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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


+ LOST・3―侵入調査編― +



 月曜の襲撃から丸一日空け、水曜日となった朝。
 相変わらず五歳児のままの草間 武彦(くさま たけひこ)はその日の朝のニュースに目を釘付けにされていた。テレビにはある初老の男性の顔写真と名前、そして住んでいたというアパートが映し出されている。


『本日の午前六時頃――区のアパートにて六十歳後半の男性の死体が発見されました。死因は脱水症状から生じた衰弱死と見られ、現在警察では事件性がないか調査中です。死体発覚のきっかけは隣人による通報。何か臭い匂いがすると大家へ訴えたところ、部屋にて男性の死体が発見されました。争った形跡はなく、またこの男性は一人暮らしで近所付き合いも薄く、身寄りがないところから孤独死した可能性が高いと見られています』


「おい、零」
「これって……ただの事件でしょうか」


 不意に武彦の持つ携帯が鳴り出す。
 サブディスプレイを見やれば其処には「碧摩 蓮」の文字。武彦はすぐにそれを掴み挙げると応答ボタンを押した。


『まずはおはようかねぇ。……さて武彦、悪いんだけどテレビは見たかい?』
「今丁度流してる」
『アパートで孤独死したらしい男のニュースは?』
「ああ、見た。お前が俺に連絡してきたと言う事は俺の記憶に間違いはないんだな」
『そうだね。あたしの記憶からも引っ掛かったよ。ずいぶん外見が老けちゃいるがその昔その界隈で名のあった付与術師(エンチャンター)だよ。最初こそは善意ある活動をしていたらしいが、次第に己の力を過信し悪意ある付与を付け、多くの悪事に加担したって話さ。お陰で色々と叩かれて十年ほど前に表舞台からは退いていた男のはずだ。その後何をしてたかは不明だったんだが、このような形で浮上するとはまた奇妙な話さ』
「俺はそっちの方は疎いが、話だけは聞いた事がある。――零、団員リストを調べてこの男がいないか見てくれ」
「はいっ、今すぐ見ます!」


 零は指示を受け朝御飯を作っていた手を止めると素早くリストを引っ張り出し、武彦が書きとめた男の名前を探す。だが電話をしている兄へと視線を向け、両手でバツを作った。


「蓮、男は団員リストには載っていない」
『話を続けようか。今現在あたしのツテを使って調べさせているが、聞いた限りでは男はどうやら偽名を使って水面下で活動していた可能性が高い。顔も出さず人を介して決して表舞台には出ないように出ないようにってね。言っておくけど、相当の熟練者だよ』
「だが何故このタイミングで付与術師が死んだ。偶然か?」
『さあ。あたしにはわからない。真実が知りたいなら調べな。あたしは自分が知りたいからこの男に付いて調べてるだけさ』
「その調査結果は回して貰えるか?」
『その代わり何かこっちに回してくれるかい?』
「……今回得た術具などでお前が興味あるものを渡そう。どうだ」
『ああ、それなら良い。ならあんたは死んだ男んところを調べてきて欲しい。警察の調査じゃなく、あんた自身……は、無理でも、直接男のところに侵入してどういった方法で付与術を行っていたか調べておくれ。あの男のレベルに見合った付与術を行うならあんなアパートじゃ難しいはずだからね』
「分かった。あとこっちは俺が潰した宗教団体の幹部のところに行ってみようかと思っている。そこで正しい団体リストの入手、もしくは今回の一件に付いて男の口を割らせたら上等」
『そうかい。じゃあ人手がいるねぇ……しかし忙しない男だね、あんたも』
「うるさい」
『手伝えそうな人材に連絡を回そう。あんたからも探しな』
「恩にきる」


 ピッと携帯を切り、武彦は先日差し入れてもらったばかりの子供服の首元を緩めて溜息を吐き出す。零が子供姿の武彦を抱きしめ、ぽんぽんと頭を撫でた。


「肉体だけでも元に戻る方法はあるんだ、いざとなったら俺が前線に出る」
「私はお兄さんに無理して欲しくないんです。それだけは分かってくださいね」
「ああ……」


 血は繋がっていない上に人外である妹の心配を受け止めると、武彦も短い手を零に回し落ち着かせるように肩を叩いた。



■■■■■



 その日の十二時頃。
 武彦は集まってもらった面々を前に蓮と話した事柄を説明した後、ある条件を口にした。


「お前達に依頼をする前提条件として三つ、こちらから提示させてもらう。一つは素性を知られないよう変装及びそれに準じた行為を行う事。二つ、目的を達したら即解散するため逃げ足が速い事。三つ目、個人で動けば必ず狙われるため決して単独行動をしない事。以上だ」


 一本ずつ指先を上げ、武彦は皆に言葉を告げる。
 協力者達はそれを聞くと了解の意思を持って頷いた。


「今回は二組に分かれて行動してもらう。俺が潰した団体の幹部だった男への接触もしくは家宅侵入を行ってもらうグループ。そしてもう一つが死んだ付与術師の部屋へと行き、付与術をどこで行っていたか探ってもらうグループだ。潰した団体に付いては公開出来る範囲内で紙に纏めておいたから見ておいてくれ。ただし、ここからの持ち出しは禁ずる。良いな」


