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<東京怪談ノベル(シングル)>


【HS】第六太陽の落日
 滋賀、かつて北嶺と呼ばれた地にある寺は騒然としていた。
 白い羽の生えた蛇が寺の上空からただならぬ空気を発し、滞空していた。それも一匹ではない。十数匹という蛇がその目を夜の闇の中で光らせていたのだ。
 本尊の前には現座主とその弟子らが固唾を呑んで空を見上げていた。篝火がいくつも焚かれているお蔭で、さほど視界に不自由はしない。
 一際大きな体躯を持つ蛇が、根本中堂の広い屋根に身体をゆったりと横たえている。質量がないのか、屋根がきしむ音もしない。
 震える弟子らを前に、座主がかすれ声で問いかけた。
「由緒ある古き異国の神とお見受けした。何故この寺を襲う?!」
 蛇が鷹揚に笑った。
「我らは火の起源。かつてヒトに火を授けた。だがそれも終わる。法灯なぞ何する物ぞ? 今こそこの古き炎を以て、西暦の終焉を与えようぞ」
「古き炎……まさか!」
 蛇……怪鳥ケツアルコアトルが吠えた。獣の咆哮にも似ているが、どこか異質な叫びだった。
 数分後、本尊の不滅の法灯を掲げて「いた」場所で、座主が膝をついたのだった。

 ケツアルコアトルは滋賀以外にも現れた。
 西暦の終わりを実行するべく、準備を積み重ねていたのである。
 心霊テロ組織「虚無の境界」の支配圏であるカリブの島では、盟主である巫浄・霧絵が今まさにケツアルコアトルと対立していた。
 そこは工廠だった。所せましと並ぶのは目移りするほどの兵器類だ。ミサイルから戦車、考えうる兵器が一堂に会しているが人間の姿は殆どない。ヒトよりも少し大きな体躯を持つ者たちがその兵器を生産していた。鋼鉄の神、テスカトリポカである。
 霧絵は毅然とした態度を崩さずに、じっとケツアルコアトルを見据えていた。
「穏やかではないわね。我は虚無の境界、その盟主。人類の滅びを担う者。お前たちもそうでしょう。我を受け入れこそすれ、阻む道理はないはず」
「黙れ女。西暦終焉の邪魔である。女、お前ではなくお前が使役する神どもがだ」
 霧絵はぴくりと身を震えさせた。使役するからにはテスカトポリカとケツアルコアトルの関係も心得ている。この二神は神話の時代から対立しているのだ。
 なるほど、まっさきに自分の敵を叩きにきたということね。そう霧絵は瞬時に悟っていた。
「主らと我との行きつく先は違う!」
 吠えたケツアルコアトルの一つが霧絵へ向かって、素早くその尾を振り上げた。瞬間、突然近くでとつとつと作業をしていたテスカトポリカの一つが、黒い人型の身体をブラックジャガーへと変化させた。白い蛇の腹をしなやかな動きで蹴り上げる。
 ケツアルコアトルは地面へ蛇の体躯を横たえこそしなかったものの、その黒いジャガーに戦慄を抱いたようだった。霧絵が緊張を押し殺してそれを見守る。
 緊張が続く中、突如蛇がそれを破った。
「人に使役される身ではこれがやっとか! かつて巨人を皆殺しにした力も感じられぬ。女よ、しばし命が伸びたな」
 高らかに笑って、ケツアルコアトルが突風と共に掻き消える。
「……っ!」
 その突風に腕を盾にした霧絵が、風の収まりと共に辺りを見回した。突風のせいで細かいものが吹き飛んでしまっているが、そこには既にケツアルコアトルの姿はなかった。

