輪だ。術者がそういう性格なのかもしれないけどさ」
「普通そういった事態に陥った場合は自業自得というやらではないのか」
「まあね。でもこうして結果的にあの腕輪には付いていたって話なんですから何か思うところがあったんじゃないですか?」
「何かって?」
「実は――術者にとっては呪いの腕輪じゃなかったとか」
「ん?」
「へ?」
「どういう意味なのだ、朱里」
「だって手順を踏めば元に戻れたんでしょう? なら腕輪を付けて若返って……」
「そ、それっていわゆる――アンチエイジング的な……!?」
「俺やだ、そんな腕輪」
「私も横文字は弱いが何となく察した。……だが、一気に呪いが可愛くなったぞ」
「あはははは、そういう使い道もあるよねっていうだけの話ですよ。だって眠っているだけで貴方の好きな年齢まで若返り! 目覚めた時には貴方のお望みの若さをゲット!」
「どこぞの通販のようじゃないか……武彦さんに付ける意味が分からない」


 朱里の発言に皆思わず脱力してしまう。
 確かに、言われてみれば、そんな事も……と口にしてしまうのも致し方ない事。実際そんな目的で使われていれば平和だっただろうと各々遠い目をしてしまう。


「は、そうじゃない。調査結果の発表に行かないと」
「そうだった。すっかり腕輪に意識を持っていかれてたー!」
「ふむ。『あんちえいじんぐ』とやらは後回しだ。取り合えず私達の方から話そう」
「じゃあ私と英里の調査結果から話しますね。まず、何故か女性の方からぺらぺらと喋ってくれた事なのですが」
「くっ、俺的にちょっと羨ましい発言頂きましたー」
「えーっと問題の男性と草間さんなんですけど、当日アリスさんの調査書に載っていた地下鉄駅付近で見かけたという人を見つけましたよ。なんでも武彦さんの容姿が結構好みだったとかでついつい覚えていたとか。それでですね、その二人の行き先とその女性の行き先が途中まで一緒だったらしいんです」
「で、話を聞くとだな。二人は途中ある一軒屋に入ったっていう話なんだ。もちろんその男の所有物じゃないかは不動産屋に聞いてみたが違うという事だった。所有者は別に居るらしいし、今そこは空き家だという話だ」
「その所有者は分かりましたか?」
「一般人の私達じゃそこまで深く追求出来なかったので、一旦他の方の話を聞こうという事になりました。言いくるめようにもちょっとまだ情報が無くて弱かったですし……」


 残念だ、と朱里は最後に溜息と共に言い切る。
 祐樹は鞄から取り出して用意しておいた紙にペンを素早く走らせる。英里と朱里の情報発表が終わると、次は勇太へと視線を持ち上げ先を促した。勇太はぽりっと頬を掻きながら口を開く。


「俺の方はどちらかと言うと高校生っていう事で男の方に近付くの難しそうだったんで、草間さんの方について見た人は居ないか調べてみました。家出中の兄扱いで」
「武彦さんとの年齢差を考えれば……まあ、有りか」
「で、ですね。丁度パート帰りの女性から「酔っ払いだと思った」という証言が一つ出ました。時刻は夜の九時半手前だったらしいですよ。アリスさんの情報と一致してます。草間さんの状態としてはふらふらした足取りで、何かぶつぶつ呟きながら歩いていたそうで気味が悪かったと。――「もし本当にお兄さんなら捕まえておいて!」って怒られたんですけど、俺何も悪くない」
「拗ねない拗ねない」
「ふむ。ふらふらしてて」
「ぶつぶつ何か呟いていた? ――じゃあその時にはもう腕輪は付いていたっぽいですね」


 時期列に祐樹は情報を纏めながら慣れた様子で執筆する。
 最後に祐樹が情報を、と皆から促されると彼は一旦手を止め、そして自分が収集した情報を記した手帳に広げながらそれを読み上げ始めた。


