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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ あの日あの時あの場所で……【回帰・17】 +



 思念体である母さんが俺を抱く。
 その優しくて温かな腕の中、俺は彼女に向かい合い、その手を掴んで訴えた。


「母さん、俺と一緒に現実世界に戻ろう!」


 記憶を母である貴女から貰った俺は空白の時を埋める事に成功し、空虚だった場所が満たされているのを感じる。全ては全て貴女が俺を求めてくれた心を教えてくれたから。俺を捨てたのではなく、そうせざるを得ない状況に追い込んだ周囲の圧迫が彼女を俺を研究所に渡すという判断へと至らせたのだと痛いほどに分かったから。
 もう迷わない。
 母は俺を愛し、求めてくれていたと知った今は決して彼女に負の感情など――。


 だが一緒に帰ろうと訴え続ける俺に対して母さんは微笑むだけ。
 病院で浮かべるよりも感情の篭ったとても柔らかな笑みはそれだけで……胸が痛い。ここにいる母さんは決して壊れた人ではない。この場所に存在する――つまり彼女の精神の本質は正気を得ている。だからこそ俺の言葉にきちんと応えようとしてくれるのだが、それは微笑みという形で拒否されているのだ。
 何故。
 俺の中で疑問が浮かぶ。
 あんな病院に閉じ込められずに一緒に暮らせたらどんなに嬉しいか、どれだけ幸せか。今ならば俺が貴女をこの手で護って大事にしてあげる事だって出来るのに――!


「母さんが戻らないなら俺もここにいる! もう一人は嫌だ!」


 訴える。
 母子として一緒にいたいと。俺も幼き日は貴女を探し求めていた。あの研究所の日々の中、貴女が迎えにきてくれるのだろうと信じて信じて……待っていた先、やっと今こうして貴女と出会えたというのに。
 それでも、貴女は笑うんだね。
 困ったように、その笑みが謝罪の証のように――その思念体の腕で俺を抱きしめてくれながら。
 伝わってくる思念体からの念。それは唇から零される言葉ではなく、直接染み渡る声色。


『いまはまだもどれないの』
『わたしはそれでもあなたをおもっている』
『あなたはけっしてひとりじゃないわ』
『だからまっていてね』
『いつかわたしがあなたにあいにいくまで』


 言葉じゃなくてそれは感情が形になったもの。
 壊れた人は心を閉ざし、その胸に硬く閉ざした扉を抱えている。俺はそのための鍵を今所持していない。内側に閉じこもる母親を無理やり引っ張り出しても彼女はまた扉を閉めて一人で精神篭城を選択してしまうだろう。だから病院の人たちは決して彼女に負担を掛けぬよう言葉を選び、少しずつ、少しずつ、外の世界が怖くない事を教えやがては再び生きていける事を選ぶよう心のケアをしてくれている。
 今、彼女は篭城の時。
 『自我』を護るために作り上げた悲しみのない虚構の城の中で覚醒の時を待っている。


 記憶を共有しても俺は彼女を導く『案内人』にはなれない――その事を悔しく思いながらもその役割を担っている人物の姿を思い出す。
 カガミ――そしてスガタにミラーにフィギュア。彼らの代わりなど、俺には出来ない。だからこそ決意する。心と心を通いあわせられるこの瞬間に彼女には宣言する事を。


「いつかきっとまた母さんを迎えに来るから!」


 だからその時は。
 今は戻る事を俺は選ぶけれど、母さんが心を開いてくれる事を祈りながら先を行く。
 俺は一人じゃない。母さんも篭城していても俺が見舞いに行って多くを話しかけ、外の世界を教え、もう彼女が戻ってきても大丈夫であるという環境を作ってあげよう。その為なら俺はまっすぐ走っていけるだろうから。
 手足が光の粒子となり四散していく。
 選択した俺はこの場所から追い出され、ゆっくりと意識が消えゆく。これは同化の現象ではなく目覚めへと至る道程。なんて、なんて温かな光の――大地。


『あなたがいくさきにしあわせがまっていますように』


 この大地の中に立つあの人はどこか神秘的。
 両手を組み合わせて祈るその身体の小ささに俺は自身の肉体の成長とそして存在のちっぽけさを知った。
 消えても残る温度。
 それら全て一瞬の出来事。
 ねえ、待っていて、大切な人よ。貴女を護る腕は父の代わりに俺がなるから。


