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<東京怪談ノベル(シングル)>


白鳥瑞科の日常―U





 飛び出した悪魔が振り上げた右手の鋭い爪。殺気の込められた眼光と形相。
 例えばそれは普通の人間ならば震え上がり、身体を強張らせた一瞬の間に身体を引き裂かれる事になるだろう。

 ――相手が瑞科じゃなければ、の話だ。

 相変わらずの無表情でその振り下ろした悪魔の腕を、すれ違うように抜け出した瑞科の剣が銀色の残影を残して斬り裂いた。断絶された腕が宙を舞い、悪魔の表情が歪む。瑞科はそんな事で立ち止まるつもりはなく、長く綺麗な髪をなびかせな、跳ねる身体が舞い、悪魔の真後ろで足を軸にキュっと音を立てて反転し、悪魔の背を斜めに斬りつけた。

「ガ……アァァァッ!」

 連続した瑞科の攻撃に悲痛な叫び声をあげて悪魔が振り返る。左腕を振り上げ、瑞科に向かって振り下ろした強烈な一撃。瑞科の立っていた地面を砕くが、瑞科はあっさりとそれを避ける。
 剣を構え、瑞科が駆け出した。待ち構えた悪魔の左腕を斬り落とし、左手を翳して電撃を放つ。悪魔の身体を襲った電撃が煙を立てる中、さらに瑞科が追い討ちをかけるかのように剣を振る。
 間一髪の所で悪魔が身体を逸らすが、銀閃が悪魔の腹部をかすめた。痛みに顔を歪ませたその直後、悪魔が振り返るがそこに瑞科の姿はない。周囲を見回す前に風を斬る音が聞こえ、その刃の存在に気付いた。

 ――悪魔の身体を幾つもの銀色の線が走る。

「――己が在るべき場所へとお還りなさい」

 ピッと剣を振り、悪魔の身体に背を向けて瑞科が歩き出す。その後ろで動かないままだった悪魔の身体が霧散し、そこには真っ黒な灰のような塵だけが落ちて残った。

「任務達成ですわ」

 微笑みながら瑞科が呟き、黒い塵を見つめる。


「……悪魔に魂を売った者の末路……」

 呆れたように言葉を零しながらも、憂いを帯びた青色の瞳を小さく揺らし、瑞科がブーツを踏み鳴らして再び歩き出す。まるで何事もなかったかのような静寂の中へ、乾いた音だけが響き渡っていた。



―――。






 “教会”――。
 太古の昔から存在するその組織の名を知る者は少ない。
 秘密組織としてその名を馳せる“教会”は、人類に仇名す魑魅魍魎の類や組織を殲滅する事を主な目的としている組織だ。
 世界的な影響力を持ち、各国の重鎮などはその名の下に忠誠を誓う、世界的な影響力を持った機関である。

 そこに、白鳥瑞科は所属している。

 “武装審問官”である瑞科は、戦闘シスターとして“教会”の指令を受けて任務を遂行する、そのプロフェッショナルだ。そして、数いる武装査問官の中でも随一の実力を博している。

 瑞科の任務に失敗は一度もない。全て無傷。それどころか、指一本触れられる事もなく任務を遂行している。




―――

――






 ――都内某所、教会。
 その名の通り、十字架を背負った教会の中へと瑞科が帰ってきた。
 奥へと真っ直ぐ進み、一つの部屋の前で足を止めた。瑞科がドアをノックする。

「白鳥瑞科です」
「入りなさい」
「失礼します」

 ドアノブを回し、扉の中へと入ってドアを閉める。書斎とも呼べるような大きな本棚に幾つもの本が並べられ、その先にある机には一人の男が座っていた。五十代に差し掛かろうかといった所の男性は、その顔に皺があるにも関わらず、眼光は鋭い。

「早かったな。首尾はどうだ?」
「任務は難なく成功いたしましたわ。敵組織の悪魔もろとも、殲滅完了です、司令官」
「そうか、よくやった」

 瑞科の正面に座る男は神父の姿をしているが“教会”の司令官だ。瑞科の全幅の信頼を受けている神父は、瑞科の言葉に頷いて答えた。

「あの程度の敵でしたら大した事はありませんわ」
「どんな相手にも指一つ触れさせず、返り血も浴びない。そんなキミが苦労する相手がいれば、“教会”にとっては脅威になりかねないな」
「あら、お世辞がお上手ですわね。そこまでお褒め頂くような実力かどうかは自分では計りかねます」
「謙遜しなくて良い。キミの実力は本物だ」
「フフ、有難う御座います」

 瑞科が神父の言葉に小さく笑ってそう告げた。

「また次も頼む」
「はい。それでは、おやすみなさいませ」

 優雅な振る舞いで軽く頭を下げ、瑞科が部屋を後にした。

「おかえり、瑞科」
「あら……。ただいま。こんな時間に起きていらしたんですわね」

 瑞科が神父の部屋を後にして歩き出した先で、一人の女性が瑞科に声をかけた。

「私も瑞科と同じよ。任務から帰って、報告を済ませた所よ」
「そうでしたか……。最近多いですわね」

 瑞科と女が歩き出した。
 彼女は瑞科の同僚だ。瑞科ほどの実力はないが、任務に関しては瑞科も信頼出来る程の実力者で、赤みがかった茶色のショートヘアに茶色い瞳をしている。

「悲しい話だけど、こんなご時勢だしって所かしらね。元は同じ人なのに、悪魔に魂を売るなんて、ね」
「任務に私情を挟むつもりはありませんわ。わたくしは任務とあれば、斬ります」
「まぁ、瑞科ならそうかもしれないわね。心の隙間に入り込まれないように、ね」
「自分を保っていれば大丈夫ですわ」
「さすがだねぇ。でもまぁ、任務終わったのにここを出る前と帰ってきても全く見た目が変わってない瑞科だしね」

 話している内に二人はそれぞれの自室の前へと訪れた。

「それじゃ、おやすみ」
「えぇ。おやすみなさい」
「あ、瑞科。明日休みでしょ?」
「え? そういえばそうでしたわね……」

 同僚の女性の声に瑞科が思い出したように呟いた。

「買い物に行かない? 駅の近くに大きいショッピングモール出来たの知ってるでしょ?」
「知ってますけど、買い物ですか?」
「たまには羽伸ばそうよ」
「……そうですわね」

 瑞科がクスっと小さく笑って返事した。

「じゃあ明日のお昼前ぐらいに声かけるから、ちゃんと待っててね」
「えぇ、解りましたわ」
「んじゃ、おやっすみー」
「おやすみなさい」





―――。




 簡単なシャワーを浴びて、瑞科がタオルで頭を拭きながらバスローブを着て椅子に座った。きゅっと締められたバスローブの帯が、身体のラインを引き立たせる。
 ふうっと小さくため息を漏らし、外を見つめる。

「……お休みにお出かけなんて、まるで普通の女の子ですわね」

 まだ乾ききっていない髪をタオルから解放し、鏡付きの化粧台の前でドライヤーを使って髪を乾かしながら瑞科は微笑みながら呟いた。
 普段は休みでも何だかんだと教会の中で礼拝したり本を読んだりと、特別出掛けるような事も少ない瑞科だった。買い物も必要なものを買うだけの簡単な買い物。
 しかし、そういった普通の生活が嫌いな訳ではない。

「――たまには、良いかもしれませんね……」



                                     to be countinued...