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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜咲き乱れし業の華〜

 一体、幾度その剣を振るったかしれない。
 時間の流れなど、一度敵地に潜入してしまえば気にならなくなるもので、急いてもことを仕損じては意味がない。
「は……っ!」
 剣閃が、目の前に現れた低級の魑魅魍魎を斬り裂く。刹那、飛び出した鮮血が、彼女、白鳥瑞科の服を濡らした。
「全く、こればかりはなかなか慣れませんわね」
 いちいちぬぐっていては時間の無駄、ということはわかっていても、つい、瑞科は己の服に目線を落とした。
 瑞科達、人類に仇なす魑魅魍魎の類や組織をせん滅する事を主な目的とし、活動している武装審問官に与えられる服の素材は、常に最先端のものをあつらえられている。シスターといえど、戦うことを専門にしている彼女達にとって、良くある修道服は動くのに適さない。故に、素材と同様、動きやすさも兼ね備えた彼女達の服は、体のラインにぴったりと沿うように出来ていた。
「まぁ、気にしていても仕方ありませんわね」
「そうだなぁ、あんたはここで死ぬんだからよぉ」
 唐突に、下卑た笑い声が響く。
 別に、その存在に気付いていないわけでもなかったのだが、相手の出方を窺って様子を見ていたら、いつの間にか囲まれる形になっていたらしい。
「わたくしが死ぬなんて、面白いことをおっしゃいますのね」
「そうだなぁ。殺しちまうのも、もったいねぇ、よなぁ」
 今度は、別方向から男の声。だが、その姿は、およそ、人間とは言えない姿形をしていた。
――魑魅魍魎に成り下がった、といったところかしら。
 独りごち、恐らく元は人間の男だった者達の、いやらしい視線を受けながら、瑞科は冷静にその状況を見ていた。
 敵の目線は、様々だ。シスター服の、腰下まで入った深いスリットと太腿に食い込むニーソックスに覆われた素肌の部分、コルセットによって引き締められ、強調された胸、純白のケープとヴェールによって阻まれた顔、というよりは唇。それらに、突き刺さるような視線を感じる。
――まぁ、見た目はどうあれ、所詮は男ですわね。
 瑞科自身、意識してその衣装を着たことはないが、戦場に立つと、度々、男達からこのような、ある意味熱烈な歓迎を受けることもしばしばだ。
 これが普通の感覚なら、そんな男達の目線を感じ、嫌悪感を示すところだろうが。
――その前に、せん滅してしまえば済む話ですわ……!
 固い廊下に、ブーツの音が響き渡る。
 足音がしたのは一瞬。
 だが、
「ぐわぁぁぁ」
「ぎゃあああああ」
「が、はぁ……」
 様々な奇声を上げ、魑魅魍魎が何体も一気に斬り殺される。目にもとまらぬ動きに、他の者が躊躇すると、
「はっ!」
 短い呼気が吐き出され、また、数体一度に、斬り捨てる。
「逃がしませんわ!」
 近づく終焉に恐れをなして、さっきまでの威勢をなくし背を向けた敵に、容赦なく鋭い蹴りを浴びせかけ、それだけで、魑魅魍魎の体は壁に叩きつけられ、果てた。
 その間にも、恐るべきスピードで間合いを詰め、瑞科が放った突きが、まとめて敵を刺し貫く。それらを振り払い、投げ捨てると、あとはもう簡単だった。
 斬って捨てる、ただ、それだけ。
「こんなものですの? あっけないものですわね」
 淡々とした口調で告げ、瑞科は顔に飛んだ返り血を拭う。今度は、グローブにその血が染み込んだ。
「それにしても、戦闘服というのに、白を使う、というのは、少々いただけませんわね。返り血で汚れてしまうというのに」
 言いながら、彼女は、手首までの短いグローブの下の付けた、装飾入りのロンググローブを見る。
 戦いの最中、細心の注意を払ってそれを汚さないようにする、というのは無理な話で、案の定、元が白いのがギリギリわかるくらいには赤黒く染まっていた。
 だが、これが、与えられた最新鋭の戦闘服だ。文句は言えまい。
 そう思い直して、硬質な廊下にブーツの音を響かせながら、瑞科は死屍累々と転がる魑魅魍魎をかきわけ、更に奥へと進んでいく。
 このブーツの音は威圧だ。
 本来なら、潜入には向かないこの足音も、逆に敵を呼び寄せるのには効果的だ。
 実際、こうして歩いている間にも、次々に魑魅魍魎が襲いかかってくる。それを、剣で薙ぎ払いながら、瑞科は決して歩みを止めなかった。
――あと、もう少し。
 そう胸中で呟いた矢先、目の前に、重厚な扉が見えた。
 ――ここ、ですわね。
 剣の柄を握り直し、瑞科は、一呼吸置くと、一気に扉を開けた。
 刹那、
「ッ……!」
 銃声が響き渡るが早いか、彼女は、とっさにその場から飛び退いた。元いた場所の床には、弾丸が深くめり込んでいる。
「これはこれは、何とも艶めかしい武装審問官がいたものだ。その服装、少々窮屈ではないのかね?」
 言いながら、銃を構えた男が、余裕たっぷりに笑う。彼も、先程飛び退いた衝撃で体勢を崩し、揺れる胸を、スリットから惜しげもなく覗かせた足を、くまなく見ていたが、あの時の魑魅魍魎とは違い、いやらしい雰囲気は感じられなかった。単純に、瑞科の能力をはかっているかのように。
「なるほど、ずっと、そこで、わたくしの闘う姿を見ていた、という訳ですのね」
「ふっ……」
 男の背後にある、無数の監視カメラから送られているらしい映像を見ながら言う瑞科に、男は、ただ余裕の笑みを漏らしただけだった。
――この男が、この組織の……!
「さぁ、どこまで逃げ切れるかな? 武装審問官」
「ッ……!」
 瑞科が胸中で呟くよりも早く、男の銃が火を噴く。その銃弾を全てよけきって、彼女は、一気に男との間合いを詰めた。
「はぁっ!!」
 男の懐に入り込み、一気に勝負を仕掛けた。
 だが、
「ッ……!」
 不意に、体が何かに縛られたように動かなくなる。
 驚き、顔を上げれば、男は、相変わらずの表情で瑞科を見ていた。
「私の部下を、ああもやすやすと殺してくれたんだ。簡単には死んでくれるなよ? いたぶって、いたぶりつくしてから、あの世に送ってやる」
「あぁ……ッ!」
 男の言葉に連動するように、見えない鎖が、瑞科の体を締め上げる。もともと体のラインに沿った服装が、その締め付けにあい、より鮮明に、彼女の姿態を明らかにした。
「何だ、この程度か」
 ほくそ笑み男の声が、脳内に響く。
 だが、それを聞きながら、同時に、瑞科も余裕の笑みを浮かべていた。