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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ あの日あの時あの場所で……・4 +



「ねえ、次の日記はフィギュアの番?」
「あら、本当。今回はどんな日記を書いたのかしら」
「フィギュアの忘却は凄いからなぁ。ミラーは内容を知ってるんだろ?」
「ええ、そうですね。一応は」
「今日は機嫌が良さそう。ってことは楽しい話かな」


 此処は夢の世界。
 暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
 ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。


 さて、本日はフィギュアの番らしい。
 両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
 開いたノートに書かれているのは少女の本質を現すかのように丸みを帯びた柔らかい文字だ。フィギュアは己が愛用している安楽椅子に持たれ掛けながら、皆に良く聞こえるよう読み出した。


「十月九日、曇り、今日は――」



■■■■■



 もふもふ。
 にゃーにゃー!
 もふもふ。
 にゃぁー!
 もっふもふ。
 ……にゃ、にゃぁああ……。


 あかん。顔が、顔がにやけてまう。
 このもふもふ具合ええわぁー。どんだけ相手が嫌そうな鳴き声をあげてもうちは容赦せんで。今日はもふもふデーなんや。


「ミラー、セレシュさんってば本当に幸せそうよ」
「良い話じゃないか。猫を抱きしめて頬擦りするだけであれだけ幸せそうな表情を浮かべられるなら」
「差し入れのクッキーも美味しいわ。それにミラーが淹れてくれた紅茶が良く合うの」
「もちろん皆の好みに合わせて淹れているからそこは安心して欲しいね」
「あああ、ホンマもふもふええわぁ」
『にゃ、にゃぁあ……ミラー、フィギュア、助けてよぉー……』


 凛とした顔付きのサビ猫、アシュレイが前足をじたばたさせながら二人に助けを求めよる。ふふふふふ、でも二人は基本的にうちの好きなようにさせてくれんねん。助けを求めても無駄や無駄!!
 ほら、今も笑いながら「微笑ましいわ」とフィギュアさんが一言言うだけで何も手出ししたりしてこおへんやろ。そろそろ学習したらええのになぁ。


「はー、ちょっと落ち着いたわ。うちもクッキーと紅茶貰お」
「ちょっと待って。淹れ直すから」
「ん? なんで」
「冷えて味が落ちたものを客人に飲ませるのは僕が嫌なんだ」
「そりゃあまた随分と細かいんやね。充分普段から美味しいお茶貰てるんやけどな」
「お褒めのお言葉を有難う。アシュレイ、君にはミルクを」
『飲むー!!』


 うちの腕の中から隙を突いて飛び出す猫。
 軽い身のこなしで床へと降りたかと思うとミラーさんの足元へと甘えに行きよった。そりゃあもう喉をごろごろ鳴らしながら幸せそうや。
 ミラーさんがうちのカップを取り上げてまだ中身の入っているそれを傾ける。「あ」とうちは思わず声をあげてもたけど、そこからは何も零れず――でも確かに中身は消えていき、空のカップとなりよった。まるで手品でも見ているかのようや。でもそれは彼の能力の一種やし、うちは面白いからええねん。そして新しく紅茶を注ぎいれてくれる様子を見ると、足元ではにゃーにゃー鳴く猫のアシュレイの姿も自然と目に入る。


『ミラー、ミルクーまだー?』
「客人が先。君も彼女から差し入れを頂いているのだから少し待ちなさい」
『ちえー、フィギュア、だっこー!』
「ふふ、アシュレイは甘えっこね」


 ぴょんっとアシュレイはフィギュアさんの膝の上に遠慮なく飛び乗り、くるんっと丸くなる。可愛い女の子の膝を占領して満足げ。前足をぺろぺろ舐めて、甘ったるい声を出しとる。フィギュアさんもアシュレイの身体を撫でてほんのりと目元が緩んではるから、やっぱり動物の和み成分は素晴らしいもんやと感心してまうわ。


「はい、お茶をどうぞ」
「いただきます。で、ミラーさん的にはアレはええの?」
「流石に動物にまでそうそう怒ってられないよ。彼は危害を加える気はないしね」
「ふぅん。そないなもんかな。世の中には動物にまで嫉妬する男もおりよるのに」
「そこまで狭量じゃないよ」
「そっかぁ?」
「おや、疑われているようで」


 肩をすくめるミラーさんは次に小皿の中にミルクを注ぎ入れる。
 アシュレイの耳と鼻がぴくぴくと動き始めよった。やっと自分の番かと待ち遠しかったんやろね。早く早くと目が輝き始めてるのをうちは超美味しいお茶と自分が持ってきたクッキーを飲み食べながら和やかに見とったんやけど――。