「俺は今回男の方の身辺調査を行ってきましたよ。腕輪云々より男がどういった人間で、近所にどういう評判を得ているかとか。あと草間さんの方のスケジュールの把握の再調査。アリスさんの事前調査も凄かったけど、やっぱり時間的に曖昧な部分があったからそこを埋めるような形で攻めてきた」
「結果は?」
「男の評判としてはまあ、至って『普通』。本当に普通。地域の行事もそれなりに参加してたみたいですし、ごみ出しとか地域当番制でやっていく事も協力的らしい。出張とかで遠方に出かけたりすると近所にお土産を配ったりもしてたみたいだ。更に別の方から奥さんが亡くなられた時の事もお話して貰えたので聞いたけど、相当の愛妻家だったらしく葬儀の時はそれはもう声を掛けられない程落ち込んでいたとか。その後も証言では「奥さんを事故で亡くしたショックからか暫くやせ細っていたけど、今は体調が良くなっているようで良かったわ」と。ああ、奥さんの死亡日は証言と共にネット新聞で調べる事が出来ましたので、これ」


 テーブルの上に出されたのはプリントアウトされた事故の記事が載った一ページ。
 それは決して大きなものではなく、吹けば簡単に人の記憶からも飛んでしまいそうなほど小さな記事だった。内容は車との接触事故。ほぼ即死との記載がなされている。残念ながら事故は毎日起こっているものゆえか奥さんの顔写真は載っていなかった。


「ただ評判自体は良いけど、引っ掛かる事が二つあったんだよな。まず奥さんの形見だと言うトルコ石のネックレスの盗難の件なんだけど、警察に不法侵入については調査してもらっていても肝心の盗難届けが出されてないんだよ。ああ、これは今回の調査ではなく以前の調査で判明している事だ。武彦さんの書いた依頼書には「警察が信用出来ない」と書いてあったから警察嫌いなのかも」
「もう一つはなんなのだ?」
「大した事じゃないといえば大した事じゃないんだけど、聞き込みの最中にある男性が証言してくれた言葉があってさ。俺が「その男性が元気になって良かったですね」的な事を言ったら「ああ、あの人何か今嵌っている事が有るらしいよ」って」
「『嵌っている事』か、怪しすぎるのだ……」
「それこそ腕輪作りだったりして」
「ま、まさかー……あはははは。はぁあ……可能性がないと言い切れない辺りが痛いっすね」
「で、草間さんの方の動きなんだけど、俺の方は男の家付近だったためか証言が出なかった。でも念の為地元警察の方に話を通しておいて、何か分かったら連絡入れて貰えるようにはしておいたよ」


 祐樹はさらさらっと自分の手帳から皆の情報を記載してある紙へと情報を写す。
 土曜日の情報をこれで確認してみると男と武彦が移動した後に偏っている事が判明する。皆で纏め上げた紙を回し見ながら暫し購入物を飲食しつつ目を通す。そして朱里が紙に書かれたある時間軸につっと指を添えた。


「地下鉄を降りてから移動して空き家へ。そして空き家にて男と武彦さんの間で何かしらトラブルが起こり、その時に腕輪を付けられたと仮定してそのまま草間さん一人で意識が曖昧な状態で帰宅。なら、男はどこに? って事も気になるかな。地下鉄で自宅に戻ったなら間違いなく地下鉄の防犯カメラで情報出ますよね」
「なるほど、そっち方面も調べてみよ――」
「ご心配には及びませんわ」
「「「「アリスさん?!」」」」
「調査お疲れ様ですわ、皆様。こちらもそれなりの情報が集まってきましたのでご報告に参りました」
「どうやって此処が?」
「発言出来る範囲でしたらGPS機能とか……他にも色々手はありますでしょう? 裏の手を使えばいくらでも」


 手にジュースを乗せたトレイを持って現れたのはアリスだった。
 彼女は四人に声を掛け、輪に加えてもらう事にした。テーブルの上にいっぱいトレイが並ぶと窮屈なため、要らなくなったトレイを重ねて邪魔にならない端の方へと置く。勇太も残り少なかったハンバーガーを口の中に放り込んでトレイをあけた。
 その間アリスはと言うと祐樹が纏めた紙を見せてもらい、自分の知らない情報を共有に掛かる。


