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<東京怪談ノベル(シングル)>


殲滅戦

1.潜入

周囲には雑木林が広がっている。
特に目立つ物…少なくとも観光名所になるような物は特に無い、文字通りの雑木林だ。
別荘地としては2流どころか3流だろう。
少なくとも、まともな場所では無い。
別荘…かどうかは不明だが、建物も一軒しか建っていない。
そんな人気が無い別荘地に一軒だけ建っている洋館は、そこだけ別の世界のような雰囲気を放っていた。
白鳥・瑞科 (しらとり・みずか)が居るのは、そうした別荘地の建物の入り口を入ったエントランスだった。
入り口の開き戸があった場所は、今は何も無い。瑞科が軽く叩くと、何故か消し飛んでしまったからだ。
風通しが良くなった入り口から、少し涼しくなった秋の風が吹き込んでくると、瑞科の長髪がなびいていた。
彼女が居るエントランスは賑やかだった。
お揃いの白い服と仮面に身を包んだ男達が、一階のドアや階段を上った二階から瑞科を見ている。
よく見ると、皆、体のどこかがおかしい。
手や足、頭など、身体の一部が異形と化しているのだ。
人間をやめつつあるのか、それとも人でない者が人の姿を借りつつあるのか、それは瑞科にも分からなかった。
手が異形と化していないものは、軽機関銃のような銃器を手にしている。手が異形と化している者は、何やら触手の様な物で器用にロケットランチャーやガトリング砲を持っている。片手で…いや、ガトリングに至っては、人が携帯するには大き過ぎる代物だ。
「あら、弾を飛ばす玩具がお好みですか?
 最近の魑魅魍魎は、人が造った玩具も使うのですね」
瑞科は、にこやかに微笑んだ。

2.玩具遊び

戦闘シスターを名乗る瑞科の様相も、人間から出ない範囲で、異形と言えた。
遠目に見れば、衣服をまとっていないと勘違いするような、身体にフィットしたボディスーツをまとっていた。
下半身の側面に入ったスリットも腰の辺りまで伸び、これなら彼女の足さばきを妨げる事も無いだろう。
戦う者にしては美しすぎるという意味で、彼女は異形だった。
瑞科は、にこやかに微笑んだまま、ボディスーツに隠した拳銃を手にした。
ほぼ同時に異形達の重火器が火を噴き、瑞科のブーツが床を蹴る音が響いた。
瑞科の持参してきた拳銃は、リボルバー式のマグナム。弾数は6発。
撃ち方を誤れば、反動で射手の肩が外れかねないマグナム弾を発砲する拳銃だが、瑞科は構わず片手で構え、床を蹴りながら6連射した。
彼女が引き金を引くとほぼ同時に、異形の頭部が一つづつ吹き飛んでいった。
反動が大きい分、威力は確かで、当たりさえすれば熊の身体でも貫通するような銃では、ある。
「こんな玩具で撃たれただけで、動かなくなってしまうの?
 不便な身体ですね」
彼女は自身に向けられた銃弾を避けながら、異形の脆さに少し驚いた。
瑞科は銃火器を武器としては認識していない。
そもそも、遅すぎる。
彼女が手にしていたマグナム弾の速度にしても、音と大差無いスピードで、1秒に360メートル程しか進まない。時速に直すと、1300キロ程度だ。
…そんなのんびりとした飛び道具では、実戦の役には立ちませんのに。
と、瑞科は常々不思議に思っている。
「当たると頭が吹き飛んでしまうなら、避ければ良いのに…」
こんな玩具を避ける事も出来ない異形達に、瑞科は少し落胆した。
瑞科は、しばらく異形達の様子を見つつ、銃弾を避け、あるいは指で摘まんでみたりした。ロケットランチャーは受け止めて、そのまま壁に放ってみたりもした。
やがて、瑞科は一つの疑問を感じた。
…もしかして、この方達は、本気なのですか?
人が造った玩具に頼る異形の姿を見て、どうやら彼らが本気である事に瑞科は気づいた。
それから、彼女の手が光った。
「飛び道具を使うなら、せめて音速の数十倍か、出来れば光に近い速さの物を使うと良いですよ」
アドバイスを送りつつ、彼女の手から電撃が放たれ、同時にエントランスから2階へ続く階段が電撃で崩された。
それから、瑞科は、ゆっくりと歩き始めた。
飛び道具が通用しない事を悟ったのか、異形達も近寄ってきた。
瑞科の銃撃で6人程が肉塊と化しても、まだ、10人程の異形が残っていた。
手が異形の触手と化した者達の無数の手が伸びてくる。
手近に居た3人程の手が、瑞科に伸びてきた。
瑞科は足を止めす、手刀で触手を叩き落とし、切り落としていく。
細い彼女の腕だが、触手を叩き落とすには十分だった。
ゆっくりと彼女は異形に歩みを進め、手刀で突いていく。
その手は、異形達の身体を肉と骨ごと貫いていく。
…やっぱり、脆すぎますね。
瑞科のか弱い女の手で、異形達は順次貫かれていった。
水を弾く素材のボディスーツは、返り血もほとんど流していく。
しなやかな女の身体は、大して汚れる事も無く、異形達を肉片に変える作業を続けていった。
数十秒後、エントランス周辺の生物は瑞科だけとなった。
普通の人間にとっては恐怖の対象となるべき異形達の手応えの無さに特に感慨も無く、瑞科は建物の探索を開始した。

