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<東京怪談・PCゲームノベル>


●ペリト卿の宝石【1】工藤・勇太

 精巧なシャンデリアから放たれる光は、飴色の調度品を優しく照らしている。
 ベルベットのソファーは、身体が沈み込むほど柔らかい。
 イングリッシュメイドが目の前に置いたティーカップからは、ベルガモットの香り。
 高価そうなボーンチャイナのカップの縁を見ていた工藤・勇太(1122)は静かに話を聞いていた。

 午前2時に、忽然と消えた『アレクサンドラの威光』と言う宝石。
 上質なアレキサンドライトと呼ばれる宝石は、アレクサンドル二世に献上された宝石の一つ。
 今は、ペリト卿のコレクションの一つとして存在していた筈……だが。

「頼めるかい、きみ達に」
 ペリト卿の言葉にすく、と立ちあがった勇太は、きっぱりと言い切った。
「任せてください! この高校生探偵、工藤ゆ……っ」
 しん、と静まり返る屋敷内――まるで、屋敷までもが息を潜めたかのようだ。
 その中で、ペリト卿と斡旋屋、そして人形だけが何も無かったかのような表情をしている。
「あ……、すみません、冗談です。はい……俺のやれる範囲で調査させて頂きます」
 いきなり腰低く口にした勇太に、ペリト卿は面白そうに笑った。
「頼むよ、勇太君。私としても、警察には頼みたくなかったんだ」
 何事もなかったかのように、メイドがお代わりの紅茶を注ぐ。
 いたたまれない思いを抱きつつ、勇太は小声で隣に座る斡旋屋(NPC5451)へと声をかけた。
「でも、俺賢くないの知ってるよな」
 何故自分に、斡旋されたのか――少しだけ首を傾げ、斡旋屋が耳を傾ける。
「探偵の真似事なんて出来ないって。俺が出来るのはテレパシーを応用したサイコメトリーで犯人の痕跡を探るくらいだ」
「それが、重要になりますよ。痕跡を知れば、相手からも動きが出る筈です」
「……あ、そっか。そ、そうだよな、うん」
 二人のやり取りを知ってか、知らずか。
 ペリト卿は穏やかな表情で、アールグレイを口に運ぶ。
「わかりました。早速、現場に行ってみます」
「ああ、何か分かったら教えておくれ」



 犯行現場である、宝物庫。
『アレクサンドラの威光』はガラスケースに入れられ、監視カメラが付いていた。
 勇太の持つ超能力の一つ、サイコメトリーとは物に宿る残留思念を、読み取る事である。
「何か、手伝えることはありますか?」
「あ、ありがとう、晶。集中させて貰えば、多分何とか」
 斡旋屋の言葉に頷き、目を閉じて目の前のガラスケースに意識を集中させる。

『自分』を刻々と刻み続ける、監視カメラの無機質な瞳。
『アレクサンドラの威光』ではなく、得体の知れない『贋作』を中に入れられた屈辱と、痛み。
 犯行時刻に騒ぎ立てる、警備員達とその中に一人、警備員が与える『傷』を、ガラスケースは記憶していた。

「……『アレクサンドラの威光』は、ニセモノだったみたいだ」
「すり替えられていた、と言う事ですか。……なら、ペリト卿がこの宝物庫に入った後ですね。彼の目利きは、大したものですから」

 既に『アレクサンドラの威光』は持ち去られていたと言う、事実。
 少し前に巻き戻し、残留思念を読み取る勇太。
 過去の記憶は『ガラスケース』にとっても曖昧なのか、だが、鍵がカチャリ、と開けられると同時に手を伸ばした、その人は。

「……ペリト卿? いや、でも、念波動が違う」

 勇太の呟きに、斡旋屋は驚いた様子もなかった。
「つまり、誰かがペリト卿に扮していた、或いは監視カメラの映像に手を加えた。それは、何時の記憶ですか?」
「ええっと、感覚からして――2日程前かな。念波動は覚えたし、此れで、同じ波動を持っている人を探れば!」
 思念はそれぞれ『形』が存在している。
 喜怒哀楽と言う簡単に分類できる感情ですら、個人個人、同じものはない。
 まるで其れは、指紋の様な確実なもの。
「テレパシーは苦手だけど、何とかやってみるよ」
「では、警備員を呼んで来ましょう」
 斡旋屋が宝物庫をすり抜け、別々の部屋にいる警備員を連れてくる。
 得体の知れない少女に連れて来られた警備員達は、不満を隠しもせずに悪態を付いていたが、ペリト卿の雇った人物だと知ると口をつぐんだ。
 一番最初に踏み込んだ、警備員C、そしてD、B、Aの順。

