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Route5・降り注ぐ悲劇/ 藤郷・弓月
笑うって大事なことだと思う。
だってそうでしょ?
私が笑えば誰かが笑顔になるし、誰かが笑ってくれれば今度は私が笑顔になる。
1つの笑顔がたくさんの笑顔を連鎖して無限に笑顔が増えたら、こんなに素敵なことはないんじゃないかって、そう思う。
その中に、あの人の笑顔があれば、もっと言うことはないよね。
「今日のおすすめは何かな?」
帰宅途中。もうだいぶ通い慣れた道を歩きながら、鹿ノ戸さんが働く喫茶店のメニューを考える。
昨日はオランジュケーキとシナモンティーのセット。その前はマロンケーキとアッサムティー。
どれもほっぺたが落ちそうなほど美味しいケーキばかりで、話をしている鹿ノ戸さんをそっちのけで全部食べちゃったっけ。
正直、こんなに美味しいものをほぼ毎日食べてるのは、お腹が心配だけど、それでも鹿ノ戸さんに会えるのは嬉しいんだもん。
「どうしても通うのが日課になっちゃうよね」
それに……
――笑っとけ。
そう言って少し笑ってくれた鹿ノ戸さんの顔が忘れられない。
私には戦う力はなくて、彼を物理的に守る力はない。それでも私に出来ることがあるんだって、鹿ノ戸さんの言葉が教えてくれた。
「我ながらいろいろ恥ずかしいことを言ってしまった気はするけど、それでも鹿ノ戸さんと会えるのは凄く嬉しい!」
少し前までは暗雲が立ち込めてた心に、爽やかな風が吹いた気分。
今では青空さえ見える心が、ちょっと現金かもって思ってしまうほどには、私の心は浮いてた。
「ふふ、今日はどんな顔が見れるかな♪」
ドキドキが半分。嬉しさが半分。
ぜんぶが愛おしい私の感情。
少しだけ紅潮した頬を感じながら、あと少しの道のりを急ぐ。と、そんな私の耳に聞き慣れない音が響いた。
――……、……け。
「?」
誰かと何か喋っているのとは違う、少し違和感を覚える声に足が自然と止まってしまう。
何だか、嫌な予感がする。
元々勘は良くて、だから今のこの感じもあながち間違いではない、そう思える。
「……お店は逃げないよね!」
時計と進む道を見比べる。
まだ夕方にもなっていない。これなら少し寄り道をしても十分時間はあるはず。
「確か、こっちから聞こえた!」
ひとつ頷いて駆け出した足は、住宅街の路地へ向かった。
徐々に近付く人の声。
その声が怒っているのだとわかると、私の胸が早鐘を打つように強く脈打ち始める。
この感じ、すごく覚えがある。
「あ!」
「こんなことをしてタダで済むと思っているのか!」
叫ぶ声、見える光景。
正直言って、あんまり嬉しいものじゃない。
そもそもこの状況は喜ぶべきものじゃないもの。
「おじいさん、大丈夫ですか!」
見えた光景に止まってしまった足。それを急いで動かして駆け付ける。
そこにいたのは、足を怪我したおじいさん。
彼は目の前に立ち竦む影に怒りの目を向け、そして私を見た。
「お、お嬢さん、いけない。ここは危険ですから、急いでお逃げなさい」
早口に諭される声。
勿論、そんなことは言われないでもわかっている。でも、逃げるなんてできない。
だって、おじいさんの目の前にいるのは明らかに人間じゃないから。
「また化け物……ここ最近増えてる。何か事情でもあるのかな……」
そう呟いて、おじいさんの足にハンカチを巻く。
少し強めに巻けば応急処置になるよね。
「大丈夫。大丈夫……私は、大丈夫」
ほぼ自己暗示みたいなものだけど、怪我をしているおじいさんを放っておくなんてできない。
ここは私が乗り気らなきゃ!
「おじいさん、とりあえず逃げて下さい!」
「逃げてって……お嬢さんはどうする気ですか!」
「私は、おじいさんが逃げれるように『アレ』の注意を惹きます。大丈夫です。これでも丈夫なんですよ?」
そんなのはまるっきりの嘘。
それでもなんとか笑顔で振り返ると、おじいさんの目が少しだけ見開かれた気がした。
「お嬢さん、君は……」
「大丈夫……痛くない怖くない、おじいさんの方が危ないんだから! これくらい頑張れ私!」
よし!
