コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


+ LOST・3―侵入調査編― +



 月曜の襲撃から丸一日空け、水曜日となった朝。
 相変わらず五歳児のままの草間 武彦(くさま たけひこ)はその日の朝のニュースに目を釘付けにされていた。テレビにはある初老の男性の顔写真と名前、そして住んでいたというアパートが映し出されている。


『本日の午前六時頃――区のアパートにて六十歳後半の男性の死体が発見されました。死因は脱水症状から生じた衰弱死と見られ、現在警察では事件性がないか調査中です。死体発覚のきっかけは隣人による通報。何か臭い匂いがすると大家へ訴えたところ、部屋にて男性の死体が発見されました。争った形跡はなく、またこの男性は一人暮らしで近所付き合いも薄く、身寄りがないところから孤独死した可能性が高いと見られています』


「おい、零」
「これって……ただの事件でしょうか」


 不意に武彦の持つ携帯が鳴り出す。
 サブディスプレイを見やれば其処には「碧摩 蓮」の文字。武彦はすぐにそれを掴み挙げると応答ボタンを押した。


『まずはおはようかねぇ。……さて武彦、悪いんだけどテレビは見たかい?』
「今丁度流してる」
『アパートで孤独死したらしい男のニュースは?』
「ああ、見た。お前が俺に連絡してきたと言う事は俺の記憶に間違いはないんだな」
『そうだね。あたしの記憶からも引っ掛かったよ。ずいぶん外見が老けちゃいるがその昔その界隈で名のあった付与術師(エンチャンター)だよ。最初こそは善意ある活動をしていたらしいが、次第に己の力を過信し悪意ある付与を付け、多くの悪事に加担したって話さ。お陰で色々と叩かれて十年ほど前に表舞台からは退いていた男のはずだ。その後何をしてたかは不明だったんだが、このような形で浮上するとはまた奇妙な話さ』
「俺はそっちの方は疎いが、話だけは聞いた事がある。――零、団員リストを調べてこの男がいないか見てくれ」
「はいっ、今すぐ見ます!」


 零は指示を受け朝御飯を作っていた手を止めると素早くリストを引っ張り出し、武彦が書きとめた男の名前を探す。だが電話をしている兄へと視線を向け、両手でバツを作った。


「蓮、男は団員リストには載っていない」
『話を続けようか。今現在あたしのツテを使って調べさせているが、聞いた限りでは男はどうやら偽名を使って水面下で活動していた可能性が高い。顔も出さず人を介して決して表舞台には出ないように出ないようにってね。言っておくけど、相当の熟練者だよ』
「だが何故このタイミングで付与術師が死んだ。偶然か?」
『さあ。あたしにはわからない。真実が知りたいなら調べな。あたしは自分が知りたいからこの男に付いて調べてるだけさ』
「その調査結果は回して貰えるか?」
『その代わり何かこっちに回してくれるかい?』
「……今回得た術具などでお前が興味あるものを渡そう。どうだ」
『ああ、それなら良い。ならあんたは死んだ男んところを調べてきて欲しい。警察の調査じゃなく、あんた自身……は、無理でも、直接男のところに侵入してどういった方法で付与術を行っていたか調べておくれ。あの男のレベルに見合った付与術を行うならあんなアパートじゃ難しいはずだからね』
「分かった。あとこっちは俺が潰した宗教団体の幹部のところに行ってみようかと思っている。そこで正しい団体リストの入手、もしくは今回の一件に付いて男の口を割らせたら上等」
『そうかい。じゃあ人手がいるねぇ……しかし忙しない男だね、あんたも』
「うるさい」
『手伝えそうな人材に連絡を回そう。あんたからも探しな』
「恩にきる」


 ピッと携帯を切り、武彦は先日差し入れてもらったばかりの子供服の首元を緩めて溜息を吐き出す。零が子供姿の武彦を抱きしめ、ぽんぽんと頭を撫でた。


「肉体だけでも元に戻る方法はあるんだ、いざとなったら俺が前線に出る」
「私はお兄さんに無理して欲しくないんです。それだけは分かってくださいね」
「ああ……」


 血は繋がっていない上に人外である妹の心配を受け止めると、武彦も短い手を零に回し落ち着かせるように肩を叩いた。



■■■■■



 その日の十二時頃。
 武彦は集まってもらった面々を前に蓮と話した事柄を説明した後、ある条件を口にした。


「お前達に依頼をする前提条件として三つ、こちらから提示させてもらう。一つは素性を知られないよう変装及びそれに準じた行為を行う事。二つ、目的を達したら即解散するため逃げ足が速い事。三つ目、個人で動けば必ず狙われるため決して単独行動をしない事。以上だ」


 一本ずつ指先を上げ、武彦は皆に言葉を告げる。
 協力者達はそれを聞くと了解の意思を持って頷いた。


「今回は二組に分かれて行動してもらう。俺が潰した団体の幹部だった男への接触もしくは家宅侵入を行ってもらうグループ。そしてもう一つが死んだ付与術師の部屋へと行き、付与術をどこで行っていたか探ってもらうグループだ。潰した団体に付いては公開出来る範囲内で紙に纏めておいたから見ておいてくれ。ただし、ここからの持ち出しは禁ずる。良いな」


 零が武彦の製作した資料を渡し、協力者達に見てもらう。
 資料の持ち出しは絶対に禁止。理由は持ち歩いて万が一相手側に奪われた時危険性が跳ね上がるためだと説明する。それに関しても全員の了解を得た上で配った。


「ではまずグループを決めよう。お前達のことは信頼しているが、事が事だ。慎重にどっちに行くか考え選んでくれ」



■■■■■



 今回本業である傭兵業を終え帰国した所、妻である弥生・ハスロ(やよい・はすろ)より草間 武彦が危険だという話を聞いた男性、ヴィルヘルム・ハスロは緊急事態という事で今回の作戦に参加する事にした。
 最初こそ真面目に話を聞き、資料にも目を通していたがとうとう堪え切れず……。


