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<東京怪談ノベル(シングル)>


『力を求めるということ(4)』



 休暇の翌日、白鳥・瑞科は、いつもの官能的にすら思える戦闘服に身を包んで、教会へと出向いた。
 家をでる前に、電話に良いメッセージが吹き込まれており、それをきいた彼女はどこか嬉しそうな様子だ。
 教会の研究室に顔を出すと、女性研究員が彼女を出迎えた。
「おはようございます。ごきげんいかが?」
「ええ、それはもう、元気ですよ。いい調子です」
 分厚いメガネの底から不敵な笑みを見せて、研究員が答える。
「例のものができあがったと、伝言で聴きましたのですけれど、今、どこに?」
「ここにありますよ。さあさ、試着をお願いします。今回は、特に自信作です」
 いそいそと研究員が首なしマネキンを引っ張りだしてくる。マネキンには、今、瑞科が着ているものとほとんど同じように見えるデザインの戦闘服が着せられていた。
「一見、同じように見えますけれど、勿論、そんなことはないのでしょう?」
「当然です。わたしが全力を注いだ一品ですから。着ていただければ、違いがよくわかりますよ」
 メガネをぎらりと光らせて、研究員が怪しい笑みと共に、マネキンから脱がせた戦闘服一式を、瑞科に手渡してくる。
 それを持って、彼女はそばの試着室に入り、早速着替えてみた。
 腰下まで深くスリットの入ったシスター服と、膝まである編み上げのロングブーツ。太ももに食い込むニーソックスに、二の腕までを包む白い布製のロンググローブと、さらに手首までを包み込む革製のグローブ。そして純白のケープと、ヴェール。
 一見、普段の彼女と全く変わらない装い。だが、確かに着用してみることで、何が変化したのか、よく分かった。
 まず、なんといっても、着心地が違う。戦闘服は今までよりも体によくフィットし、彼女の艶めかしいボディラインを更に際立たせている。
 そしてよくよく見てみると、それぞれの装飾が、より瑞科好みに変えられていることにも気がついた。なんとも、にくい演出である。
「着心地はいかがですか?」
 カーテンの向こうから、研究員がたずねてくる。
「今までとは、比べ物になりませんわね。装飾も、わたくし好みに変えてくださっていますし」
「それだけではありませんよ。より軽く、それでいて強靭な繊維で編みあげていますので、耐久性も抜群です。ちょっとやそっとの攻撃は、まったく通りません。まあ、あなたが敵の攻撃をまともに受けるなんてことは、そうそうないと思いますが」
「まったく、文句のつけようもありません。素晴らしい出来です」
「そういっていただけると、研究者冥利に尽きます。実戦テストは、なさいますね?」
「ええ、勿論。お願いいたしますわ」
 瑞科は試着室を出て、更に奥の重々しい扉を抜けて、戦闘室へ入る。
 その部屋では、最先端の技術を使用したバーチャル・リアリティによる本格的な実戦テストを行うことができる。
 剣一本のみを携えて、瑞科は言った。
「では、はじめてください」
 その言葉を合図に、部屋の景色が瞬く間に変わり始めた。
 荒野。そして目前に、五体の悪魔が現れた。狼男に、ガーゴイル、リザードマン、アーリマン、デーモン。ファンタジーものに出てきそうな彼らのチョイスは、恐らく研究員の趣味によるものだろう。
 悪魔たちは唸るように喉を鳴らし、瑞科を引き裂こうと、爪と牙をぎらつかせている。それらはバーチャル・リアリティの産物だが、実戦テストとはいえ、受けたダメージはしっかりと通る。油断していると、痛い目を見てしまうだろう。
 ――油断、という言葉が、瑞科の辞書に乗っていれば、の話ではあるが。
 敵が動き出したのに合わせて、瑞科も剣を構えた。
 まず、つっかけたのは狼男だった。他を寄せ付けない速さで、瑞科へ迫る。狙いは首筋への噛み付き。その、噛み付くために大きく開いた口が、次の瞬間、真横に切り裂かれ、さらに大きく開いた。目にも止まらない瑞科の一撃が炸裂したのだ。リアリティのある血しぶきが舞い、狼男は後ろに倒れ動かなくなった。
 たん、と地面を蹴って、瑞科がリザードマンへ攻撃を仕掛ける。リザードマンは、彼女の剣を盾で防ぐことには成功したが、間髪を入れない、瑞科の空き手による拳が一発、顔面に決まった。人間離れしたその威力に、リザードマンの首が限界を越えてのけぞり、骨の砕ける音が鳴り響く。
 そうしている間に、ガーゴイルは宙を翔んでおり、デーモンは瑞科の真正面、アーリマンは背後に回りこんで、彼女に攻撃を仕掛けてくる。
 デーモンの手のひらから雷が放たれ、同時に、背後のアーリマンが刺叉を繰り出す。挟み撃ちだ。だが瑞科は悠然と剣を振るって正面の雷を消し飛ばし、その風圧でデーモンすらも斬り倒すという離れ業を見せた。背後からの、刺叉による一撃は、豊かな肉体を揺らしながら後方一回転し、躱す。アーリマンの頭を片手で鷲掴みにして、ねじ切る勢いで捻り上げ、息の根を止めるというおまけつきで。
 着地し、両の目で宙のガーゴイルを見据え、瑞科が力強く宙へ飛び上がる。
 ガーゴイルは口から灼熱の息吹を放ち、瑞科を焼き尽くそうとする。が、一歩遅い。ガーゴイルが息吹を放つよりも速く、瑞科の振り下ろした剣が、ガーゴイルの体を頭の先から一直線に駆け抜け、縦真っ二つに割ってみせた。
 決着。結果は、完璧なまでの、瑞科の勝利。
「――いい調子ですわ」
 瑞科は、あくまで穏やかに微笑するのだった。



 
 実戦テストを終え、瑞科は一息つく。
 なかなか、実のある戦闘訓練だった。新たな戦闘服での動き心地は抜群で、きっとこの先、どんな実戦でも良い結果を出せることだろう。
 ――ふと、瑞科は思いだす。数日前に殲滅した組織の、長の言葉を。
 人は、力を欲する。求めるものを手に入れるために。
 確かに、そうかもしれない。だが、それを他のものに頼って、己の魂や、姿を捨ててまで得ることは間違っていると思う。
 力とは、厳しい研鑽の末、自ら手に入れるものだ。実際、瑞科もそうして、先ほどのような実戦訓練を重ね、教会随一とも称される力を得たのだ。それが、彼女の絶対的な自信にも繋がっている。
 自ら勝ち取った力と自信をもってすれば、できないことなど、何もない。
(この先、どんな任務が来ようとも――完璧に、こなしてみせる。わたくしに不可能なことなど、なにもありませんわ)
 果たして、次の任務はいかなるものか――できれば、とびきり困難であればいいと、彼女は思う。
 そうして決意を新たにした彼女は、次の任務を請け負うため、颯爽とブーツの音を響かせながら、神父の部屋へと向かうのだった。

                 『力を求めるということ(4)』了