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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


+ LOST・最終章【前編】―突入― +



■■【scene0:始まり】■■



 協力者達と別れた、その一時間後――未だ幼いままの草間 武彦とその妹である草間 零はある安ホテルへと移住していた。
 先程協力者達の手によって得たデータを分析・調査するには安全な場所が必要だと考え、それを行うには興信所では居場所がばれているため危険と判断し、念の為にと取ったホテルである。
 草間はソファーに腰掛けながら痛む額を押さえ、部屋に置かれた電話を使い碧摩 蓮(へきまれん)へと連絡を取った。携帯は今現在追跡不可能にするため電源を落とし、GPS機能もオフにしてある。


「――……と言う訳で、お前が知りたがっていた付与術師は団体に呪具を作らされていたらしい。例の腕輪も俺が付けられた腕輪もそいつが作ったものだ」
『そうかい。……分かった。調査お疲れ様』
「蓮、『K』という人物に心当たりは無いか? どうやら団体内において「処分」――この場合は殺害または表舞台からの抹殺を意味するが、それを行っていた人物が『K』という名で呼ばれているようだ」
『そりゃまた曖昧な情報だね。分かっているのは名前だけかい?』
「ソイツの部下が何か失態をやらかしたらしく、追われているような事は聞いた。それが付与術師の事なのかまでは分からん」
『じゃああたし側の情報を渡そう。例の付与術師なんだがね、調べたところ週に何回かある男と逢っていたようだ。男の名前は「片桐 桂(かたぎり けい)」』
「――桂、だと?」
『音だけ聞けばイニシャルにも聞こえる名前だね。ついでに苗字も名前もアルファベットの「K」だ』
「何をやっている男だ?」
『あたしが聞いたところでは情報屋だよ。表も裏も知ってる三十代の男という話だ』
「リストを調べよう。ただの仲介か、団体の人間かはっきりする」
『それから、――』
「待て」


 受話器を押さえながら武彦は顔を上げる。
 それを見た零もこくんっと頷き返した。武彦は繋がっている電話に向け舌打ちを一つ鳴らす。零は荷物を纏め、この場所の痕跡を残さぬよう周囲へと警戒を張った。そして彼女は武彦の腕を掴むと、扉の方へと視線を向ける。


「――襲撃だ。切るぞ!」
『武――』
「零、窓から出る!」
「分かりました。――……ただ今より『追っ手からの完全逃走』を目的と定め、初期型霊鬼兵・零としての活動を行います。指示をどうぞ」
「折角お前も戦闘から離れて大分人間らしくなってきたと思っていたのに――」
「優先すべきは私ではなく草間 武彦の命。どうか命令を」


 すぅっと表情を落とした彼女は任務に仕える者として言葉を吐き出す。それが武彦には重い。彼女がこんな状況下でも笑うのは「人に会ったら笑え」という命令を下されているからだと知っているからだ。


「……ほら、お兄さんは今小さいんですから、任せて下さい。ね?」


 だが最後に彼女はいつもの微笑を浮かべ首を傾げた。
 それだけが武彦の心を救う。


 そして彼女は歌うように呼ぶ。
 初期型霊鬼兵としての能力――鳥科の怨霊を呼び出し、それを己の翼へと変化させた。武彦はそんな彼女の腕に抱かれ、そして零は開かれた窓から飛び出す。
 それとほぼ同時にバンッ! と扉が開き、激しい銃弾の音が鳴り響いた。あまりにもホテルに似つかわしくない騒音に対して武彦は険しい顔を浮かべてしまう。だが零は銃撃を避ける事にだけ集中しその翼を大きく広げた。
 追っ手が掛かり、下からも銃弾が自分達に向かって飛んでくる。人気の多い場所でよくやるものだと零に掴まりながら武彦は舌打ちをした。


 零は高く高く飛び上がり、その姿を闇夜に消す。


「どこに向かいますか?」
「……アンティークショップ・レンへ。あそこならそう簡単には部外者は入れないからな」
「了解です。気配が全て遠ざかった後、アンティークショップ・レンへと向かいま――……頭を下げて下さい!」
「っ――!?」


 零が呼び、放たれる怨霊の念。
 それは自分達を囲む盾となり、何者かによって撃たれた攻撃が弾け爆発する。ショットガンらしいそれは広範囲で衝撃を与え、零が「くっ」と小さな声を上げた。
 確かに自分達を追随してくる何者かの気配が一つ。それは零の移動速度とほぼ同等で、攻撃の手が止まない。
 それでも零は第二次時世界大戦の際作られた心霊兵器として怨霊達を呼び続ける。小柄な武彦を抱き込み、荷物への被害を極力減らしながら彼女は攻撃ではなく逃走だけに集中するが――。


「どうか、攻撃命令を」
「駄目だ」
「このままではキリがありません」
「零っ!」


 追っ手は何らかの能力を持って自分達を捉えている。それは間違いない。
 だがしかし、此処で零の力を解放させ、戦闘に入れば一般市民すら巻き添えになる。それは絶対に避けなければいけないことだ。零も「草間 武彦」の保護下に入って大分経っているのだからその事は『理解』出来る。しかしそれによって目的達成の為の手段が取れないことが兵器として悔しい。狂おしい程の二律背反が零の中で湧き起こる。
 守護すべきものは一つ。だがそれを護るためにはどう動けば正しいのか。


 攻撃すべきでは? 反撃すべきでは? 勝つまで抗うべきでは?


 ――遠い歴史の彼方、零の精神に植え付けられた無意識が訴える。
 だが腕の中の存在がそれを押し留めた。


「……呼吸を止めないようにして下さい。追随を逃れるため一層高空へと参ります」
「頼む」
「怨霊で膜を張りますが高空域では酸欠と寒さに気をつけて。何か異変があれば直ぐに対処致します」
「ああ……」


 兵器として動く零の言葉はクールで、いつもの穏やかさはない。
 一気に舞い上がる彼女にしがみ付きながら武彦は事態の急変さに苦虫を噛んだかのような気分を味わった。
 今、この状態において反撃出来るほどの攻撃能力の無い自分が憎い――その想いから、彼はある決断を下す。やがて雲を通り抜けた先の空へと辿り着く。此処までくれば流石に追っ手からの攻撃も無い。


「どうやら明日辺り満月のようですね」
「そうか、気付かなかったな……」
「――暫しの間、高空域で待機。怨霊で周囲を探らせ安全を確認した後、目的地に向かいます」


 あと少しで綺麗な円を描く月を見ながら、初期型霊鬼兵として活動する零は淡々と事実だけを告げた。



■■■■■



 カランカラン……、とアンティークショップ・レンの扉のベルが鳴り響く。
 此処は店主である碧摩 蓮の許可無く踏み込めぬ場所。曰く付きの物が己の主人を求め呼んだとしても彼女の意思こそが『絶対』。
 無事店にまで辿り着く事が出来た二人は、まず店に入った瞬間既に見知った顔が並んでいる事に目を丸めた。


「やあ、武彦。思った以上に遅かったね。どうせあんたにゃ無理だろうと思ってね、使えそうな面々には連絡を回しておいたよ」
「話が早くて助かる」
「ほれ。電話じゃ言えなかったが団体の本拠地も調べておいたよ。――此処までやられたんだ、どうせ潰しに行くんだろ?」
「ああ、行く……と言いたい所だが、身体が戻らない限り俺は戦闘には参加出来ん」
「あんたはもう一回選択するといい。零、あんたは?」
「草間 武彦――もとい、お兄さんの判断に従います」
「ならさっさと相談して決めな。あたしの店に奴らを入れさせるんじゃないよ」