「はい、セレシュさん」
「は?」
「アシュレイ、GO!」
『なんであっちに渡すのー! にゃーん!』
「あはははは、ミルクと煮干が欲しかったらうちと遊べー!」


 ミラーさんがアシュレイにちっさな悪戯をしよる。
 フィギュアさんの膝から身体を思い切り伸ばして飛び降りる猫の身体はホンマしなやかで見惚れるわ。うちは渡された小皿を椅子に座りながら高く持ち上げてみる。差し入れの煮干もアシュレイに届かん程度の高さで振ってやれば、彼はにゃーにゃー鳴き声をあげながら必死に身体を伸ばしてそれを取ろうとしていた。


「えーっと、もふもふしたかったわ」
「『もふもふ』って言葉は覚えなくていいんだよ?」
「もふもふ……」
「うん、そういう君も可愛いけどね。子供みたいに純粋で愛しいよ」
「ええい、そこのリア充爆発せい!」
『隙ありー!』
「ちょ、アシュレイ!?」


 うちがちょーっと余所見をした瞬間、アシュレイの反撃が始まった。
 まずうちの膝の上に飛び乗り、そしてそのまま膝を蹴ってより一層高く飛び上がる。うちの頭に思い切り乗りよったかと思ったら今度は腕の方へ……ってアホ!!


―― バシャンッ!! ……カラカラカラ……。


 ミルク皿がひっくり返り、うちの頭の上に中身がぶっかかる。
 その後、落ちた皿は何とか絨毯のお陰で割れへんかったけど……うん、これはちょっと酷くないか。おい、そこのサビ猫。うちは立ち上がり、ゆらっと猫へと威圧のオーラを向ける。アシュレイは感受性の強い猫やけど、うちのその威圧にはぷいっと顔を背けよった。その口にはうちがさっきまで摘んでいた煮干の姿がある。


「アシュレーイ……?」
『ふん。煮干ゲット!』
「ちょい待て。うちにミルクぶっかけといて何か言う事ないんか、んん?」
『僕にミルクを飲ませてくれなかった人外に言う言葉はない!』
「ええ根性や。……ふふ、石化させたろか」
「石化は止めないけど、部屋が汚れるので暴れるのは勘弁して欲しいかな」
「あらあら、セレシュさんはお風呂に入った方が良いんじゃないかしら。あ、その前にタオルよね。タオル」


 ぽふっとフィギュアさんが自分の手元にタオルを数枚出現させ、それをうちの方へと差し出してくれる。でも足の悪いフィギュアさんが椅子に座ったまま直接渡すには距離が少し足りなくて、おろおろしてんのがまた面白い。
 ミラーさんが「仕方ないね」と一言呟きながらフィギュアさんの手からタオルをとり、それをうちの頭に乗せた。


「っていうか元々はミラーさんが原因やないの!」
「僕はミルクが入った皿を渡しただけじゃないか。あとアシュレイにそっちに行くように仕向けただけ」
「その後の行動はうち……くっ、結局自業自得って事かいな……!」
「まあ、普通に考えて欲しい欲しいって強請っているものをこんな風に遠ざけていたら追いかけるよね。特に彼は猫だし、身軽だし、本能に従っただけ」
「ああああ! もう! もふりたいのにもふれん!」
『ざまあみろ』
「アシュレーイ!!!」


 ゆら、ゆらゆらゆらゆら。
 怒りのあまりうちの変化魔法が少しずつ解けていく。怒髪、天を衝くってこういう時に使うんやと思うくらいの勢いで。
 流石のアシュレイもこれにはびっくぅ!! とその猫の肢体を跳ねさせ、威嚇のポーズをとり始めた。あ、ちょっと懐かしい。最初の頃、コイツうちの事見ただけでぴゃっと素早く逃げとったもんな。それを考えると今の状況はまだもふらせてくれるし、幸せなんやろうけれど……それでも度を越えた行動に怒りは収まらない。


「セレシュさん、セレシュさん。髪の毛の変化が解けかかっているわ、大丈夫?」
「これくらい気にせえへん!」
「背中から翼が生えかけてるけど?」
「石化の視線使うよりかはマシやろ!」
「「 そうだけど 」」


 二人の声がぴったりと重なって聞こえる。
 くすくすと笑いあう彼らは微笑ましいのに、アシュレイとうちの間にはぴりぴりと緊張感が走る。タオルの下でぐにぐにと動きだすうちの髪の毛。変化が解けかけてる言うてたから――そやね、そうなるのも当然やろと思うよ。
 タオルを掴み、うちは顔に滴ってくるミルクを拭う。一応気を使って眼鏡を外す一瞬だけは瞼を閉じて拭って――ああ、ホンマに風呂借りんとやってられん!