 零が武彦の製作した資料を渡し、協力者達に見てもらう。
 資料の持ち出しは絶対に禁止。理由は持ち歩いて万が一相手側に奪われた時危険性が跳ね上がるためだと説明する。それに関しても全員の了解を得た上で配った。


「ではまずグループを決めよう。お前達のことは信頼しているが、事が事だ。慎重にどっちに行くか考え選んでくれ」



■■■■■



 今回本業である傭兵業を終え帰国した所、妻である弥生・ハスロ(やよい・はすろ)より草間 武彦が危険だという話を聞いた男性、ヴィルヘルム・ハスロは緊急事態という事で今回の作戦に参加する事にした。
 最初こそ真面目に話を聞き、資料にも目を通していたがとうとう堪え切れず……。


「こ、これは……! 草間さん何という(可愛らしい)姿に……!」
「ヴィル、心の声が出てるわ」
「おっと、つい本音が……。何かお手伝いする事はありますか? 手の届かない場所の物とか取りますよ」
「くっ、身長百八十五センチにはどうあがいても敵わない……」
「資料に触るなというのなら抱っこして手伝えたらと」
「それは同年代の男としてこう、……俺の中の何かが駄目だと訴えているんだが」


 彼は傭兵という事で身体能力が非常に高い。
 身体作りもしっかりとしており、戦闘面では以前より武彦もお世話になっており、信頼における人物である。ルーマニア人とスウェーデン人とのハーフで、「イイ男」と評価しても誰も文句は言わないだろう。更に真祖の吸血鬼を遠い先祖に持つが、その血はとても薄くほぼ人と変わらない。だが能力は確実に受け継がれており、彼は言葉によって暗示を掛け、五感を操り幻覚等を見せる事が出来る。
 弥生と共に資料に目を通しながら彼らもまたどっちのグループに行くか話し合う。


「草間さん、よろしければこちらをご提供致しますわ」


 すっと、協力者の一人である石神 アリス(いしがみ ありす)が紙袋を差し出す。
 先日、某見た目は子供、頭脳は大人! な服装を渡された武彦としてはその行動を訝るように見つめた。だが差し入れは差し入れ。素直にそれを受け取って中を開くと――。


「ゴシック系のフリルシャツやパンツ……は、まだいいが、この宝○風のキラキラ衣装はなんだ!!」
「わたくしの趣味ですの。草間さんにお似合いの物をそれはもう昨日一日を使ってチョイスいたしましたのよ。先日のコスプレ一歩手前の子供服も愛らしかったですけれども、そればっかり着ているわけにはいかないでしょう。さあ、着替えて下さいませ」
「――うぐっ」
「確かにこの二日その服を着てましたよね、お兄さん。そろそろ臭いますよ」
「え、そりゃあかんで草間さん。今すぐ着替えてきや。あ、うちどっちかっつーと○塚風の服がええなぁ」
「セレシュ!」


 先日服を差し入れてくれたセレシュ・ウィーラーがひょいっと子供服を覗き込み、自分の希望を伝える。彼女は自分の名を叫ばれるとちろっと舌先を出しながら肩を竦めた。
 さて、と今回の協力者達の顔ぶれを彼女は再度確認する。今回は二箇所に侵入調査という事でいつもより人数が多く、それゆえに事の慎重さを改めて実感した。


 一人目はセレシュ・ウィーラー。
 二人目はヴィルヘルム・ハスロ。
 三人目はその妻、弥生・ハスロ。
 四人目は石神 アリス。


「先日襲われた分は返してやりかえそうかな。ね、勇太さん」
「もちろんっすよ! 俺達の傷の分くらいはやりかえさないとね!」


 五人目は興信所勤めの青年、椎名 佑樹(しいな ゆうき)。
 六人目は超能力を保持する高校生、工藤 勇太(くどう ゆうた)。
 二人は先日暴走バイクに襲われ、危うく重症を負いかけるという事態まで追い込まれていたため、今回の事件に関してはそれはもうそれなりの報復を、と考えている。


「ふむ、今回は二つに分かれるのか。慎重に選ばねばな」
「自分の持てる能力とグループの内容とを照らし合わせて考えると……私はこっちかな」


 七人目はゴシックドレス服に金の三つ編み姿の人形師の少女、人形屋 英里(ひとかたや えいり)。
 八人目は長い銀髪が美しい中性的な雰囲気を持つ少年、鬼田 朱里(きだ しゅり)。


 今回はこの八名が草間 武彦の協力者となる。
 武彦は差し入れてもらった紙袋を一旦自分の座っているソファの横に置くと改めて皆へと視線を巡らせた。


「服はともかく、一つだけ皆に意見を貰いたい事がある」
「なんですか?」
「蓮が持ってきた腕輪があっただろ。あれを使って俺は肉体だけでも先に強制的に元の年齢まで戻って動こうかと思っているのだが……やはり協力して貰うからには皆の意見も聞いておきたい。どう思う?」
「はーい、俺は腕輪で戻るのは反対しまーす。一応呪いなので心身の負担を推し量れないっていう意味で真面目に心配」
「わたくしも勇太さん同様出来れば草間さんにはそのままでいて頂きたいですわ。明らかに狙われているのは草間さんですもの。危険ですわ」
「うちもそう思うわ。無理がかかりそうなもんで戻るのはなぁ」
「私も危ないと思いますので腕輪の使用はやめておいた方がよろしいかと」
「夫と同じ意見よ。万が一っていう事もあるでしょう? 最悪の事態だけは避けましょう」
「――そうか。他には?」