 蓮は己の愛用の煙管を武彦と零に突きつけながらはっきりと言い切る。
 店への被害もそうだが、武彦に関わっている人物達の身の安全を考えると長時間この場所に居る事も不可能。此処から先はやるかやられるかの戦闘へと確実に足を踏み入れている――否、侵入計画時に武彦が動かなかった事により彼の戦力が戻っていない事をどこからか知られてしまったのだろう。だからこそ相手側も急いでいる。戦力は少ない方が良い。
 それに加えて草間 武彦本人の命を狙うなら今だ。


「あたしが出来る事は此処まで。運が良ければ何かが呼んでくれるさ」


 そう言って蓮は曰く付きのモノ達へと語りかけるように――ただ、静かにその唇から煙を噴かせた。



■■【scene1:運命の呼び声】■■



 草間 武彦は呼ばれていると思った。
 ゆっくり、ゆっくりと甘い囁きが今は幼い身体に響いて聞こえ――店の中を何かに導かれるように歩み進む事にした。


「お兄さん?」
「おや、『呼ばれた』ね」


 蓮は楽しそうに微笑み、そしてまた煙管へと口付け武彦のさせたいようにさせる。
 幼い彼の身体はふらふらと導かれながら店の棚の奥に陳列してある、ある一つの鏡の前へと足を止めた。幼い子供の身長でもぎりぎり届く距離……でも普段ならば埃を被っており、決して姿を見せることのない手の平ほどのその古臭い鏡は青銅色をした竜が縁を囲っており、その中に鏡が嵌め込まれている。


 彼はそれから甘い誘惑の声を聞く。
 私を手に取れ。
 望みを叶えよう。
 私をここから出して、お前の物とするがいい。
 そんな印象を抱かせる――綺麗な囁き。
 そして、武彦は自分の運命がこれ以上壊されるくらいならば、と――それを手に取った。


「――ッ!?」
「お兄さん! 待って!」
「「「草間さん!」」」


 途端、光がその鏡から溢れ出し武彦を包み込む。
 零や皆が呼ぶ声も遠く遠く感じられるほど意識が薄れて……彼はそこで意識をぷつりと途絶えさせた。



■■■■■



『妻の形見のネックレスの件ですが、無事探し出して頂いて本当にありがたく思っております。つきまして、もう一つお願いしたい事があるのです』


『私は今、ある団体に属しているのですが……それを止めて頂きたいのです』
『――、だ?』
『どういう意味、ですか……。お話しすると長いのですが、その団体、……そうですね。宗教と言い換えても良いでしょう。それはカルト教団と言っても構わない団体です。「失った物を再度手に入れる」という目的の元、動いている集団なのです』
『……――れで?』
『私は妻を失った影響で酷く落ち込みました。なんとか日常生活を送るだけの気力はありましたが……それでも半身を失った影響は多大で日々を暗く暮らしておりました。その時にこの団体と出逢ったのです。「失った妻を呼び戻す事は可能だ」と誘惑の声を掛けられ、私は……』


『そこからの私はそれはもう表向きは明るさを取り戻し、良い方向に向かったと思います。妻が蘇る為と言われればなんでもやりました。呪具、でしょうか。それを配れというなら配り、他にも同様に落ち込んでいる人物がいるならさり気なく誘い、信者を増やして……そして先日の話です。「お前の望みを叶えよう」と、ある術者の方から声を掛けられました。名前は分かりません。名乗らなかったのです。でもこういう団体ですからそういう事もあるかと思い――、私は頷きました。もっともっとと欲望のままに命令を下されれば私が一般人である事を利用としてより多くの呪具を――妻の形見のネックレスを加工したというものを渡し、……その結果は分かりませんが、先日私はある部屋に連れて行かれました。その術者はこう言ったのです。「お前の妻はこの向こうにいる」と』


『歓喜に震えた私は蘇った妻と逢える喜びに満ちておりました。決して戻ってこない命だと思っていたから尚更です。ですが蘇った妻は――――『生来の妻』ではありませんでした』


『見た目こそ完璧に戻ったかのような姿をしているのです。ですが彼女は獣のような目で私を見て、口からは唾液を垂れ流し、唸り声をあげ続け……そうですね、麻薬中毒者のようだという印象が強かったと思います。そして苦しそうにもがくのです。ベッドの上で喉を掻きながら飢餓に苦しむ様は非常に醜い姿でした』


『そして驚きのあまり、妻に近づけない私に術者はこう囁いたのです。「彼女を苦しみから解放したければもっとより多くの協力が必要だ」と。……より強い呪具を渡すと言われ、団体に貢献しろを言われれば動くしかありません』


『ですが、この団体が薬物を扱っている会社と連携している事は知っていました。ですから私はやっとこの時点で踏み入れてはいけない領域に足を運んでしまっている事を実感したのです。術は成功していたかもしれません、ですが妻には薬を使われたかもしれない――と』


『お願いです。草間さん。どうか私をその団体から抜け出せるように手配して頂けませんかか!? 妻は……戻ってきた彼女はそれでも私の愛しい「妻」でした。苦しみ悶える姿のまま私を見て、必死に訴えるのです。「私を殺して」と。…………術者が二人きりにしてくれた部屋の中で彼女は出せる限りの声で自死を願っておりました。私に襲い掛かってこないよう手枷足枷を付けられた彼女はまさにケダモノ。しかしその根本は愛する妻でした』


『お願いします! 彼女を救って下さい!』
『分かった。場所を聞こう』
『場所は――』


『――草間さん、こちらです。この空き家がその団体の持ち主で、私が勧誘した人間を案内する場所なんです』
『ただの空き家に見えるが……』
『ここも所有者が団員なのです。ここで何が行われたとしてもそれは警察も関与出来ない事になっており――っ!』
『おい、どうした! 意識はあるか!? おい!』


『――草間 武彦か。随分と久しぶりだな』
『お前は……!』
『その男には随分と働いてもらっている。しかしお前と俺の関係を知られてはまずいからな。ちょっと眠って貰っただけだ』
『そうか、あの団体が関わっていたというのか――!』
『お前に愛しの団体を潰された恨み、晴らさずにおられるか。それもその男がお前と接触したと言うなら好都合。いつかは抜け出すためにお前に助けを求めるかと思って泳がせておいたが、こうして出会えて嬉しく思う。……さあ、戦おうか』
『っ、!!』


『どうして私が草間さんに――!?』
『裏切りは許されぬ。おぬしの手でその男に腕輪を付けろ。そうすればあの女性はより一層人間へと近付くぞ』
『くっ……』
『失った者を手に入れたいであろう? この男が死んだ後は失った愛しい妻と暮らせるよう手配してやる。安心して腕輪を付けるが良い』
『……それでもう団体から抜けれるんですね』
『ああ、お前の役目はもう終わりじゃ。随分貢献してもらったからのう』


『ゆっくりと眠れ』
『死へと至る腕輪の効果で』
『ゆっくりと眠れ』
『生まれる前の世界へと至って』
『ゆっくりと』
『ゆっくりと』
『そのまま』
『もう二度と』
『目覚めぬように』
『――――――――さようなら』
『――――――――――――――可哀想な、魂よ』


『言っておくが次はもうない』
『分かっておる。これで最後の仕上げだ――さぁて、人一人分の命、わしの研究に活かせてもらおうかのう』



■■■■■



 武彦が目を覚ました時、まず可笑しいと思ったのが自分の身体だった。
 否、それは可笑しいという表現は正しくないだろう。元の三十代の肉体へと戻っていたという方がぴったりと来るのだから。


「お兄さん!」
「……俺は戻ったのか」
「鏡を手にしたら突然倒れてんよ。びっくりしたわ。しかもそのまま光輝いて次第に肉体が大きくなってきよったから」
「これはいけないと私が蓮さんに頼んでベッドへと運ばせて頂きました」
「服も破けるし、びっくりしたわ」
「零にセレシュに、……ヴィルヘルムと弥生か」


 武彦は自分の手の平を額に当てながら声が掛けてきた人物へと目を寄せた。
 掛けられている布団を捲れば…………裸体である事に溜息をつく。その様子を見て、同じように武彦を見守っていた高校生――、工藤 勇太がぷっと息を吹き出した。その隣では呆れたように肩を竦める石神 アリスの姿がある。


