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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


吸血鬼に永遠の眠りを




 廃墟のビルの中、満月の輝く夜に似合わない激しい爆音が鳴り響く。

「―ぐっ…こんな仕事、引き受けるべきじゃなかったな…」
 左肩に受けた傷を右手で止血しながら、武彦は生温かい自分の血の感触を味わっていた。

「フ…、人間風情がこの私と戦おう等とは嗤わせる」
 ツカツカと革靴の音を鳴らしながら、おおよそ人とは思えない恐ろしい形相をした
吸血鬼が武彦へと歩み寄る。

「…あぁ…、全くだ…。吸血鬼なんて、常人が勝てる様な相手じゃねぇよ」
 諦めたかの様に笑みを浮かべた武彦が吸血鬼たる相手へと告げた。
「伝説上の生き物退治なんて依頼、受けなきゃ良かったと後悔してるさ」


「ならば後悔と共に血肉を屠ってくれる」
 吸血鬼が詰め寄り、鋭い爪を振り翳す。

 高額な資金を積まれ、武彦が引き受けた吸血鬼退治。やはり一筋縄で片付く様な
相手ではない。



――「あ。餌見つけたよ、黒ちゃん」

 金髪赤眼の少年。頭に被った猫耳風のニット帽と、その肩に乗った烏。にししっと悪戯な微笑みを浮かべた少年は何処か不思議な空気を醸し出しながら武彦の後ろから歩み寄る。

「餌……?」

 武彦の言葉に、少年の肩に乗った鳥が武彦を見つめる。武彦のその言葉に烏が武彦へと振り返った。

「おにーさんじゃなくて、黒ちゃんのご飯はそっちだよ」

 少年が吸血鬼を指差して不気味に笑みを浮かべる。

「雑食だけど、どうせ食べるなら……ねぇ?」

 少年の笑みに、烏が翼を広げて肩から飛び立った。と思いきや、次の瞬間、地面に真っ直ぐ落ちる。

「な……っ!?」
「――……ほう」

 驚く武彦と、興味を持ったかのように微笑む吸血鬼。二人が視線を向けた先には、地面にぐしゃりと音を立てて落ちたはずの烏が、粘液体となって蠢く姿だった。少年はそんな“黒ちゃん”を見つめてニイッと口角をつり上げた。

「黒ちゃん、良いよ。食べちゃいな」

 少年の言葉を聴いたそのスライムとも呼べる生物が、うねるように身体を揺らし、吸血鬼に向かって飛び掛った。吸血鬼が驚き、背後へと下がる。飛び掛ったスライムは着地した先で蠢くように身体を揺らす。
 武彦はそんな光景を見つめて、その目の前に繰り広げられている攻防に口を開いた。唖然としながら再び少年を見つめると、少年は武彦に向かって振り向き、手を翳した。

「おにーさんは、気合で頑張って避けてね」

 少年の言葉と同時に、手から真っ白な円を光が描き、その外側に見た事もない文字が頂点から時計回りに浮かび上がる。一周した所で、その文字の外側を光の円が囲い、中心に模様が浮かび上がり、放たれた光が武彦の身体を包み込んだ。
 唖然としながらも、肩に負った傷だけではなく、身体のあちこちに出来た傷の全てが回復し、更に身体が軽くなった事に気付く。

「――ほう……、やはり魔法使いか。使い魔を使役するとは、それなりに高位の実力者といった所か」
「へぇ……。さすがだね、驚かないんだ」

 吸血鬼の言葉に少年が口元を緩ませながら返事をする。
 そんな二人を他所に、スライムが再び飛び上がり、吸血鬼に向かって襲い掛かる。吸血鬼がその場から弾けるように駆け出し、少年に向かって反撃を仕掛けた。

「使い魔ならば使役する魔法使いを消すのが定石というもの。悪く思うな――」
「――ずいぶん甘いんじゃない?」
「――ッ!」

 襲い来る吸血鬼を見つめて再び少年がニイッと笑う。少年の目の前に現れた小さな魔法陣。その光の陣から、猛ましい炎が生まれ、吸血鬼に向かって襲いかかる。
 一瞬の虚を突かれた吸血鬼がその反応に遅れ、炎をその身体に浴びながら横に飛ぶ。煙をあげた身体を振り払うように腕を振り、少年を睨み付けた。

「く……っ、あの一瞬で炎の魔法か……」
「油断しない方が身の為だよ、吸血鬼さん」

 少年の言葉を表すかのようにスライムが吸血鬼へと背後から飛び掛る。油断した吸血鬼の右足を飲み込むように包み込む。

「ぐ、まさか……!」

 吸血鬼がその魔力を放ってスライムを弾き飛ばす。ビシャッと音を立てて散ったスライムが再び一箇所で集まり、その姿を元に戻す。

「お、大きくなった……?」
「黒ちゃん、美味しい?」

 武彦が呟く隣りで少年が尋ねる。スライムの姿が一回り大きくなり、その身体を揺らす。

「魔力を喰らうというのか……ッ!」

 苦々しげに吸血鬼がスライムを睨んで呟いた。武彦が吸血鬼に視線を移すと、吸血鬼の右足がしおれたように細くなっている事に気付いた。スラッと伸びていたはずの足を“喰われた”吸血鬼の右足だけが、骨と皮になってしまった様にすら見える。