「犯人は、二人組です。二つの念波動が感じられました」
 話を切り出した勇太に、超能力、や、念波動、と言った不可思議かつ、非科学的だと騒ぎたてる警備員達。
 それを諌めたのは、他ならぬペリト卿だった。
「まあまあ、超能力でも何でも構わないよ。自分達には、及び付かない力があっても不思議じゃないだろう」
 話してくれないかね、と口にしたペリト卿の瞳は、好奇心旺盛な少年のように輝いていた。
 勇太は目を閉じ、警備員一人一人の心の中に干渉を試みる。
 テレパシーは苦手ではあるが、大見栄を切った手前、退く事は出来なかった……そんな事をすれば、男が廃る。
 雑音混じりの、罵倒混じりの心の中を覗き込むのは好きではなかったが、心のガードを掻い潜るようにして意識を読み取る。



 ……警備の間は、監視カメラの映像を以前のものに切り替えればいい。
 警備員の一人が過去の映像を、モニターに移しだす。
 2人ずつの交代制、相棒は宝物庫に忍びこむ、自分はセキュリティシステムを停止させておく。
 偽物の宝石にすり替え、そして――アリバイを作ってから、偽物が溶けるのを待つ。
 ガラスケースに傷を付ければ、その日が、犯行時刻。

 ユラリ、と揺れる記憶の中に移る、寂しげな瞳。
 それはプラチナブロンドの美しい女性へと変化し、その瞳に焦がれる激情。

「わたくしにこそ『アレクサンドラの威光』は相応しい。ロマノフの血を受け継ぐ、わたくしにこそ」

 憂いを帯びた、彼女の名前は――。



「アレクサンドラ。宝石に名付けられた名前と同名の女性の為、この犯行は起こった。犯人は、最初に現れたあんたと、そして、最後に現れたあんただ」
 指を差された警備員Aと、警備員Cは、苦い表情を浮かべ首を横に振る。
「続けてくれるかね」
 ペリト卿は警備員達の動揺を気にした様子もなく、勇太を促す。
「まず、二人は2日前、2人組として警備を担当した」
 交差する視線、頷く二人と、そして大きく頷いたのは彼等の同僚だった。
「一人が、監視カメラの映像を過去のものにすりかえ、セキュリティシステムを解除。もう一人がニセモノに入れ変える」
 嘘だ、と口にするより前に成程、とペリト卿が追撃を加えた。
「と言う事は、だ。監視カメラの映像を警察に持っていけば証拠も、揃うと言う訳だね。だが、宝石についてはどうなる」
「偽物が溶けるまで、時間を置いておけばいいんだ。多分、鑑識が入ればニセモノの宝石と同じ成分のものが検出されるんじゃないかな?」

 監視カメラが過去の映像を映し出しているのなら、変化は存在しない。
 溶けた頃を見計らって、現在の状況を映せば『いきなり消えた』宝石が存在すると言う訳だ。

「最初に駆けつけたのは、勿論、監視カメラを監視していたって言う理由もあるだろうけど。ガラスケースを傷つけて、犯行時刻をその時間にする必要がある」
 勇太と、警備員二人の瞳が交差する。
 警備員二人の瞳に、恐れの色が浮かび、そして消えた。
「最後に駆けつけた人は、監視カメラの古いテープを破棄すればいいけど、時間が無かった」

 ――ポケットの中に入っているのは、証拠のテープだよね?

 弾かれたように、警備員Aの肩が跳ねた。
 首を振る警備員Cは、溜息を付いて頭を抱えた。
 ペリト卿は楽しげに、笑みを浮かべている……そして、容赦のない一言を突きつけた。
「じゃあ、そのテープを再生してみようかね」
「……その必要は、ない。だが、宝石は、俺たちの手元にはない」
 ペリト卿の表情が冷たい、仮面の様なものに変化する……その瞳の冷たさは、陽気な常識人に見えてもやはり、裏社会を歩いて来た人物の目だった。
「『アレクサンドラ・ミハイロヴィナ』だ、彼女が、持っている」
 勇太に視線が集まる。
『アレクサンドラ・ミハイロヴィナ』は、誰だ、と。

「――ロシアのロマノフ家の傍流で、二人に依頼した張本人。プラチナブロンドの女性で、ロシアに住んでいる」
 ところで、と勇太は口を開く。
 何か重大な事実が、もたらされるのか――だが、彼は言った。
「ところで、ロマノフって何?」
「ロマノフ。ロシア革命以前、ロマノフ朝として国の権威者だった王族だ……そうか、血筋は絶えたと思っていたが」
 そこで、ペリト卿は少し考え、口を開いた。
「勇太君、晶、ロシアに飛んでくれないかね」



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【1122 / 工藤・勇太 / 男性 / 17 / 超能力高校生】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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工藤・勇太様。
発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。

勇太探偵の、独特の調査方法は書いていて楽しかったです。
犯人調査、テレパシーによる居場所調査で『アレクサンドラパート』へ分岐しております。
宜しければ、今後もお付き合い下さいませ。

では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。