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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


忘却の手鏡






「――ッ!」

 薄暗い部屋の中で蝋燭の炎がゆらゆらと揺れ、壁や床に映し出された影が映っていた影を揺らしている。
 布団の上で座り込むYシャツ一枚の姿で、ゲホっと苦しそうに何度か咳をしながら、冥月が自分の口に手を当てた。そして暗闇の中に鋭い視線を向けた。

「……よくここが判ったな……」

 苦しそうに肩を揺らしながら暗闇の向こうから歩み寄る人物に向かって冥月が口を開いた。

「初めて会ったのもここだったろ」

 武彦がコンビニの袋を手渡し、冥月の近くに歩み寄った。Yシャツ一枚。頬が熱のせいで上気し、瞳が潤んでいる。武彦が目を背け、背を向けるように座り込んだ。

「懐かしいな、ここ」
「……。」

 武彦に渡されたコンビニの袋からおにぎりを取り出し、冥月が口にする。乾燥した海苔を噛み破る音だけが静かに響き渡る。ペットボトルのお茶を取り出し、それを流し込むように冥月が飲み、布団の中へと潜り込んだ。
 そんな冥月を見つめていた武彦と目が合う。

「いつもの気丈な雰囲気とは違って、弱ってるのは意外だな」
「お、おかしいか……?」
「おかしいって事はないけどな。普通の可愛い女の子って感じか」
「な、何を――ッ!」

 起き上がって反論しようとした冥月が顔をさらに赤くした冥月が再び咳をして苦しそうに顔を歪めると、武彦が冥月の肩を押さえた。

「――ッ!?」
「寝てろ。起きるまでずっとここに居てやるから」
「べっ、別にお前がいなくても――!」
「――良いから」

 武彦に再び布団の上に寝かされた冥月が膨れっ面で武彦を睨み付ける。そんな冥月の視線などお構いなしに、武彦がその横で再び冥月に背を向けた。
 冥月はしばらくそんな武彦の横顔を見つめていたが、高熱と咳の疲労感と、目の前に武彦がいる安堵感から、そっと眠りの中へと堕ちていった。

 武彦がその横で、懐から手鏡を取り出した。






―――

――








「新興組織勢力拡大の為の少女誘拐と監視、か……」

 東京に来たばかりの冥月が小さく呆れたように呟いた。
 ――場所は現在と変わらない。今では冥月の隠れ家として利用しているが、そもそもここはこの仕事の為に用意した場所だった。

 冥月の目の前には目隠しをされ、口にガムテープを貼り付けて手足を縛った少女が身動きもせずにその場に倒れている。月明かりだけが差し込む室内、冥月の眼光は冷たく鋭いまま少女を睨み付けていた。

「……ッ、侵入者か……?」

 影の動きを捉えた冥月が室内の暗闇の中へとスッと足を進め、影の中へと消えていく。


 カツカツと乾いた音を奏でながら歩いてくる男。その目の前の暗闇から冥月が静かに姿を現した。

「へぇ、ずいぶん美人だな」

 足を止めた男、初対面の武彦はそんな軽口を叩いていたが、冥月はその言葉を無視して武彦の目の前に駆け出し、襟首を掴んだ。

「――ッ!」

 武彦が動こうとする前に、冥月の影が武彦と冥月を影の中へと引きずり込んだ。

「……ここは……!?」
「……私を見つけるとは大したものだよ」

 冥月が腕に影を纏い、武彦に向かって駆け出す。

「――ッ! やはり能力者か!」

 冥月の攻撃を後方に跳んでかわした武彦が口を開き、立ち上がって冥月を見つめる。

「……これも仕事だ。あの少女は依頼主に渡す。誰にも邪魔はさせない」
「渡す……? ちょっと待ってくれ。お前何も知らないのか?」
「問答無用だ」

 冥月が影を操って武彦へと次々に槍のように伸ばして襲わせる。武彦はそれらを慌てて避けているように見える。
 ――その姿に冥月が違和感を感じていた。いくら慌てて必死に避けているとは言っても、常人ならばその速度に身体が追いつかない。だと言うのに、最小限の動きで武彦は避けている。

「ま、待ってくれ! お前、利用されてるだけだぞ!」
「依頼とはそういうものだ――!」

 冥月が痺れを切らして武彦に向かって駆け出し、自らの腕に纏わせた影を剣のように鋭利な刃に仕上げて武彦の胸へと突き出した。

「――そうじゃない! アイツらはお前と少女を消すつもりだぞ!」

 ピタっと武彦の胸に当たる寸前で冥月の手が止まり、武彦は息を切らせながら冥月を見つめていた。

「……世迷言か――」
「――嘘じゃない。俺の掴んだ情報なら、お前を雇った組織は交渉に移る前に交渉相手の組織と結託していた連中に乗っ取られた。裏での動きの罪をなすりつける為に、お前と少女をまとめて始末するつもりだ」
「――裏切った、というのか……ッ!」