―― ……シャラン……。


 鈴鳴りの音が導く俺の肉体への道。
 守護するようなその音を迷わず辿れば――現実への帰還の道程が開けている。



■■■■■



 涙で呼吸が出来なくなる事を久しぶりに思い出した。
 零れて零れて、拭ってはそれでも溢れかえるその涙。止められない感情の流出はどうしてか。胸が苦しい。でもそれは不快ではない事が嬉しくて――。
 夏の強い日差しを避ける様に木々が作る影の下でカガミが座り込み、俺の頭をその膝の上に乗せてくれている。ああ、戻ってきたのだ。こっちが現実世界なのだ。まるで自分の過去分過ごしたかのような感覚に襲われ、俺は体感時間が可笑しくなっている事を知った。実際は三十分ほどだったなんて嘘だと言いたくなるほどに。


「カガミ、俺さっ」
「うん」
「俺、俺っ……母さんに会えたよ……! 母さんの記憶取り戻したよ……!」
「うん」
「ふ、……ふぇ、ぅ、ぁあ……! やっと、思い出したんだよッ……――」


 俺は感情が昂るままカガミの腰に腕を回して抱きつく。
 カガミは変わらず青年の姿のままで、俺の頭を優しく撫でてくれた。その手がどこか母さんを思い出させて――でも異なる事に安心してしまう。溢れ出す感情の逆流。憎んで憎んで、でも憎みきれなかった愛しい母親。たった一欠けらでもいい。たった一言呼んで欲しい。そう願っていた事を叶えてくれた深層エーテル界での邂逅。
 『ゆうた』、と拙い舌使いで呼んでくれた。
 更に俺を愛し続けてくれていた事を教えてくれた。
 その事実だけが俺を満たして堪らない。愛しい、愛しい、愛しい。全身がそう叫ぶかのように涙が止まるまで時間が掛かってしまう。


 けれど此処は神社の境内の中、いつまでも泣いているわけにはいかない。
 人気がないとはいえ全くとは言えず、時折自分達の方を見やる観光客も存在しているのだ。俺は落ち着きを取り戻すとそろそろ移動をしようと立ち上がろうとするが――。


「っ!?」
「まだ動けないって。深層エーテル界に居た反動で身体と精神がまだくっついてねえんだよ」
「え? え?」
「あそこに行くには肉体的感覚と精神的感覚とを切り離した状態で行かなきゃ駄目だったからな。だから精神疲労も重なっている上に『普通』に手足を動かそうと意識しても、精神体の方が動いちまって身体がそれに順応しきっていないんだよ」
「……と、とりあえずまだ動けないって事だよな。でもあんまり此処にいるのも……」
「しゃーねえ、俺が運ぶか。……で、姫抱きと俵抱きどっちがいい?」
「単純に肩を貸してくれるかせめておんぶがいいー!!」


 究極の選択肢を用意してくれたカガミに俺は思わず安全かつ人の目をそこまで引かない体勢を願う。もちろんからかっているだけだと分かってはいるが、……こう、突っ込まずにはいられないのは何故だろう。
 だがザッ、と土を踏む音が背後から聞こえる。それと同時に掛けられる声。木々の後ろから現れたのは――。


「おい、お前! 人間のくせに深層エーテル界に行ったな!」
「行ったな!」


 そこにいたのは、犬耳犬尻尾が付いた幼い子供が二人。
 その顔付きがそっくりである事から恐らく兄弟であることを推測するのは容易い。いきなりの登場とその容姿にびくっと身体が緊張する。大分身体と精神が繋がってきている事を感じるが、まだまだ思い通りには動かない。あくまで感情的な反応のみが今の俺の精一杯らしい。
 カガミの方へと顔を向ける。
 彼は呆れ返ったような視線をその兄弟へと向けて、ふぅっと溜息を吐き出す。


「行かせたのは俺だ。文句があるならこいつの『案内人』である俺が対応するし、罰も受けよう。お前達の領域を犯した罪は避けない」


 その言葉から俺はこの二人がただの獣人でないことを知る。
 カガミと二人の子供とを交互に見やりながら俺は早く自分で動けるよう祈るばかり。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは!
 第十七話もとい第二部・第七話のお届けです!

 現実世界にお帰りなさい! そして新たな人物が……とわくわくしております。まだ正体は秘密っぽいので今回は描写せず伏線っぽい言葉だけを残して。
 長い長い旅路。やっと終盤へと至り始めましたが――なんだか寂しさと共にまだまだ書ける事に感謝を。