 手を挙げた勇太を筆頭に、アリス、セレシュ、ヴィルヘルム、弥生の順番で反対意見が飛び出す。武彦は残りの三人へと視軸を変え、まだ意見を口に出していない彼らへ先を促した。


「俺としては万一武彦さん自身が危険に晒された時を考えると小さくないほうが良いと考えますね。確かに腕輪で戻るのはリスクが高い気はしますが……どっちの方が危なくないのかな」
「私は草間さんに一任する」
「英里と同じく私も草間さんに一任――と、言いたいところですが、無理をして欲しくないので使用は避けて頂きたいというのが本音です」
「――と、いう事はお兄さんは元に戻らず待機した方が良いってことですね」


 祐樹が理由と共に腕輪の使用を勧める。
 一任と口にした英里と朱里の意見も踏まえて零は指折り数えて賛成と反対とを数えた後、結論を出した。
 祐樹の発言も納得出来る部分がある。しかし危険だという意見が圧倒的に多過ぎるため、今回は武彦は子供のまま興信所で大人しくする事に決めた。正しくは『今回も』、だが。
 興信所ならばいざとなったら零が己の能力を解放し、武彦を護る事だろう。


「ではそろそろグループ分けに進もう。俺が潰した幹部側に行く意思を持つ者は左へ、付与術師の元へと行く意思を持つ者は右へと寄ってくれ。どっちでも大丈夫だと言う者は真ん中で。俺が振り分けよう」


 その言葉に反応し、皆自分が適正だと判断したグループの方へと移動を開始する。
 どちらでも大丈夫だと判断し真ん中に居た者も武彦の指示と相談によって振り分けられていく。やがて八名が左右に分かれたのを見ると、武彦はふぅっと一息付く。


 幹部側には勇太、アリス、祐樹、朱里、ヴィルヘルムの姿が。
 付与術師側にはセレシュ、英里、弥生の姿が在った。


「ではこのメンバーで動いてもらう事とする。各自相談の上、調査を開始してくれ。俺が動けない分も宜しく頼んだ」


 その言葉に皆緊張感を走らせた後、静かに頷いた。


「英里、いざとなったらコレを投げて」
「これはなんなのだ?」
「保護符と治癒符。危険な時は保護符で身を護って下さいね。あともし誰かが怪我をしたら治癒符で治してあげて」
「分かった。朱里も無理するんじゃないぞ」


 これは朱里と英里のやり取り。
 今回確かな意思を持って分かれた二人は、互いの身を案じながら他のメンバーの元へと行く。


「ヴィル、そっちは直接団体の人と出会う可能性が高いわ。どうか気をつけてね」
「弥生もくれぐれも無理しちゃ駄目だよ。草間さんの言う通り危険を感じたら真っ先に自分と……そして皆さんの安全を優先して逃げるんだ」
「分かってるわ。また後で逢いましょう」


 これはハスロ夫婦のやり取り。
 どちらでも大丈夫だと判断し真ん中に立っていた二人だが、暗示能力を持ち、かつ肉体系攻撃が強いヴィルヘルムは幹部側のメンバーへ、そして魔術に強い弥生は付与術師側へと振り分けられていた。


 絶対にまた逢う。
 どんな手を使ってでも今回の事件を解決してみせる――皆一様にそう願いながら分けられたグループの面々と作戦会議を始めた。



■■【SIDE:付与術師】■■



「よっしゃ、これでうちやとばれんやろ」


 変化の魔術を使い、金髪を黒髪へ変えたセレシュは伸びをする。
 更に身体つきも女性ではなくどちらかというと中性的な体格に変え、男物の服を身に纏っている。眼鏡は「石化の視線」を押さえる必要があるため外せないが、その上からサングラスを取り付けた。これによりちょっと見ただけでは誰なのか分からない事は間違いない。


「こんなもので大丈夫かしら。大丈夫よね」


 弥生の変装は現在銀髪のショートウィッグを被り、目には青のカラーコンタクトを入れ、更に外国人風に彫り深くメイクしたもの。加えてハイヒールを履き身長を誤魔化しに掛かる。
 普段の彼女を知っているものが居ても普段との印象があまりにも違うため確実に別人だと思われる事だろう。


「女は髪形一つで変わるものだ。私も普段とは違う格好をしてみたぞ」
「あら英里ちゃんったら可愛い」
「少年風やね。ゴスロリ系もええけど、それもよう似合うてるよ」


 英里の姿に二人は褒め言葉を口にする。
 彼女の今の姿はシャツに黒のズボン、それから赤チェックジャケットを羽織り、ニット帽子の中に三つ編みを入れて隠している。更にいえば普段ならきっちりと行っているメイクも取っているため、ぶっちゃけ誰? 状態である。
 好評だったため英里は機嫌を良くし、ニット帽子から髪の毛が出ないようくいくいっと改めてチェックする。