「布団を捲って確認なんて草間さんのえっちー!」
「ですわね。仕方ない事とはいえ破廉恥ではありますわ」
「破廉恥って、あのな!」
「ただいまー。服は一応見繕ってきたけれど……って武彦さん起きてる!?」
「ただいま戻ったのだ。おお、草間さんが起きてる」
「無事意識が戻ったのですね」


 部屋の扉を開き、中に入ってきたのは椎名 佑樹に人形屋 英里と鬼田 朱里。
 祐樹の手には紙バッグが握られており、彼は小走りで武彦へと駆け寄るとまず嬉しそうな笑みを浮かべた。次いで手にしていた紙バッグを武彦に差し出す。これでこの数日で三回目の服の差し入れとなるため武彦は若干警戒しつつそれを開けば――。


「まともだった」
「当たり前ですよ! 俺が選んでるんですから」
「シャツにジーンズに……って、これは俺の私服じゃないか。もしかして興信所に戻ったのか」
「ええ、普段着慣れている服装の方が良いかと思いまして」
「私と朱里が護衛で一緒に行った」
「今のところ不審人物とは出逢わなかったので、幸運でした」
「そうか。てっきりそっちの方にも手が回っていると思ったんだが」
「私の幸運体質でも働いたかな?」


 朱里が冗談ぶって笑う。
 武彦は祐樹が持ってきてくれた服に着替えるために一旦皆に店の方へ出て貰うよう指示をした。数分もしない内に彼もまた着替え終えると部屋から出て店へと顔を出す。すっかり普段の武彦に戻った姿を見ると、皆わぁっと声を漏らした。


「いつもの草間さんだ!! ちっさくない!」
「もう幼稚園児探偵終わりなんやな。良かった良かった」
「……喜んで貰えるのは嬉しいが、今何時だ。即行動に入りたい」
「一時間ほど倒れていたかな。夜中の一時半です」
「意外と短かったか。良かった」


 武彦は傍にあった椅子を引っ張り出すと自分の手元へと引き寄せ腰掛ける。
 すっかり元の雰囲気を取り戻した彼は先程鏡によって見せられた映像を――『土曜日の記憶』を皆に話した。


 土曜日に依頼人の男に呼び出され、団体の話を持ち掛けられていたこと。
 依頼人の男は団体から抜け出したくて武彦に助けを求めていた事。

 既に男の妻は蘇っており、しかし正気状態ではないという事。
 それが反魂の影響か薬物による錯乱なのかは現時点では分からない事。
 男が教えてくれた場所と蓮の情報と一致している事。
 更に男が妻を逢うために連れて行かれた場所は工場ではなく研究所の方である事。

 そして腕輪を付けられた際現れた男は例の潰した団体の人間であり、個人的に動いている可能性が高いという事。
 それが恐らく『K』である事。
 付与術師は『K』の部下であったが、今までの調査からして一切の責任を負わされて殺された可能性が高いという事。


 全てを忘れぬうちに話し終えると武彦はふぅと息を吐き出す。
 その最中、祐樹はきちんとメモを取り情報を整理していた。


「で、武彦さん動けそうなんですか? 結構これ個人的な恨みも関わってますよね」
「ああ、いける。空き家での男とは勝負をつけなければいけないしな。それに男の妻の件も気になる。もし本当にその工場で麻薬など生産されていたら溜まったものじゃない」
「では今回は私もついていきます! 私だって戦えますから!」
「零……」
「勝つまでは諦めません。それが戦闘においての私の意志です」


 零はぐっと両手を拳にし己の戦闘参加を口に出す。
 それに対して武彦は若干心苦しいものを感じたが、それをぐっと堪えて飲み込んだ後頷いた。


「じゃあ、わたくしから一つ。無事草間さんも戻ったことですし、蓮さんには念のためにわたくしが知っている組織で信用できる用心棒の携帯番号を教えます。何か危険を感じましたらそちらに連絡を」
「ふむ。ありがたいね」
「事が終わるまでは蓮はもう姿を潜めておくように」
「当然そうさせて貰うよ。今貰った連絡先とあんた達以外とは連絡を絶つからね。気をつけておいき」


 アリスが番号を書いた紙を蓮に渡し、彼女はそれを素直に受け取り感謝の言葉を述べた。
 武彦はぐるりと皆へと視線を向けながら立ち上がる。今まで低かった視界が通常の高さまで戻った事に違和感を覚える。しかし本来はこっちが『自分』。
 手を握り込み、そして開く。
 何度も自分の身体が戻ってきたことを確かめるようにストレッチのような行動をすると、大分筋肉が馴染んできた事に安堵の息を吐いた。


「よし、では行こう」


 出陣の声が掛かる。
 皆の声を聞きながら歩みだす道程。しっかりと踏み固められたアスファルトの上。


 戦いはここから始まる。



■■【scene2:本拠地へ至る道程で】■■



「ネットに掲載されている情報や地図を見る限りは普通の製薬会社なんですよね」


 祐樹はノートパソコンを弄りながらそう呟く。
 現在車の中で移動中。合計で十名で動くため二台の車が問題の場所へと走っていた。先頭を走るのが草間 武彦が運転する車。後方を走るのがヴィルヘルムが運転する車である。通信機を使用しながら二つの車の中ではこれから侵入するための作戦会議が練られていた。


 失敗は許されない。
 だからこそ皆慎重に事を運んだ。


 まずセレシュたっての希望で工場を見下ろせる山へと車を移動させた。
 その車には移動中魔力を感知出来る術を付与し、追っ手が来ればすぐに反応出来るように対策を立てておくことも忘れない。彼女は山の上から魔力と人の流れを見ると宣言し、現在魔力感知が出来る双眼鏡を使用し工場を見下ろしている。夜ゆえに外気が冷え、もの静かな環境の中彼女は現在持ってきていた例のトルコ石のストラップ型の呪具から糸を手繰る。
 セレシュ曰くその糸がもしかしたらその工場へと繋がっていない可能性があると。
 もしかしたら別の場所で儀式的な何かが行われている可能性があると言う事だ。


「ん。見えたで」
「どうだ」
「まず魔力の流れやけど術的なもんやっぱりあそこには掛かっとる。でもそれを隠す術も掛けてとるから普通の術者レベルやったら見えへんやろな。あー、でもちょっと場所が遠いさかい、正確な場所までは分からんかった」
「あ、じゃあそれ俺が手繰る」
「勇太、お前は数時間前に受けた傷の回復を優先しろ」
「いや、出血が多くて体調自体は確かに不安定ですけど、意地で参加させてもらいますよ。それこそ、もう手が引けないところまで関わってるじゃないですか」
「……で、どうするんだ?」
「セレシュさん。それ貸して」
「ん」
「このトルコ石のストラップなんですけど、精気を吸い取るじゃないですか。だから俺これを所持しておいてわざと精気を吸わせて、そこから行き先を探ります。多分それが確実じゃないかと思うんですけど、他に案あります?」
「うちは突入時には持ち込まん方がええと思うけどなぁ。それの気配察して敵さんやってこられても困んで」
「でもそうやって出逢うべき敵は確実に『敵』だと思うし、能力者って事でしょ?」
「せやね。他の人の案も聞いておこか」


 セレシュの手から勇太の手へとストラップが手渡され、彼はそれを握り締めながら自分の考えを述べた。通信機を使って今の会話を聞いていた後方のメンバーも少し考え、それから後ろの車からは「それについては異論がない」という事で決着が付いた。
 よって勇太はそのストラップを落とさないよう服のジッパーに通しストラップが見えないよう内側へと放り込んだ。


