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殲滅の帰り道
1.一休み
手応えは無いが、任務は任務。
一仕事終えた瑞科は、一息ついた。
人気が無い別荘地の地下には、瑞科が肉片に変えた、異形の死体が薄明かりに照らされている。
…教会の為にもならず、その他、人様の為にもならない存在にはお似合いですわね。
異形のボスは、二度と人の姿に戻れない程に姿を変えて襲ってきた。
おそらく、瑞科の圧倒的な戦闘力を前にした最後の手段だったのだろうが、それでも、瑞科にとっては、虫が幼虫から成虫に変わった程度の差でしかなかった。
その蜘蛛を思わせる足を全て瑞科に切り裂かれ、文字通り手も足も出なくなった所で止めを刺されている。
瑞科にとっては、それこそ虫でも潰すのと変わらない労力だったが、一方で、手応えも、虫を潰したのと同じような手応えしか感じておらず、瑞科は少しつまらなかった。
瑞科の胴回りよりも太い足が何本も転がっている。
確かに、その巨体を支えるのにふさわしい、太くて硬い異形の足だった。
炭素とカルシウムで作られた生物としては考えられない硬さで、恐らく個人が携帯出来るような火器の銃弾位は弾いてしまう強度があるだろう。
それも、今では瑞科に紙のように切り裂かれ、丸太のように転がるだけだった。
…丸太。そうですわね、丸太程度の役には立つかしら。
瑞科は特に大きな感慨は無く、異形の足の一本に背を向けるようにして立ち、そのまま足の上に腰を下ろした。
礼儀正しく膝を揃えて座り、異形の足を椅子代わりにしてみる。
硬い上に多少の弾力もあり、異形の足の座り心地は悪くない。少々血で汚れているが、彼女のボディスーツで弾かれるだろう。
「うふふ、無力な虫さんの足でも、椅子代わりにはなりますわね」
そうして異形の足に腰かけてみると、ようやく瑞科は戦闘が終わった事を実感した。
軽い満足感に浸って微笑みながら、瑞科はそのまま一休みする事にする。
2.後始末
人気が無い別荘地の洋館が、今は死体置き場と化していた。
ブーツで床を蹴る音を響かせ、瑞科が館内を駆け回っている。
走る…というよりは、飛ぶに近いステップで、一歩で数メートルの距離を跳ねまわっていた。
…後始末は、いつも退屈ですわね。
退屈なので、出来るだけ自分が殲滅した異形の死骸だけを踏むようにして、瑞科はステップを踏んでいる。
彼女に逆らう者が居なくなった後の作業、仕事の後始末は退屈だから、何か遊びを見つけなくては、飽きてしまう。
長い廊下の入口辺りに、右腕が巨大なカニのハサミのように変化した異形の死骸が転がっている。
その自慢のハサミ切り落とされ、廊下の中央辺りに転がっていた。
後で遊ぼうと思って、わざと瑞科はそういう風にしたのだ。
廊下の入口辺りにある死体の上に片足立ちした瑞科は、少し膝を曲げて勢いを付けると、廊下の中央にあるカニのハサミへと飛ぶ。
なめらかな弧の軌跡を描いて、瑞科はカニのハサミに着地する。
硬質化して、よく滑るハサミの上に着地するのは、その異形を倒す時よりも瑞科を手こずらせた。
…生きている時よりも、死んでからの方がわたくしを苦しめるなんて、さすがですわね。
瑞科は苦笑しながら、懐に持っていた板チョコレートサイズの爆弾を、カニのハサミの上に置いた。
死んで尚、瑞科を苦しめる異形への敬意である。
そんな風に、瑞科は洋館の各所に後始末の為の爆弾をセットして回った。
生きている時は虫けら程の手応えしかない異形の者達だったが、死んでからは使いにくい踏み台として、生きている時よりは瑞科を苦しめていた。
異形の死骸だけを踏み台としながら爆弾を仕掛けて回るゲームは、それでも瑞科の予定通りに完了した。
別荘地の周囲、雑木林を離れた所で、瑞科は爆弾のスイッチを入れる。
爆弾の量に見合うだけの、派手な音と火柱が上がり、洋館はもちろん、周囲の雑木林を瞬く間に焼き尽くしていった。
周囲に人気が無いと、気兼ねなく後始末が出来るのは楽で良い。
「任務達成…ですわね」
火柱を見て満足気に微笑みながら、瑞科は別荘地を背に歩き始めた。
3.報告
「手応えはありませんでしたけども、首領の方の足…座り心地は、悪くありませんでしたわ」
瑞科は、任務の感想について、まず、そう述べた。
何よりも印象に残っているのは、その事だった。
任務を終えて『教会』に帰還した瑞科は、ボディスーツを着替える事も無く、『神父』に任務の報告をしていた。
別荘地の薄明かりに比べれば余ほど明るい、教会の灯りに照らされると、ボディスーツに包まれた彼女の体のラインはよく見えていた。
神父は、出かける前と変わらず、特に疲れた様子も無い瑞科の姿を見ながら頷いた。
「よくやった…しかし、他に何か感想は無いのか?
苦労した思い出のようなものは?」
いつも、こんな調子で苦労した様子も無く帰ってくる瑞科を見て、神父は満足しながらも聞きたくなってしまう。
「感想と言われましても、虫を潰す程度の事しかしてきてませんでしたし…
強いて言えば、あそこの異形の皆さんは、死んでからの方が手強かったですわね」
瑞科は手応えの無い異形たちを思い返しながら、神父に答えた。
苦労する任務と言うのが、どういうものなのか、瑞科はよくわからなかった。
「ふむ…まあ、無事で何よりだな。次も宜しく頼みたいものだ」
「そうですわね、今日の程度の任務でしたら、今からでも構わないですわよ?」
にっこり微笑む瑞科の言葉は、決して冗談では無かった。
どうすれば苦労して任務を行えるのか、それがわからない事が、瑞科にとっては、一番の苦労とも言えた。
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