「こ、これは……! 草間さん何という(可愛らしい)姿に……!」
「ヴィル、心の声が出てるわ」
「おっと、つい本音が……。何かお手伝いする事はありますか? 手の届かない場所の物とか取りますよ」
「くっ、身長百八十五センチにはどうあがいても敵わない……」
「資料に触るなというのなら抱っこして手伝えたらと」
「それは同年代の男としてこう、……俺の中の何かが駄目だと訴えているんだが」


 彼は傭兵という事で身体能力が非常に高い。
 身体作りもしっかりとしており、戦闘面では以前より武彦もお世話になっており、信頼における人物である。ルーマニア人とスウェーデン人とのハーフで、「イイ男」と評価しても誰も文句は言わないだろう。更に真祖の吸血鬼を遠い先祖に持つが、その血はとても薄くほぼ人と変わらない。だが能力は確実に受け継がれており、彼は言葉によって暗示を掛け、五感を操り幻覚等を見せる事が出来る。
 弥生と共に資料に目を通しながら彼らもまたどっちのグループに行くか話し合う。


「草間さん、よろしければこちらをご提供致しますわ」


 すっと、協力者の一人である石神 アリス(いしがみ ありす)が紙袋を差し出す。
 先日、某見た目は子供、頭脳は大人! な服装を渡された武彦としてはその行動を訝るように見つめた。だが差し入れは差し入れ。素直にそれを受け取って中を開くと――。


「ゴシック系のフリルシャツやパンツ……は、まだいいが、この宝○風のキラキラ衣装はなんだ!!」
「わたくしの趣味ですの。草間さんにお似合いの物をそれはもう昨日一日を使ってチョイスいたしましたのよ。先日のコスプレ一歩手前の子供服も愛らしかったですけれども、そればっかり着ているわけにはいかないでしょう。さあ、着替えて下さいませ」
「――うぐっ」
「確かにこの二日その服を着てましたよね、お兄さん。そろそろ臭いますよ」
「え、そりゃあかんで草間さん。今すぐ着替えてきや。あ、うちどっちかっつーと○塚風の服がええなぁ」
「セレシュ!」


 先日服を差し入れてくれたセレシュ・ウィーラーがひょいっと子供服を覗き込み、自分の希望を伝える。彼女は自分の名を叫ばれるとちろっと舌先を出しながら肩を竦めた。
 さて、と今回の協力者達の顔ぶれを彼女は再度確認する。今回は二箇所に侵入調査という事でいつもより人数が多く、それゆえに事の慎重さを改めて実感した。


 一人目はセレシュ・ウィーラー。
 二人目はヴィルヘルム・ハスロ。
 三人目はその妻、弥生・ハスロ。
 四人目は石神 アリス。


「先日襲われた分は返してやりかえそうかな。ね、勇太さん」
「もちろんっすよ! 俺達の傷の分くらいはやりかえさないとね!」


 五人目は興信所勤めの青年、椎名 佑樹(しいな ゆうき)。
 六人目は超能力を保持する高校生、工藤 勇太(くどう ゆうた)。
 二人は先日暴走バイクに襲われ、危うく重症を負いかけるという事態まで追い込まれていたため、今回の事件に関してはそれはもうそれなりの報復を、と考えている。


「ふむ、今回は二つに分かれるのか。慎重に選ばねばな」
「自分の持てる能力とグループの内容とを照らし合わせて考えると……私はこっちかな」


 七人目はゴシックドレス服に金の三つ編み姿の人形師の少女、人形屋 英里(ひとかたや えいり)。
 八人目は長い銀髪が美しい中性的な雰囲気を持つ少年、鬼田 朱里(きだ しゅり)。


 今回はこの八名が草間 武彦の協力者となる。
 武彦は差し入れてもらった紙袋を一旦自分の座っているソファの横に置くと改めて皆へと視線を巡らせた。


「服はともかく、一つだけ皆に意見を貰いたい事がある」
「なんですか?」
「蓮が持ってきた腕輪があっただろ。あれを使って俺は肉体だけでも先に強制的に元の年齢まで戻って動こうかと思っているのだが……やはり協力して貰うからには皆の意見も聞いておきたい。どう思う?」
「はーい、俺は腕輪で戻るのは反対しまーす。一応呪いなので心身の負担を推し量れないっていう意味で真面目に心配」
「わたくしも勇太さん同様出来れば草間さんにはそのままでいて頂きたいですわ。明らかに狙われているのは草間さんですもの。危険ですわ」
「うちもそう思うわ。無理がかかりそうなもんで戻るのはなぁ」
「私も危ないと思いますので腕輪の使用はやめておいた方がよろしいかと」
「夫と同じ意見よ。万が一っていう事もあるでしょう? 最悪の事態だけは避けましょう」
「――そうか。他には?」


 手を挙げた勇太を筆頭に、アリス、セレシュ、ヴィルヘルム、弥生の順番で反対意見が飛び出す。武彦は残りの三人へと視軸を変え、まだ意見を口に出していない彼らへ先を促した。


「俺としては万一武彦さん自身が危険に晒された時を考えると小さくないほうが良いと考えますね。確かに腕輪で戻るのはリスクが高い気はしますが……どっちの方が危なくないのかな」
「私は草間さんに一任する」
「英里と同じく私も草間さんに一任――と、言いたいところですが、無理をして欲しくないので使用は避けて頂きたいというのが本音です」
「――と、いう事はお兄さんは元に戻らず待機した方が良いってことですね」


 祐樹が理由と共に腕輪の使用を勧める。
 一任と口にした英里と朱里の意見も踏まえて零は指折り数えて賛成と反対とを数えた後、結論を出した。
 祐樹の発言も納得出来る部分がある。しかし危険だという意見が圧倒的に多過ぎるため、今回は武彦は子供のまま興信所で大人しくする事に決めた。正しくは『今回も』、だが。
 興信所ならばいざとなったら零が己の能力を解放し、武彦を護る事だろう。


「ではそろそろグループ分けに進もう。俺が潰した幹部側に行く意思を持つ者は左へ、付与術師の元へと行く意思を持つ者は右へと寄ってくれ。どっちでも大丈夫だと言う者は真ん中で。俺が振り分けよう」


