|
【HS】キャスタウェイ
コォォ。
冷たく刺すような風が吹き抜ける。
あたりに広がるのは無数の亡骸。
息絶えた体のあちこちに鋭い斬撃が残る。
「Oh...コイツぁヒデェな」
最新式の痩身機関銃を肩にかけ直し、改めてその光景を見渡す。
キャスタウェイ島といえば、元は有名な観光地だ。
デイジーランド社のプライベートビーチとして島をまるごと買収され、そのプライベートですらもアミューズメントに仕立てあげた、一大アミューズメントアイランドだった。
キューバ島奪還作戦の要として、キャスタウェイ島が選ばれた。
過去の戦で、もう観光地としての機能を果たしてはいなかったが、文化保存されていた。
観光客などはいないが、管理のために少数人員が配置されている。
その管理人の話によると、霧の濃くかかった日には海の向こうに、海賊船が見えるというのだ。その船はかつて世界中で映画化されたあの海賊のような感じだという。
IO2の偵察で、幽霊船の巣窟と判明した。
だが、実際に偵察された現状はアミューズメントとはかけ離れていた。
「デイジーランド社自慢の楽園がご覧の有様だよ」
お伽の廃墟を背に大げさなジェスチャーで、肩をすくめる顎髭の兵士。
携帯電話を片手に本国へと報告していた。
無音の剣筋が閃き、異国の風貌をした男に気づいた時には、彼の腰と胴は離れていた。
持ち主の手を離れ落ちた携帯電話からは切羽詰まった声が響いている。
「……キャスタウェイは海賊が趣旨の避暑地よ。何で侍がいるの!」
送られた映像に驚く玲奈。
そこに移されたのは凄惨な様相を呈しているお伽の国、デイジーランド。
どうやら幽霊船はセットではなく、本物ようだった。
その距離はかろうじて遠視できる距離にあるものの、船の周りには濃い霧がかかっていて周囲の詳細伺うことができない。
幽霊船の中には日本水軍の制服も見える。虚無の物言わぬ兵士と成り果てた姿だった。
「虚無の連中は海賊とコラボしやがったのか!」
上官からの通信は本気なのかふざけてるのか判断がつかなかったが、討伐への出撃命令を聞いて玲奈号は幽霊船へと進路を進めた。
接近し、改めてその船を見る。
木造巨大帆船だが、甲板や船べり、帆柱のあちこちに傷みが見える。
侍もわらわらと姿を現した。
「行っけー!」
玲奈は愛刀天狼を振りかざして大上段から斬りかかる。
その時、スッと侍の体が滑るように動いた。
紙一重のところで玲奈の攻撃を避けられ、逆に侍の刀が玲奈の腹部を直撃する。
幸い逆刃だったために胴体を分断されることはなかったが、玲奈は腹部を押さえて鈍い痛みをこらえる。
「くっ、腐っても侍ってわけね……」
今度は細かい太刀筋で詰めるも、間合いを利用されて一枚、また一枚と何重にも着込んだ服を切り裂かれていく。
最後の水着一枚の姿にされた時、玲奈の体を淡く暖かい光が包んだ。
見ると侍も同様の光に包まれ、苦悶の声を上げて消滅していった。
「これは……?」
凛とした女性の声が玲奈の頭の中に響いてきた。
『あたし達はこの海賊たちの妻さ。男共と一緒にこの船の中で、静かに眠っていたんだ』
「海賊の幽霊?」
『けどこの侍達のせいで、男共は強制的に働かされている。もう、静かに眠っていたいのに……』
「方法は……何か救う方法はないの?」
『どうやら強者同志の絆とかいう妙な力で結びつけられてるらしいね。もう一度夫達を振り向かせれたら、あとはあたし達がアッチの世界へ連れてくよ』
玲奈は少し考えたが、恋歌を歌えという彼女にすぐに「任せて」と返答した。
戦場で野太い声が重なって響く。
声の主は、白兵戦では数々の戦歴のある猛者たちばかりだ。
彼らが紡ぐのは、呪歌「灼熱の交戦」。
歌に関してはドシロウトな兵士だったが、結局は歌う人間の頭数が多ければなんでも構わない。上手でも音痴でも。
神速で斬りかかる侍に対して、まるで役に立たない筋肉バカたちには歌でサポートするようにしてもらった。
彼らも自身の力が及ばないことには納得したが、配られた歌詞カードを見て一様に眉間に深い皺を刻んでいた。
『ああ潮風が笑顔をくれた♪
フライトなんてナイスチャンス♪
こんな時もあるのね♪
ああ幸運のラッシュアワー♪
雨女の彼女が鼻歌なんて♪
細かい事は♪
いっか♪
付き合ったげる♪
一寸ぴり微妙だけど♪
ああこの夏は特別だわ♪
君がいる孤独じゃない♪
ネバーラストサマー♪
ああ翼全開で世界中に叫びたい♪
皆大好きだってネバーラストサマー♪
視界不良でも全然構わない♪
着陸したくないのよ♪
今夜はこのままネバーラストサマー』
と、歌詞カードには記載されていた。
その効果はもう出ているのか、真っ白なほど視界を埋め尽くしていた霧が徐々に晴れていく。
恋歌の作詞作曲、タイトル命名はもちろん玲奈だ。
その恋歌は歌劇調に仕立てられていて、主役とその恋人が必要だった。
もちろん玲奈がヒロインで、伴唱者に美男を要求するが、玲奈号には無論のこと、むさくるしい友軍にもいない。かといって本部から送れる時間は無いのでやむなく却下。
しぶしぶ友軍兵士で代用した。それが今野太い合唱をしている彼らだ。
玲奈は恋人役のSHIZUKU――しぶしぶ参加させられるはめになった――を連れて、友軍男声合唱陣を背に「灼熱の交戦」を歌う。
「ああ潮風が笑顔をくれた…… こんな時もあるのね……」
中世欧州の女性貴族を模した、アーガイル調のドレスに巻き毛の鬘をつけ、歌う玲奈の胸中は実に複雑なものだった。
SHIZUKUを抱えて歌いながら敵頭上を飛行する。
同じく中世欧州の男装をしたSHIZUKUは実に見目麗しいもので、もちろんSHIZUKUの事は大好きだが、やはりこの歌劇の相手役は美男がよかった。美男がよかったのだ!そしてお姫様して抱っこで飛んでほしかった。
ちらっと腕の中の男装の麗人を見るが、そんな思惑の玲奈に気づいた様子もなく熱唱していた。
「細かい事は♪ いっか♪ 付き合ったげる♪」
甲板を見ると侍達は膝をつき、その体からは炭酸飲料を開けた時のようにしゅわしゅわと体が空に溶けていく。
同時に、女たちに連れられて海賊たちも天へと昇って行った。
強烈なラブソング(?)で強者同志の絆を解けさせ、夫婦もろとも昇天させる海賊女の霊の作戦は成功した。
仲睦まじく昇っていく者、妻の尻に敷かれて昇っていく者など、霊になってからも様々な人間模様があるようだ。
「いいなぁ〜…」
玲奈の口からぽつりと零れ、そんな玲奈をSHIZUKUは熱っぽく、意味深な目線で見つめる。
つい目を逸らしてしまうが、SHIZUKUが泣き出してしまった。
「うっ、うっ、うえぇ〜ん」
「え、ちょ、なんで泣くのよ〜〜っ」
泣きだしたSHIZUKUを抱いて、玲奈は浄化の空を飛んだ。
それから、彼女を落ち着かせるのに実に3時間飛び続けたのだった。
|
|
|