3.人をやめた異形は

異形…確かに、人の姿をやめた魑魅魍魎達だった。
だが、それがどうしたと言うのだろう?
獣のように膨れ上がった足も、触手のように伸びる腕も、別にどうという事も無かった。
瑞科の身体に触れる事も出来ず、粘土のように身体を貫かれ、小枝のように体をへし折られるばかりだった。
淡々と瑞科は歩みを進め、地下の祭壇のような場所までやってきた。
「貴方が、この組織の責任者の方ですか?
 …というより、私の話を聞いておられますか?」
瑞科は、祭壇の広間に居た異形に声をかけた。
他の身体の一部が異形と化した連中とは違い、全身が異形と化していた。
全長数メートル程の体躯を硬質の外殻が体を包み、6本程に増えた足が体を支えている。手は無く、頭も体と一体化しているようだ。
強いて言えば、その姿は蜘蛛に似ていた。
果たして、人の言葉をまだ理解しているのか怪しいと瑞科は思えた。
だが、言葉を聞いていようと、そうでなかろうと瑞科には関係無い。
教会に反する存在として、消去するのみだ。
ボディスーツに身を包んだ女の身体は、完全に異形と化した存在を前にしても、ゆっくりと歩きだすのみだった。
機械的に作業をこなす彼女だが、それでも彼女が動くと、それに合わせて、ボディスーツに包まれた胸が揺れ、身体の筋肉が動物的に動いた。
異形は蜘蛛の糸のような謎の物体を吐き出し、それは瑞科の身体を通り抜けるかのように、彼女の後ろへと流れていく。
やがて、瑞科の手が、彼女の胴回りよりも太い異形の足へと触れた。
次の瞬間には、巨大な足が瑞科が掴んだ所から引き裂かれていく。
「見かけが変わっただけで、他の皆さんと大した違いはないようですね」
瑞科は、にこやかに言いながら、異形の足を掴んでは順番に折っていった。
足をすべて失った異形は、数メートルの巨体を思う様に動かす事も出来ず、地面でもがいていた。
胴体の一部と化している頭部は地面から数十センチの高さまで降りていたので、瑞科はブーツを履いた足をその上へと乗せた。
「人をやめた虫さんは、踏み潰すに限りますね」
瑞科はにこやかに言いながら、異形の頭部を踏む足に力を込めた。
スリットの合間から見える彼女の太ももが、小刻みに震えているのがわかる。
そうやって少し力を入れなくては、異形の頭部は踏みつぶされてくれなかった。
さすが、ボスは他の異形とは違うようだった。
数秒後、この周辺で動いているのは瑞科だけになり、彼女の任務は終わりとなった。