 その言葉に反応し、皆自分が適正だと判断したグループの方へと移動を開始する。
 どちらでも大丈夫だと判断し真ん中に居た者も武彦の指示と相談によって振り分けられていく。やがて八名が左右に分かれたのを見ると、武彦はふぅっと一息付く。


 幹部側には勇太、アリス、祐樹、朱里、ヴィルヘルムの姿が。
 付与術師側にはセレシュ、英里、弥生の姿が在った。


「ではこのメンバーで動いてもらう事とする。各自相談の上、調査を開始してくれ。俺が動けない分も宜しく頼んだ」


 その言葉に皆緊張感を走らせた後、静かに頷いた。


「英里、いざとなったらコレを投げて」
「これはなんなのだ?」
「保護符と治癒符。危険な時は保護符で身を護って下さいね。あともし誰かが怪我をしたら治癒符で治してあげて」
「分かった。朱里も無理するんじゃないぞ」


 これは朱里と英里のやり取り。
 今回確かな意思を持って分かれた二人は、互いの身を案じながら他のメンバーの元へと行く。


「ヴィル、そっちは直接団体の人と出会う可能性が高いわ。どうか気をつけてね」
「弥生もくれぐれも無理しちゃ駄目だよ。草間さんの言う通り危険を感じたら真っ先に自分と……そして皆さんの安全を優先して逃げるんだ」
「分かってるわ。また後で逢いましょう」


 これはハスロ夫婦のやり取り。
 どちらでも大丈夫だと判断し真ん中に立っていた二人だが、暗示能力を持ち、かつ肉体系攻撃が強いヴィルヘルムは幹部側のメンバーへ、そして魔術に強い弥生は付与術師側へと振り分けられていた。


 絶対にまた逢う。
 どんな手を使ってでも今回の事件を解決してみせる――皆一様にそう願いながら分けられたグループの面々と作戦会議を始めた。



■■【SIDE:幹部】■■



「――っと、変装ってこんなもんかな」


 ツバ付きの帽子をくいっと上げながら黒のシャツにジーンズを履いた勇太は言う。その顔には伊達眼鏡が掛けられており普段よりかは大人しい印象を他に与えた。


「わたくしは潜入時、遠慮なく『魔眼』を使用させて頂きます。これにより変装と同じ効果を齎す事が可能ですわ。まあ、念の為制服だけは避けさせて頂きましたし、髪も結わえてみましたけど」


 アリスは自分の行動を先に宣言し、己の瞳――魔眼を収めている瞼へとその指先を滑らせる。彼女の格好は動きやすい私服着用かつ髪を結っているだけだが、魔眼の能力が相手に利けば変装せずとも、というところだ。


「しかしヴィルヘルムさんは元々が外国の方なだけあって、髪色が変わっただけでも結構印象が変わりますね」
「え、そうですか? 私は朱里さんの方が凄いと思いますけど」
「はは、銀の長髪はやっぱり目立ちますからね。それに私の肌の色も。ちょっと苦労したんですよ」


 祐樹もまた普段着を避け、自分なりの変装姿を街にあるガラスウィンドウに写し込みながら隣に立つ男性を見やる。
 現在ヴィルヘルムの格好は黒髪のウィッグを被り、更にサングラスを掛けた格好だ。その瞳には青のカラーコンタクトが入れられておりうっかりサングラスを外されたとしても直ぐには本来の瞳の色はばれないようにしている。
 朱里に至ってはまず銀の長い髪の毛をキャップの中に隠し、黒パーカーとジーンズを着用し、普段のアジア系統の民族衣装から外した。更に普段顔に施しているフェイスメイクも今はせず、ファンデで小麦色の肌を誤魔化しに掛かっていた。


 変装が必須だと武彦に言われている面々はこうして各々が出来る範囲での変装を終えると、武彦より流して貰っている情報を元に潰した幹部が現在住んでいる場所――、その高層マンション近くにて現在潜伏中である。


「とりあえず遠距離サイコメトリーで近辺をサーチしてみましたけど、今のところこっちに敵対心を持っている人物は居ませんね。あ、でも対象っぽい人物の気配は草間さんから教えてもらった部屋から感じます。あとソイツの周囲に数人取り巻きっぽいのが」
「今在宅中か。うーん、不在時に侵入した方が問題は少ないですよね。この時代、パソコンを持っていないとは到底思えないからそれを直接弄って情報を得たいんですよ。ハッキングも出来ない事は無いけれど、欲しいデータが紙媒体だった場合は無駄足だしね」
「祐樹さん、ご安心くださいませ。魔眼を惜しみなく使っても宜しいのでしたら男が居ても問題ありませんわ。いざとなったら皆さんのことを信者と思い込ませましょう」
「私も暗示が使用出来ますので乗り込む方が良いというのでしたら協力致します」
「じゃあ、私達はすぐに動くという事で良いでしょうか。どっちにしても私個人の意見としては男の口を割らせるのは無理かなとも思うですが……意外といけるかな?」


 勇太が精神感応力(テレパシー)にて事前に今どこに誰が居るのかサーチし、それを皆に伝える。
 武彦から住所を貰った時点で直ぐに祐樹はそのマンションの地図を入手に走った。それを今手元で広げ、勇太が指を差して居場所を教える。当然一般人も住居しているためあまり不審な動きは出来ない。


「本来なら何時から何時までいないとか探れれば良かったんですが」
「お、探索の基本。手袋が出て来た」
「当然用意しますよ。予備がありますので要りますか?」
「お借りします」
「祐樹さん達は?」
「俺も探偵なんでね。手袋は常備してるよ。気持ちだけ受け取っておこうかな」
「わたくしは美術商人の娘ですから常備しておりますわ。芸術品を触れるにも手袋は必須ですの」
「私も仕事柄こういう事は慣れているので大丈夫ですよ」
「……う、俺だけ持っていなかった……」
「普通は常備してませんから――はい、勇太さんどうぞ」
「本当に有り難くお借りしまーす」


