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VamBeat −Sequentia−
ふと視線を向けた先、どこか見知った顔がすれ違っていった。
1度きり、しかも夜の邂逅。
はっきりと覚えているかといわれれば、自分の記憶は実に曖昧で、つい眉根を寄せる。
――――でも。
いや、他人の空似だろう。
だって、昨晩出会ったあの人は、銀の髪に赤い瞳。
今、自分の横を横切って行った人は、黒い髪に青い瞳。
けれど。
「!!?」
その黒髪に青眼のその人は、向坂・嵐(さきさか・あらし)の姿を見るなりなぜか急いで逃げていく。
その行動が余りにも思わせぶりなため、嵐は通り過ぎた黒髪の少年を追いかけ、その襟首をがしっと掴む。
「お前馬鹿だな!? 馬鹿だろっ!?」
いきなり襟首を掴まれた上、馬鹿などと言われて気分がいい人間など居るはずも無く。少年もまた例に漏れず、不快感に眉を寄せる。
そんな少年の様子など気にせず、一気にまくし立てる。
「知らん顔で通り過ぎてりゃ“似た人?”でスルーしそうだったのに、んなあからさまに逃げたら自ら白状してるようなもんだろ、ダニエル?」
「………」
不快感を表していた顔はどこへやら、ばつが悪そうに瞳を泳がせ、少年は視線を伏せる。
嵐はぱっと掴んでいた襟首を放し、少年に向けてにっと笑う。
「あ、俺、嵐っつの。この前は庇ってくれてありがとな」
少年は振り返り、そんな嵐の笑顔にはじかれたように一瞬瞳を大きくし、軽く唇をかむ。
「……庇ったわけじゃない」
嵐はただ偶然その場に居合わせてしまっただけ、ダニエルにとってはまきこんでしまっただけ。庇ったわけでは決して無い。だが、それはダニエル側からの事情であり、嵐にとってもそうではない。
「経緯は何でもお前が庇ってくれなきゃ危なかったんだからさ。だから、あんがと」
人好きするような笑顔を向けてくる嵐に、どうにも視線を向けることが出来ない。チラリとだけ見返し、また顔を伏せる。
嵐はそんな様子にどうしたものかと頭をかき、辺りを見回し、丁度よさそうな公園と自販機を見つけ視線を戻す。
「まぁ…その髪は、ヅラか? 目も相当綺麗なカラコン入れてるよな」
カツラならば髪の染めむらで失敗しることもない。だが、赤い瞳の上から綺麗な青に出来るようなカラーコンタクトなどあるのだろうか。
「……いや、これが俺だから」
言われている意味が少々分からず、嵐は目を細め軽く首を傾げる。単純に、あっちの姿がズラでカラコンだったのか? と、考えるが、そにれしては違和感が無かったな、とも。まさか、姿が変化するというなどという思考が出てくるはずも無く。
「とりあえず、立ち話もなんだ」
チョイチョイっと公園を指し、移動を促す。しかし、ダニエルは動かない。
「俺には、関わらない方がいい」
「関わらない方がって、もう関わっちまっただろーが。それに言ったろ? 俺はお前に庇ってもらったんだ。礼くらいさせろ」
「だからそれはっ!」
「なんだ? 人の礼も素直に受け取れない失礼な奴なのか?」
ダニエルが言いかけた言葉の上から、畳み掛けるように言い募り、嵐はじっと反応を待つ。
「そういう訳じゃない! けど……俺こそ、あんたに謝らないと…」
油断して我を失いかけ、そして、彼女との悶着に巻き込んでしまった。それなのに、逆に礼を言いたいと言われるなんて思っていなくて、ダニエルはもごもごと口ごもる。
「なら、腹割って話そうぜ?」
嵐はそう言って、悪戯っぽく笑って見せた。
公園のベンチにかかる樹木の陰は時々日の光りを通すものの、程よい涼しさを与えてくれる。
嵐は、通りがてらの自販機で買った缶コーヒーをダニエルに渡そうとするが、金が無いからと拒まれ、つい苦笑する。
「貰っとけって。礼だよ。礼」
そう言って、嵐はダニエルの手に缶コーヒーを無理矢理ねじ込む。ダニエルは、つき返そうと顔を上げるも、缶コーヒーと共に言われた言葉に、もやもやとした表情でぎゅっと握る手に力をこめる。
「腹の傷どうよ?」
突然不意打ちで脇腹をくすぐられ、ダニエルの背にぞわっと虫が這うような悪寒が走る。
「何すっ…!!?」
「いや、大丈夫か確認?」
ダニエルの反応に、にやりと返す嵐。
「…大丈夫だ」
ため息混じりにそう告げるも、腹部に当てた手はそのままで、嵐は微かに眉を寄せる。
「で、何が“良かった”んだ? 俺には怪我してて良かったみたいなニュアンスに聞こえたんだけど? だったら怒るぞ」
「何であんたに怒られなきゃいけないんだ?」
「そりゃそうだろ。親から貰った大事な身体に傷つけて、そのままでいいなんて事はねぇだろ」
ダニエルはなんと表現したらいいものか分からず、ただ顔をゆがめる。永い時の中で、確かにそういった人は居ただろうが、もう覚えていなくて、その言葉が存在していることさえ忘れかけていた。
