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<東京怪談ノベル(シングル)>


『力を求めるということ(3)』



 よく晴れた日の昼下がり。
 賑わしい街中に、白鳥・瑞科の姿を見つけることができる。
 今日は完全にオフであり、彼女は同僚と共に休日を謳歌している最中だ。
 白くみずみずしい肌と、胸のラインを強調させるキャミソールに、艶かしい太ももが眩しく見えるミニのプリーツスカートと、漆黒のロングブーツ。
 いつもは申し訳程度に控えめな肌の露出も、オフとなるとこのとおりだ。
 とてもシスターとは思えない大胆さに、道行く人々が瑞科に釘付けになるのは必然と言えるだろう。
 男性は勿論のこととして、女性までもが、美しい瑞科に見とれる始末である。
 瑞科も、彼女の同僚もそれには慣れてしまっているので、全く気にすることなく、談笑をしながら歩いてゆく。
 二人は、洒落たカフェテリアを見つけたようで、そこで少し腰を落ち着けることにした。
「それにしても、今回もまた大活躍だったみたいね」
 注文したアイス・カフェ・オ・レをストローで吸いながら、同僚が言った。
「大活躍だなんて、とんでもない。わたくしはただ、任務を忠実に遂行しただけですから」
 瞳を閉じ、そう答える瑞科の手には、湯気の立つ紅茶の入ったカップが握られている。優雅にカップを傾けるその姿は、絵になりそうなほど様になっていた。
「またまた、謙遜しちゃって。聞いたわよ。たった一人で組織を壊滅させたって。凄い大立ち回りだったんでしょ?」
「さて、どうでしょう」
「とぼけてもダメよ。ちゃんと分かってるんですからね」
 と、そんなふうに繰り広げる、同僚との談笑。何気ないことだけれど、瑞科にとって、これは大切な息抜きの一つだ。
 教会でも随一とされる実力を持つ瑞科だが、それでも任務中に気の緩みは毛筋ほどもない。そんな状態を長く続けていれば、いくら彼女でも、いつかは参ってしまうだろう。
 リラックスしながら、同僚と交わす何気ない会話。かけがえのない休息の時間を、瑞科は存分に楽しむ。
 しばらくして、カフェテリアを後にした二人は、服屋を見て回ることにした。
「あたし、良い店知ってるんだ」
 などと言いながら、同僚が瑞科の手を引いて、とある場所へと導く。連れて行かれた先は、着物を専門に扱っている店だった。
「着物……ですか?」
「そうそう。瑞科、今みたいなおしゃれな服もいいけど、着物なんかも似合うと思うんだよねぇ」
 店に入ると、鮮やかな色や模様に染め抜かれた、様々な着物がところ狭しと飾られたり、並べられたりしている。
 瑞科は、思わず目をぱちくりさせた。着物を目にする機会がなかったわけではないが、彼女自身、一度も着た試しはない。浴衣ですら着たことはないのだから。
 同僚が店員を呼び、瑞科に似合うものを見繕ってもらえないかと頼んだ。店員は品定めするようにじっくりと眺めてから、ある一つの着物を選んできた。
 線弧を三日月型に描き、芝草に見立ててそこに露の玉をぽつぽつと描いた露芝の文様が優雅な、いかにも涼しげな雰囲気ただよう、萌黄色の着物。帯はワンタッチでつけることができ、着付けが不要なので、一人でも気軽に着ることのできる一品だ。
「ほらほら、試着してみなよ」
 同僚に急かされ、瑞科は試着室へ向かう。
 閉めきったカーテン。狭い試着室のなかで、着物を着るために衣服を脱ぐ。たちまち、下着からこぼれんばかりに豊かな胸が姿をあらわす。ミニスカートも脱いでおく。なんでも、本来、着物を着る際は下着をつけないものらしいが、さすがにそれは気が引けるので、今はこのままでいいだろう。
 着付け方のレクチャーは、試着する前に軽く受けてある。
 衿をマジックテープで着物に貼りあわせ、巻きスカートを指導された通りにはき、鼻先からVゾーンへ縦のラインをあわせ、綺麗な衿元ができるように上着を羽織って、前をしっかりと紐で結ぶ。そして最後にワンタッチ帯だ。これは調節可能なゴムベルトになっていて、至極簡単に付けることができる。
 そうして試着を終えたとき、鏡の前には、今まで自分が知らなかった、新しい自分の姿があった。
「……悪くありませんわね」
 胸やヒップ、脚のラインがスラっと見えて、艶めかしいのにいやらしさを感じさせない風に仕上がっている。髪を結いあげてみると、もっと雰囲気がでるかもしれない。
 カーテンを開き、待ちわびていた同僚と店員に着物姿を見せると、もう、絶賛の嵐だった。着た際の印象も悪くなかったので、瑞科はその着物を買い上げることにした。とりあえず着てきた服に着替えなおし、着物は丁寧に折りたたんで袋に詰めてもらっている。
「いい買い物をしましたわ」
 同僚にそうもらすと、同僚も笑顔になって、
「そう。なら、よかった。よく似合ってたわよ」
 再び彼女を褒めるのだった。
 そうこうしているうちに、もう日も落ちかけている。
 着物屋を紹介してくれたお礼ということで、今度は瑞科がとっておきの店へ、同僚を連れて行くことにした。
 本格的なパエリアと、美味いワインを出す、彼女行きつけのフレンチ料理点だ。
 ワインを傾けながら、仕事や実生活、はては恋愛観話などに花を咲かせる一時。
 じっくりと楽しい時間を過ごしてから、同僚とは別れた。着物の袋を携えて、自室へと戻る。
 部屋に帰り着いてから、まずはシャワーを浴びることにした。熱い湯で体を流しながら、今日一日について、思いをはせる。
 久しぶりの、充実した休日だった。いい買い物もできたし、息抜きをすることもできた。そうして養った活力が、次の任務に活きてくる。
 今日買った着物は、また機会があるときに着てみよう。他にも色々、買い揃えてみてもいいかもしれない。
「また、行きつけの店が増えますわね」
 濡れた前髪を両手でゆるやかにかき上げて、瑞科は微笑した。
 シャワーを終え、髪を乾かし、セクシーなネグリジェを着て、ベッドへと向かう。まだ眠気が着ているわけではないが、早めにベッドに入って、また、楽しかった今日の一時に思いを馳せることにしよう。
「神よ。今日という一日を与えてくださり、感謝いたします」
 一日の終わりの祈りを終えて、彼女はベッドに潜り込み、そっと瞳を閉じた。
                  『力を求めるということ(3)』 了