 彼女達が現在居るのは付与術師のアパート近くの喫茶店。
 ここから数分歩けば訪問する事自体は容易だ。だがしかし彼女達には問題が一つ存在している。


「さて、向こうのグループは早々に出て行ったけどうちらはどないしよ。ぶっちゃけ昼は確実に警察がおるんよね」
「ヴィル、大丈夫かしら……」
「うむ、私も朱里が心配だ。だが私達は私達でやれる事をしよう。とりあえず時間なんだが、余り早すぎても遅すぎても警察は来るからな」
「うちは夜は避けたいんよ。だって電気付けると目立つやろ? そう考えると出来れば早朝に侵入したいところやわ」
「それは間に合うのかしら。今までのことを考えると素早く動いた方が優位に立てると思うの」
「そやねん。そこがネックなんよ」
「いっそのこと、身内の振りをするとか? 失敗すると痛いが、上手くいけば……」
「ちょっと無理やと思うわ。英里さん孫とか言うてやってみる?」
「うーむ……」
「その後警察に連れて行かれる可能性は充分にあるわよね」
「警察に行ったら直ぐに嘘だとばれるので止めておこう」
「じゃあ、警察の状況を見つつ、侵入と言う事で良いかしら」
「そやね。時間問題もあるし、それがええと思うわ」
「今のところ言う程事件性は無いみたいだし、警察の捜査が終わったら懐中電灯で探せば良いと思うの」
「しゃーないな。そうしよか――ん? なんか草間さんから連絡が来たんやけど」


 セレシュが携帯を取り、画面を見やる。
 其処には武彦からの救いの手が書かれていた。


 ―――――――

 信頼出来る警察官に手を回した。
 ソイツがアパートに入る一時間だけ自由行動させて貰える様に頼んだから行ってくれ。
 特徴はでかいヤツ。

 時間は夕方四時から五時の間。
 機会を逃すなよ。

 PS.このメールは即消去しろ。

 ―――――――


「お、草間さんやるやんか」
「でかいヤツって特徴? 身長かしら、体格なのかしら」
「何にせよ時間枠が狭まったのは良いことだ」
「んじゃ、削除っと」


 ピッという削除音と共にメールは消える。
 こうなれば武彦のこのメールに賭けるしかない。彼もきっと動けなくて、でも出来る範囲内で手を回してくれたに違いないのだから。


「なんやろね。興信所でもだもだしとる草間さんが目に浮かぶわぁ」
「私もよ」
「宝○の格好でもだもだ……」
「ぷっ!」
「ふふ」
「――わ、笑ってなどいけない、のだぞ、く、ふふっ」


 シリアスな展開のはずなのに何かが可笑しい。
 そうして三人は時間が来るまで喫茶店で各々意見を出し合い、作戦会議を重ねる事にした。



■■■■■



「でかかった」
「大きい体格だったわ」
「筋肉も付いていて、身長も高い……うーむ。確かにでかいヤツだったのだ」


 さて時刻は午後四時。
 ほんの僅か前にアパートにやって来た三人は一目で武彦が誰を指しているのかが分かった。身長の高い筋肉隆々なマッチョな警察官。いかにも鍛えてますと主張するその肉体美は征服の上からでも一目瞭然。
 こちらがぽかんっと思わず見つめてしまっていると向こうの方から「草間さんの紹介の方ですね」と声を掛けられてしまった。それにより間違いないと互いに認識しあうと二階にある付与術師の部屋へと案内された。
 現在そのアパートには警察官は誰一人として居らず、警察が残した調査の痕跡こそあれぞ部屋を探るには充分な環境であった。最後に一言「決して目立つ形で荒らさぬように」と付け加えられていたが、それはもう侵入者としては重々承知している。


「さーて喫茶店でも言うたけどうちは『人払い』を掛ける。これでこの部屋の周囲に無関係な人は近付けへんようにすんでー!」
「そしてまだ動いちゃ駄目なのよね」
「む。微妙に嫌な空気が漂っているのだが……なんだろう、この感覚は」


 セレシュが『人払い』を掛けている間、二人は動かない。
 だが英里は何かを感じ始めていた。元々彼女は妖術系人外。そのせいか、術系は何となく嫌な感じがするようで――しかし、それが一体なんなのかは今の段階では分からず首を傾げてしまう。
 続いてセレシュは人払いの効果の内側に警報の魔法設置する。これによりもしこの部屋に侵入してきた時点で一般人ではないと判断する事が可能だ。警察官も時間内は決して踏み込まない、介入しないと言っていたので充分な警戒態勢である。


「よっしゃ、動いてええでー」
「じゃあ探し始めましょ。時間が惜しいわ」
「んー……」
「英里ちゃん?」
「どないしたんよ」
「こっちから何かを感じるのだ。確かこれって死んだ人を記すものだよな?」


 そう言って英里がふらふらっと奥へと進み、死体があった場所を示すラインを指差した。
 其処は布団で、今は掛け布団が取り払われており、人型にテープが貼り付けられている。正直な話、此処でこういう格好で死んでいたのかと思うと心中複雑になってしまう。それでも英里はそのラインに近付いて更にその腕の部分に何かを感じ取っていた。


「なんだろうな。この感覚。草間さんにも感じたようなものがこのラインから感じるのだ。男の死体があった場所というからにはやはりこう……念みたいなものでも憑いているのだろうか」
「確かに。孤独死やってニュースでは言うてたし、何か思うところはあったかもしれへんなぁ。人の想いって残るし」
「幽霊になっていないことだけを祈るわ」
「むー……これはこれで気になるが、こればっかり見ていても仕方ない。私も動こう」