 朱里がきゅっと手袋を装着するのを見て勇太が感心する。
 しかし他の面々もやはり一般人ではなく、結果的に彼だけが指紋を残す危険性があるという事で朱里から素直に予備の手袋を受け取り手に嵌めた。


「では行きますか。まずはエントランスに絶対にある防犯カメラが問題か」
「あ、それは俺が数秒だけノイズ走らせますのでその隙に入って下さい」
「OK」
「どうせオートロック式なんでしょう? エントランスに関しては一般住人でも構いませんわ。入れ違いに催眠を掛けて開かせたところをお邪魔いたしましょう」
「危害が加えないで済むならそれが一番良いですね」
「祐樹さん、エントランス以外に防犯カメラがある場所は?」
「エレベーターを除いたらこことここ。いける?」
「じゃあ、そっちはノイズじゃなくって風のぶれっぽく仕組んでみたり色々手を尽くします」
「頼んだよ」


 侵入経路と作戦が決まると皆顔を上げ、呼吸を合わせる為頷きを一つ交し合う。
 念の為マンションに侵入する時は全員一気にではなく、二手に分かれるという形を取る事も忘れない。防犯カメラが設置されているのはマンションだけではないのだ。街のどこに自分達の姿が映るか分からない以上慎重に事を運ぶ。


 二手に別れ、やがて勇太が中から一般住民が出てくるのを感じ取ると合図を送る。
 同時にカメラにノイズを走らせ画面に映らないように仕組んだ。一般住民の前にアリスが立ち、「ごめんあそばせ」と一言告げ魔眼を使用する。「誰も通りかからなかった」と素早く催眠を掛けて思い込ませ、今にも閉じようとする扉をヴィルヘルムが掴み開くと全員が素早くエントランスを通り抜ける。この間僅か五秒程度。
 そのまま降りてきたばかりのエレベーターの中に全員で乗り込み、目的の階のボタンを押す。一番最初に乗り込んだ勇太はエレベーター内に設置されているカメラに対してサイコキネシスを使い、そのカメラに繋がっている線をショートさせる形で断ち切った。
 ――暫しの間沈黙の時が訪れる。


「あ、降りる時ちょっと注意かも。人がいる」
「了解。では次は私が暗示を掛けます。アリスさんの魔眼は取り巻きの方に使用して下さい。そちらの方が強い能力を持っていらっしゃいますから、私達の安全に繋がります」
「分かりましたわ。わたくしも連続使用よりその方が嬉しいです。お互い協力しあいましょう」
「皆さん、エレベーターが止まりますよ」
「では――」


 到着のベルが鳴り、自動的に扉が開く。
 勇太が忠告した通り、其処には一般の女性住人が立っており一瞬びくっと驚いた顔をした。だがヴィルヘルムは素早く言葉を使って暗示を掛ける。


「『貴方は何も見ていない』『ただエレベーターが開いた瞬間鏡にいつもより美しい自分の姿が映って驚いただけです』」
「……私は何も見ていない。ああ、びっくりした! 私今日こんなに気合入れてたかしら」


 ヴィルヘルムの暗示が掛かった女性はすっかりエレベーターの背面に取り付けられた鏡に映った自分の姿に驚いたと思い込み、ついつい奥の方へと身体を滑らせ鏡面に映った自分に集中し始める。その脇を全員すり抜け、勇太はまたしても廊下に取り付けられている防犯カメラに対してサイコキネシスを飛ばし、あくまで自然に自分達が映らないよう仕組む。


「美しい自分って……」
「女性には魅力的な言葉でしょう?」
「実際あの女の人これからデートみたいだったから良いんじゃないっすかー。お、そろそろ目的の例の幹部の部屋だ。えーっと中には問題の男と取り巻きが……三人か」
「此処から先が本番ですね」
「まず扉を開くところから始めましょう。結構強制的にここまで上がってきてしまいましたから中から穏便に開くとなると」
「サイコキネシスで鍵自体は開けますよ。でもその瞬間ばれるとは思いますが」
「そこはもう気付かれたらわたくしの魔眼とヴィルヘルムさんの暗示連発でいいんじゃないかと思っておりますわ」
「でもどのように暗示を掛けます? 私の暗示は言葉に乗せて使うものですから明確な発言が必要なんです」
「そうですわね。わたくしは『自分達は貴方達の団体の信者』だと思わせようかと思っております。いかがでしょう?」
「あ、それだったら一つお願いしたい事があるんだ」
「なんですか、祐樹さん」
「信者は信者でも幹部クラスの人間に見えるようにして欲しい。こっちも口調とかには気を使うけど、相手の方からぺらぺら喋ってくれる方が楽だからね」
「ではそのように致しましょう」


 アリスとヴィルヘルムが顔を合わせ頷きあう。
 勇太もまたイメージトレーニングを兼ね、部屋に辿り着くまでの間シュミレーションしていた。祐樹と朱里はそんな三人の後ろへと控え部屋侵入のタイミングを待つ。
 此処から先は敵の領域。情報を入手し、持って帰ることが目的だが、敵のテリトリーに踏み入るのだから危険性は上昇している。バイクでの襲撃を考えると向こうもこちらの顔を知っている可能性が非常に高いのだ。緊張感が走る。


「開けます――!」


 カチャリ、と内部で勝手に鍵が開く音が皆の耳に届く。
 それは当然中に居た人間の動揺を煽った。早足で掛けてくる足音。距離が近くなったお陰で勇太には鍵を確認し動く人間の姿が綺麗に視えている。屈強そうな男が訝しげに鍵を見て、懐から何かを取り出す。他の二人の取り巻き達に合図を送り、戸に身体を沿わせながら外を確認しようとする――その手には、拳銃がはっきりと見えた。
 同時に勇太はジェスチャーで自分の懐に手を入れる仕草をし、それを伝える。更に指を立て、扉の傍に一人、奥に二人居る事を知らせた。