 ギリっと強く冥月が歯を食い縛った。過去の裏切りを知る冥月にとって、裏切りという行為は許せなかったのだ。
 冥月と武彦が実際の世界へと戻り、冥月が武彦に背を向けた。

「……本当なら奴等を殺す、嘘ならお前を殺す」
「行くつもりなのか?」
「お前の探している少女はこの奥の部屋だ。好きにしろ」

 冥月が影を浮かび上がらせてゲートを作り上げ、その中へと歩き出した。

「待て! 殺しはやめろ!」
「……。」

 武彦の叫びに、冥月は返事もせずに影の中へと消え去った。





―――。




 ――組織施設内入り口。

「……あの最強の闇組織にいた暗殺者、黒 冥月か。味方としては良い仕事をしてくれたらしいが、処分するとなれば厄介な相手だな」
「なぁに、今頃何も知らずにボス達との取引に応じてる頃さ」

 入り口を守っていた二人の男が談笑しているその影から冥月が姿を現した。

「成る程。あの男の言っていた事は真実だったと言う訳か……」
「――ッ!」
「暗殺者! どうしてお前が――!」

 影の刃で手に持って構えた銃を斬り裂き、冥月が男二人をあっさりと気絶させた。

「……殺す」

 冥月が刃を男達に向けて伸ばすが、武彦の言葉が脳裏に再び響き渡った。空を切った刃が倒れている男達の真横に突き刺さった。

「……ッ、良いだろう。情報を提供してもらった礼だ……」

 冥月が男達を影の中に飲み込み、施設の中へと歩いていく。

 その数秒後、施設内に警報音が鳴り響いた。侵入者が入ってきた事を知った組織の人間達がマシンガンや拳銃を手に次々と冥月に向かって襲い掛かる。
 放たれる銃弾が全て冥月を囲んだ影によって弾かれ、冥月が影の中から構成員達を睨み付けた。サングラス越しに外を見ているような風景の中、冥月が手を翳し、指を一本クイっとあげると、影が一斉に構成員達を締め上げ、気絶させて影の中へと飲み込んだ。

「クソ! 勘付かれたのか!」

 一人のガタイの良い男が対戦車用のロケットランチャーを持って物陰から飛び出し、冥月に向かって放つ。
 轟音と爆発によって視界が歪む。

「ハ……ハハハ! 最強の暗殺者なんてのも大した事――」
「――甘く見られたものだな」
「は――?」

 真後ろから聞こえた声に振り返った男の手に持っていたロケットランチャーを影の刃で斬り裂き、男の腹に蹴りを入れる。影によって硬化された足がその巨体にめり込み、顔を下げた所で影が男の首を掴み、締め上げる。白目を向いて気絶した男が影に引きずり込まれ、周りに駆け寄った構成員達が戦意を失って逃げ出そうと走り始める。
 しかし冥月はそれを逃がさずに全員影で捕縛し、首を締め上げて影に飲み込ませる。

 ――警報音が鳴り響く中、銃声も足音もなくなったいびつな光景の中、冥月が静かに奥へと歩き続けた。




「ぜ、全構成員の消息が不明……!」
「クソ! 何故女一人倒せない!」

 モニターを見つめていた男が机を殴りつけた。

「お前もすぐに加勢に――!」
「――その必要はない」

 振り返った男の目の前に冥月が腕を組んで立っていた。話していた構成員の姿はもうそこにはなかった。

「黒 冥月……! な、何故お前がこんな真似を……!」
「情報が耳に入ってな。私を裏切った組織がある、と」
「……ッ! そ、それは誤解だ! お前を裏切ろうなどと――」
「――ならば身体に直接訊こう」

 影の針が男の腕を貫いた。

「――がッ!」
「私を裏切った報いを受けるが良い」

 再び、影の針が男の足を貫く。男が悲痛な叫び声をあげてその場に倒れ込んだ。

「ま、待ってくれ! お前は見逃す! だからせめて――!」
「――裏切ったのはお前だ」
「そんな――!」




―――。




「……そうか。分かった」

 武彦が携帯をポケットに突っ込んだ。

「……組織全員が警察に引き渡され、死亡者無し、か……。ただの殺人快楽者って訳じゃないみたいだな……」

 少女を背に、武彦が歩いてその場を去った。







――

―――





「……懐かしい記憶だな」

 手鏡の効力が切れ、武彦が眠る冥月を見つめて呟いた。
 ――思えば、あれ以来。冥月と武彦の依頼者と依頼主という奇妙な関係は続いている。

「……お前のその危うさは、俺が守ってやる」

 武彦が冥月の額に手を当てて、小さく微笑んでそう呟いた。





                                        FIN



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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

今回は出会いのシーンでしたが、まさかの看病からとは。
武彦の視線のやり場と冥月さんの気恥ずかしさが少ない流れでしたが、
お楽しみ頂ければ幸いです。

こうして二人は進んでいくのですね……←

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司