 英里は立ち上がり、決して物を壊さないよう極力電化製品だけは避けながら物を探す。
 妖力のせいで電子機器を壊してしまう体質をうっかり発動させてしまうわけには行かない。その為彼女は積み上げられた本や放置されている服の方へと視線を走らせ、其処に何か変わったものがないか探す事にした。


「さぁって、随分と界隈で有名な付与術師さんだったっちゅー話やし、個人的には興味あんねんよ。何か面白いもん出て来たらええねんけどなぁ」


 セレシュは死んだ男と同じ付与術師。
 同業者として思うところがあるものの、今は目的を果たすために動く。このアパートでの目的は男がどうやって付与術(エンチャント)を行っていたのか、それを調べる事。蓮曰く、このアパートでは男に見合ったレベルの付与術は行えない。つまり、此処ではない『どこか』で付与術を行っていたわけだ。警察の調査ではそういう術具など発見されていないと告げられているからには実際そうなのだろうとセレシュは思うが……。


「なんか見れば見るほどただの老人の部屋って印象が強うなるわ。ホンマに付与術師やったんか、この部屋に住んでた男は」
「何か見つかった?」
「いんや、うちの方はさっぱりや。てっきり何か魔術的な仕掛けや監視でもついてるかと思うたけど、そないなもんもあらへん。ただの一般人の部屋や」
「ならここは単純に寝床だったのかもしれないわね」
「ま、その線が有力やろな。こりゃ地道に探すしかあらへんで」
「変なものがあればすぐに皆で調べましょ」


 それはもう時間が惜しいとばかりに三人は徹底的に探し始める。
 ふと、弥生は主婦の観点から気になった事があり、それを見に行く。それは洗濯物。洗濯機の隣に置かれた籠の中に山のように積み重なった故人の衣服を見て、その中から比較的新しそうな一番上の衣服を手に取った。
 すると、何かがコツン、と床に落ち小さな音を鳴らす。弥生はそれを拾い上げると、目を丸めた。


「ねえ、ちょっと見て! これ小さいけれどトルコ石じゃないかしら!」
「なんやて!?」
「とるこ石とはあれか、例の術具と依頼人の奥さんの首飾りに使われていた石だな」
「そうよ。小さすぎて断言は出来ないんだけど……此処でこの欠片が出て来るのは……」
「うーん、やっぱりこの男関わっとったんかな。ちょっと見るから貸して」


 セレシュは弥生から米粒ほどの青い欠片を受け取り、それを指先で摘みながら光に透かしてみる。見れば見るほどトルコ石に見える――と、言うかそうとしか見えない。
 彼女はそっとそれを握り込み、集中してみる。この石本来が持つ力以外の何かが付与されていないか。もしかして何か欠片が見えないだろうかと――そう念じて。


―― 貴方。


「女性……?」


―― ね――、――合う――ら?
―― とて――似合――よ。
―― トル――ね、身代わ――、なって――る石――。きっと――から護っ――れるわ。
―― ――しい――い?
―― ――?
―― ――よ。君の誕生――日に、……………………。


「これ、声だけやけど女性と男性の会話が読み取れんで。勇太さんならもっと綺麗に読み取れるかも」
「どんな内容なの?」
「なんか、誕生日とかこの石が身代わりとか……」
「それって依頼人の男の話と一致しないか。確か奥さんが身に着けていたのがとるこ石の首飾りで、形見なんだろう?」
「もしかしてあのストラップ型の術具、奥さんの首飾りのトルコ石使ったんかな」
「それならこの男と繋がるわ。そして団体とも」
「うむ。でも何故死んだ?」
「そこまでは……分からないけど」
「もっと別のもん出て来るかも。これ貰うで」


 セレシュは小さなチャック付き袋にトルコ石を入れ、それをしっかりとポケットの中に仕舞い込む。一つ繋がるものを見つけた三人はやる気が復活し、それぞれまたしても何か無いか探しにかかった。
 だが英里は自分が探せそうな範囲を探しつくしてしまうとこれ以上は動けなくなってしまう。電子機器さえなければ他の箇所も探せるのに、とつくづく切なくなった。
 その事を二人に告げ、彼女は敵対する者を素早く察知するために意識を集中させる事を宣言する。もちろん彼女の体質を知っている二人はその言葉に反対せず、彼女に見張りを頼むことにした。いくらセレシュが人払いを掛けて更に警報魔法を付けているとはいえ接触しなければそれは発動しない。


「――ん?」


 ふとセレシュは乱雑に積み重ねられた広告の山の中に何か走り書きのような文字が書かれた紙を見つけた。それは一般人ならば見逃してしまいそうな他愛の無い文章。だけどその時のセレシュには何か感じるものがあり、その広告から紙を引っ張り出す。
 顎に指先を当て、そしてその文章へと目を走らせる。それは単純な買い物メモに見えるもので、どこどこのスーパーで何を買う、と言った簡易リストだったが――。