 やがて、扉が開く。
 一人の屈強なスーツ男が拳銃を突き出し、自分達の姿を見つけると発砲しようとした。だがそれを勇太はサイコキネシスで押さえ、ヴィルヘルムとアリスが飛び出す。


「わたくしの目を見て、どうか落ち着きなさい。見覚えがありますでしょう? 忘れましたの」
「『私達は貴方が護る人と同列の幹部とそのボディーガード』『思い出したならその拳銃をすぐに下ろして下さい』」


 二人同時に暗示を掛ける。
 その範囲は広く強力で、拳銃を向けていた男は「し、失礼致しました!!」と敬礼した後、慌てて拳銃を懐の中にしまい込んだ。そして奥で警戒している男達にも拳銃を下ろすよう指示をする。この時点で取り巻き三人の意識をヴィルヘルムとアリスの影響下に置く事に成功すると、祐樹達に出てきても大丈夫だと合図を送った。


「一体何事だ!」
「はっ、『K』が訪問されました」
「何!? それは本当か」
「はい、今お連れ致します」


 中で目的の男と取り巻きの一人とが会話する声が聞こえてくる。
 どうやら自分達は『K』という人物とそのボディーガードであると見事に認識されたようだ。


「この場合、まずアリスさんに前に立ってもらった方が良いでしょうね」
「誰を『K』だと思わせましょうか」
「じゃあ、アリスさん自身を。難しそうなら俺が引き受けます」
「そうですわね……ではわたくしがその『K』の役目を引き受けましょう。そして祐樹さんはその直属の部下。あと勇太さんもサイコメトリーが使えますし、バックアップ要員という事でボディーガードという暗示を掛けますわ」
「「「OK」」」
「中を探らせてもらう間は探索する方の姿は記憶に残さないという催眠を施します。思う存分探ってくださいな」


 この会話は取り巻きに案内されている間行われているものだが、彼らにはどうやら『K』とその部下が拳銃を向けられた事に対して怒りを覚えていると見えているらしい。
 機嫌を取り繕うような言葉が掛けられ、「中へ」と案内される。
 アリスを先頭に進むが、いつでも盾になれるようヴィルヘルムがその隣に立つ。
 安心しきったのか、目的の男は自分達に背を向けていた。だがやがて彼は振り返り――。


「『K』、先日の一件だが――なっ、お前達何者だ」
「お忘れですの? 貴方とお仲間ですのに――わたくしは『K』」
「――……な、んだ……と」
「思い出してくださいませ。わたくしが『K』ですわ」
「…………ああ、すまない。少し気を張りすぎていたようだ、『K』」
「ふふ、突然の訪問失礼致しました。でも少し確認したい事がありまして参りましたの。お時間を頂けます?」
「出来れば事前連絡は欲しいものだがね。まあいい、そちらのソファーに座りたまえ。話を聞こうじゃないか」
「ええ、だからこそこうして『わたくしと直属の部下とボディーガードだけ』がこちらに参りましたのよ」
「二人だけで動いて大丈夫なのか。しかもボィーガードが一人しかいないとは」
「優秀なので問題ありませんわ」


 最初こそ自分達を敵だと認識していた男だが、容赦なくこの場所に存在しているのは『K』と『直属の部下』、そして二人を護る『ボディーガード』だけという暗示を掛けられる。
 男に案内され、アリスと祐樹と勇太三人がガラス製のローテーブルが置かれたソファーへと行く。見事彼女が残り二名の存在を消し去った事を知ると、朱里とヴィルヘルムは部屋の探索に入った。尋問は三人に任せておけばいい。自分達は『隠された何か』を探しに掛かる。
 取り巻きの男達もソファーの方へと行き、男の傍で直立不動で立つ。その目に二人の姿は映り込んでいない。


「ではここからは私達の番ですね。ヴィルヘルムさんはどこを探します?」
「私は定番の机を探ってこようかと」
「なら私はファイルが入っている棚と念の為ビデオケースやDVDケースのある方も探してみます」
「何か見つかる事を期待して」
「私の運のよさが此処で発揮されると良いんですけどね」


 朱里がくすっと一つ微笑み、片手を振りながら棚の方へと足を運ぶ。
 棚の前に立つと改めて指紋を残さないようきゅっと手袋を強く嵌めこみながら一つ一つ丁寧に探し始める。取り出しては仕舞い、取り出しては仕舞い。探しているのは団体に関する情報。リストが目的だが、もし他に何か重要な情報が手に入れば持って帰ろう。朱里はそう考えながら、真剣な眼差しで一つ一つ目を通す。
 だが十分ほど経っただろうか。その時点ではファイルは男が関わっている会社の仕事に関するものばかりで怪しいところは一切見つからない。
 ちろっと男とアリス達の方を見やる。
 そちらはまだ談笑段階のようで、あまり重々しい雰囲気ではなかった。
 どうやら『K』と男は対立しあっている仲ではない様で、彼は『K』へと穏やかな口調で話しかける。そしてアリスや祐樹がそれに柔軟な対応を取っている事から、まだ本題を持ちかける段階ではないようだ。


「おや」


 ふと朱里は言葉を漏らす。
 ファイルから本の並びへと探索を移行した時に彼はそれに気付いた。今手に取った一冊の蔵書がやけに軽い。ふむ、と彼は一つ頷いてからそれを開く事にした。
 中のページがくり貫かれたそれは蔵書に見せかけた『箱』。その中に納まっていたのは一枚のCDで当然ラベルはない。明らかに不信なものを発見したのは良いが、これが何なのかは分からず、朱里は首を傾げた。


 足音を立てぬよう気を配りながら朱里はヴィルヘルムの方へと足を運ぶ。
 成果を聞けば彼の方は「残念ながら」と首を振った。やはり机にぽんっと重要機密を置くほど敵も馬鹿ではないらしい。朱里のほうは先程見つけたCDを見せ、どうしようかと彼に相談する。机の上にはパソコンも有り、それを使用すれば中身を見る事が可能だろう。だが今それを行っても大丈夫なのか、二人は顔を見合わせしかめた。流石に機械には暗示が掛けられないため下手すれば使用ログが残ってしまう。
 ところが――。