「うーん、アステカ怪獣大決戦って感じ」
 戦闘機、玲奈号のコクピットで三島・玲奈はモニターを介して簡単なブリーフィングと資料の閲覧を進めていた。
 戦闘機に似つかわない少女である。黒い髪に制服と、その辺りの通学路でも歩いていそうな少女だ。だが戦闘機に乗るために耐圧スーツすら必要ない、特殊な能力がある。
 ケツアルコアトルに敵とすら認識されなかった霧絵は、神話に従いハイチ沖でリュウゼツランからプルケという酒を醸造しているとのことだった。怪鳥らを酔わせ、その隙に撃つのだろう。神話の時代から酒で酔わせるのは有効な手だ。
 一方ケツアルコアトルは、冥府ミクトランで旧人類の骨を回収しているという。
「骨なんて何に使うのかなあ」
 玲奈の細い指がモニターに触れる。パッと表示されている情報が切り替わった。
「地上に播くと人類の種になる骨……。西暦の終わり……。神話をなぞって創世でもやり直すのかな」
『三島・玲奈。作戦は把握しているか?』
 IO2から管制官の声が通信で響く。抑揚のない声だ。
「把握してるよ。作り終えたプルケってお酒を虚無の境界から頂戴するんでしょう?」
『どちらを残しても世界の存亡に関わる。そろそろ計算上では虚無の境界がプルケ輸送でこの地点を通過する。準備せよ』
「りょーかい」
 モニターの画面をレーダーに戻し、じっと玲奈はその時を待った。緑の瞳を閉じるだけで、集中力がぐっと高まるのが分かった。彼女の用意はそれだけでいい。
 時間を迎え、カリブ海へと出撃したところで、玲奈はすぐに目を丸くした。地獄で骨拾いをしているはずのケツアルコアトルの群が、虚無の境界と思しき軍勢と既に接触していたからだ。
「もう交戦してる……!?」
 どうする? と玲奈は自分に問いかけた。逡巡は一瞬で、IO2からの指示を待たずに玲奈号がゴウっと空を切る。二者の間を横切るだけで、両者からの火の手がすぐさま玲奈に伸ばされた。片や炎を操り、片や奇妙な砲弾を撃ち込んでくる。
「なに、あれ! ただのミサイルじゃない!」
『解析した。あれは植物だ』
「し、植物!?」
 虚無の境界がそのミサイルをケツアルコアトルに打ち込んでいる。が、半分は突然の闖入者である玲奈へと弧を描いて追いすがってきた。
『サイザル麻だ。正確には麻ではないが、ダーツの材料とされている』
「そのまま射出しかどういうことよ……っ!」
 カリブの海面ギリギリまでミサイルを引きつけ、玲奈号が一気に上昇した。急上昇についていけず、動きが甘くはなったものの、ミサイルが近くのタンカーにぶち当たる。
 膨れ上がる熱量に押される感覚を受けて、玲奈は横目でタンカーを確認した。轟音が響く中爆発したタンカーの中から、積まれていた部品がいくつも流出していく。だがそれらが海へと落ちる前に、まるでパズルを自動で組み立てていくかのように戦闘機が宙で組みあがっていく。玲奈だからこそ成せる、超生産力だった。
 組みあがった戦闘機から何機もが戦線へと参加していった。内一機が当初の目的、プルケという酒の確保にまわる。ミサイルの隙間を縫った戦闘機が、酒を傷つけぬように虚無の境界の戦車をピンポイントで砲撃していくが、ケツアルコアトルも黙ってはいない。何匹かが鉤爪を駆使して酒を宙へと運んでいく。
 火雨を喰らえや闖入者、とでも言いたげに、空中でぶちまかれた酒に火が放たれた。
『すごい火雨だ……!』
「でも誘導霊弾の標的にできる! 行け!」
 吼える声に従い、完成していた戦闘機の編隊が美しい陣形を崩さないまま火雨の動向を正しく見極めて合間を縫った。
 地上で指揮している霧絵がミサイルを打てと指示を出す。闇雲に撃ち放たれた麻のミサイルと、玲奈の編隊が放ったミサイルがケツアルコアトルの群を次々穿った。
 墜ちていく白い蛇が火を纏い、海面や陸地を炎で包んでいく。その光景は神話か、伝承か。それらに並ぶ何かの光景を想わせたのだった。