気合を入れて前を向いたその目に、勢いよく飛び掛かってくる化け物が飛び込んで来る。
その速さはゆっくりなような、速いような、どこか不思議な感覚。
「『アレ』は私を狙ってくる。絶対に、私を狙う」
そうじゃなきゃ困るもの。
必死に願いながら盾のように鞄を構える――と、そこに強い衝撃が掛かった。
「ッ」
鞄を叩き落とす勢いで降ってきた攻撃。それが勢いよく私の鞄を落とす。
それを見て、私の後ろで何かが動いた気がした。
まるで風が駆け抜けるみたいに、私の頬を優しい感覚が通り過ぎる。それはまるで鹿ノ戸さんに守られている、その時みたいに。
「おじいさん!」
足を怪我しているはずなのに!
おじいさんは怪我なんてない。そう思わせるほど機敏な動きで私の前に出ると、攻撃しようと伸ばされた化け物の腕を振り払った。
その動きは人間離れしていて無駄がない。
古武道って言うのかな。それとも空手?
どちらにしても普通のおじいさんではないみたい。
そんな彼が、化け物と距離が離れたことを確認して私を振り返った。
「なんて無茶をするんですか!」
明らかに怒った声だ。
その声に首を竦めると、今度は骨ばった大きな手が降ってきた。
その手は私の頭を優しく撫で、ポンポンっとあやすように叩いて離れていく。
この感じ、覚えがある。
思わず顔を上げると、おじいさんは既に私ではなく化け物を見ていた。
ご老人とは思えないしっかりした顔と、鋭い光を宿す瞳にドキリと胸が高鳴る。
「この人……似てる……?」
少し紫がかった切れ長の目。
優しい手のぬくもり。
私が大好きなあの人に、この人は良く似ている。
「もしかして、おじいさん……」
そう口にした時、おじいさんの足が動いた。
一瞬の内に化け物と距離を縮めて、拳を叩き込む。けれどその動きと同じように、化け物もおじいさんに向かって拳を叩き込んだ。
それはまるで鏡のように対の様子で。
「あの化け物。おじいさんの真似をしているの?」
そう言えば、私と向かい合った時、化け物の動きが鈍っていた。
もしあの化け物が人の真似をして戦っているのなら、私にも勝てる見込みがある?
ううん。勝てなくて良い。
私には攻撃する手段がないもの。
でも、私が割り込むことで隙が出来るなら、その時に逃げることは可能かもしれない。
「考えてる暇なんてないよね!」
おじいさんの動きが少しずつ鈍ってる。
やっぱり足の怪我が痛いんだ。
「もう一度、私にチャンスを!」
化け物は私を見る。私に注意を向けてくる。
そう、もう一度!
「こ、こっちを見なさい!」
奮い立たせた勇気。
落とされた鞄を拾い上げて駆けこんだ、おじいさんと化け物の間で、私の鞄が無残にも凹んで行く。
「っ、あ!」
ものすごい勢いで弾かれた鞄を視界に、私はおじいさんの手を取っていた。
化け物は飛び込んできた私を見て戸惑ってる。
それはそうだよね。
いきなり自分の動きが鈍るんだもん。
「おじいさん! 私が前に立ってる今なら、逃げれるはずです! いきましょう!」
怖くないはずがない。
痛くないはずがない。
本当は今すぐ1人で逃げたいけど、そんなことできるはずない。
「お嬢さんは妖鬼の能力を知っているのですか?」
「妖鬼、ですか?」
「妖鬼は相手の力を摸写して、自分の力とするのです。お嬢さんの力も――」
「私には力なんてありません」
普通の女子高生です。
そう言って笑った直後、私はおじいさんの手を引いて駆け出していた。
妖鬼って呼ばれた化け物は、私の動きについて来れないみたい。
それもそのはず。
おじいさんの言葉通りなら、私に映せる力はないんだもん。映せるとしたら平凡な人間の能力だけ。
でも――
「そんなはずはないですよ!」
「え」
おじいさんの声に、思わず振り返った。
その目に、妖鬼の顔が飛び込んで来る。
「なんでっ!?」
必死に逃げて、距離は開けたはず。
私の足はそんなに速くないし、同じ能力なら直ぐに追いつくなんてありえないのに。
「藤郷、ジジイ、伏せろッ!」
「!」
聞こえた声に咄嗟に頭を下げた。
その瞬間、さっきも感じた優しい風が駆け抜け、それに続いて少し甘い香りが鼻を掠める。
「鹿ノ戸さん……?」
目を上げると、見覚えのある背中が、私とおじいさんを庇うように立っていた。
間違いない。鹿ノ戸さんだ。
彼は手にした日本刀を振り下ろすと、一刀の元に化け物を斬り捨てた。
その鮮やかな太刀捌きに、私の口から「ほう」とした声が漏れる。でも、それは一瞬のこと。
「こンの、馬鹿野郎!」
「!」
ひゃっ。
頭上から降り注いだ怒声に、首が縮こまる。
「何でさっさと逃げねえんだ! ジジイなら放っといても死にゃぁしねえんだよ!!!」
「ほ、放っておくなんてできません!」
おじいさんを放って逃げろってどういうことですか!
