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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


鶴と亀がすってんころりん
どんよりと雲って降り出しそうな空。あやかし荘の周りの木々も、いつもより冷えた空気をまとっている。そんな場所に喪服の人々が言葉少なに集まっている。
一室に誂えられた葬式用の祭壇には、在りし日の鶴橋亀造(つるはし・かめぞう)の遺影。親族たちが焼香の順番を待ちながら囁きあっている。
「落盤事故ですって」
「まだ若かったのに」
「だからフリーカメラマンなんて」
そんな部屋の隅に、親族ではなさそうな女が二人、正座をしてうつむいている。
一人はセーラー服姿の三島玲奈 (みしま・れいな)。もう一人は貫頭衣のクレアクレイン・クレメンタイン。
泣き腫らした目のクレアは涙声でつぶやく。
「生きてるってばよ」
クレアの言葉を聞いた玲奈は肩で軽くクレアをつつく。
「そんなこと、言うもんじゃないわ」
クレアはうつむいたまま言葉を続ける。
「だって事実だろ」
「あなたがどう思おうと、公式にはそうなの。鶴橋亀造はもう、この世にはいないの」
クレアの握り締めた拳に涙が落ちる。
「だって、だってよう」
玲奈は肩を震わせるクレアをそっと抱き、あやすように背中を叩く。
「大丈夫。大丈夫よ。あたしがついてる」
クレアの嗚咽が大きくなる。それまでこらえていた人たちもつられて泣き始める。
部屋の中で鶴橋亀造の遺影だけが笑顔を浮かべている。

「だからって」
あやかし荘の裏庭の焼却炉。ダンボールを抱えた玲奈にクレアが抗議する。
「こんな日に遺品の処分とかしなくても」
「こんな日だからするのよ。明日から旅行でしょ、あたしたち」
玲奈は構わず荷物を焼却炉に投げ込んでいく。
「うわ! 一張羅が! 道玄坂96の流出写真が」
「仮にもジャーナリストがアイドルのプライベート写真に鼻の下伸ばしちゃって。あー、やだ」
「そういうのも仕事なんだって! 霞食って生きてるわけじゃないんだから」
「そんなこと言って。もっとピースフルでハッピーなカメラのお仕事、いくらでもあるでしょ?」
「そこで道玄坂の歌詞入れてくるとか」
言い争う二人に、喪服の男が声を掛ける。
「あの」
振り向いたクレアが驚いた声を出す。
「おじさん!」
おじさん、と言われた男性が困惑した表情を浮かべる。
「確かにわたしは亀造の叔父だが。どこかでお会いしたことが?」
クレアは慌てて首と両手を左右に振る。
「いえっ、一度も!」
男はそんなクレアを訝しげに眺める。
「あたしたち、忙しいので失礼しますね」
横から玲奈が割り込み、クレアを引っ張っていく。
亀造の叔父はその後姿を見送りながら「やはり草間興信所か」とつぶやいた。

あやかし荘がある町の役所は、えるふ病患者が発生するようになってからは24時間営業となった。それだけえるふ病罹患者の手続きは急を要するし、また数も多い。
えるふ病専用窓口では妖精の女と突然入れ替わったと訴える白人女達が翼を連ねている。
「はいはいエルフエルフ」
役人が慣れた手つきで死亡届と住民登録を処理している。その列の中に玲奈とクレアの姿が見える。
クレアは手に持った書類を眺め、溜息をつく。
「『クレアクレイン・クレメンタイン』」
玲奈はそんなクレアを横目で見ながら言う。
「いい名前だわ」
「いい名前だし、いい女だよ。でも」
玲奈は涙声になったクレアの頬に触れる。
「どうあっても、あなたはあたしの夫よ」
玲奈は頬を伝う涙を舐め取るようにキスをする。クレアは小さく頷く。拭いきれなかった涙が握り締めた書類に落ちた。

