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<東京怪談ノベル(シングル)>


『力を求めるということ(1)』



 コツン、とブーツを鳴らし、白鳥・瑞科は優雅に微笑んでいる。その様子はまさに余裕綽々で、彼女が今、敵組織拠点内にて大量の敵と交戦中とは、とても思えない佇まいであった。
 純白のケープの下に潜む、最先端の素材で作られた、体にぴっちりとフィットする戦闘用シスター服を、これでもかとまで押し上げ強調するコルセットを装着した豊満な胸と、腰下にまで入った深いスリットからのぞく、太ももに食い込むニーソックスと膝まである編み上げのロングブーツで着飾った見事な美脚。
 彼女は、シスターと名乗るには似つかわしくない、見る者の視線を釘付けにするような罪深い肉体の持ち主だ。
 それをうねるように躍動させ、瑞科は美しく剣を振るう。
 余裕と自信に満ち溢れた動きは優雅でありながら、刃が敵に触れようものなら、たちまち両断してしまう凶悪な威力を誇っていた。
「あらあら……。こんなものですの?」
 純白のヴェールを揺らし、瑞科が呟くように言う。
 二の腕まですっぽりと包んだ、装飾に富む白い布製のロンググローブの上から、更に手首までの、これまた装飾の美しい革製のグローブをはめた手に握られた剣は、敵を容赦なく斬りすてながらも、その刃には血の染みや曇りひとつ残していないし、勿論、瑞科自体も返り血を浴びた様子は見られない。
 瑞科のずば抜けた技量の高さが、それらによくあらわれていた。斬った敵の返り血を浴びるようではエレガントではない、というのが彼女の持論だ。
 魍魎が吠える。血に飢えた鉤爪をぎらぎらさせながら、そいつは一息で瑞科に迫った。
 一閃。振るわれた鉤爪が真横一文字に空を切る。
 瑞科はその一閃の真上にいた。跳躍していたのだ。
 そのまま前転の要領で回転した、瑞科のブーツの底が魍魎の顔面を踏み抜き、完全に陥没させた。
 さらにとどめのひと押しで加重をかけ、その反動で再び跳躍した瑞科は、着地地点にいた別の魍魎を斬り捨て、ふわりと羽のように地へ降り立った。この場が血と魍魎にまみれていなければ、まるで天使が舞い降りてきたように見えたことだろう。
 彼女がくるりと回れば、スリットの入ったシスター服の裾がはためき、そのたびに弾けんばかりに張り詰めた、艶かしい脚が見え隠れする。
 短く息を吐き、瑞科がたん、と軽やかに地面を蹴った。そのまま眼前の魍魎、三体をあっという間に斬り伏せ、次なる獲物を狙う。
 魍魎の流す血は、赤い。何故なら、彼らはもともと人間だからである。瑞科が襲撃した、組織の構成員。どうやら悪魔と契約を行い、あの醜い姿へと変じたらしい。
 だが、もと人間とはいえ、彼女は容赦しない。任務は組織の殲滅。一匹たりとて生きてかえすつもりはないのだ。
 さらに二匹を斬って倒し、瑞科は足をとめ、当たりを見回した。魍魎は次から次へとわいてきて、瑞科を取り囲んでゆく。しかし彼女に焦りはない。あるのは余裕と、一抹の呆ればかりである。
 瑞科を相手に、少数でかかっていく愚をようやく理解したのか、大勢の魍魎が、彼女めがけ一斉に飛びかかった。そんな彼らを、キン、という鋭い音がひとつ、出迎えた。
 瞬間、魍魎たちは彼女にふれることも叶わず、宙で体を輪切りにされ、無残に崩れ落ちていった。
「少しは楽しめるかと思っておりましたのに、まったく、つまらないですわね」
 構えを解き、溜息をついて、言う。
 悪魔と契約を行ったというのだから、いったい、どれほどの力を得ているのかと思っていたが、全然、たいしたことはない。
 さて、魍魎は次から次へとわいてくるが、だらだら戦いを続けていてもしかたがない。――はやく終わらせてしまいましょう。胸の中で呟き、瑞科がそっと手をかざす。その掌から、重力弾が放たれた。それは魍魎たちのど真ん中へ着弾。たちまち発生した重力場に、魍魎たちが引き寄せられ、押し潰され、消滅してゆく。敵に当てるだけが能ではない。重力弾にはこういった使い方もある。
 やがて、最後の一匹までもが重力の渦に吸い込まれ、消えた。同時に、重力場も静かに消滅してゆく。
「さて、ここは片付きましたわね」
 あとは奥の、組織を統括する者を粛清するだけだ。
 ブーツの音と共に、瑞科は颯爽と奥へと向かう。




 奥へと進んだ瑞科は、やがて広い場所へと出た。
 分厚い書物や、用途の分からない機器がところ狭しと並び、部屋の中心には、六芒星と古代言語によって構築された、魔法陣らしきものが描かれている。
 そして、その魔法陣の上へ、一人の男が立っていた。男はこちらに背を向けており、瑞科が部屋に入ってきたのに気がついたのか、顔をあげ、背を向けたまま問うてきた。
「何者だ?」
「あら、それは愚問ではなくて? わたくしがどこの誰かだなんて、とっくにお分かりのはずでしょう?」
 微笑みを崩さずに、瑞科はそう返す。
「……」
 男はしばらく沈黙したのち、重々しい声で答えた。
「『教会』の武装審問官――だな」
「ご名答。白鳥・瑞科と申します。以後、お見知りおきを」
「また、とんでもない化物が出張ってきたものだ」
 男が、苦笑とも、自嘲とも取れない笑いを漏らす。
「あなた方の行った行為は、『教会』の教義に反します。神に授かりし清らかな魂を、悪魔に捧げるなど、とても、許されるものではありません」
「あんたにゃわからんさ。人はな、力を欲するもんなんだ。あんたみたいに強くない、脆弱な人間はな。……全てを手にしたい。そのためには何がいるか。簡単だ。力だよ。力さえあればなんでもできる。なんでも許されるんだ。それが手に入るなら、悪魔に魂を売ることも、化物に成り下がることも、怖かねぇ」
「哀れな……」
「なんとでも言え」
 そこで、男は瑞科に向き直った。鷹のように鋭い目付きが、彼女を睨み据える。
「消えてもらうぞ、白鳥・瑞科」
 その時、異様な音がした。
 みき、とも、みち、ともつかない音だ。
 まるで何かが皮膚を押し上げているような、気持ちの悪い音。
 それは男の体から聞こえてきていた。
 みちっ、という音が鳴るたび、男の肩が、胸が、体が、異様に膨れ上がってゆく。
 その膨らみはやがて男の皮膚を裂き、その内側から、明らかに外道のものと思しき、毛むくじゃらの肉体が盛り上がってきた。
 そしてすべての皮膚が男の体から滑り落ちたとき、そこには、狼を思わせる容貌と、一対の禍々しい翼を持つ、大柄の怪物の姿があった。
 ――これが、悪魔に魂を売って得た力。なんと醜い、姿なのだろう……。
「人ならざるものに、今日を生きる資格はありません」
 胸の前で剣を構え、瑞科は静かに、そして鋭く告げた。
「神の御名において、あなたを“断罪”します」
        『力を求めるということ(1)』 了