「皆さん、連絡手段はどうするんですか? 携帯じゃ流石に危険ですよね」
「わたくしは携帯のメールで良いかと思っておりましたがどうでしょう。先日使用された携帯が今も手元にありますわ」
「あ、私も今回の件を聞いて持って来ました。小型のマイクとイヤホンなんですけど」
「俺も無線式の小型のインカム持って来ました」


 朱里の言葉にアリスは携帯、ヴィルヘルムは傭兵用の小型通信機、祐樹からは無線のインカムの案が出される。
 それを聞くと英里がむぅっと眉根を寄せ、腕を組む。妖力の制御が出来ない彼女は機械類を無自覚に壊してしまう体質なため、今あげられた方法では自分が直接連絡を取ることは不可能だと考えたのだ。そんな彼女の心中を察した朱里は彼女の頭を撫でる。
 ところが、ここで思わぬ意見が飛び出た。


「はーい、今回俺皆のレーダー役になろうと思います」
「「「レーダー?」」」


 それは勇太の発言。
 彼のその言葉に疑問を抱いたメンバーが同時に声をあげた。


「俺なんですけど、侵入時は戦闘じゃなくって補佐に回ろうと思ってます。で、ですね。俺の持っているテレパシー能力なんですけど、普段は無意識にセーブしているんです。でもリミッターを外したら能力が上がるんで全員と思考を繋げられるようになるんですよね。で、レーダーって言うのはそのリミッターを外した状態でテレパシーを広範囲で広げて人の念をキャッチするっていう感じです。思考を繋げた仲間相手にももし人の位置が見えたら俺経由になりますが、視せる事も出来るんでどうでしょうか。敵の反応も中継出来ますし良いと思うんですけど」
「ちょっと待ってちょうだい。私が言うのもなんだけど、それ結構厳しいんじゃないの?」
「弥生さんの言う通りなのだ。明らかに負担が大きい能力だと思う」
「でも確かに機械的なものじゃないですから一般人を避けやすくなりますよね。感応能力者が居ない限りは向こうは気付かないわけですから。それに英里にも連絡がしやすい」
「う……それを言われるとこう、もだもだするではないか」


 止めに入る弥生と英里だが朱里は勇太の案に色々思考を巡らせ、それが本当に有利なのか考え始めた。
 もう誰も傷付かないでいて欲しい。それが朱里の願いだ。
 暫し沈黙が訪れる。
 どれが最善でどれが最悪なのか。
 皆一様にして考え込み、無言の時間が数分続いてしまった。しかしその沈黙を破ったのは武彦で。


「勇太」
「あ、はい」
「その能力を使った場合、お前に何が起こる? 確かにお前があげてくれた案が一番有効だと思う。しかしデメリットはあるだろう。それを教えてくれ」
「――あー……」
「隠さずに言え」
「はーい。……じゃあ、俺の案が通ったっていう事で良いでしょうか。その上でお願いしたい事なんで」
「だそうだ。他に異論は?」


 武彦が全員に確認の言葉を掛ける。
 勇太はぽりっと頬を掻きながら視線を泳がせ、それを隣で見ていたセレシュがふぅと明らかなる溜息を吐き出した。大きな力には大きな対価が必要。それは等価交換という理(ことわり)であり変えられない定めだ。
 やがて「全員異論無し」と返事が来ると勇太はその「対価」を話し始めた。


「実はこれ弱点があるんですよ。使用している間、俺の人間的感情と思考が低下するんです。そのため俺自身が動けなくなります。……って言っても肉体的には動けますよ。ただ、集中状態に入っているので、他の能力を使うときは指示がないと一切使用出来ないし、判断も出来なくなります。つまり無防備状態」
「それは……きっついですね」
「でもね。祐樹さん。その分使う意味はあると思うんですよ! 全員に一気に情報が行けば強いでしょ?」
「確かに強いのだ。機械を壊さずに済むから私はそちらの方が嬉しいが……しかし無防備状態は……うーん」
「で、そんな訳で草間さんと零さんにはちょっとお願いがあるんですよ」
「言ってみろ」
「出来る事ならおっしゃって下さい! お手伝いします!」


 弱点に対して皆考える事は様々。
 そのデメリットを受けてでも行使するべきか、それとも勇太自身を優先し他の案を採用するか。勇太が草間兄妹にお願いと声を掛ける。運転席に居る武彦、助手席に居る零は後部座席へと振り返り、彼に視線を送った。それを受け勇太は要望を口にする。


「さっきも言ったとおり無防備状態になるので、俺の護衛をお願いしてもいいですか?」
「俺はそれで構わない」
「私もそう動けとおっしゃるのでしたらそう動きます」
「あ、でも他に武彦さんと零さんが動けそうな場所があったらそっち優先して欲しいです!」
「俺としては武彦さんは安全な場所で皆の行動を把握し、何かあった時に素早く指示を下してほしいからある意味勇太さんと一緒の方が良いかな。あ、零」
「はい、祐樹さんなんですか?」
「ここの団体を解散させた後で良いんだけど、一般信者の人に対応出来るような情報を集めたいんだ。ほら、カウンセラーとかさ。これが終わったら手伝ってくれるか?」
「それは喜んでお手伝いします! 心のケアは大事ですもんね!」
「じゃあ、勇太には俺と零が付き、皆に指示を出そう」
「「「 了解 」」」


 大体方向性が決まったところで武彦は一息吐き出す。
 続いて侵入経路の話となるわけだが。


「うちは透明化の魔術を使用して塀を飛び越えるつもりや。一人までやったら一緒に運んだるで。あとはそやな……うちは魔力的に重要そうな場所を潰すつもりで今回動くつもり。せやから研究所一直線か途中で何か魔力感じたらそこを調査やな。研究所は明らかに怪しいし。……あ、そや。うち蓮さんに呼ばれた時にな色々持ってきてんねん。魔力貯蔵石、呪具を扱う時の身代わりの形代、あと本来は術具暴走時の備えの道具なんやけど壊すと一部屋分くらいの範囲で付与術式を一時停止させる玉も持って来てんで。付与術師いるっていう情報が入ってるんやったらこれ必須やと思ってな。後は……ああ、弥生さんには魔力貯蔵石渡す。自分の魔力枯渇させると危ないから先に使うてな」
「それは本当に助かるわ。後で何かお礼をしなきゃ」
「ええねん。ええねん。何より命大事にしてや――あ、でも。うち、弥生さんのご飯とかお菓子とか食べてみたい」
「あら」


 セレシュの最後の言葉に思わず弥生が吹いてしまう。隣にいる旦那であるヴィルヘルムもこの緊張した事態の中ではあるもののほのかの微笑を浮かべていた。
 しかしいつまでも和んではいられない。


「でもセレシュさんが運べるのって一人までなんですよね。じゃあ、俺は正面突破かな。もちろん色々と偽装するよ。あ、ここの正面入り口って入場許可書とか機械で確認しているのかな」
「ちょい待ち。うち双眼鏡で見てみる」
「それで人が確認しているものだったら許可書を偽造して、トラックの運転手のふりをして中に入ろうと思うんだ。どう?」
「わたくしも正面から行かせて頂きますわ。裏のツテを使用して宅配業者の制服は入手済みですの。偽造ももちろん重要ですけど、いざとなったら魔眼を使用いたしますからご安心を。――さて、他に同じようにトラックで中に入られる方はいらっしゃいますか?」
「私もそれを考えていたからその案に乗せてもらおう。弥生もそれでいいね」
「ええ、もちろんよ。後は中に入ってからが問題よね。工場も気になるけれど、研究所が一応最終地点って事でしょう? でも依頼者の奥さんの事を考えると一直線に行って良いのかしら。変な薬を作っている場所の可能性が高いのよね」
「じゃあ私達は工場を経由していくかい」
「ええ、そうしましょう」


 夫婦が顔を見合わせ頷きあう。
 セレシュが戻ってくると「人で確認しとった」と発言が返ってきたので祐樹は偽造に走ることにする。すると弥生とヴィルヘルムの会話を聞いていたアリスがそっと静かに手を持ち上げた。