流石にこれは聞き捨てならないよね。
思わず反論すると、鹿ノ戸さんの米神がピクリと揺れた。
あ、マズイ。
反射的に思うけど、遅かったみたい。
「何も出来ねえ奴が何言ってやがる! そう言うことは自分の身を守れるようになってから言え!!」
最も過ぎる言葉にぐうの音も出ない。
そりゃ、無理無茶無謀過ぎたかもだけど、それでも護りたいって思ったんだもん。
でも鹿ノ戸さんが怒るのも無理ないよね。おじいさんは自分で自分の身を守れるくらい強いみたいだったし……ん?
「ジジイ……って、このおじいさん、やっぱり鹿ノ戸さんのお知り合いなんですか!」
「おまっ……」
怒ってる途中でこの切り替えし。
まずかったかな? でも気になったんだもん。
「あー……そうだな……母方の遠い親戚、か? とりあえず、鹿ノ戸の人間ではないが、知り合いではある」
「千里の母親のハトコにあたりますか。久しく様子を見に来てみれば……ついに檮兀が本気を出した、そんなところですかな?」
「まあ、そんなところだ。つーわけで、ジジイはさっさと帰れ。でないと、いくら鹿ノ戸の血がないと言ってもタダじゃすまねえよ」
鹿ノ戸さんは彼の血が入る血縁者はいない。そう言っていた。
でも、こうして心配してくれている親族の人はいたんだ。
「ふふ、良かった♪」
「あ?」
思わず笑った私に、鹿ノ戸さんの冷たい視線が突き刺さる。でも、今は笑わずにはいられない。
だって、鹿ノ戸さんが本当の孤独ではなかったんだって、知ることが出来たから。
「気持ち悪い奴だな」
完全に怒る気を無くした。
そう言って頭を抱える千里さんを他所に、彼の親族だと言うおじいさんが私に向き直って来た。
そうして頭を下げる。
「千里とずいぶんと仲良くして下さっているようで感謝します。どうか、これからも仲良くしてやってくださいね。えっと……」
「藤郷弓月だ」
ぽんっと頭に置かれた手。
その手に目を瞬き、鹿ノ戸さんの顔を見上げる。
「能天気でアホなことしか喋らないヤツだが、明るくて良いヤツだよ」
そう言って、鹿ノ戸さんは少しだけ照れくさそうに笑っていた。
無茶はして怒られたけど、この言葉を聞けたなら、それだけで今日は良い日だったかも。
私は鹿ノ戸さんの言葉に笑顔を向けると、おじいさんに向き直って、深く頭を下げた。
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 5649 / 藤郷・弓月 / 女 / 17歳 / 高校生 】
登場NPC
【 鹿ノ戸・千里 / 男 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは鹿ノ戸千里ルート5への参加ありがとうございました。
引き続きご指名頂きました、千里とのお話をお届けします。
前回はいろいろとご迷惑をおかけしました。
今回は頑張る弓月PCということで色々無茶をしております。結果、最後は怒られてましたが、気になる点もいくつか残しての終了となっております。
この気になる点が今後の彼女の能力開花に使うかどうか、その辺はお任せいたしますね。
少しでも今回のお話がPC・PL様共に喜んでいただけたなら幸いです。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂けて下さい。
このたびは本当にありがとうございました。
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