「リスト? そんなものをどうするんだ」
「改めて確認したい事があるんです。どうやら内部に裏切り者がいるようなんですよ」
「――あの男ならもう処分したはずだ」
「あの男ではなく、別の、です」
「今わたくしの手元にはリストがありませんの。ですからこちらに参らせて頂いたのですわ」
「……そうか。馬鹿な部下のせいで追われている身も辛いものだな」
「上に立つものはその分責任も負うもの。身動きが取れないよりかはマシですわ」
「分かった。こっちに来い。データ自体はやれんが見せることは可能だ」
「どうも有難う御座います」


 男との会話で重要なキーワードが出る度に勇太はサイコメトリーでそれが「真実」なのか探った。
 嘘をついていてもこれならば勇太には一瞬で見抜くことが出来る。男は立ち上がり、己のデスクへと移動する。これにはそこにいた朱里とヴィルヘルムが慌てるも、動きは極めて冷静なまま物音一つ立てぬまま机から離れ、先程朱里が探っていた本棚の方へと身を寄せる。こんなにも堂々と動いていても、彼らには朱里とヴィルヘルムの姿は認識出来ない――重ね重ね掛けられたアリスの魔眼の力を思い知る。


 男が自らパソコンの電源に触れて立ち上げ、ややしてからマウスを弄って何かのリストを引っ張り出してくる。
 途中パスワードが掛かっていたのも見えたが、そこは男自らロックを外してくれる。やがて現れたそれを『K』へ――アリスと祐樹達に見やすいようモニターを傾けてくれた。
 其処に在ったのは先日アリスが入手したものよりか遥かに詳細情報が書き込まれた団体の構成員リスト。
 二人は勇太へと顔を向ける。
 勇太はそれが「本物」であると男の精神から知り、OKの意味で親指と人差し指をくっつけた。


「そうだ、『K』。例の草間 武彦という男の件だが――処分出来るな?」
「――裏切り者の方が先ですわ」
「いや、そちらは構成員の中に居るというなら後でも構わんだろう。出来ないのか」
「それは……」
「可笑しいな。いつもなら「処分」となると楽しげに応えるお前が」


 その時、男の中に不信感が芽生えている事を勇太は知る。
 まずい、と彼は判断し、アリスと祐樹の肩を掴み手早く後ろへと引いたその瞬間、男が懐の中に素早く手を入れ銃を取り出す。
 ――その発砲に迷いは無かった。


「っ――!」
「勇太さん!」
「貴様ら……『K』ではないな! お前達、こいつらを捕らえよ!!」
「不信感の方が勝ちましたのね。こうなっては意思の強さは向こうの方が上、暗示は効きませんわ」
「では逃げますか」
「当然ですわ」
「では、失礼!」
「何を――うわぁああ!!」


 祐樹は隠し持っていた催涙スプレーを男に思い切り吹き掛け、足止めをする。
 突然の『K』とその部下達の行動に取り巻き達も正気を取り戻す。しかしまだ不信感を抱いたのは目の前の三人だけのよう。部屋の隅に居るヴィルヘルムと朱里へは意識が向いていない。
 発砲された弾は勇太の肩を抉り、そこから鮮血が溢れ出す。血を落としてはまずいと勇太は手で必死に傷口を押さえ、そしてぎりっと歯を噛んだ。そして痛みに耐えながら祐樹とアリスに向かって叫ぶ。


「俺に捕まって下さい! 飛びます!」
「――っ、了解!」
「お願いしますわ」


 勇太の声に即座に反応した二人は彼の身体へと己の手を触れさせる。
 それを確認した後、勇太はテレポート能力を使用して外へと『飛んだ』。急に場から消えた三人に、男達は動揺し拳銃を持った男はダンッと強く机を叩き、喚く。催涙スプレーが効いており、その目には涙が浮かんでいる。


「あいつらを逃がすな! 草間の手の者に違いない!!」
「はっ!」
「くそっ、向こうにも能力者持ちが居たとは――」


 慌しく取り巻き達が出て行き男一人が残された部屋の中、彼は机の前の椅子に深く腰掛けながら目を擦り上げる。
 ――否、そこにはまだもう二人存在していて。


「『貴方はそのデータをコピーし、他に移さないといけない』」
「――!?」
「『見つかっては危険』」
「……くそっ、漁られていないだろうな!」
「『このパソコンはもう危ない』」
「パスワードを掛けていたとはいえ相手は能力者……っ、この件がばれたら私は――」


 囁く声。
 それは見えない敵からの最後の襲撃。
 男は次第に強迫概念に駆られ、今しがた乗り込んできた者達の事を考えるとデータをこの場所においておくのは危険だと考える。
 だから彼は動いた。決して無理強いではない自然な流れの暗示だったからこそ、淀みなく伝わるその言葉。
 そうして男はまんまとヴィルヘルムの暗示に掛かり、パソコンからリストをUSBメモリーにコピーしてしまう。


「私達が出て行く間だけ寝ていてくださいね」


 最後にヴィルヘルムは男の手からそれをすっと抜き取ると、朱里はそっと男に符を張り眠りへと誘う。符自体に少しだけ趣向を凝らし、後ほどそれは燃え尽きるように仕組む。これにより符から朱里の存在が気付かれる事はない。
 こうしてCDを入手した朱里は傭兵であるヴィルヘルムに導かれながら防犯カメラに映らないギリギリの死角を利用して移動し、やがて非常階段の方から降りて他のメンバーと合流する事にした。



■■■■■



「朱里ーっ!!」
「え、英里!?」
「こ、怖かったのだ!」
「何があったんですか、一体!」


 時は夜七時頃。
 待ち合わせである公園の休憩所に辿り着き、朱里の姿を見つけると英里は彼に一直線に抱き付きに走る。朱里はそんな彼女をしっかりと抱きしめて背を擦る。小刻みに震えている彼女に何があったのか――死んだ付与術師のアパートに調査に行った弥生とセレシュに彼は説明を求めた。
 当然二人は一連の流れを皆に話す。