「工場の調査なのですけど、それにはわたくしも同伴させて頂いて宜しいでしょうか。魔眼を利用して情報を吐かせてみましょう。その上で工場範囲が白であればある意味安心出来ますわ」
「しかし確かヴィルヘルムさんも暗示が使用出来ましたよね。折角ですしアリスさんとは別れて行動しませんか」
「うむ。私達も動けるから安全には安全を取りたい。一般人もいるなら私の幻術も効くし、あくまでその団体に関わっている人材に話を聞いてから進んでも大丈夫だと思うのだ」
「あ、英里。また符を何枚か渡しておくね。保護符に妨害符、それから催眠符と治癒符」
「この符は本当に助かる」
「あとは一応勇太さんに何かあった時用やはぐれた時の為に通信用の縫いぐるみとマスコット型の物も持って行こう。念のためにね」
「じゃあ、勇太の能力が切れた時のことを考えてヴィルヘルムが用意してくれた通信機を一応携帯しておこう。それでいいな」


 武彦が最後に纏め、皆の同意を得る。
 工場は三つ存在するが、勇太、武彦、零は研究所の方を優先に。
 残りのメンバーは工場に何か変わったところがないか探りつつ研究所の方へと至る道を取る事となった。徐々に固まり始めた侵入経路と行動案。誰も傷付かないように、一般人を巻き込まないよう最大限の努力を惜しまないよう気を引き締める。


「では本拠地の近くまで車を移動させよう」


 武彦のその言葉に緊張感が走る。
 動き出したタイヤが徐々に問題の場所へと近付くのを見て、各々準備に取り掛かった。



■■【scene3:侵入】■■



 車を山道に隠し、偽装を施してから皆行動を開始する。
 怪しまれないよう普通の車で移動したので当然トラックを用意していなかった為、侵入するためのトラックの入手から開始。
 工場へと続く道程で待ち伏せし、そちらに向かいそうなトラックを一台見つけると両手を振ってそれを止めた。見事トラックが止まり運転手が声を掛けるとその瞬間、アリスが魔眼を発動させる。それにより無気力状態になった運転手を運転席から引き摺り下ろすと、宅配業者の制服に身を包んだ皆がその中へと乗り込む。
 何人かが「運転手さんごめんなさい!」と本気で謝りつつ。
 運転席にはヴィルヘルム、助手席にはアリスが座り、暗示・催眠組が警備員の対応を取れるように仕組む。残りは荷台。セレシュのみ透明化したまま先に侵入し、変な様子がないか伺いつつ動く事となった。


 そして一番の問題は勇太のテレパシー能力による「中継」。
 侵入及び合流までの連絡を全て彼の能力に頼るため皆心を合わせて出来るだけ彼に負担を掛けないよう気を配る。
 すぅっと勇太の目が伏せられ、それからリミッターが外され一気に全員の思念と繋がりを持たせ始めた。じわじわと自分の意識に他者のそれが染み込んでいく感覚に全員最初はぞくりと鳥肌が立つ。
 やがて再び目を開いた勇太の目は普段より虚ろ状態で、彼が本当に無防備である事を知った。


『OK、準備完了です。いけますよ』


 そう勇太の声が全員の脳裏に響き、慣れていない者は一瞬びっくりしていた。
 しかし直ぐにそれがレーダーとしての彼の役割なのだと知ると心を落ち着かせる。


 続いてセレシュが先に透明化したまま塀を飛び越え、侵入を果たす。
 高く飛んだためレーダーや有刺鉄線にも引っ掛からず無事中へ降り立ち、彼女は周囲を窺った。様子を見る限り夜の工場という点を除いて不審な点は見えない。人が少ないのも時間帯のせいだろう。そして明らかに防犯カメラであるものを見つけるとそれを皆に伝達した。


『よし、入ってきてもええで。うち自分用に警備員か工場の制服ないか探してくる』
『じゃあ、俺達はこのまま侵入するぞ』
『了解や』


 そして動き出すトラック。
 ヴィルヘルムは慣れた手つきで大型のそれを動かし、やがて入り口に辿り着くと一旦止める。そして警備員が許可書の提示を指示した。運良くこのトラックはこの工場の許可書を持っていたためすぐに見せる事が可能だったが、警備員が「規定通り荷物のチェックを行う」と荷台の方へと回ろうとし。


「失礼致しますわ」


 アリスは警備員へと声を掛け、素早く魔眼を使用する。
 暗示の内容は「荷台はチェックし、何事も問題がなかった」というモノ。それをすっかり信じ込んだ警備員は「よし、行け」と普段の仕事を素早くこなした。


「やっぱり人と接触する時は緊張しますね」
「このトラックの行き先はどこですの?」
「第一工場ですね。一番大きな工場ですよ」


 ヴィルヘルムは他のトラックとすれ違い様軽く頭を下げ、挨拶を交わす。
 あくまで現在はトラクターであり、不審な行動は極力控えなければいけないため、こうした挨拶も重要だ。


『通常通りトラックを第一工場内に入れますが、その先は幻術もしくは暗示で進めましょうか』
『わたくしは第一工場を探りますわ。あと一人か二人ご一緒して下さいませんか?』
『うむ、では私が行く。……しかし工場となると機械が多いのだな。壊れまくるかもしれんが誘導には丁度いいかもしれん』
『じゃあ私も英里と一緒に行きましょう』
『それでは私と弥生は第二と第三にも行ってみましょうか。セレシュさんは?』
『それやったらうちは透明になれるし一番ちっさい第三行くわ。あとな、なーんか第三の方から変な気がしよるんよ。それが気になるからハスロ夫婦は第二で。それで担当別れるやろ。時間も勿体無いし、分担して探った方がええ』
『俺と零、勇太は警備員の服を見つけたら着替える。そして最初に話した通り研究所の方へと行くからそこで落ち合おう。何かあればすぐに連絡を』
『『『 了解 』』』


 勇太を中継しての会話を終了させると、ヴィルヘルムがトラックを工場内へと入れ始める。
 一般業務員であろう人物が手早くトラックをどこに止めるか指示してくるので素直にそれに従い、最終的にはバックで止める。


「いつもお疲れ様です。荷台開きますね」


 ヴィルヘルムがにこやかにそう言って運転座席から降り、荷台を開く。
 そのタイミングを皆待ち構え、ゆっくりと開かれる扉を待った。


「『今から私はただ荷物を下ろすだけ』『この中には人は居らず、ただいつものように荷物が存在しているだけです』」


 荷物を運ぶためにやってきたフォークリフトを操った人物にも良く聞こえるようにヴィルヘルムは暗示を掛ける。その時を狙い全員飛び出す。
 彼らの目には荷物以外映り込んでいない。そのため出てきた面々には意識を向けず、そのまま仕事を黙々と続けた。


「弥生、これで荷物が運び終わったら私達は第二の方へトラックごと移動しよう。その方が怪しまれない」
「ええ、分かったわ。魔術の準備もしておくわね」
「助手席の方に乗っているといいよ」


 残った夫婦はあくまで宅配業者のふりをしながら事を進める。
 まだ穏便に事を進めるためにはこの方がいい。


 一方、第一工場担当の面々は先頭にアリスを置き、その隣に武彦が立ってゆっくり歩く。戦闘能力のない祐樹と現在無防備な勇太を護るために零はその傍に寄りながら真ん中に位置し、最後に英里と朱里が皆を追う。
 あくまで今は宅配業者のふりをしなければいけないため走る事は出来なかった。祐樹が頭に叩き込んだこの工場内の地図を思い出し、てきぱきと道順を指示していく。


「あ、そこを曲がって二階へ上がったら従業員の更衣室に辿り着けますがどうします?」
「でも警備員の服が欲しいのだったよな。警備室に行く方が先ではないか」
「勇太、様子を教えてくれ」


 こくり、と勇太は頷き周辺をサーチする。
 大型の製造機械が動く工場内は機械の響く音と振動が聞こえ頭を痛ませる。加えて勇太は銃で撃たれた件もあり、体調があまり良くない。それでも彼は動き続けた。


『更衣室の方、今人がいないみたいです』
『じゃあ今すぐ行こう』


 勇太が視た光景がすぐに皆に伝わる。
 武彦はこの能力は便利だが、この一件が終わればすぐに休ませようと心に決めた。


『あ、警備室の方は二人ほど居ますね。どうします?』
『アリス、工場の制服を取ったら直ぐに移動出来るか』
『もちろんですわ』
『じゃあ、まずは更衣室の方へ』


 人気がない事を確認しつつ、皆素早く動く。
 だが。


――バチッ!