「これや!」
「――待て、何か来るのだ」
「何ぃ!?」
「こっちに向かってる。明らかに私達に敵意を持っている者だ」
「ああああ! くそ、時間内やけど逃げるのが先やな。距離分かる!?」
「えーっと、びゃーっと素早いのだ。あれだ、あれ! 『ばいく』とやらの速度でこっちに向かってきてる! 距離は……えっと、喫茶店よりかは遠い!」
「よし、その距離やったら出れる!」
「分かったわ、逃げましょ」
「うむ。こんな場所で戦闘しても仕方ないのだ」


 言うや否や彼女達は一斉に部屋から出て駆け出す。
 その際セレシュは人払いの魔術を綺麗に分散させる事も忘れない。その結果、人が寄ってきてしまうが、致し方ないこと。カンカンカンッ! と甲高い音を立てながら階段を駆け下りれば自分達を中に入れてくれた警察官がビシッと敬礼をしてくれた。


「調査は終わりですか?」
「ありがとさん! うちら逃げるわ!」
「いつもお疲れ様! じゃあ失礼するわ!」
「うむ、有難う」
「いえいえ」


 遠くからバイクが向かってくる音が聞こえる。
 英里はそこから感じる敵意に神経がびりびりと震わされるのを感じ取っていた。思わず両の二の腕を擦り上げた彼女の顔は、その気に当てられ真っ青になってしまっている。


「早くどこかに身を隠した方がいい。アイツ本気で殺す気で来てる!」
「どこかってどこや!」
「ここら辺となると道か人家しかないわね」
「人の家はどうかと思うのだが……そうだ、幻術を使おう!」
「いや、待ちぃ! 皆普通に歩くんや。普通に」
「え!?」
「うちら今変装してんねん! 相手が感応能力持ちやなかったらただ普通に歩いているだけで誤魔化せるはずや! その為の変装やろ!」
「わ、分かったのだ」


 セレシュの言葉に英里はすぅっと深呼吸する。
 弥生もうっかり変装の事を忘れかけていたが、彼女の一言で自分が今どんな格好をしているのか思い出した。先日、バイクで襲われた時に居たのは英里だけ。セレシュと弥生はその時興信所に居たのだ。つまり、英里の存在さえばれなければ問題はないと考えられる。
 青み掛かった英里の肌も落ち着きを取り戻し、赤みを取り戻し始めた。


 バイクの音が聞こえる。
 アパートへと近付き、そして通り過ぎ……自分達へと向かってくるその音。
 敵意を持って近付いてくる『殺気』。


―― それは一瞬の遭逢だった。


 英里は視線を上げ、メットに隠されたその奥の瞳を見た気がした。
 そしてその瞳の持ち主も、英里を返り見て――。


「――ひっ……!」


 刹那、肝が冷えるという想いを英里は思い知る。
 この時バイクが通り過ぎていった事が本当に幸運だったと、彼女は血の気の引いた唇で震えながら告げた。



■■■■■



 その後、三人は都心から離れたとある廃屋へと足を運んだ。
 長年使われていないその家は古臭い香りが漂う。
 それはセレシュが読み解いた暗号から導き出した場所――買い物リストに見せかけたメモから導き出した住所だ。スーパーの位置は地図を見て確認すると円状に並び、買い物の個数は住所へと変換出来る事に気付いたのだ。


「ビンゴや」


 そして彼女は――彼女達は見つける。
 その廃屋に隠された術式付与の為の施設を。決して古びてなどいない研究室のような部屋を見て、その場所が「仕事場」なのだと知った。



■■■■■



「朱里ーっ!!」
「え、英里!?」
「こ、怖かったのだ!」
「何があったんですか、一体!」


 時は夜七時頃。
 待ち合わせである公園の休憩所に辿り着き、朱里の姿を見つけると英里は彼に一直線に抱き付きに走る。朱里はそんな彼女をしっかりと抱きしめて背を擦る。小刻みに震えている彼女に何があったのか――死んだ付与術師のアパートに調査に行った弥生とセレシュに彼は説明を求めた。
 当然二人は一連の流れを皆に話す。


「うちらの方にバイクの奴が来よったんよ。んでな、英里さんそいつの気にあてられてしもたみたいでなぁ……」
「変装のお陰でなんとかすれ違っただけで済んだのだけれど、変な行動を取っていたり、変装してなかったら気付かれていたと思うわ」
「ほんっとーに怖かったのだ!」
「そんな事が……。こっちも勇太さんが銃に撃たれて負傷したんです。今治癒符で何とか押さえていますが」
「銃って……じゃあうち治癒魔法掛けに行く!」
「私も行くわ。朱里さんは英里さんを落ち着かせてあげてね」
「分かってますよ。ほら、英里。もう私が傍に居るから安心して」
「ぅ、うう……」


 セレシュと弥生が奥へと進む。
 そこには肩を押さえた勇太の姿が在り、その肩口を染める血液の量にまず二人は目を丸めた。一瞬取り乱しそうになるも、そこは治癒魔法を使う者としてすぐに冷静さを取り戻すと二人で魔法を当てに掛かる。


「――いてて……一応弾丸は抜けてるし、直ぐに朱里さんが治癒符張って下さったんで問題ないと思うんですけど」
「勇太さんはわたくしと祐樹さんを庇ってくださったんですの」
「バイクの時といい、今回といい……本当に申し訳ない気持ちです」
「仕方ないですよ。あの時男の感情探ってたの俺なんで、真っ先に気付いたのは俺でしょ。身体が動いちゃったんですから仕方ないですってば」
「ヴィル、貴方は大丈夫なの?」
「怪我を負ったのは勇太さんのみだよ。……その一発が大きいけどね。悔しいな」
「一体何があったん?」
「武彦さんがそろそろ来るはずだからその時に纏めて――あ、来た。おーい!」