「うちらの方にバイクの奴が来よったんよ。んでな、英里さんそいつの気にあてられてしもたみたいでなぁ……」
「変装のお陰でなんとかすれ違っただけで済んだのだけれど、変な行動を取っていたり、変装してなかったら気付かれていたと思うわ」
「ほんっとーに怖かったのだ!」
「そんな事が……。こっちも勇太さんが銃に撃たれて負傷したんです。今治癒符で何とか押さえていますが」
「銃って……じゃあうち治癒魔法掛けに行く!」
「私も行くわ。朱里さんは英里さんを落ち着かせてあげてね」
「分かってますよ。ほら、英里。もう私が傍に居るから安心して」
「ぅ、うう……」


 セレシュと弥生が奥へと進む。
 そこには肩を押さえた勇太の姿が在り、その肩口を染める血液の量にまず二人は目を丸めた。一瞬取り乱しそうになるも、そこは治癒魔法を使う者としてすぐに冷静さを取り戻すと二人で魔法を当てに掛かる。


「――いてて……一応弾丸は抜けてるし、直ぐに朱里さんが治癒符張って下さったんで問題ないと思うんですけど」
「勇太さんはわたくしと祐樹さんを庇ってくださったんですの」
「バイクの時といい、今回といい……本当に申し訳ない気持ちです」
「仕方ないですよ。あの時男の感情探ってたの俺なんで、真っ先に気付いたのは俺でしょ。身体が動いちゃったんですから仕方ないですってば」
「ヴィル、貴方は大丈夫なの?」
「怪我を負ったのは勇太さんのみだよ。……その一発が大きいけどね。悔しいな」
「一体何があったん?」
「武彦さんがそろそろ来るはずだからその時に纏めて――あ、来た。おーい!」


 祐樹が零に連れられてやってくる小さな武彦の姿を見つけると片手を挙げた。
 服装は流石にアリスが持ってきたものではなく、セレシュが以前渡したシャツとズボン姿。彼もまた英里と勇太の様子を見ると非常に苦々しい顔付きを浮かべた。


「……負傷者は勇太のみだな。怪我の具合は?」
「皆で治癒符や治癒魔法かけまくっとるから後遺症とかは残らんよ。傷はうっすら残るかもしれんけどな」
「その程度で済むんだったら全然問題ないっすよー」
「それで、団体の構成員リストは手に入ったのか」
「それは私が持ってます。はい、草間さん」
「あ、あと私が何かのCDを見つけたんで誰か見てもらえませんかー?」
「CD?」
「あ、それ俺が見ます。ハッキングも考えていたんでノートパソコン持って来てあるんですよ。乗り込むって決めた時は潜伏してた場所に隠してたんですけどね」
「じゃあ、それはあとで見よう」


 ヴィルヘルムからUSBメモリーを受け取り、祐樹へと流す。
 彼は己のノートパソコンを起動させるとUSBメモリーからリストをコピーし、皆に見せる。顔写真付きのそれは確かに本物だ。


「こっちはあと『K』という男が幹部クラスにいることが判明致しましたのよ。同じ幹部クラスの人間として対面するという暗示を掛けましたところ、男からそう呼ばれましたの」
「『K』? 祐樹、該当しそうな人物はいるか?」
「イニシャルっぽいんですよね。……うーん、ざっと見た感じでは結構いる、かな」
「幹部クラスだぞ」
「分かりました、探してみます。ついでにCDも読み込んでっと――あ、武彦さんは話の続きをどうぞ」
「じゃあ、付与術師の方に行った三人の報告を聞こう」


 祐樹がリストを探り、武彦が話を進める。
 治癒に当たっている弥生と何かに怯えている英里には話を聞くのは難しそうだったため自然と説明はセレシュへと求める事になった。


「これ、見つけたで」
「これは?」
「トルコ石の欠片。ちょっと念読んでみたんやけどな。それどうやら以前の依頼人やって言うて例の男の奥さんの持ち物っぽいねん。勇太さんやったらもうちょい綺麗に読めるんやないかと思うてんねんけど……」
「あ、俺読みます」
「無理せんときや」
「読むだけなら肉体使わないんで大丈夫ですよ」


 袋に入れられた石を受け取りながら勇太はそれをサイコメトリーする。
 やはり完全には治り切っていない肩の痛みが邪魔するのか、少し時間が掛かるようだ。


「他には?」
「付与術師が付与術行ってた場所見つけたで。直接その場所行ってきたから間違いない。住所かいたメモはこれな」
「助かる。こっちは俺というより蓮が知りたがってたからな。……しかしトルコ石か。繋がりそうだな」
「うちらの成果はこんなもん。むしろええ感じやと思うわ」
「――あの、一つだけ気になった事を聞いても?」
「なんや、ヴィルヘルムさん」
「バイクの男が現れた時間っていつですか」
「えーっと五時手前くらいやな。状況が状況や。はっきり確認しとらんから五分くらいは誤差はあるかもしれんね」
「……やっぱり」
「どゆことや?」


 ヴィルヘルムは腕を組みながら険しい顔付きで考え込む。
 言い出しにくそうにするも、やがて彼は口を開いた。


「それ、私達が相手に気付かれた後の時刻です」
「は?」
「相手への暗示が切れて、データを入手した私達全員が逃走した時刻が午後四時半頃」
「男が探せと喚いていた時刻を考えますと三十分以内――移動距離としては一致いたしますわね」
「じゃあ、何か。そっちで問題が起きたからあのバイクの男はこっちのアパートに来た、と」
「その可能性は高いですね」
「……ホンマ、ぞっとするわ」


 セレシュがふぅっと長い息を吐き出す。
 もしもあの時の選択を間違えていたら確実に戦闘だっただろう。そうなった場合負傷者は勇太だけじゃなくもっと増えていたかもしれない。
 やがて勇太がトルコ石のサイコメトリーを終え、唇を開く。
 やはりそれは男の妻の物だったらしく、「誕生日のプレゼント」だったらしい。