「ではわたくしの情報をお話いたしますね」


 中身は紅茶かお茶か。
 ストローで吸い上げられる液体の色を見つつ、皆アリスへと注目を浴びせた。


「まず蓮さんの方にも協力をお願いし、セレシュさんが申していた通りまず草間さんが付けられたという腕輪のような物が出回っていないか調査をお願い致しました。これは草間さん側からも回っている事ですわね。蓮さんからは更に付与術師関係者を当たってみると先程電話がございました。これはセレシュさんからの依頼だそうで……そちらに連絡は入っています?」
「いや、来てない」
「では恐らくわたくしやセレシュさん辺りに連絡が入ったのでしょうね。まあこれだけの人数が動けば全員に電話する時間ももったいないというもの。ですが動く前にセレシュさん自身がその界隈で調べたいとおっしゃっていましたから予想範囲内ですわ」
「他にどんな情報を入手出来た?」
「わたくしの情報源はあくまで裏の方で少々悪どいものですので詳しくはお話出来ませんから結果だけお話致しますわ。あ、くれぐれもわたくしの情報源が何か探ろうとなさらないで下さいませ。その瞬間、わたくしはお知り合いと言えど……」
「分かった、分かった! 分かりました! そういう個人的なルートに関しては手を出さないよ。探偵業でももちろんそういう分別は弁えています」
「祐樹さんは心得てくださっていて嬉しいですわ」


 にっこりと向けられた少女の笑みは筋肉が固まるような緊張を走らせる。
 アリスは乾いた喉を潤すようにまたストローに口付けてから話を開始した。


「男が嵌っている――というよりやらされている事のようですが、それはある物の『分布』ですわ」
「分布?」
「ええ、実は男の情報を裏ルートから辿らせて頂いたところ、ある狂気的な団体の存在が浮かび上がりましたの。宗教、と言い換えても良いかもしれませんわね。あまり表立って広がってはいませんが、その団体は「失ったものを再び手に入れる」事を信念とした集まりのようです。それが物であれ土地であれ……人であれ」
「……反魂ももしかしてそこに入る?」
「入るでしょうね」
「男は何を分布しているんだ?」
「大したものじゃないですわ。会社の方に出張先の土産と称してちょっとしたストラップを贈ったり、近所の方へも同様に役立つものを薦めたりしてた程度。――それが呪具でなければそれはもう好感度の高い男性でしょうね。これを見てくださいな」


 そう言ってアリスはポケットから一つのストラップを取り出した。
 それは青い石が嵌め込まれた至って普通の天然石系のストラップ。アリスが調査中接触した人物から魔眼を使用し、それはもう丁寧に頂いてきた曰くつきの物である。アリスは爪先で青い石を突く。そしてこれが「トルコ石」である事を皆に明かした。


「わたくしの知っている鑑定士に見て頂きました。これ自体には本当に大した能力は有りません。ですが同じ能力を持つ物を多くの人の手に渡せば効果が増す呪具です。その能力は『精気の吸収』と『増強』。でも一つ一つは先程も申し上げた通り弱く、持っていても決して疲れを感じない程度のレベルで吸いあげるようですわ。そしてわたくしには見えませんが、吸い上げたものを一箇所に集めている可能性があるとの事でした。探れる方は調査したら何か糸など見えるかもしれませんね」
「男が何の目的でこれを配っていたのか……」
「ここまで情報が集えば想像するのは容易いでしょう。――男が失ったものは「愛しい妻」。草間さんに付けられていた腕輪のみが何故あのような強力な能力を持っていた理由は存じませんが、過去に何か因縁でもあったのかもしれませんね。男ではなくて、団体の方が」
「なら、この団体の団員リストとか手に入らないかなっ! 俺が多分バイトしてた時期にはこんな団体知らないからもっと前だと思うんだ」
「リストについては手配済みですわ」
「アリスさん、素早いのだ……」
「あと地下鉄の件ですが、男性も草間さんが乗った二本ほど後の電車で帰っている事が判明してますわ。防犯カメラの映像を再検証させましたらすぐに判ったことです。――空き家に関してはわたくし自身が気付いておりませんでしたので調べておりませんが、調べさせましょうか?」
「出来るなら」
「では先程のリストと一緒に報告させるよう今から連絡を入れます。調査結果は直接草間さんとわたくしの方に送るようにしてありますの。その内判明するでしょう」


 だから暫くの間お待ちくださいませ? とアリスは小首を傾げて微笑んだ。
 裏のルート恐るべしというか。情報網を持つものは捜査系には本当に強いのだと思い知らされる。彼女の言う通り今どたばたしても情報が混乱しそうだと思った彼らは暫く店内で様々な可能性に付いて案を出し合う。


