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File.9 ■ 欠落した箇所
「んーー…」
一人夢の狭間、唸るうら若き乙女。
絵になるかどうかは別として、困ったモンよねぇ…。
―記憶の中で輝いた折り紙と龍。
私のこの目の前の開けてビックリなんちゃら小箱は、鍵となるものが必要って考えるのが普通よね。しかも、記憶の中に隠されているものじゃなくて、現実的な“鍵”の役割を果たす折り紙。
「なんだかんだで結構あるのよねぇ」
実家には折り紙が飾られたりもしてるし、お祖父ちゃんが亡くなった時に、お墓に一緒に折り紙を入れた。あれらはお祖父ちゃんが折ったモノだったから、鍵となる素養も有り得るって事、よね。
となると、埃塗れで家捜しして、更にはお墓をあける事にもなるって事、よね…。お墓あけるならついでにお墓参りもしなくちゃ。
「はぁ…。…ムフ…」
そうだ。これを理由に社長を誘って一緒にお泊りって事も出来るわよねー…ぐふふ。そしたら最近構ってもらってないし、あんな事やこんな事も…あ、涎が…。
「あ、でもシン君とのデートもあるのよねー…ンフフフ…」
あぁ、社長…。どうか罪深い私を許してください…。もちろん、愛も心も身体も全て貴方の物…。でもでもっ、イケメンは別腹って言うかー、捨て置けませんよねーっ!
「いやん、罪作りなワ・タ・シ」
―――
――
―
「…ンフ…デート〜…ンフフフ…」
「…おい、アイツ今、精神世界で大変な事になってんじゃないのか?」
「…そ、そのハズなんですけどね…」
武彦の言葉にシンがあはは、と乾いた笑みを浮かべて答える。武彦はだいたい予測がついているのだろうか、「はぁ…ったく…」と呆れた様に呟いた。
「それにしたって、寝言であんなクネクネしながらデートって言うなんて、あの子欲求不満かしら?」
「…アイツの場合は年中発情期の猫みたいなモンだからな…」
「ディテクター様、ちょっとはお付き合いをする人間とそうじゃない人間をお選びになった方が良いかと思いますわ…」
「あぁ、さすがに俺も今回ばかりはアイツのフォローは出来ない…」
眠りながらにして周囲を引かせている事など露知らず…。
―
――
―――
「さーって、アホやってないでそろそろ考えなくっちゃね」
どれぐらいの時間ここにいられるのか、私は頭を働かせた。制限時間なんかについては話をされていないけど、さっき飲んだ睡眠導入剤の成分の舌に触れた際の味を思い出す。それに、音響効果、装置の構造や性能からして限界ある事は解る。
「徐波睡眠でダイブを開始して、レム睡眠で覚醒する程度…ってとこね。だと仮定すれば目安はおよそ90分程度。つまりは1サイクル…。今が眠ってから74分2秒って所、ね」
さて、あと25分近い余裕がある。
本来であれば記憶の中に隠された鍵とご対面、といった所の予定だったけど、今回はここでお手上げ…。つまり…。
「まだまだ遊べるわね…。ぬふふ、社長を堪能よっ!」
―――。
「桜乃、中学校入学おめでとう」
「ありがとう!」
家族のいない実家に住んでいた私。中学校の入学式に来てくれたあの人は、周りから随分とカッコ良いお兄さんとして注目を浴びていた。それがちょっと鼻高々でいて、逆にちょっと嫉妬の対象になったりもする。
この頃は憧れから恋心にちょっとずつ変わっていた事に私は気付いていた。でも、私はまだ幼くて彼に一人の女としてなんて見てもらえない。だから私はその想いをまだ胸に秘めているだけで、それ以上の関係に踏み込む事も出来ないままだった。
敬語を使おうと思えば使えるのにそうしようとしなかったのは、何となく遠い存在だと実感してしまう様な、そんなちょっとした恐怖にも似た感情が原因だった。
「桜乃も大人っぽくなってきたなぁ」
「ホントにそう思ってるー?」
「思ってるよ。やっぱり制服を着てる姿を見ると、大きくなったなぁって実感する」
ガックーンと肩を落とす。いや、本来喜ぶべき所なんだろうけど、この頃の私は恋する少女で乙女。この徹底的な天然での距離実感攻撃は度々私の心を傷つけてくれた。
「こう見えても育つ所は育ってるんだからねっ!」
「ぶっ、お前何言ってんだ!」
怒られた。
―――。
「もうすぐ高校生か…」
「もう、何かオジサン臭いですよ、そんな言い方」
中学3年生の冬。受験勉強でバタバタとしている私が体調を崩し、この日は彼はわざわざお見舞いに来てくれた。雑炊を作ってくれると息巻いていたのだが、冷蔵庫の過疎っぷりはあの人は幻滅したかの様に項垂れ、結局自分の部下の人に買出しを頼み、それを待っている間は私と色々な話をした。
私が敬語を使う様になったのは、私が今のままでは大人として見られない可能性があるのではないかと危惧したからだった。
敢えて敬語を使い、社長の中で『大人の女』をアピールするつもりだったのだが…。
「大人っぽくなったなぁ」
この一言であっさりと子供前提だと知らしめられる結果になった。
その後は引っ込みがつかなくなって敬語を使い続け、この頃に至った。
