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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜その幕引きはいともたやすく〜


 白鳥瑞科(しらとり・みずか)は、ほんの少し驚いた顔をして、目をまたたかせた。
「…手ごわい敵、ですか…」
 手には血にぬれた銀の剣を持ち、純白の羽毛のように音もたてず、ふわりと地に降り立つ。
 高く生い茂る木々の間に、無数に転がる異形の者どもの死体――まるで路地から急に子猫が飛び出して来たときのごとく、無邪気にびっくりして瑞科は肩をすくめた。
「これでは手合わせにもなりませんわ」
 ピクリとも動く影すらない目の前の光景に、瑞科はあっさりと背中を向け、歩き出す。
 あとは帰還するだけだ。
 だが、これでは拍子抜けもいいところだった。
 
 
 
 瑞科が上司である神父から呼び出しを受けたのは、ほんの1時間ほど前のことだ。
 ある悪魔崇拝教団の殲滅作戦が、どうやら失敗したというのだ。
「こちらの部隊は瀕死の重傷者ばかりだ。敵は非常に手ごわいようでな。数も力も、圧倒的なのだそうだ」
「…はい」
 瑞科の全身に緊張が走る。
 神父がこれほどまでに重い声で語るのを、今までに一度も聞いたことがなかったのだ。
(そんなに強い敵なのですわね…)
 自然、背筋がすっと伸びた。
 固い面持ちになった瑞科に、神父は噛んで言い含めるようにこう言った。
「君が油断などという言葉を持ち合わせているとは到底思えないが、気を引き締めて向かってくれ」
「かしこまりました」
 百合のようにしなやかに、瑞科は神父にこうべを垂れる。
 ここが司令室でなかったら、舞踏会での一場面のようにさえ思えるほど優雅に一礼し、彼女は颯爽と戦場へ繰り出したのだった。
 瑞科を待っていたのは、100を優に越す、半人半獣の者たちだった。
 それは行方不明となっていたある町の人々が、おととい訪れた満月の夜に、ある悪魔を崇拝する教団の手によって、人に似た、人ではないものに変貌させられた姿だった。
 最初、教会は行方不明になった人々の居場所を突き止めようと調査を続けていたのだが、その教団は険峻な山奥に根城を持ち、その山の麓に結界を張っていたため、発見自体が遅れてしまったのである。
 結界を壊し、中に侵入したときには、敵の戦闘準備は完了していた。
 地形を利用し、あらゆるところから現れる、神出鬼没な異形の者たちに、教会の部隊は一方的な苦戦を強いられた。
 決して力なき者たちが教団殲滅に向かったわけではないのだが、地の利も運も敵に味方したのである。
 教団の部隊の者たちは命からがら戦場を離脱した。
 そして、その後を託されたのが、瑞科だった。
 瑞科はさっそく教会から渡された地図を元に、悪魔崇拝教団が根城を置くある山へと入って行った。
 その時点ですでに、おそらく教会の部隊の人間たちが流したのだろう濃い血のにおいと、なぎ倒されて道をふさいだ木々、ただよう不穏な瘴気などがその山全体を覆っていた。
 ただ、瑞科はそれらには捕らわれず、まるで街中に散歩にでも出るかのような軽い足取りで山へと分け入った。
 入って5分とたたないうちに、部隊を追い返したことに気を良くした、さして知能の高くない敵の一団が、咆哮をあげて襲いかかって来た。
 瑞科は若干侮蔑の色を浮かべた目をちらりと彼らに向け、トンッと片足で跳躍した。
 そのまま彼らの頭上を、空中で一回転して飛び越え、背後に回る。
 彼女が生み出した風が、シスター服の裾をはためかせ、その内側、ニーソックスに包まれた、細いが肉感的な脚をわずかにさらした。
 元は人間だった異形の者たちだ。
 彼女の脚を見て、目を血走らせる者も当然いる。
 さらに瞳の侮蔑を濃くし、瑞科は体勢を低くして彼らの間をすり抜け、軽やかに手に持った剣を横なぎに一閃した。
 彼らは自分が何をされたかもわからないまま、胴体と頭を切り離され、ドサリと重い音をたてて地面に倒れ伏した。
 その後も、奥へと進むにつれ、敵の数と力と知能は増したが、瑞科にしてみれば、呼吸をするのと同じくらい造作もなかった。
 彼女が飛翔し、旋回し、舞う。
 その間に、剣は彼らを難なく切り裂き、焦げ茶色の地面に汚い血と肉片をまき散らした――瑞科自身には返り血ひとつ残さないままで。
 彼女には部隊がなぜあんなにあっさりと敗北したのか、まったくわからなかった。
 こんなにもたやすく、敵は斬り伏せられていくのだ。
「修練が足りないのでしょうか」
 瑞科は敵の只中で、かわいらしく小首を傾げた。
 そうやってあっさりと彼女は重厚な敵の層を突破し、あっという間に頂上付近にある敵のアジトにたどり着いた。
 どうやら味方の部隊はここまで来ることすらできなかったようだ。
 周囲には敵の死体は転がっていなかった。
 瑞科は堂々と正面から中に入り、意識を澄ませて敵の気配を探ると、まっすぐにそちらに足を向けた。
 程なく、敵の首魁が鎮座している広間のようなところに出たが、彼は今まで見て来たどの敵よりも醜悪な姿だった。
 細い眉をひどくしかめ、瑞科は剣を握り直した。
「悪魔を身に取り込んだ者の末路ですわね」
 敵は鷹揚に立ち上がると、吠えながら一直線に瑞科に突進してくる。
 それをひらりとかわして、背中に一太刀浴びせ、返り血を避けて大きく後ろに飛びすさる。
「グルルルゥ……」
 怒りのうなり声が敵の口から泡と共に漏れた。
 ふう、と肩で吐息して、瑞科は地を蹴った。
 空中で振り向き、不意を食らった敵の頭上から、緩やかに弧を描きながら剣を振りかぶる。
 そのまま頭頂から敵を真っ二つに切り裂いて、彼女はそっと床に降り立った。
 血しぶきが上がり、派手にあたりを染めて行く。
「手ごたえがなさすぎますわ」
 上官の神父の言葉を思い出し、少々の驚きをこめながらそれを見つめ、瑞科は剣をおさめた。
 味方の部隊が任務に失敗したというから、どれほどの敵かと思ったが、やはり瑞科の敵ではなかったようだ。
 あっけない幕切れに多少の失望を覚える瑞科であったが、今回の任務もこれで無事完了したのだった。
 
 〜END〜