 何かが壊れる音が聞こえ、皆その物音がした方へと顔を向けた。
 そこにはショートしたらしい防犯カメラが煙を上げており、しかもその衝撃で支えが緩んだのかぐらぐらと揺れている。


「ちょっとまずいな。これは警備員が見に来るかもない」
「これ、私のせいかもしれんな……」
「英里のせいかもしれないけど、今は着替えが先ですよ」
「お前らは更衣室に行け」
「武彦さん達は?」
「丁度良いから警備室の方へ行く。こっちに人が来るなら好都合だ」
「分かりました。じゃあ俺もそっちに行きます。ちょっと弄りたい事があるんですよ」
「じゃあわたくし達は更衣室へ。そっちも気をつけて下さいませ」


 アリス、英里、朱里が更衣室へと移動する。
 人気がないと勇太に言われていたため問題なくそこから自分達の身体に合った制服を選び出し身体に身に着けた。


「あ」


―― バチッ!


「……すまん、またやった」
「英里さんのその体質、本当に大変そうですわね」
「おっと、足音が聞こえてきましたね。皆、顔を隠して」


 外に出て丁度の時、またしても防犯カメラが一つ壊れた。
 衛生用に顔まですっぽりと覆うタイプの従業員服であったため、見た目だけではそう簡単に侵入者だと見抜けないだろう。


「小鬼もとい式神が使えますが、囮……出来ますかね。成功率を重視したいため、他に最善の手があればそれを使ってください。言うだけ言っただけなので」
「今のところ何も問題は起こっていないようだからいざと言う時に使おう」
「そうですわね。基本的に何もないのが一番ですわ。でも工場長辺りにわたくし接触しておきたいのですが……」


 着替えた三名は周囲をあくまで自然な素振りをしつつ、探索に入る。
 その三人の声もまた勇太を中継して皆に届いており。


『工場長は誰か分かりませんが、事務室っぽいところだったらありますよ。そこは此処』


 まさに人間レーダー状態で勇太が感知したものをアリス達に伝える。彼女達はこくりと頷きながらそちらへと向かうが――。


『ああ、待って! 俺が行くまで待って下さい!』
『祐樹さん?』
『パソコンでハッキング出来るのでそこの事務室でもちょっと色々弄らせて下さい!』
『つまり私が近付いてはいけないと言う事だな』
『……すみません、お願いします』
『いや、謝る事でないのだ。そっちの方はどうだ?』
『俺達は今着いた。そっちに人が何人か行っている様だから気をつけて』
『分かりました。では他の人物を探しましょう。勇太さん、今この工場でどれくらいの人間が動いているか探れますか?』
『ちょっと待って』


 指示された勇太はサーチを開始し、一気に広範囲の人間の気配を感じ取る。
 夜であるという点もあり、人口密度は少なく、それは直ぐに終わった。人数にして第一工場だと言うのに密度はたったの三十名ほどであることが判明する。


『指示をしているっぽい人はここと、ここにいるのでそっちに行って下さい』
『分かった』


 アリス達はあくまで従業員として動きを開始し、なるべく英里は防犯カメラに近付かないよう気を付けながら歩く事にした。途中、二名の警備員とすれ違うがぺこりと頭を下げ事なきを得る。後ろの方で「何で急に壊れたんだ?」「分からん。とにかく連絡を」などと会話がなされているのが聞こえた。


 一方、警備員室。


『今誰もいません』
『よし入ろう』


 カメラが二台も壊れたことにより壁一面に設置されているモニターのうち二つがノイズが掛かったり暗くなっていた。それを確認した途端、またしても一つ消える。


「これは一種のホラー……」
「だがある意味誘導には良いな。警備員服は?」
「お兄さん、ありました!」
「じゃあ俺達はそれに着替えよう」
「俺はその間にここの機械弄らせてもらいますね」


 祐樹が椅子に腰掛け、手早くこの工場内のパソコンと自分の持ってきたノートパソコンを繋ぎ素早くタイピングを始める。
 その作業を眺めつつ武彦達は警備服を遠慮なく頂く事にした。


「今回持ってきたのはなんだ?」
「ハッキングもですけど、ちょっとしたプログラムを」
「つまり?」
「まあ一種のウィルスを仕込みます。パソコンを遠隔操作出来るものだと後でつかえるかもと思いまして」
「またえげつない」
「それはとても良い褒め言葉です」
「勇太、腕を通せ」


 上手く身体を動かせない勇太に対して着せ替え人形のように武彦が着替えさせる。零も隅の方でこそこそっと着替える事にした。


『草間さん、草間さん。セレシュやけどええやろか』
『なんだ? なにか分かったか』
『ん、第三工場内に入ったんやけど、魔力辿ってみたらそこに不審な階段見つけてな。降りたら地下室に辿り着いてんよ。んでもって付与術師の部屋っぽいの見つけてもた。でも此処にそいつおらへんねん。どう思う?』
『工場内の様子はどういう状態だ』
『機械は動いてんよ。見た目は普通に工場って感じやけど……これ可笑しい』
『どうしたんだ』
『工場の機械自体に気持ち悪い付与術かかっとる。効果は身体能力の向上……か、うーん、精神興奮剤的な……今、ちょっと見てるけどそんな感じのが付与されとるわ。んでな、その機械がなんか透明な液体作って瓶に注ぎ込んでんねんけど、それを最後まで追いかけてみたら普通はラベル張りとかまで行くやん。でもその工程がないねん』
『ん?』
『えっと裸身で梱包されとるって言ったら分かる? 瓶のまま。これ売り出し用やないな』
『裏側のものだな。麻薬関係かもしれない』
『どうせちっさいし、そっちに三本くらい持って行くわ。研究所の方に行けばいいんやったね』
『そうだ』
『分かった。とりあえずうち付与術師の部屋と工場めちゃくちゃにしてく。こんな怪しいの放置出来んわ。工場はストップさせてもええんよな?』
『怪しいと思ったら思い切りやっても構わん』
『じゃあさり気なく壊れたっぽく仕組んでから研究所行くわ』


 頭の中でセレシュと武彦が会話し、それは全員に伝わった。
 第三工場は彼女に任せてしまって大丈夫そうだと皆一様に思う。祐樹が一つタイピングを終えると接続していたケーブルを外し、彼もまた素早く着替え始めた。


「OKです。ここから丁度事務室の方までハッキング出来たのでそっちにもウィルス入れてきました。これで何かあった場合ここの工場の生産ラインも止めれます」
「分かった。よし勇太、零。行くぞ」


 警備員服に着替えた面々を引き連れながら武彦は歩き出す。
 第一工場を抜け、後は研究室の方へと行き依頼者の妻の様子を見る事とここの組織の壊滅を行う為に。


『草間さん!! ハスロ夫婦が!』
『なんだ!』
『ヴィル!!』
『っ、こっちに能力者が出ました! すみません、こっちは戦闘開始します。皆さん出来れば早めに研究所の方に移動してください!』