カリブ海、オランダ領キュラソー島。
島には夜の気配が訪れている。
それにしても楽しそうだねえ、と草間武彦(くさま・たけひこ)はカメラのピントを合わせながらひとりごちた。
被写体はえるふ病患者専門の洋品店で試着をしているクレアと、いろいろなコスプレ衣装を着せては大喜びしている玲奈だ。
最初はリゾート地らしいビキニにパレオスタイルだったクレアは、次に試着室から出てきた時には白いレオタード姿だった。それでは満足しなかった玲奈は新しい布をクレアに押し付け、試着室に入るように促す。試着室の中からクレアの声が聞こえる。
「うわ! 今時ブルマかよ」
玲奈は試着室の外から声を掛ける。
「履く時は翼をしまって腰をゴムで押さえるのよ。コルセットじゃ痛いでしょ」
「はいはいー」
衣擦れの音。なかなか試着室から出て来ないクレアにじれた玲奈が声を掛ける。
「無理そうだったら手伝うわよ」
「そんな焦るなって」
クレアの返事に試着室を覗こうとしていた玲奈はその場を離れ、新しい衣装の物色を始める。
じゃーん、と口で言いながらクレアが試着室から出てくる。
「俺、何か目覚めそう」
昭和の香りのする体操着の上から膝上20センチのチェックプリーツのセーラー服を重ね着したクレアは裾をつまんでくるりと回ってみせる。それを見て玲奈は拍手する。
「かわいー!」
店の外でその様子を伺いながら草間はつぶやく。
「盗撮は趣味じゃないがこれも仕事だ。しっかし、肉食系にはコスプレ趣味も含まれるのかね」
草間はエアマイクで道玄坂96のステージを再現し始めたクレアと玲奈に向かってシャッターを切った。

鶴橋亀造の四十九日は市内のホテルで行われることになった。玲奈とクレアも出席の意思を伝えた。
出席者一同が席に着き、会食が始まろうという時、亀造の叔父が手を上げた。出席者全員の目が叔父に集まる。叔父は立ち上がり、全員を見回し、告げる。
「食事の前に全員に知ってほしいことがある」
立ち上がろうとするクレアを玲奈は目で制する。静まり返った会場に入ってきたのは草間武彦だ。
草間は興信所の所長をしていると自己紹介し、叔父に視線を移す。叔父が頷いたのを確かめて調査報告をスライドに映し出す。
「事の発端は正月にあやかし荘に届けられた玉手箱でした」
クレアが喉の奥でぐう、という呻き声を上げる。
「この玉手箱は開けた者が鶴に変化するという代物でした。一度化身してしまった者が人間に戻ることはありません。そして間の悪いことに鶴になった人間は、致死性鳥インフルに罹患してしまったのです」
クレアは俯き、両手を握り締めている。
「鶴になった人間は死を待つばかりかと覚悟を決めました。ところが、その情報を朗報と取った魔導士が彼に取引を持ちかけました」
スライドにエルフ耳の女魔導士のイラストが映し出される。
「現在巷を賑わせているえるふ病。これは肉体と魂が入れ違ってしまう現象ですが、魔導士にはこれを制御する力がありました。そして鳥インフル罹患患者に持ちかけたのです。『自分が入れ替わって鳥インフルを引き受けよう。ただし現在の肉体は滅びる。それでもよければ、生き永らえる術がある』と」
スライドが交換される。どよめきが起こる。映し出されたのは落盤事故の現場だったからだ。

「魔導士の目的は鳥インフル自体にありました。宿敵である竜族への復讐。ウィルスを竜族に罹患させるために自らバイオテロ兵器となり単身竜族の元へ乗り込み、抵抗の結果の落盤事故に巻き込まれました」
スライドには在りし日の亀造の姿。会場から疑問の声が上がる。
「ということは、亀造は?」
草間は両手を打ち鳴らす。クレアが草間に飛びかかろうとするが玲奈に押さえられる。
「これが現在の鶴橋亀造氏の姿です」
スライドに超ミニ、ブルマがちらりとのぞくセーラー服でアイドルのような決めポーズを取っているクレアの姿が映し出される。クレアがくずおれる。
「よりによってそれかぁぁぁぁ! やめろ、やめてくれぇぇぇ!」
予想外の展開に呆然としていた一同が少しずつ状況を把握してゆく。クレアは蹲ったまま恥ずかしい、恥ずかしいとただ繰り返している。

「隠さなくてもいいじゃない」
むしろ早く言って欲しかったわ、と不満げな叔母。
「お前可愛くなったな」
と亀造の悪友。
草間はキュラソー島で撮り貯めたコスプレ写真を次々に表示させる。
「うわ〜恥ずかしい〜。やめろ〜」
玲奈はのたうつクレアの両頬に手をかけ、上を向かせる。
「観念なさい」
クレアは涙目で抗議する。
「そりゃおまえは元々コスプレ魔だし、」
玲奈はクレアの言葉を遮り、言う。
「どうあっても、あなたはあたしの夫よ」
そしてキス。クレアは口を塞がれ、静かになる。
誰からともなく、拍手が起こった。

<了>