 男の妻の形見であるトルコ石のネックレス。
 それが付与術師の手に渡る方法は一つしかない。
 間違いなく例の付与術師は団体に貢献していた。呪具を作るという目的で――。


「あ、さっき朱里さんから貰ったCD−ROMなんですが、動画ファイルが入ってる」
「開けるか?」
「大丈夫です。再生しますか?」
「頼む」
「じゃあ」


 言いつつ祐樹が再生ボタンを押した。
 その瞬間、ノートパソコンの中に表示されたのはどこかの室内。覗き込んでいたセレシュが「あ」と小さな声をあげる。それは付与術師のアパートだったからだ。
 其処には二人の人物が立っている。
 一人は死んだ付与術師。外見は皺が深く刻み込まれた老人だが、足腰などはしっかりしておりとても脱水症状から死亡したとは考えにくい。そんな彼が何かに怯えている姿が映し出されている。


『勝手な行動で規律を乱されちゃ困るんだって』
『ひぃっ――!』
『曰く付きのもん沢山売ってる店だっけ? あそこにアンタが作ったもん持っていって結構高く評価されたって聞いたよー。なのにアンタの事見出してくれた団体にまさかこんな、ねぇ』
『毎日毎日小物ばかり作らされて……わしかて自分の力を試したって……っ!』
『ああん? でもよー、場所も提供してもらって、材料も提供してもらってー、良い事尽くめだったっしょ? なのに男そそのかして腕輪を付けさせるってどゆ事? 馬鹿なのかアンタ』
『知らん! わしは知らん!』
『あー、ネタは上がってんだよねぇ。いやね、アンタの付与術っつーの。それは皆認めてたよ。でもそれで思い上がっちゃ困るってーの。しかしあの男もバカ。アンタもバカ。よりにもよってあの草間相手だぁ? 上のお偉いさんがね、かーなーり迷惑するわけですよ。――つーわけで死ぬといいと思うよ』
『――何を!?』
『ああ、アンタの能力は高くたかぁーく評価してやるよ。自分の作ったもん身を持って味わえば?』
『うあぁ、ぁぁあああああ!!!』


 腕を捻り上げられてカシャンッ、と軽い音と共に老人の手に取り付けられる腕輪。
 途端、崩れる老人の身体。取り付けた人物は明らかに男だが、その頭部はメットで隠されており、どういう顔付きをしているかは分からない。
 「ひぃっ!」と英里が朱里の腕の中で震えだす。アパートに訪れた時から彼女が感じていた何か――それの正体が動画によって明らかとなる。
 彼女は確かに感じ取っていた。男の無念を。
 そして腕に取り付けられた呪いの残骸を。


「……早送りします」


 動画の右端に刻まれている数字が時を刻んでいく。
 倒れた付与術師の身体が徐々にカラカラになり、棒切れのように変化していく様子が目に入り祐樹は眉を顰めてしまう。
 その原因は動画の日付。それは今月今週の水曜日――つまり昨日を示していたからだ。
 やがてその動画は最後に戻ってきたらしい男が腕輪を外して証拠を隠滅し、その手がアップで映し出された後、プチンっと切れた。
 日付は今日の午前三時頃を示して。


「死を持って贖え、って事か」
「ホンマ気持ち悪いなぁ、コイツ」
「蓮に連絡しないとな。アンティークショップに持ち込まれた例の腕輪の製作者が分かったと。……もう死んでいるが」
「そして付与術師はやっぱり自分の力試したかったんやね。でも依頼人の男が草間さんに運悪く付けた事によって制裁されてもた、と」


 暫しの間誰もが何も言えなくなった。
 その間、祐樹は無言で団体構成員リストをスクロールし、そして彼は見つけてしまった。


「気持ち悪いですね、この団体」


 偽名を使っていた付与術師の顔写真の上に大きく張られた赤い×の記号――そして「LOST」の文字。


 武彦は己の頭が酷く痛むのを感じながら、皆に解散の言葉を告げた。











□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【7348 / 石神・アリス (いしがみ・ありす) / 女 / 15歳 / 学生(裏社会の商人)】
【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】
【8555 / ヴィルヘルム・ハスロ / 男 / 31歳 / 請負業 兼 傭兵】
【8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女 / 26歳 / 請負業】
【8564 / 椎名・佑樹 (しいな・ゆうき) / 男 / 23歳 / 探偵】
【8583 / 人形屋・英里 (ひとかたや・えいり) / 女 / 990歳 / 人形師】
【8596 / 鬼田・朱里 (きだ・しゅり) / 男 / 990歳 / 人形師手伝い・アイドル】

【登場NPC】
 草間武彦(くさまたけひこ)
 草間零(くさまれい)
 碧摩蓮(へきまれん)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、今回は「LOST」の第三章に参加頂きまして有難うございました!


 今回は侵入調査。それも二箇所と言う事で本当にお疲れ様でした。(深々と礼)
 ノベル内容は調査で分かれた状態にしてありますので、二つのノベルをお楽しみ頂ければなと思います。そうすればより深く状況が読み込めるかと。


 結果としては全ての目的は達成。
 綺麗に皆様逃走プレイングで揃っておりましたので、負傷も予想していたより格段と少ない結果となっております。


 本物のリストも入手出来、更に付与術師の死亡の謎も明らかになりました。
 そして付与術師がどのように動き、草間さんに繋がったのか。
 トルコ石がどんな風に関わっているのかも明らかとなり、事件の全貌が見えたかなと思われます。
 ただし改めてはっきりしたバイクの男の存在と『K』という人物が居ますのでご注意を。

 今回のLOSTは「付与術師の死」。

 次回も参加頂けましたら嬉しく思います。ではでは!


■工藤様
 今回はかなり小さな事から大きな事までお仕事して頂きました!
 サイコキネシスとサイコメトリー強い! 今回は、というか状況的に幹部の男の状況に一早く気付けるのが工藤様のみだった為今回も負傷という形となりました。が、治癒能力保持PC様より全力で回復して貰って下さい!! 傷は男の勲章とか……言ってみたり。