 祐樹が零に連れられてやってくる小さな武彦の姿を見つけると片手を挙げた。
 服装は流石にアリスが持ってきたものではなく、セレシュが以前渡したシャツとズボン姿。彼もまた英里と勇太の様子を見ると非常に苦々しい顔付きを浮かべた。


「……負傷者は勇太のみだな。怪我の具合は?」
「皆で治癒符や治癒魔法かけまくっとるから後遺症とかは残らんよ。傷はうっすら残るかもしれんけどな」
「その程度で済むんだったら全然問題ないっすよー」
「それで、団体の構成員リストは手に入ったのか」
「それは私が持ってます。はい、草間さん」
「あ、あと私が何かのCDを見つけたんで誰か見てもらえませんかー?」
「CD?」
「あ、それ俺が見ます。ハッキングも考えていたんでノートパソコン持って来てあるんですよ。乗り込むって決めた時は潜伏してた場所に隠してたんですけどね」
「じゃあ、それはあとで見よう」


 ヴィルヘルムからUSBメモリーを受け取り、祐樹へと流す。
 彼は己のノートパソコンを起動させるとUSBメモリーからリストをコピーし、皆に見せる。顔写真付きのそれは確かに本物だ。


「こっちはあと『K』という男が幹部クラスにいることが判明致しましたのよ。同じ幹部クラスの人間として対面するという暗示を掛けましたところ、男からそう呼ばれましたの」
「『K』? 祐樹、該当しそうな人物はいるか?」
「イニシャルっぽいんですよね。……うーん、ざっと見た感じでは結構いる、かな」
「幹部クラスだぞ」
「分かりました、探してみます。ついでにCDも読み込んでっと――あ、武彦さんは話の続きをどうぞ」
「じゃあ、付与術師の方に行った三人の報告を聞こう」


 祐樹がリストを探り、武彦が話を進める。
 治癒に当たっている弥生と何かに怯えている英里には話を聞くのは難しそうだったため自然と説明はセレシュへと求める事になった。


「これ、見つけたで」
「これは?」
「トルコ石の欠片。ちょっと念読んでみたんやけどな。それどうやら以前の依頼人やって言うて例の男の奥さんの持ち物っぽいねん。勇太さんやったらもうちょい綺麗に読めるんやないかと思うてんねんけど……」
「あ、俺読みます」
「無理せんときや」
「読むだけなら肉体使わないんで大丈夫ですよ」


 袋に入れられた石を受け取りながら勇太はそれをサイコメトリーする。
 やはり完全には治り切っていない肩の痛みが邪魔するのか、少し時間が掛かるようだ。


「他には?」
「付与術師が付与術行ってた場所見つけたで。直接その場所行ってきたから間違いない。住所かいたメモはこれな」
「助かる。こっちは俺というより蓮が知りたがってたからな。……しかしトルコ石か。繋がりそうだな」
「うちらの成果はこんなもん。むしろええ感じやと思うわ」
「――あの、一つだけ気になった事を聞いても?」
「なんや、ヴィルヘルムさん」
「バイクの男が現れた時間っていつですか」
「えーっと五時手前くらいやな。状況が状況や。はっきり確認しとらんから五分くらいは誤差はあるかもしれんね」
「……やっぱり」
「どゆことや?」


 ヴィルヘルムは腕を組みながら険しい顔付きで考え込む。
 言い出しにくそうにするも、やがて彼は口を開いた。


「それ、私達が相手に気付かれた後の時刻です」
「は?」
「相手への暗示が切れて、データを入手した私達全員が逃走した時刻が午後四時半頃」
「男が探せと喚いていた時刻を考えますと三十分以内――移動距離としては一致いたしますわね」
「じゃあ、何か。そっちで問題が起きたからあのバイクの男はこっちのアパートに来た、と」
「その可能性は高いですね」
「……ホンマ、ぞっとするわ」


 セレシュがふぅっと長い息を吐き出す。
 もしもあの時の選択を間違えていたら確実に戦闘だっただろう。そうなった場合負傷者は勇太だけじゃなくもっと増えていたかもしれない。
 やがて勇太がトルコ石のサイコメトリーを終え、唇を開く。
 やはりそれは男の妻の物だったらしく、「誕生日のプレゼント」だったらしい。


 男の妻の形見であるトルコ石のネックレス。
 それが付与術師の手に渡る方法は一つしかない。
 間違いなく例の付与術師は団体に貢献していた。呪具を作るという目的で――。


「あ、さっき朱里さんから貰ったCD−ROMなんですが、動画ファイルが入ってる」
「開けるか?」
「大丈夫です。再生しますか?」
「頼む」
「じゃあ」


 言いつつ祐樹が再生ボタンを押した。
 その瞬間、ノートパソコンの中に表示されたのはどこかの室内。覗き込んでいたセレシュが「あ」と小さな声をあげる。それは付与術師のアパートだったからだ。
 其処には二人の人物が立っている。
 一人は死んだ付与術師。外見は皺が深く刻み込まれた老人だが、足腰などはしっかりしておりとても脱水症状から死亡したとは考えにくい。そんな彼が何かに怯えている姿が映し出されている。


