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<東京怪談・PCゲームノベル>


Route5・宣告された時間/ 葛城・深墨

 秋深く、冬が近付くこの季節、月は煌々と輝き、夜の道を照らしてくれる。
 葛城・深墨は、そんな月の光を吸い込むほど暗い、闇色の刀を構えて息を吐く。その背には膝を折り俯く蝶野・葎子の姿があった。
「……葎子ちゃん、大丈夫? 立てる?」
 声を掛けながら空を見上げる。
 月を背に、電柱の上に立つ相手。その顔は男とも女とも判別の付かない、人に似た形をした化け物だ。
「あいつ、葎子ちゃんの技を盗んでた。そんなこと、普通の人間に出来る筈がない」
 帰宅途中、深墨は異変を感じてこの騒動に気付いた。
 はじめは、過去に闘った冥王の再来かとも思ったが、実際に来てみれば全くの別物。しかし状況は冥王襲来の時とそう変わらず、良い物ではなかった。
 化け物に襲われ、応戦する葎子。
 どうも彼女と遭遇する際、こうした場面が多い気がする。
「あの子は、妖鬼ちゃん……黒鬼ちゃんの、一種……闘う人の力を真似て、闘ってくるの……」
 生気の抜けた声で囁きだされる説明を耳に、深墨の刀を掴む手に力が篭った。
 何故だかわからないが先程から怒りにも似た感情が湧き上がってくる。
 それこそ沸々と、嫌なくらいに。
「葎子、大丈夫だから……深墨ちゃんは――」
「下がってて」
「!」
 言葉を遮り発せられた声。
 そこに含まれた怒りの響きに、葎子は思わず目を瞬いた。
「深墨ちゃん……?」
「俺なら……俺の黒絵なら大丈夫だから」
 蝶を舞わせて応戦していた葎子。そして葎子と同じように蝶を舞わせて攻撃を仕掛けていた妖鬼。
 その間に黒絵と共に入り込んだ際、一撃を見舞っている。その時、一瞬だが手応えがあった。
 その証拠に、妖鬼は様子を伺うように闘いの手を止めている。
「今度こそ、葎子ちゃんを守れそうだ」
 黒絵は深墨の父親の物。そしてその父の刀に母親がルーンの力を施した、この世で1つしかない深墨の為の刀だ。
 言ってみれば、この刀は深墨の力ではない。
 だからだろうか。妖鬼に攻撃を見舞った際、何の弊害も無く斬撃が入った。
 だが攻撃を見舞った後だと言うのに、妖鬼は深墨の力を真似る気配がない。
 それはつまり、何か理由があって真似できないと言う事に他ならない。
「シャドーウォーカーは確かに俺の力だ。でも、黒絵は違う……それでも真似できるか?」
 スッと細めた瞳。
 それを一瞬だけ葎子に向け、深墨は地面を蹴った。
 乾いたアスファルトの音が響き、握り締めた刀身が闇を深める。そうして瞬く間に距離を詰めると、電柱の上に佇む妖鬼に斬りかかった。
「――まだ」
 斬撃に手応えを感じる。
 けれど目の前の敵は足場を蹴って飛躍した。
 今まで以上に高い位置へと動く敵の周囲に、幻影を映した蝶が舞い上がる。
 やはり、黒絵の力はコピーできないと見える。
「なら、話は早い」
 深墨は先程まで妖鬼が足場にしていた電柱を蹴ると、敵を追うように自身も飛躍した。
 黒絵を抜いた時だけ与えられる父と母の力。それは彼に、人間離れした身体能力を与える。
 だがそれは、使う刀が黒絵だからこそ。
 刀だけを真似る事は出来ても、そこに籠った想いまでは真似できない筈だ。
 妖鬼もそれを承知して彼の技のコピーを断念したのかもしれない。
 但し妖鬼は葎子の技を盗んだまま。このままいけば葎子の力と戦う事になる。
「お前に葎子ちゃんの真似はさせない!」
 斬りかかる深墨の前に蝶の壁が作り出される。
 ヒラヒラと鱗粉を舞わせる様子はまるで葎子の作り出す幻術そのもの。しかし――
「させないって言っただろ!」
 一閃の元に切り裂いた壁。その向こうに目を見開く妖鬼の姿が見える。
「終わりだ」
 敵がどんな顔をしていようと、どんな表情をしていようと関係ない。
 それこそ、「彼女」に害を成すのなら……。
 突き入れた黒い刀身が妖鬼の体を貫通する。胸を突き、月を刺す勢いで突き刺さった刃。
 それと共に消えゆく蝶の幻影を視界に、深墨は刀を抜き去った。