「熱はどうだ?」
「体温計壊れちゃってて…あはは…」
「そうか。じゃあおでこ当てるぞ」
「へっ…!? あ、あの…っ!」
まさかの作戦成功で額に額を当てるという心臓破裂寸前の大ダメージを受ける事になった。実際の所は体温計は私の手の中、布団の中に隠していたのだが…。
「凄い熱だな…」
「あ…の…、近い…です…」
「外から入ったばかりでまだ俺の頭が冷たいんだ。もうちょっと我慢してくれ」
「はい…」
当然、この一件で私の熱は上がった。幸せそうに苦しんでいると言われた時は、誰のせいだと本当にツッコミを入れたかった…。
―――。
高校2年生になった。
元々発育が良い方で、ませた私の方向性はこの頃だいぶおかしな方向に走っていた。社長にわざと抱き付いて反応を見てみたり、もちろんこの時は胸を押し付けてみるのだが、「いつまでも子供みたいだ」と笑われて脈ナシかと思ったが、この時の社長は少し顔を赤くしていたのを見逃さない。
一番記憶に残っているのはこの年の夏だ。社長のプライベートビーチに行きたいとごねた私を、休みの日に本当に連れて行ってもらえる事になった。
よくよく思えば、この頃のプライベートジェットは好きだった。社長との旅行が始まると思うと、当然私も大人の階段を登る気満々ですらいたからだ。
今考えるとどうしようもない行動パターンですらある。
――この頃のプライベートジェットは好きだった、というのも、見知らぬ地で放り出される前の話だからだ。それからはジェットに乗る時はなるべくお金を隠して持ち歩いている。いざと言う時の為に。
―――。
高校を卒業して、私は彼の組織にようやく入れる事が決定した。彼は大学も出れば良い。焦って社会に出る必要はないと言っていたが、私は少しでも早く彼に大恩を返して、背を追う存在から隣りに立てる存在になりたくて、その優しさを断る事にした。
彼は何処か寂しそうにしていたが、私の決意は変わらなかった。考えてみれば、高校卒業後すぐに働くか大学に行くか。この事だけが、最初で最後の意見の食い違いだったと思う。
それでも折れない私を、最終的には彼は認めてくれた。卒業式の後は時間を作ってくれて、学生という立場から脱却した私を彼は素直に祝ってくれた。
―働くという事は、必然的に大人になると言う事。だから私は、彼に「大人になった証に抱いて欲しい」と本気で伝えた。
好きだとかそういう感情は口にしちゃいけないと思った。私は彼の妹で居続けたくなくて、その事を真剣な眼差しで伝えた。それが私にとって間違ってるなんて思った事はない。恋人になれなくても良いから、大人として傍にいたい。必要とされたい。
その日は彼は抱いてくれなかった。
彼の元で私が働いて、暫く立ってから、もう一度私は言った。
彼はその時初めて私のその気持ちを受け入れてくれた。
彼は言った。私は大人になったからって焦っている様に見えたのだ、と。だからこそ時間を置いて、自分の中で気持ちを整理させる必要があると考えたらしい。
私の気持ちは、もうずっと小さい頃から変わらなかった。だけど、それを伝えてはいけないと思っていたから、私はそれを何も言わずにただギュッと強く抱き付いた。
―――
――
―
「…んふ…、なんかこれ好きな時に使わせてくんないかなぁ…」
恍惚とした表情を思わず浮かべてしまう。
いやぁ、私ってやっぱり乙女よね。ここまで想っていて、貫き通す愛! それでもイケメンとデートしちゃうのは私が悪い訳じゃないよね!
「んっふっふー、ん? 何だろう、この穴…」
目の前にふと出て来た穴に、思わず私は考え込む。
私の記憶の中に、穴…? 記憶を全て頭の中に蓄積して、忘れられない私の中に、何でそんなものがあるんだ…?
「…怪しいけど、何かヒントでもあるのかな…?」
穴を覗き込んだその瞬間、顔から血の気が引き、みるみる蒼白になっていく。思考も停止して、全身が硬直したかの様に強張って言う事をきかない。
―――
「―ッ! 脳波に異常が発生しました!」
「何だって…!?」
全員の視線が装置の上に集まる。
震える体を自分で抱き締めながら身体を丸め、それでもガタガタと震えている。嗚咽を漏らしながら涙を流し、明らかな異常事態だとその場にいた全員が気付く。
「な、何が起こったって言うんだ…!?」
to be countinued...
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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。
さてはて、今回のお惚気絶頂、いかがでしたでしょうか?
色々書き込もうにも勝手に書いても良いものか悩みましたが、
今回はとりあえずこんな感じで思い出を堪能して頂きました。
お楽しみ頂ければ幸いです。
それでは、今後とも、宜しくお願い致します!
白神 怜司
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