『勝手な行動で規律を乱されちゃ困るんだって』
『ひぃっ――!』
『曰く付きのもん沢山売ってる店だっけ? あそこにアンタが作ったもん持っていって結構高く評価されたって聞いたよー。なのにアンタの事見出してくれた団体にまさかこんな、ねぇ』
『毎日毎日小物ばかり作らされて……わしかて自分の力を試したって……っ!』
『ああん? でもよー、場所も提供してもらって、材料も提供してもらってー、良い事尽くめだったっしょ? なのに男そそのかして腕輪を付けさせるってどゆ事? 馬鹿なのかアンタ』
『知らん! わしは知らん!』
『あー、ネタは上がってんだよねぇ。いやね、アンタの付与術っつーの。それは皆認めてたよ。でもそれで思い上がっちゃ困るってーの。しかしあの男もバカ。アンタもバカ。よりにもよってあの草間相手だぁ? 上のお偉いさんがね、かーなーり迷惑するわけですよ。――つーわけで死ぬといいと思うよ』
『――何を!?』
『ああ、アンタの能力は高くたかぁーく評価してやるよ。自分の作ったもん身を持って味わえば?』
『うあぁ、ぁぁあああああ!!!』


 腕を捻り上げられてカシャンッ、と軽い音と共に老人の手に取り付けられる腕輪。
 途端、崩れる老人の身体。取り付けた人物は明らかに男だが、その頭部はメットで隠されており、どういう顔付きをしているかは分からない。
 「ひぃっ!」と英里が朱里の腕の中で震えだす。アパートに訪れた時から彼女が感じていた何か――それの正体が動画によって明らかとなる。
 彼女は確かに感じ取っていた。男の無念を。
 そして腕に取り付けられた呪いの残骸を。


「……早送りします」


 動画の右端に刻まれている数字が時を刻んでいく。
 倒れた付与術師の身体が徐々にカラカラになり、棒切れのように変化していく様子が目に入り祐樹は眉を顰めてしまう。
 その原因は動画の日付。それは今月今週の水曜日――つまり昨日を示していたからだ。
 やがてその動画は最後に戻ってきたらしい男が腕輪を外して証拠を隠滅し、その手がアップで映し出された後、プチンっと切れた。
 日付は今日の午前三時頃を示して。


「死を持って贖え、って事か」
「ホンマ気持ち悪いなぁ、コイツ」
「蓮に連絡しないとな。アンティークショップに持ち込まれた例の腕輪の製作者が分かったと。……もう死んでいるが」
「そして付与術師はやっぱり自分の力試したかったんやね。でも依頼人の男が草間さんに運悪く付けた事によって制裁されてもた、と」


 暫しの間誰もが何も言えなくなった。
 その間、祐樹は無言で団体構成員リストをスクロールし、そして彼は見つけてしまった。


「気持ち悪いですね、この団体」


 偽名を使っていた付与術師の顔写真の上に大きく張られた赤い×の記号――そして「LOST」の文字。


 武彦は己の頭が酷く痛むのを感じながら、皆に解散の言葉を告げた。











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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【7348 / 石神・アリス (いしがみ・ありす) / 女 / 15歳 / 学生(裏社会の商人)】
【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】
【8555 / ヴィルヘルム・ハスロ / 男 / 31歳 / 請負業 兼 傭兵】
【8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女 / 26歳 / 請負業】
【8564 / 椎名・佑樹 (しいな・ゆうき) / 男 / 23歳 / 探偵】
【8583 / 人形屋・英里 (ひとかたや・えいり) / 女 / 990歳 / 人形師】
【8596 / 鬼田・朱里 (きだ・しゅり) / 男 / 990歳 / 人形師手伝い・アイドル】

【登場NPC】
 草間武彦(くさまたけひこ)
 草間零(くさまれい)
 碧摩蓮(へきまれん)

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は「LOST」の第三章に参加頂きまして有難うございました!


 今回は侵入調査。それも二箇所と言う事で本当にお疲れ様でした。(深々と礼)
 ノベル内容は調査で分かれた状態にしてありますので、二つのノベルをお楽しみ頂ければなと思います。そうすればより深く状況が読み込めるかと。


 結果としては全ての目的は達成。
 綺麗に皆様逃走プレイングで揃っておりましたので、負傷も予想していたより格段と少ない結果となっております。


 本物のリストも入手出来、更に付与術師の死亡の謎も明らかになりました。
 そして付与術師がどのように動き、草間さんに繋がったのか。
 トルコ石がどんな風に関わっているのかも明らかとなり、事件の全貌が見えたかなと思われます。
 ただし改めてはっきりしたバイクの男の存在と『K』という人物が居ますのでご注意を。

 今回のLOSTは「付与術師の死」。

 次回も参加頂けましたら嬉しく思います。ではでは!


■弥生様
 こんにちは、調査お疲れ様でした!
 旦那様同様どちらのグループでも良いと言う事で数の少なかった付与術師の方へと振らせて頂きました。主婦ならこの辺気付くかなぁと洗濯物ネタをぶち込みましたが……気付きますよね?(おろおろ)