――……ッ。

 闇に声無く悲鳴が木霊し、深墨の足が地上に戻る。
 そうして闇色の刃を鞘に納めると、深墨はこちらをじっと見つめたまま固まる葎子に目を向けた。
「ごめん、驚かせたかな……」
 妙な気まずさに咄嗟に出た言葉。
 良く考えれば、葎子にきちんと力を見せたのはこれが初めてかもしれない。なら、驚かれても不思議はないだろう。
 何せ今までが逃げてばかりで、闘う姿など見せた事も無かったのだから。
 本当ならこの力の事を話すべきなのだろう。けれど、この話は後だ。
「葎子ちゃん、怪我してるんだね?」
 制服の裾で必死に隠そうとしているがわかる。
 膝から流れる赤い血が、彼女の指を濡らしている。
 何故こうも、この子は周りに気を使うのだろう。
 そんな思いが過るが、それよりも何よりも手当が先だ。
「膝、見せて」
 目の前で膝を折ってポケットを探る。そうして取り出したハンカチを彼女の膝に当てようとした所で、スッと足が下げられた。
「……大丈夫」
 ぽつり。零された声に目が上がる。
「葎子、大丈夫だから」
 ね?
 そう言って向けられた笑顔。
 それを見て深墨の口から溜息に似た息が漏れた。
「……俺も、大丈夫だから」
 言って、強引に彼女の足を引き寄せる。
 女の子相手にこんな事をしたらいけない。そうは思ったのだけれど、彼女の笑顔を見ていたらこうせずにはいられなかった。
 胸の奥で小さな棘が刺さり続けるように、先程から嫌な感覚が付きまとう。
 これも苛立ちの一種だろうか。何にせよ、この気持ちはあまり歓迎したい物ではない。
 深墨は込み上げる物を振り払うように首を横に振り、葎子の膝にハンカチを巻いた。
 そして改めて彼女の顔を見る。
 笑顔なのに、泣きそうな目。
 こんなに無理をして笑って……。
「……何か、あった?」
 いつもなら笑顔で全てを隠そうとする彼女の瞳が揺れている。
 笑う事で隠せる筈の感情も、今は隠す事が出来ない。そう言われているようで、深墨の表情も曇る。
「俺で良ければ話を聞くよ。前にそう、約束しただろ?」
 ポンッと大きな手で彼女の頭を撫でる。
 ゆっくり、心を解す様に、丁寧に。
 もし話す事が出来なくてもそれは構わない。ただ、彼女が重い物を抱えているのなら、それを少しでも軽くしたい。
 その為の何かになるのなら、今の行動は間違いでは無いはずだ。
 けれど、その行動の答えを待つ前に、別の場所から声が響いた。
「……情けないですね、葎子」
「!」
 何処か聞き覚えのある声に、反射的に目が動く。そうして捉えたのは、女の子だ。
 塀の上に立ち、水色の髪をポニーテールに結って風に靡かせるその子は、ゆったりと口角を上げて笑み、深墨を見た。
「その逆に、アナタの力は素晴らしいと思います……例え、アナタ自身の力でないとしても……」
 表情とは裏腹に、淡々とした抑揚のない声が響く。
 その声、その顔を見ていると、どうしても胸の奥がざわついてしまう。
 そう、先程妖鬼を相手にした、その時の様に。
 だから叫ぼうとした。
 誰なんだ! と――
 けれどそう叫ぶ前に、葎子が飛び出していた。
「光子ちゃん!」
 今、葎子は何と言った?
 「光子」その名前は葎子の姉の物だった筈。しかしその姉は病院で寝たきりで、目を覚ます事もなかった筈。
 だが、そうだ。
 目の前の少女は葎子に似ているのだ。
 猿真似などと言うレベルではなく、声も姿も酷似しているのだ。それこそ双子でも無ければこんなに似ない。そう感じる程に。
 だから妖鬼に感じた時と同じ、嫌な感覚が胸の奥に燻っていたのだ。
「――……私は饕餮(とうてつ)……余命僅かと宣告された、アナタの姉……光子ではありません」
「!」
 息を呑む音が聞こえた。
「余命、僅か……まさか、葎子ちゃんそれで……」
「今日、お医者さんが言ったの……このまま光子ちゃんが目を覚まさなかったら、あと半年の命だって……」
「……」
 饕餮と名乗った少女は、葎子の言葉を聞き、そして無言のままに背を向けた。
 そして静かに空を見上げ、輝く月を見て呟く。
「見たいものは見れました……思わぬ収穫もありましたし……」
 思わぬ収穫。それは深墨の力の事だろうか。
 だとすれば、饕餮と名乗った彼女が見たかったもの、それはまさか……。
「答えは何れ……今日は、これで失礼します……」
 饕餮はそう告げると、夜の闇に姿を消した。
 唐突に現れ、唐突に消えた饕餮。その姿を追うようにじっと闇を見詰める葎子へ、深墨は何も言えずにいた。
 言える筈も無いだろう。
 今何を言っても葎子を傷付けるだけの気がする。だからと言って、彼女を放って何処かに行く事は出来なかった。
「葎子ちゃん、少し休んで行こうか」
 そう言って彼女の肩を抱き寄せる。
 時間なんて気にする必要はない。彼女の気持ちが落ち着くまで傍に居よう。
 葎子の心に影を落とした存在――饕餮と、彼女の姉に告げられた余命。
 色々なことが一気に押し寄せてきて頭が混乱しそうだ。けれど葎子は深墨の比では無いくらいに、混乱し、心を乱している筈だ。
「……俺に出来る事なら、何でもするから」
 そう口中で零し、葎子の傍で空を見上げた。
 彼女の傍に居たい。そう思う気持ちを、胸に抱いて――。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 8241 / 葛城・深墨 / 男 / 21歳 / 大学生 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蝶野・葎子ルート5への参加ありがとうございました。
深墨PCの黒絵久々の登場に、刀好きとしてそこを重点的に書かせて頂きました。
また物語としてはキーマン(キーウォーマン?)の饕餮も登場し、これから徐々に佳境に入って行く感じです。
リテイク等何かありましたら、遠慮なくお声掛け下さい。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。
この度は本当にありがとうございました!