「おのれ、小僧!」

 飛び出した吸血鬼が再び少年に向かって襲い掛かる。少年がタンッと足を踏み鳴らすと足元に魔法陣が浮かび上がり、少年の身体を光で包み込んだ。その直後、少年がフッと消えるように一瞬で吸血鬼の目の前に飛び出し、飛び上がって蹴りを顔に入れる。
 決まった、と武彦は思ったが、その少年の足を掴み、吸血鬼が少年を投げ飛ばす。スライムが壁に向かって飛ぶ少年と壁の間に飛び込み、衝撃を吸収するように身体を波打った。

「ありがと、黒ちゃん」

 少年が立ち上がって手を翳す。再び手の前に魔法陣が浮かび上がり、その光が突風を生み出して吸血鬼の身体を吹き飛ばす。

「ぐおぉぉっ!」

 吸血鬼が壁に叩き付けられ、そこにスライムが追い討ちをかけるように飛び掛って、今度は左腕から左半身を包み込む。再び吸血鬼が魔力を使ってそのスライムが飛び散るのだが、復元するスライムは更に身体を巨大化させていく。

「無駄だよ。黒ちゃんは無敵だもん」
「く……っ!」

 逃げるように吸血鬼が外へと飛び出した。それを追いかけ、少年もビルから飛び降りる。

「おいおい、ここ五階だぞ!?」

 武彦が急いで飛び出した少年を見つめるが、その心配は杞憂だった。
 飛び降りていた少年の足元に魔法陣が浮かび上がり、着地する瞬間にふわっと風に包まれた。円を描いて砂塵が舞い上がる。

「ど、どうなってんだ……!」

 武彦が廃ビルの中を駆け下りる。少年にかけられた魔法によって、武彦自身の身体能力も跳ね上がっているせいか、勢い余って壁にぶつかりそうになりながら、慌てて二人の後を追っていく。


「逃げるなんてつまらないよ」
「ほざけ、小僧! ここならあの忌々しい使い魔も易々とは来れまい!」

 スライムの動きの鈍さを利用して距離を稼いだらしい。
 吸血鬼が追ってきた少年に攻撃を仕掛ける。鋭い爪を振り上げ、そして斬り裂くように振り下ろした。
 しかし吸血鬼の身体のおよそ半分がすでにスライムによって“喰われて”いる。それでも普通の人以上の身体能力を誇るが、今度は魔法すら使っていない少年にそれをあっさりと避けられる。

「黒ちゃんなら、残念だけどもういるよ」
「――ッ!」

 少年が立っていたその場に魔法陣が浮かび上がり、スライムがそこに召喚される。振り下ろした爪がスライムの身体に飲み込まれ、更に肥大化したスライムがそのまますっぽりと吸血鬼を飲み込んだ。



 ――ようやく地上へと降りてきた武彦が息を切らせながら少年達を見回して探した。そして視界の先に捕らえた光景を見て思わず絶句する。

「な、何だこりゃぁ……」
「餌にしていい?」
「いや、もう食われてるだろ……」

 武彦が歩み寄って呟いた言葉に反応したかのように少年が尋ねた。しかし、その光景が武彦のツッコミの全てを物語っていた。
 吸血鬼の身体をまるまる飲み込むスライム。少年の頭に被ったニット帽と同じような猫耳を生やしたそれは、その身体の中に吸血鬼を飲み込み、まるで飲み物を飲むようにゴクッゴクッと音を立てながら身体を揺らしていた。

「……何者なんだ、お前……?」
「九乃宮・十和(くのみや・とわ)。おにーさんは?」
「草間だ。草間 武彦。しがない探偵って所だ」

 あまりにも現実味のない光景を見つめながら、自分を落ち着かせるように武彦はポケットからクシャクシャに曲がった煙草を咥えてライターを探す。十和が指をバチンと鳴らすと、人差し指の先に小さな火を点け、武彦に差し出した。差し出された奇妙な善意を受け取って武彦が煙草を近付けて火を点け、紫煙を吐き出す。

「黒ちゃん、もう良い?」

 十和の言葉に答えるかのようにスライムがズルッと吸血鬼のしおれた身体を吐き出し、最初に武彦が見た時と同じく、烏の姿に戻って十和の肩へと乗った。「美味しかった?」と笑顔で尋ねる十和に頬を寄せて烏が答える。

「また逢おうねー。草間のおにーさん」
「あ、あぁ……」

 暗闇の中へと溶け込むようにその場から歩き去っていく十和を見つめながら、目の前に突き付けられた現実を確かめるように自分の頬を抓って武彦が呟いた。

「夢じゃ……ねぇよな……?」





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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。
アッシュ君に引き続きティール君の登場で驚かされましたw

今回は少年として目の前に参加し、
参戦してあっさり吸血鬼を屠るという内容でしたが、
お楽しみ頂けたでしょうか?

気に入って頂ければ幸いです。

それでは、今後とも機会がありましたら、
是非宜しくお願い致します。

白神 怜司