 例えば男が望んで団体に属しているのか。
 本当に男が望んでいるのは妻の蘇りなのか。
 妻が付けていたトルコのネックレスとストラップのトルコ石は何か関係があるのかなどなど。


 やがて祐樹が持っていた携帯が震えだす。
 マナーモードにしておいたそれを彼は掴み、そしてそれが武彦からの連絡である事に気付くとすぐに応答ボタンを押した。


「はい、こちらゆ――」
『お前ら今すぐ其処を離れろ!!』
「武彦さん?」
『良いから早く離れろ!』


 武彦の声――今は子供の為いつもより声高だが確かに彼の声が受話器を通して聞こえてくる。
 その音量の大きさに耳をくっつけていた祐樹は反射的に耳を外してしまうが、なにやら焦っている様子から尋常ではない気配を感じ取ると皆に視線を向け、鞄を肩に掛けトレイを引き取りながら立ち上がる。あくまでさりげなく、不自然にならないように気をつけながら皆その場を後にする。演技に慣れてないものは多少ぎくしゃくしていたが、それは仕方ないと言えよう。
 やがて店の外に出てしまうと祐樹は「何かあったんですか?」と問い返した。


『アリスの手配したリストがさっき届いたので見せてもらったんだが、その中に俺が過去壊滅に追い込んだ宗教団体の幹部を見つけた。蓮からも入れ違いで付与術師に関する情報が流れてきて、その団体の中に何名か属している事が判った。俺が入ったらしい空き家の所有者も団体所属リストの中に見つけた』
「……きな臭くなってきましたね」
『過去の宗教団体については電話ではなく直接話そう』
「分かりました。でも何で急に俺達に場所を離れるように指示し――」
「祐樹さん、危ないっ!!」


 武彦と同じリストを送付されているアリスはノートパソコンを広げて皆にそれを見せ、名前と性別、年齢が簡単に書かれた簡易リストに目を通していた、その時だ。
 祐樹に向かって走ってくる一台のバイク。
 酔っ払いが暴走しているかのように蛇行運転を繰り返すそれはそれでもまっすぐ彼を目指して――。


―― キキィィィィイイッッ!!


 やがて物凄いスリップ音と衝撃音が轟き、次いで人々の悲鳴が湧き起った。
 カラカラ……と祐樹が握っていた携帯が支えを失って道路に転がり、そこからは武彦の声が絶え間なく聞こえてくる。血を流して倒れている二名の姿に人々は輪を作るように集い始めた。



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 淡い光が傷付いた肌を癒すように照らす。
 医師に見せ治療してもらったとはいえ、完全には決して治らない。だからこそ彼らは頼る。弥生の持つ治癒魔術に。


「まず調査に関しては礼を言う。助かった。……再度聞き返して悪いが、バイクのヤツはお前らを襲った後、すぐに逃げていったんだな?」
「ええ、そりゃあはもうこっちに向かってきた時の不安定な動きとは違って、素早かったっすよ。でも間違いなく祐樹さんを狙って――いっ」
「勇太君、動かないで」
「とりあえず救急車で病院に搬送してもらったんですけど、幸いにも俺の方は頭を切ったんで大量出血ではありましたが薄皮一枚ってところです。念の為に入院して検査を受けなさいと薦められたんですが……今の武彦さんの方が心配ですから日帰り範囲で戻る事にしました」
「今から入院してきても俺は怒らない。休暇も出す」
「意識もはっきりしていますし大丈夫ですってば。むしろ庇ってくれた勇太さんの方が重症ですよ。手足に無数の擦り傷、打ち身。骨折していない事に医者がびっくりしてましたからね。あと朱里さんがとっさに投げてくれた衝撃減少符で大分軽減されましたし」
「え、俺は弥生さんに治癒魔法掛けて貰えてるから問題ないですよー」
「符一つで命が助かるなら安いものでしょう」


 ひらひらと既に治癒が完了した片方の手を振り、元気である事を勇太は見せる。
 夜、外に出ていた皆が草間興信所に戻ってきた時には包帯でぐるぐる巻きにされていた腕だが、その肌は大分回復傾向にあり日常生活を送る分には問題なさそうだ。
 朱里も腕を組みながら例の一件を思い出し、眉根を寄せる。
 武彦は呆れ疲れたかのように組んだ腕を膝に乗せ、項垂れた。