 だが大体拭い終えてアシュレイを見ると、彼は何やらキラキラとした目付きでうちを見とる。
 う、なんか嫌な予感がすんで、これ。
 そうや、アシュレイは『うねうね髪で遊びたい』ってずっと言ってたんや。なのに今、うちの髪の毛の変化が解けたって事は……!


『うねうね髪ー!!』
「アシュレイ! 落ち着きぃ!!」
『あ、蛇、蛇だっ!』
「興奮すんなー!」
『……狩りたい』
「出た、猫の習性! それ以上来たらホンマに石化の視線使――」
『へびー!!』
「うぎゃー!」


 たんたたんっ! と軽やかな動きでアシュレイが床から椅子へ、そして椅子からテーブルの上へと飛び上がり、そして最終地点であるうちの頭へと飛び掛って来よった!!
 そして――。


 ドンガラガッシャーンッ!! っていうまるで漫画やないかっていう音を立てながらうちとアシュレイはテーブルのもんぶちまけながら床に倒れ込む。
 とっさにテーブルに手を付くもテーブルクロスがずれて、上に乗っていたもんぜーんぶ落とした挙句、受身も取れんまま無様に転倒。しかもうっかり頭を打ってもて、脳震盪を起こしてしまったというオチまでついとる。
 うちら側に物が落ちたからフィギュアさんやミラーさんには被害はいってへん事だけが唯一の救いったら救いやけど――今日、厄日やったか?


『蛇っ! 蛇!』
「ねえ、ミラー。これは誰が片付けるの?」
『へびー!』
「肉体的にアシュレイには無理だから……ああ、でもセレシュさんも今は無理だね。気絶してるよ」
「まあ、気絶してたらお風呂に入れないわ。どうしましょ」
「そこが問題じゃないと思うんだ、フィギュア」
『にゃー、逃げるよ。こいつ逃げるー! にゃんにゃーん!』
「アシュレイ……君も後でお怒りの言葉一つくらいは覚悟しておきなさい」
『にゃ? ふふん、僕のもふもふですぐに機嫌直るよ!』
「そこまでの魅力が君の身体にはあるのかな?」


 アシュレイは目を回したうちのゴルゴーン特有の蛇の髪の毛を猫パンチしてご満足そう。
 この一軒屋の住人達はどっかずれた事ばっかり言いよるし……ホンマ常識人はどこやねん。早う誰かうちを助けてくれへんかなぁ。


「お風呂は仕方ないから目が覚めたら入ってもらうとして――今は大人しく寝ていてもらおう」
『あー、蛇消えたー!!』


 パチンッと指を鳴らす音が聞こえる。
 ふわっとうちの体が浮き上がったかと思うと、次の瞬間にはぽふんっと柔らかい何かの上に寝かされる。恐らくどっかの部屋のベッドやろ。
 ぐるぐるぐる。目が回る。意識も回る。
 目が覚めたらこりゃアシュレイに一言……いや、色んな文句を言ってやらなあかんわ。


 うちの目が覚めるまであとどれくらい?
 夢という異世界で沈むうちの意識。浮上するまで掛かった時間は恐らく数時間。
 でも目が覚めた時にアシュレイがくるんっと身体を丸めてうちの懐ですよすよ寝とったのを見つけてもうたからには――さて、どうしてやろうか。
 ついつい、手がわきわきと動く。


「うちはまだまだもふもふ成分が足りんのや。覚悟せい、アシュレイー!!」


 にゃー!! と猫の声が響く。
 うちの腕の中で喚く猫の悲鳴。ああ、もふもふしとる。風呂に入りたいのは山々やけど、折角のチャンスを逃すほどうちは阿呆やないんやで。


「お風呂……まだ入れないのかしら」
「もうほうっておこうよ、フィギュア」


 呆れた住人達が居る事も、今はまだ知らずに。
 もふもふと。
 もふもふと――今は幸せを噛み締めて。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】

【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【ゲストNPC / アシュレイ / 男 / ?? / 猫】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、アシュレイとの交流を書かせて頂きました♪
 もふもふ成分多め、という事ですが、なんだかんだとアシュレイに振り回されまくっている日常に……(笑)
 時間が経つとミルクは臭い的にとてもやばいので、後でお風呂に行く事をお勧め致します! ではでは!