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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


諸刃の絆。

 彼女達がこうして、定期的に顔を合わせるようになってからしばらくが経つ。とはいえ、そこにあるのが信頼関係などではないことを、郭・雷華(ぐお・れいふぁ)は理解していたし、まして彼女の前に座る高遠・誠一(たかとお・せいいち)は尚更だっただろう。
 雷華達の間に存在するのは、ごくごく冷徹な感情。互いの打算と利益の上にのみ成り立っている、それがなければいつでも互いの寝首をかいて構わない関係。
 日本の極道というものは、やたら筋だの仁義だのを振りかざす傾向にあるようだが、少なくとも根っこの部分においては自分達チャイニーズ・マフィアと大きく変わるところはないだろうと、雷華は考えていた。ましてこの、誠一という男からはどこか、彼女達と同じ雰囲気というか、匂いとでも呼ぶべきものを時々、感じるのだ。
 とはいえ今までの所、誠一がはっきりとそれを態度に出した事は、雷華の記憶にある限りでは一度もなかった。といって、それは雷華が庭名会に手を貸すようになってからの、ごくごく短い期間の事ではあったが。

「順調に進んでるみたいねぇ?」

 いつも通り、表面上はにこやかで友好的な、けれども実際には抜き身の刃物を互いに突き付けあっているような、油断のならない挨拶を終えて通された応接室で、雷華はゆったりとソファに身体を預けながら、そう誠一へと言った。それに男が、ひょい、と眉だけを上げる。
 雷華が告げたのは、先日、庭名会が会長不在という混乱の時期を乗り越えて迎えた、新たな会長のことだった。それは雷華の聞いた所に寄れば、まだ高校生の、可愛らしい少女であるらしい。
 だが誠一は眉を上げたきり、新会長について何かを語るわけでもなく、さっさと今日の打ち合わせに入った。まずはビジネスを、と言う事らしい。
 雷華はひょいと肩を竦めて、ゆったりと、そして魅惑的にソファの上で足を組んだ。誠一という男は非常に口が堅くて、幾ら雷華が雑談を装って探りを入れてもろくに手の内を明かそうとしない、はっきり言ってしまえば面白みのない男であった。
 考えようによってはビジネスの相手としては信用が置ける、と言うことではある。ただし、それは雷華との利益関係が続けばであって、終われば、或いは庭名会にとってそれがもっとも有益に働くと判断すれば、あっさり切り捨てられるのだろうが。
 雷華とて、それは同じだけれども。九龍に属しているのが単に、郭商会を盛り立てるための手段であるのと同様に、庭名を売ることが郭商会のためになると判断すれば、ためらいなく売り渡すけれども。
 取引内容に関する打ち合わせと確認は滞りなく進み、細々とした調整もさしたる問題はなく終わった。雑談にもならない無駄話すら、まずすることのない誠一相手だから、脱線のしようもない。
 取引相手としては信用の置ける、面白みのない男。そうして絶対に油断の出来ない男――

「新会長のぉ、庭名での評判はどうなのかしらねぇ?」

 ――それでも本題であるビジネスの話が終わり、恐ろしく高級そうな茶器で淹れられた紅茶を飲みながら、雷華はそう話を向けた。新会長の事を知っておくのは、あながち、ビジネスとまったく関わりがないとも言えないからだ。
 こういった世界は特に、トップが変わればがらりと組の雰囲気すら変わることも、珍しくはない。突き詰めていけば何の後ろ盾もない荒くれの集団だからこそ、上の意向には絶対の服従をするのだし、だからこそ上はその力を示して下の者を庇護する。
 ならば、新会長が就任してもなお、庭名会は雷華にとって良い取引相手、ビジネスパートナーとなりえるのか。もちろん独自にも調べてはいるけれども、探りを入れるのは、それほど不自然ではないはずだ。
 いざとなればそう告げようと思っていた雷華だったが、意外なことに、今度は誠一は面白そうに軽く眉を上げた。同じ仕草でも、わずかな表情だけで驚くばかりに受ける印象が違うものだ。

「頭が変わっても、庭名会は変わらんさ」
「そうかしらぁ?」
「変わらんね。安心しろ、あんたとの取引は続行するし、不利は起こらねぇよ――お互い、利害が一致する間は良いビジネス相手で居ようじゃないか」

 そうして雷華をもう1つ驚かせたことには、今日の誠一は先ほどまでとは違い、奇妙なほど饒舌な様子だった。それは、思わず誠一をまじまじと見つめて、何か悪い物でも食べたのではないか、とらしからぬ心配をしてしまったほどである。
 或いは先ほどまでの寡黙は、内に秘めていたものを押し殺すためのフェイクだったのかもしれない。そんな事をつい夢想してしまったほどに、誠一は饒舌で、そうして上機嫌でもあるようだった。
 ゆったりと、高級な革張りのソファに身体を沈めて、思えばこの男と交わすのは初めてかもしれない雑談を、交わす。そうして寛いだ様子を見せる誠一は、この高級な調度品や家具の立ち並ぶ部屋にもまったく見劣りしておらず、むしろ彼こそがこの部屋の主であるかのような錯覚を覚えさせた。
 最近の庭名の様子や、新会長の庭名の中での評判。そうして、当の新会長について――

「あれはまぁ、どこにでも居る普通の女子高生だな。多少、思い込みは強いようだが、それだけだ」
「――あらぁ」

 誠一の物言いに、雷華は変わらぬ艶やかな笑みを浮かべながらも、内心では目まぐるしく計算を始めた。

(良いのかしらぁ?)

