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●斡旋屋―誰もいない街―/セレシュ・ウィーラー
人の行き交いの激しい、東京の大通り。
ちらり、ちらり、と横目でセレシュ・ウィーラー(8538)と斡旋屋(NPC5451)を見ては何も見なかったかのように去っていく人々。
「すまんけど、落ち着いて話せるとこ行こか」
「大変な事が分かりました」
と、人混みの中で説明を始めようとする斡旋屋の行動に頭を抱えつつ、セレシュは口を開くのだった。
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セレシュが、斡旋所に足を踏み入れるのは初めてである。
人形の出すお茶を飲みつつ、彼女は口を開いた。
「相手が相手やし、契約条件決める前に情報取らせて」
「わかりました」
トン、と書類を纏めながら、斡旋屋は一拍おいてから口を開く。
「阿部・ヒミコを倒すのに有力な情報が入手出来れば、討伐まで至らなくても報酬をお支払いします」
随分と、待遇がいい――と思いかけて、相手が大物である事を思いだす。
つまりこのエゲツナイ斡旋屋が、報酬を惜しまない、と言う事はそれだけリスキーである、と言う事だ。
「虚無の境界なら、この前の魔術師なら知っとるかな?」
彼女が口にしたのは、斡旋料を取り立てに行った魔術師の事である。
「わかりませんが……必要であれば、手を貸すでしょう」
「せやな……で、受けろ言うなら、使ったアイテムは経費として請求させてや」
タダ働きも、赤字もご免こうむりたい。
「その点については、IO2エージェントとの交渉をお願いします。私は斡旋屋ですので」
「最悪でも、材料費と手間賃の実費分は欲しいんやけど。……援護してや? 本が大事やったら誰かが食い止めんと、街、無くなるで」
「善処しましょう――ところで、魔術師の所へ向かうのですね?」
転送しましょう、と口にした斡旋屋の手には、魔法陣の描かれた羊皮紙が存在していた。
聞けば、IO2エージェントが彼女に託したものである、と言う。
そしてセレシュ、斡旋屋の二人は一人の魔術師の元へ向かうのだった。
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「阿部ヒミコ。無人の夜の街が広がる異界『誰もいない街』を持ってる。そこでは、ヒミコが許可した人物しか入れない」
斡旋屋を不審げに見た魔術師は、セレシュの差し出した魔術資材を受け取ると、静かに口火を切った。
「異界の一つで、霊を取り込んで保っているの。空想具現化の能力者は、不明だけど……思った事が現実になる。相手の死を願えば、訪れる」
両方危険な相手、と口にした魔術師は少しだけ……ほんの少しだけ不安そうに、セレシュの方を見た。
魔術師からすれば、自分にとって有益な相手が死ぬ可能性、と言うのは見過ごせないものだろう。
「ヒミコの仲間以外の超常能力者が、その力を行使すれば同じだけの超常現象が襲いかかる」
「おおきに、じゃあ行こか」
立ちあがるセレシュ、そして後に続く斡旋屋。
「私は――」
「本が大事なら、とりあえず晶も手伝ってや」
斡旋所で待ってます、と言う斡旋屋の言葉はセレシュに遮られた……仕方がない、とばかりに斡旋屋は頷く。
彼女も心配なのだろう――きっと、本が。
「うちに常備してある、攻撃・防御・回復の符や魔力回復用の貯蔵石は多めに持ち込んだ方がええやろな」
「回復薬であれば、貸し出し出来ます」
セレシュの自宅である、雑居ビルの1Fから様々な魔具を手にし、ありったけの魔具を鞄に入れる。
ずっしりと重くなった鞄を背負い、さて、とセレシュは周囲を見回した。
斡旋屋が歩を進め、一人の人物へ声をかける――IO2エージェントか。
「セレシュ・ウィーラー様ですね。阿部ヒミコの異界へ、転送します」
「ちょい、待って。市場価格でアイテムは経費で落ちるやんな?」
「成功すれば、経費で落としましょう。有効打を与えた場合も、同じように」
「分かった……じゃあ、行こか」
そして、二人は足を踏み入れる――阿部ヒミコの作りだした『誰もいない街』へと。
●
「寂しい場所やなぁ……」
永遠の夜を繰り返す、誰もいない街。
踏み込んだセレシュの第一印象は、寂しい場所、だった。
――鋭い殺気が来る、そしていきなりセレシュと斡旋屋の隣のビルが崩壊し、二人へと襲いかかった。
「……くっ!」
黄金の剣を抜き払い、防御の結界を張る――同時に、その場から弾き飛ばされるセレシュ。
「私を、殺しに来たのね」
黒い髪を靡かせながら、虚ろな表情でヒミコはその場に現れた。
ゴォゴォとうなる霊力の奔流が、耳障りで少しだけ、セレシュは眉を顰める。
「阿部・ヒミコの能力は『誰もいない街』に依存しています、超常現象の反射でしかない」
霊力の風に髪を弄られながら、斡旋屋が小さな声でセレシュに告げた。
それに軽く頷き返し、セレシュは黄金の剣を握り直した。
空間に黄金のシジルが浮かび、それがヒミコに向かって一直線へと放たれた。
ヒミコも霊力で障壁を作ると、魔術の攻撃を反射させる。
ヒミコの力と、そして異界からの挟撃にセレシュは咄嗟に防御の魔具を使った。