 突然勇太がびくっと身体を跳ねさせながら叫ぶ。
 次いでヴィルヘルムから状況の説明がなされると残りのメンバーはさぁっと血の気を引かせた。こうなっては穏便には行かない。自分達の安全が第一であると考え、走り出す。
 それはアリス達も同じ。一人の能力者に見つかったと言う事は他の能力者に知られる可能性が高い。


『何名出た! ヴィルヘルム! おい!』
『草間さん、向こうで戦闘が始まってるから応えられないみたい……いや、違う。何か接続が切れてるみたいな感じがする』
『ちっ』
『俺達は研究所に行くか第二工場へ応戦に行った方が良いと思います』
『うち今そっちに行けん! 手があいてる人行ってやって!!』
『私達が行きます』
『うむ、私達が行こう。少ない能力でもないよりマシだ』
『接触した人物に話を聞いてもこの第一工場はどうやら表向きの工場のようですわ。もう用は御座いません。行きましょう』


 アリス、朱里、英里が第二工場への移動を宣言する。
 それを受けて武彦は零と勇太に祐樹へ視線を向け、研究所へと向かうため駆け出した。もうだらだらと動いてはいられない。


 そして第二工場内、通路では――。


「っ――! そちらの貴方、感応能力者ですね」
「ヴィル、大丈夫!?」
「大丈夫、まだいけるよ」


 対峙している敵は二十代後半ほどの男性。
 二本の刀を所持しており、一刀は炎を、もう一刀は冷気を纏わせながらヴィルヘルムと弥生へと襲い掛かる。
 その目は敵を見つけ、歓喜に震えており、表情は狂ったように笑んでいた。
 その後ろには女性の後方支援能力保持者が存在しており、彼女もまた気狂いのようににたにたと笑っている。そして邪悪な笑みを浮かべながら何事か唱えたかと思うと、急に辺りが暗闇へと変化した。敵の姿が見えず、視界が奪われてしまう。


「これは……っ」
「貴方、気をつけて! 今、光を――きゃあぁあ!!」
「弥生ッ! ――ッぐ!」


 弥生の悲鳴が聞こえ名を呼んだ瞬間、ヴィルヘルムの傍に俊足による風が当たりそれにより敵の接近を知るとヴィルヘルムは慌てて地面を蹴り飛ばし、攻撃を避けるが完全に受け止めきれず腕に熱い何かが切り込まれた。それでも反射的に下がった分だけダメージは少ない。
 闇の中という悪条件に対して相手は対して苦でもないかのように刀を打ち込んでくる。
 ヴィルヘルムは持っていた銃で刀の攻撃を防ぎつつも妻を想う。
 彼女の声が聞こえない。
 悲鳴すらも、だ。
 それが一層ヴィルヘルムの中の焦燥感を煽る。防いでも防いでも刀が打ち込まれ、自身の身体にも傷が走り、痛みが襲う。


 何か目印を探せ。
 研ぎ澄まされた感覚で、傭兵である自分を思い出し、死と隣り合わせの環境を思い出せ。
 ここは戦場。
 一瞬の油断が命取りになる場所。


「……『大丈夫』『私はまだ戦える』」


 自己暗示。
 それは痛みを麻痺させる魔法のように彼は呟いた。唇から紡がれる言の葉は重たく、そして彼の身体を活性化させていく。満月が近い事が良かったかもしれない。
 吸血鬼の血をその身に宿している彼は満月の夜に特殊能力が使用出来るようになるが、今はその時ではない。けれども命の危機に呼応するかのように身体能力が上がって、攻撃も次第にかわしやすくなってきた。


 風が躍動する度に姿を変える。
 その感覚を味わいながらヴィルヘルムはあえて目を伏せた。
 見えないならその五感の一つを切り捨てるまで。


 そして彼は両手の中に握り込んだ二丁の拳銃をまっすぐ前に伸ばし――。


「私の妻に何をした!!」
「きゃああああああああ!!」


 冷静な怒りと共に放たれる銃音。
 二発のそれは接近戦を持ち込んでいた男性相手ではなく女性に向けて放った物。後方支援者である人物はまさか自分の存在を闇の中で見抜くとは思っておらず、そのまま悲鳴をあげて――やがて倒れる音と共に闇がすぅっと消え、廊下が見え始める。
 女性の能力者は致命傷ではないが銃弾を受けた事によりぐたりと壁にもたれかかりながらヴィルヘルムを睨みつけている。その視線は殺意。男性の能力者はそんな女性能力者の様子を見てけらけら笑い始めた。


「弱いから、負ける。負けると。死ぬ」
「煩いわね……」
「だから、殺す。ころす、ころす……きひ、ひひひひひッ!!」


 気狂いの声があがり、今度は明るい蛍光灯の下で男性が能力を振るい始める。
 だがもう闇の中で研ぎ澄まされた感覚は光の助けも有りかわす事は容易となった。ヴィルヘルムは避けながらも自分の妻を探す。
 弥生は壁にもたれかかったまま気絶しているようで、動かない。その身体には裂傷があり、血液が布へと染み込んでいた。


「弥生っ!!」
「ヴィルヘルムさん、応援に来ました!」
「私より弥生を頼むっ!」
「英里、治癒符を弥生さんに!」
「分かったのだ」
「わたくし達はアレをどうにかしなければいけませんわね」


 駆けて来た朱里が素早く妨害符を敵に放ち、急に男は動けなくなった。
 朱里が放った妨害符は男の足を床に縫いつけ、移動を停止させる。彼らの目には今、血塗れになったまま戦闘しているヴィルヘルムの姿と壁に凭れ込みながら切り裂かれた傷から血を流す弥生の姿が目に入り、怒りを燃え上がらせる。
 英里は朱里から貰った治癒符を使い、弥生の治癒へとあたった。その治癒符のお陰で不意打ちを喰らった弥生の身体は癒されていき、次第に意識も浮き上がる。


「ここは既に敵の手の中ですもの、遠慮いたしませんわ。さあ、わたくしの目を見て下さいな」
「う、ぁ……っ、くそ、離れろ。はなれろ! ぐ、ぐぅ、ァァアアア!!」
「さあ、そちらの女性も」
「っ――、いや、ぁ……ぁぁ!!!」
「朱里さん、砕いてくださいませ!」
「分かりました」


 アリスの魔眼により、ピキピキと肌色が灰色へと変化し、やがて男女の石像が出来上がる。それを見た朱里はその石像が他の能力者によって戻られては困ると破壊へと走った。鬼の能力を持つ朱里は人並み外れたパワーを持つ。一般人に石像を見られても事態は悪化するだけ。彼は立ったまま石化した男性の石像を蹴り飛ばし粉々にしてから女性の石像もまたそれが一体なんの欠片だったのか判別出来ない程度まで拳と蹴りとで砕く。


「ヴィルヘルムさん、大丈夫ですの!?」
「……私の状態はいいから、弥生を……」
「ヴィルヘルムさんも酷い怪我を負っておりますわ。まずは応急処置をしましょう」
「皆、弥生さんが目を覚ましたのだ!」
「っ――私、一体どうして……」
「弥生!」
「ヴィルっ――貴方、それ酷い怪我よ……! 今治療を――ぃっ」
「弥生さんも少し安静にしておくと良い。治癒符でもそう直ぐに治るものではないのだ」


 血塗れのヴィルヘルムを見た弥生はさぁっと顔を蒼褪めさせる。
 だが自分の身体にも怪我を負っており、痛みが走ると顔を歪ませた。


『うちの仕事が終わったらそっち行く! 待っててな!』
『大丈夫です。応急処置で動けるようになったら研究棟の方へと向かいます』
『無理したらあかんで』
『いえ、能力者にばれてしまった以上留まっている方が危険です。今からそちらに向かいます』
『ヴィルヘルムさん、俺が迎えに行きましょうか?』
『勇太さんは動けないんじゃ』
『でも一応テレポートは使えるから』
『……いや、これ以上勇太さんに精神負荷を掛けるわけにはいきません。弥生、いけるね』
『もちろん行くわ。心配掛けてごめんなさい』