その表情の理由など気にせず、嵐はもう一度確認するようにじっとダニエルを見る。やはり、嵐と出会った時に受けた傷は痕さえもない。
「でもって、どうしてそこだけ治んないんだ?」
「この怪我は、特別だから。他の怪我とは違う」
「何か治す方法ないのか?」
答えが返ってこない。
嵐はチラリとダニエルを盗み見る。その顔は、どこか悲しそうに唇を引き締め、傷の痛みをかみ締めているように見えた。
「方法がないんじゃなくて、治したくないのか?」
静かに声をかければ、ダニエルは微かに首を振った。
「……そうじゃない、けど、それはやりたくないから」
「何でだよ? その方法で治るなら、やったほうがいいだろ?」
「あんたは知らないから、そんな風に言えるんだ!」
ダニエルの瞳が憤りのような色を浮かべ、嵐を貫く。余りにも突然の豹変に、嵐は一瞬驚きに瞳を大きくしたが、すぐさま表情を戻し、自分の缶コーヒーを一口飲む。
「当たり前だろ。お前何も話してくれねぇし」
余りにも図星を突かれ、牙を抜かれたようにダニエルの肩から力が抜ける。
「……血、だよ…」
「は?」
「新しい、血の摂取」
治す方法。と、小さく告げられた内容に、虚を突かれたかのように嵐の動きが止まる。
「いや、それは、何ていうか……」
何て言ったらいいの? そんな怪我の治し方なんて始めて知ったし。ある特定の病気に専門の特効薬みたいなものかなとぼんやりと考えていたが、薬でさえも無かったとは。
「……だから、あの時、あんたに襲い掛かったんだと思う」
「は?」
「本当に、すまなかった」
低く頭を下げるダニエル。そもそも、どうしてそこに繋がるのか。
ダニエルは自分の両手の平をじっと見つめる。その指先は微かに震えていた。
「あの時、この傷が治っていたら、俺は―――」
自分自身が許せない以上に、やはり逃れることは出来ないのだと、諦めてしまっていたに違いない。だが、ちゃんと衝動を押さえられている。ダニエルはぎゅっと震える指先を覆うように手を握り締めた。
嵐はそんな様子を暫く無言で見つめ、そっと視線を外す。怪我の治癒の有無は、嵐が思うよりももっと深い事情がありそうだ。
残り少なくなったコーヒーを飲み干し、近くのゴミ箱に投げる。カラーンと、良い音がして空き缶がゴミ箱に吸い込まれたのを確認すると、嵐は改めて口を開いた。
「そういえばあのシスターって本物?」
「本物だけど。何故?」
どうしてそんな事を聞くのかという視線が、日本と外国の違いのようにも感じてしまう。
「物騒なもん振り回してたから、もしかしてコスプレの別職種の人かな〜とか」
「コスプ?」
「……聞き返さないでくれ」
日本のサブカルチャーを今説明するのは正直しんどい。
「要するに、あのシスターは普段からああなのかってこった」
「普段は、あんな風じゃない。別人じゃないのかってほど、良い人なんだ」
教会の奉仕活動も精力的にこなし、誰とでも分け隔てなく接するその様は、正に模範とも言って差し支えないほど完璧な修道女。ダニエルの前に現れる様子とは表情さえも違っている。
「…本物なら…それに追われてたお前って……」
先ほど言っていた、血の件と合わせて考えれば、それはつまり―――
ダニエルの表情が段々強張ったものになっていく。それは、もう1つの自分を知られる事を恐れているようにも見えた。
が、嵐の視線は流れるように空へ。
「ま、いっか。俺にはそこはあんま重要じゃねぇし」
「へ?」
きょとんとでも言うような表情で止まっているダニエルに、嵐はにへっと笑う。
「んも〜、シケた面すんなよぅ」
そして、ダニエルの頭をわしゃわしゃと撫で回す。
「や、止めろって!」
どこか子供扱いされているような気がして、瞳を白黒させながら見返すが、嵐の飄々としたような顔に、何も言えなくて、ただ俯いた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2380/向坂・嵐 (さきさか・あらし)/男性/19歳/バイク便ライダー】
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■ ライター通信 ■
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VamBeat −Sequentia−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
同性であることと嵐様の性格でしょうか、負い目という部分も少なからずありますが、警戒心等々殆どない感じになってます。
それではまた、嵐様に出会えることを祈って……
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