 今の言葉は、場合によっては会長への侮辱とも取られかねない言葉だ。いや、新会長としての評判や人柄についてを語っていたのだから、侮蔑そのものと言っても過言ではない。
 それを、あっさり口にする誠一が解せない、というのが一番大きく雷華の胸を占めていた。本来であればその失言を、最大限に悪意を込めて解釈し、いざという時の切り札にするべき所だが――相手は誠一なのだ。
 これまでの誠一は、どんな時であれ忠実な庭名の駒として、上司への否定的な意見は口にしなかった。例え雷華がわざと煽っても、言葉巧みにその内情を聞き出そうとしても、だ。
 それなのに、ここに至ってわざわざ、弱みを握られかねない軽率の愚を犯すなど、到底信じられたものではなかった。どちらかと言えば、解りやすい餌を蒔いて雷華を罠にかけようとしている、と考えた方が、よほど納得がいく。
 だが、もしそうならば一体、誠一の意図はどこにあるのだろう。それとも本当に裏はなく、単純に誠一自身の新会長に対する率直な感想を述べたに過ぎないのだろうか。
 笑顔の下で疑惑を巡らせながら、見つめる雷華にけれども、誠一はそれ以上の感情を見せることなく、平然と紅茶を飲んでいる。それが、己の失言を悟って虚勢を張っている、と言う風ではない以上、さきほどの発言はやはり、なんらかの意図があって告げられたのか――もしくは彼にとって、失言ですらないのか。
 クッ、と誠一が喉を鳴らした。それは惑う雷華を面白がるようでもあり、もっと違う何かを思い出してほくそ笑んでいるようでもあった。

(何を考えているのかしらぁ‥‥?)

 それに雷華は思惑を巡らせ、探るような眼差しを向けながら、冷めかけた紅茶を喉に流し込んだのだった。





 それから幾つか他愛のない話をして、何とも居心地の悪いというか、不可解で釈然としない気持ちを味わいながら、雷華はその日の打ち合わせを終えた。となれば友人なんて間柄でもあるまいし、さっさと庭名会を後にしようと部屋を出る。
 そういう時、誠一は入口まで雷華を見送るか、あるいはそのまま、雷華が出て行くのを見送るでもなく、部屋に居残って何やら仕事をしていることが多かった。または廊下まで一緒に出た後、雷華が入口へ向かうのを見送って、自身は奥に戻っていってしまうか。
 今日はどうやら、最後のパターンだったらしい。雷華の後に続いて部屋を出た誠一は、重厚な扉を閉めると入口へ向かう彼女に背を向けた。けれども、それを気にも留めず、それじゃ、と歩き出した雷華の背に、あぁ、と声がかけられる。
 ぴたり、立ち止まった足音。肩越しに振り返れば、同じく肩越しに振り返った男と視線が絡む。

「もうすぐ面白いことになる。あんたの好きにするといい」
「――どんなことかしらぁ?」
「さあ、な。――じゃあ、次の打ち合わせで、また」

 誠一はそう告げると、ひょいと肩越しに手を上げて、今度こそ奥へと歩き去っていった。それにひょいと肩を竦めて、雷華もまた入口へと足を進める。
 進めながら、考えていたのはたった今の、誠一が言い置いていった言葉。

(何が起こるっていうのかしらぁ? それとも‥‥『起こす』のかしらぁ)

 どちらかと言えばその考えの方がしっくり来る。何かが起こるのを誠一が察知していて、それを看過しているというよりは――彼自身が何か、行動を起こそうとしているのかもしれない、と言う方が。
 だが、それはあくまで雷華の想像に過ぎないこともまた、彼女にはちゃんと解っていた。単なる思い込みだけで動くのは危険だという事は、マフィアならば子供だって知っている。
 ならば――

(せいぜい、高見の見物をさせてもらうわぁ)

 くす、と艶やかに微笑んで、雷華は庭名会を後にした。誠一が言っている『面白いこと』は、けれども口にしなかった所を見れば、最低限の注意力さえあれば十分に感知し、そうして乗り切ることの出来る程度の事態なのに相違ない――少なくとも雷華や九龍、そうして郭商会にとっては。
 ならばまずは状況を見極めることが大切だ。そうして自分達にとってどう動くのがもっとも有益なのか、判断をする必要がある。
 だから誠一の言葉だけをしっかりと心に留めて、庭名会を後にした――それは、とあるよく晴れた夕下がりのこと。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢 /     職業    】
 8545   / 高遠・誠一 / 男  / 36  / 庭名会幹部・会長付
 8554   / 郭・雷華  / 女  / 26  /   郭商会令嬢

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
そしてお届けが非常に遅くなってしまいまして、本当に申し訳ございません‥‥(土下座

お嬢様と息子さんの、何かの始まりを予感させるかのような物語、如何でしたでしょうか。
何でしょうね、珍しくモブな方々が出てこられないので、何やら居心地の悪い気持ちがしております(ぇ
そしてその、珍しくほのぼのしていない(←)お話でしたので、きちんとシリアスになっているかどうかが‥‥えぇ‥‥(

お2人のイメージ通りの、笑顔で繋いだ手の反対で互いの懐を探り合うようなノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と