「恐らく向こうも俺の目が覚めた事に気付いたんだろう。だから嗅ぎまわるお前らを襲ったんだろう。それが例えこれ以上関わるなという警告程度だとしても、だ。……何にせよ、昔俺が受けた依頼で潰した宗教関係の団体は潰れているそれは確かだ。――だがこれ以上は危険すぎる。今回の調査だけでも二名怪我人が出たんだ。正直な話、これ以上巻き込まれたくないヤツは此処で手を引け」
「草間さん……」
「俺は売られた喧嘩はどちらかと言うと流したい方だが、今回は事が事だ。先手を打ちに行こうと思う。――つまり、戦闘に入る可能性が高い」
「お兄さんは無理です! そんな身体では動けません!」
「最悪、蓮が持ってきた腕輪を付けて肉体だけでも先に戻して動けば良いだろう!!」
「――ッ……お兄さん……」


 零は心から不安そうに顔を歪め、そして唇を噛む。
 武彦は覚悟を決めたかのように蓮所有の腕輪の入った箱を睨んだ。


「草間さんも蓮さんもそない落ち込まんでもええって。これで大体の傾向も分かったし、対策も取れるやろ」
「う……セレシュさん」
「うちとしては草間さんの意向に従うわ。ここから先うちが首突っ込むかはともかく、団体単位で動いとる上に複数の付与術師が関わっとるんやったらそりゃ慎重にもなるで」
「……はい」
「ま、ほら、アレや。今は体勢立て直すっちゅーんやったら草間さんの可愛い姿見て和んどったらええって――うんうん、見事なコスプレ状態やわ、ホント」
「――お前はどこまで弄りに掛かる」
「うちが子供服持ってこーへんかったら草間さん自分のだぼだぼシャツ一枚で過ごす羽目やってんで。むしろ感謝してーな」


 固まった場の空気を和ますためセレシュは今武彦が着ている服――某大人だけど子供な名探偵とほぼそっくりな服装を見てにやにや笑う。
 それにつられて零も元気を出そうと何度か頷いた。


 凹んではいられない。
 立ち止まってもいられない。
 進むべき道が見え、そこに『敵』がいるのなら――。


「体勢を立て直して出る。一日考えさせてくれ」


 ―― 決戦の時は、もうすぐそこまで迫っている。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【7348 / 石神・アリス (いしがみ・ありす) / 女 / 15歳 / 学生(裏社会の商人)】
【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】
【8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女 / 26歳 / 請負業】
【8564 / 椎名・佑樹 (しいな・ゆうき) / 男 / 23歳 / 探偵】
【8583 / 人形屋・英里 (ひとかたや・えいり) / 女 / 990歳 / 人形師】
【8596 / 鬼田・朱里 (きだ・しゅり) / 男 / 990歳 / 人形師手伝い・アイドル】

【登場NPC】
 草間武彦(くさまたけひこ)
 草間零(くさまれい)
 碧摩蓮(へきまれん)
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は連作になる「LOST」の第二章に参加頂きまして有難うございました!
 今回は完全に調査、という形で進めさせて頂きましたので結構頭を使いましたし、PC様には頑張って頂きました。
 しかし皆の心は一つだといわんばかりの草間さん弄りに拍手! 実はライター自身は某漫画の件など忘れ去っておりましたが……(遠い目)

 まず結果としては草間氏のスケジュールは大体把握完了。そして変な団体の存在が浮かび上がりました。でも嗅ぎ回ったせいで草間氏及び周囲が危険かも? という状態に入ってます。

 次回は草間氏が宣言している通り戦闘系になる可能性が高いですが……そこはまた次の参加者様次第という事で。


■弥生様
 こんにちは、参加有難う御座います!
 今回はサポート兼怪我をしたPC様に治癒魔法を当てるという実は凄く重要な役割を振ってしまいました……治癒系苦手と書いてらっしゃいましたが、大変助かります(深々と礼)
 後、腕輪も草間氏が嵌めないよう努力すると気を使ってくださったり、読み取った術式の解読も色々考えてくださって有難う御座います。
 当たっていたかどうかはまたこっそり教えて頂ければな、っと!