 弥生は立ち上がり、自分の状態を確認する。
 治癒符を張ってもらったお陰で自分でも治癒魔法が使えるようになった為回復は大分早く進むようになった。そして夫であるヴィルヘルムにも集中して魔力を注ぎ込み、腕や足、胴体など多数に渡る刀傷、それに火傷と凍傷の痕に顔を顰めながらも治療を続ける。その間はもちろんアリスと朱里と英里が神経を張り巡らせ、他に誰か来ないか警戒をしていた。


「よし、これで大分マシになったね。行こう」
「私としては一般従業員がこの騒ぎに気付かなかった事が不思議でならないのですが」
「あの女が張ったのは一種の結界よ。異空間状態にさせられていたので音が外に漏れなかったの。多分勇太君の能力も遮断されちゃったんじゃないかしら」
「確かに一時的に切れておったような」
「面倒な能力者が居たものですね」


 夫婦が動けるようになると即座に彼らは動き出す。
 もうボロボロになった服装が傍目からどう見えるかも考えている暇などない。感応能力者が現れたという事は周囲の敵に確実に侵入がばれているという事だ。人の目など気にしていられない。
 彼らは走る。
 それでも防犯カメラを避け、自分達の姿をなるべく敵に感知されないよう気をつけながら研究所の方で既に待っているであろう武彦達を目指して。


『よっしゃ、第三工場の生産ラインストップさせたで。うちも行く!』


 セレシュの声が聞こえると勇太が皆の位置をサーチし、知らせる。
 徐々に集い、近付き始める気配。
 研究所まで、あと少し。



■■【scene4:研究所】■■



「よし、無事合流出来たな」
「二人ともに治癒魔法掛けるわ。ちょっとだけ待っててな」
「第一工場では表向きの生産、第三工場では変な薬の生産か……第二は何だったんだろう」
「祐樹さん。すみません、調査する間がありませんでした」
「謝らなくていい。戦闘になったのなら仕方がないからな」
「武彦さんも」
「草間さんにはほれ、例の薬!」


 警備員服を着たセレシュがやってきたハスロ夫婦に治癒魔法を掛ける。
 その前に武彦に工場から持ってきた瓶を一つ手渡し、皆に見てもらうことにした。現在皆が集合した場所は研究所ではあるが防犯カメラの死角になっている非常階段だ。そこで夫婦の治療をしつつ、皆が集めた情報を改めて整理する事にした。
 勇太はトルコ石のストラップの糸を手繰る。
 研究所に続いているのは間違いない事が分かるとそれを皆に知らせた。ただ、それがどこに繋がっているのかまではストラップの能力自体が弱いので特定は出来ない。
 その間も祐樹はノートパソコンを弄る。
 第一工場から他の工場内へとアクセス出来ないか試みているのだ。アクセスログは直ぐに消し、ハッキングの形跡を残さない手口は機械に強いからだからこそ出来る事。
 英里はそんな彼から一定の距離を取り、ノートパソコンを壊さないようさり気なく気を使っていた。だがそんな彼女に異変が起こる。


「バイクの音が聞こえるのだ……」


 音に聞き覚えがある英里が一気に顔色を蒼白へと変えてしまう。英里ほどではないが、聞いた事のある者達はヤツの登場を覚悟する。
 朱里は素早く彼女を自分の後ろへとかばうように下げさせ、構えた。


「皆、中へ入れ!! 襲撃される!」


 武彦は非常口の鍵を自分が持っていた銃でぶち壊し、そのまま扉を開く。
 中は申し訳程度の明かりが点されており、夜の研究所の不気味さを知らせる。しかし恐怖を感じてなどいられない。武彦は素早く皆に中に入り、すぐに角へと曲がるよう指示をする。全員が入ったのを確認してから武彦も掛けて入り、扉を乱暴な音を立てさせながら閉めた。その瞬間――。


―― ドォォォォォォンッ!!


「ひっ!」
「っく――!」


 それは地鳴りがするような衝撃。
 武彦が滑り込むように角に身を隠した途端起こった爆発音。朱里は英里を庇うように身を屈めた彼女を上から抱き込み、衝撃に耐える。他の面々も轟音に耳を塞ぎながら事が収まるまで身を伏せたりして身体を庇う。
 パラパラ、と天井から欠けたくずが降り注ぎ、皆の身体に当たる。


「こんばんわぁー、草間武彦さんとそのご一行さまぁ」


 やがて間延びした男の声が聞こえ、武彦とヴィルヘルムは銃を、他の面々も各々自身の武器を構えた。声には聞き覚えがある。先日調査に入った幹部の男の部屋で入手したCD-ROMの中で付与術師を殺したメットの男の声だった。
 やはり同一犯であったと皆考えを一つにした。


「上司命令によりぃー、抹殺させて頂きたいと思いまぁす。……と、言うわけで出てこいや?」


 タタタタタッ、と多数の人間らしいものの足音が聞こえる。
 男の他にも敵が集結している事は間違いない。次に待っているのは確実なる戦闘。それも武彦と零が襲われた時以上の、だ。


 ―― ごくりと唾を飲み込む。
 その音すら今は生々しく皆の耳に届いた。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【7348 / 石神・アリス (いしがみ・ありす) / 女 / 15歳 / 学生(裏社会の商人)】
【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】
【8555 / ヴィルヘルム・ハスロ / 男 / 31歳 / 請負業 兼 傭兵】
【8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女 / 26歳 / 請負業】
【8564 / 椎名・佑樹 (しいな・ゆうき) / 男 / 23歳 / 探偵】
【8583 / 人形屋・英里 (ひとかたや・えいり) / 女 / 990歳 / 人形師】
【8596 / 鬼田・朱里 (きだ・しゅり) / 男 / 990歳 / 人形師手伝い・アイドル】

【登場NPC】
 草間武彦(くさまたけひこ)
 草間零(くさまれい)
 碧摩蓮(へきまれん)

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は「LOST」の第四章もとい最終章に参加頂きまして有難うございました!

 今回はとうとう敵本拠地へ。
 まずOPの時点で今回、草間武彦がこのノベルに参加出来るかどうかゲーム要素を付けさせて頂いておりました。集合PC様に三つの「記号」を指定して貰うだけの簡単なものです。

 記号は ☆ ♪ ■ の三種類。

 PC様が指定した記号が、
 半数を超えた場合→草間氏は記憶も肉体も戻る事が可能。
 同数だった場合 →草間氏は肉体的に戻る事が可能。(記憶は×)
 上記以外の場合 →草間氏は戻る事が不可能。

 結果は以下となります。

♪・勇太 、弥生、椎名、英里
☆・アリス、セレシュ、ヴィルヘルム、朱里
■・なし

 というわけで、見事半数を超えましたので草間氏の記憶も肉体も綺麗に戻るという状態からスタート。草間兄妹も参戦です! なんか二つに集中しているのが正直凄いのですが。
 草間氏の記憶が戻った事により人間関係が見えてきたという事でほっとしております。
 (戻らなかったら最後まで明かせないと思っていたので)


 結果としては工場自体は第一と第三がなんとか調査完了。第二は不明もとい戦闘発生により中断という形となっております。
 場所に関しましては指定されていたPC様は当然その場所へ行って頂きました。指定のなかったPC様は状況に応じた振り分けをさせて頂いております。

 今回のLOSTは「工場の生産ラインのストップ」でしょうか。

 次回は確実に戦闘から始まるお話です。
 どうか参加して頂けることを願いつつ!!


■工藤様
 こんにちは! そしてお疲れ様です!
 ちょっと能力の使用方法に不安がありつつもこんな感じで大丈夫でしょうか。こう解釈したのですが、間違っていたら申し訳ありません!!
 しかしまさかのレーダーという役割にびっくりしたわけですが、おかげさまで色々楽でした。連絡手段は携帯か無線だと思っていたので(笑)