「……同じだけの超常現象、って事は消耗具を持ってるうちの方が有利やろ」
うちが攻撃し、攻撃の力を魔具で高め……そして、返ってきた超常現象を魔具で防衛する。
晶が魔具を行使すれば、返って来る力は分散される筈や。
霊力の風に髪を弄られながら、軽くセレシュは髪を掻き上げた。
ヒミコの攻撃を剣で受け流し、魔力を放出する……一直線に対象へと向かっていく、一本の矢。
そこに斡旋屋からの援護が重なり、魔力の矢が激しく光り輝きながらヒミコの髪を焦がした。
その程度で済んだのは、咄嗟にヒミコが障壁を作りだしたからにしか過ぎない。
背後で、魔具が壊れる音が響き渡る……超常現象の波に飲まれ、魔具が破壊されたのだ。
「……邪魔ね」
ぽつり、とヒミコが呟くと同時に強大な隕石が轟音を立てて迫りくる。
それはセレシュ達を押し潰す為のもの、ヒトガタがセレシュと斡旋屋を抱え、見た目よりも俊敏な動きで宙へと跳んだ。
その刹那、目の前で炸裂する隕石……破片を防御の結界で受け流しながら、そのまま魔力で空間を歪め、破片ごとヒミコへ放出する。
ザクリ、とヒミコの肩が裂かれ、血が吹き飛んだ。
同時にヒミコの影から腕が伸び、セレシュの足首を掴むと地面にたたきつける。
「ウィーラーさん!」
「大丈夫や。ちょっと、いや、かなり痛いけど……」
ひしゃげた腕が、痛い。
剣を杖にして身体を起こしながら、追撃で放たれた霊力を剣で斬り捨てる。
そのまま一気に接近し、すれ違いざまに魔力の刃を打ちこんだ。
ヒミコの身体が揺れる、あなたも……と恨みがましい声が響き渡り、空から火球が雨のように降りしきった。
防御の魔具を使うも、火球は結界を溶かし、侵食する。
セレシュと斡旋屋、そしてヒトガタは弾かれたように散開すると、動きまわりながら火球をかわす。
チリッ、と髪の先が焦げて、不快な臭いが鼻についた……だが、ゴルゴーンである彼女の再生力は凄まじい。
直ぐに欠損部分を補い、修復される――それでも、たんぱく質の焦げる不快な臭いは何時までも、纏わりついていた。
「晶、大丈夫か?」
「……大丈夫です」
少なくとも、斡旋屋の心配をする程度の余裕はあった。
――死ね、とヒミコの呪詛の言葉が聞こえてくる。
その不協和音は、不死であるセレシュの身体に引き裂くような痛みを与え、そして侵食していった。
侵食と修復がせめぎ合う肉体に、舌打ちをしながらひしゃげた腕の組織を修復し、そしてまた魔力の矢を放つ。
後ろで斡旋屋の声が聞こえ、ヒトガタがヒミコの肩を押す。
たたらを踏んだヒミコが、足を縺れさせ魔力の矢の射線上に飛びだした――ヒトガタが障壁を張る前に、その腕を捻る。
「……うぐっ!」
魔力の矢がヒミコの胸を貫き、それと同時にセレシュの胸を悪霊で出来た弾丸が貫いた。
「世界が……世界が、私を殺すの」
痛みに呻きながら、ヒミコが呟いた。
セレシュは胸に開いた穴を修復しながら、その様子を眺めていたが――やがて、口火を切った。
「それはほんまに、事実なんかな?」
別にどっちでもええけど、とセレシュは捕縛しようと斡旋屋に声をかけようとして、その足首を握りしめるヒミコの表情に絶句した。
憎悪と慟哭を塗り込めた暗い瞳、細い身体からわき上がる負の怨念。
ギリギリと音をたて、セレシュの足首を絞めあげている。
「道連れに、道連れに……」
黄金の剣を、ヒミコと自分の足の間に滑り込ませると、一気に振り払った。
もんどりうって転がるヒミコ、そしてその細い首に向かって剣の柄を振り下ろす。
「――ぎゃっ!」
「……安心し、気絶させただけや」
ヒミコの意識の消滅と共に『誰もいない街』は崩れ落ちた。
気が付けば、街に戻ってきており、IO2エージェントの姿もある。
胸に開いた傷は、治った筈なのにチリチリと痛んでセレシュは眉を顰めた。
そして、命をかけたにしては安い報酬を受け取る。
「じゃあ、依頼完了やな」
「……これで、古書展が無事に開催されます」
心底ほっとした斡旋屋の言葉に、曖昧に頷いたセレシュは帰路に着く。
そして、彼女は斡旋屋から聞かされるのだ。
阿部・ヒミコが、影沼・ヒミコとして、神聖都学園へ編入した事を。
――だが、それはまた後日の話である。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女性 / 21 / 鍼灸マッサージ師】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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セレシュ・ウィーラー様。
発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。
性質上、戦闘描写が殆どになってしまいましたが……。
人物同士の関わり合いや、ヒミコがどうなったのか。
思いを巡らせていただけると、幸いです。
では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。
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