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<東京怪談ノベル(シングル)>


白鳥瑞科の日常―V






 ――翌朝。
 教会の朝は早い。休みであってもその例外ではない。
 朝食を済ます前に朝の礼拝を行い、朝の食事を済ませる。その中に瑞科の姿もあった。
 任務で外へと出る時以外は至って普通の修道服に身を包んではいるのだが、その鍛え上げられた身体と豊満な胸は、スタイルを表しにくい修道服であっても目を見張る。周囲の修道女ですら瑞科の胸には目が向いてしまう程だ。

「おはよ〜、瑞科……」
「あら、朝の礼拝で姿を見なかったものですから、てっきり任務に出ているものかと思ってましたけど?」
「あっははは……、寝坊……しちゃってさ」
「フフ、見れば分かりますわ」
「へ?」
「まだ顔にシーツの跡が残ってますわよ」
「げっ、ホントに!?」

 朝食を運び、瑞科の向かいに座った同僚の女性が顔を撫でてシーツの跡を確認すると、そのまま俯いた。

「やっばー……」
「任務明けの武装査問官の翌朝の礼拝の欠席は一応許可されていますわ」
「そういう問題じゃないんだって……」
「……?」

 同僚の女性が瑞科の言葉に思わず首を傾げた。



 食前の祈りに、手を合わせて目を閉じ、「それでは、いただきましょう」と声をかけた神父の合図に合わせて食事を始める。

「瑞科。今日の約束、憶えてるわよね?」
「買い物、ですか?」
「よしよし」
「何を買うのです?」
「何を、って。服とか色々とねー。季節が変わると必要になるでしょ?」
「……?」
「瑞科はそういう事もない、か。あんまり出かけたりもしないもんね。とにかくさ、お昼前には外に出るから、洋服に着替えてね」
「えぇ、分かりましたわ」

 食事をしながら談笑するのは教会内では許されていない。その為こうして、二人は小声で口元をあまり動かさずに会話していた。






―――。





 この日は秋には珍しく、かなり気温が高い晴天だった。
 部屋で普段着ない洋服にさっさと着替えた瑞科が、隣の部屋で暮らしている同僚の部屋へと向かった。
 シスター服とは違い、ジーンズに靴。上着はタイトな白い七分丈のブラウスと黒いインター。一般的に見れば色気もへったくれもないと言いたい所だが、部屋から出てきた同僚がジトっと瑞科の胸を見つめる。

「……凶器ね」
「え?」
「あーぁ、着飾らなくても良い身体は羨ましいな。私も瑞科ぐらいの胸があれば戦闘服もっとカッコ良く見えるのになぁ」
「邪魔なだけ、よ」
「へいへい、勝者の発言ですねー。ま、いこっか」
「えぇ」




 教会を後にして二人は駅前のショッピングモールへと訪れた。
 バスの中も道を歩いている最中も、瑞科の立ち振る舞いとそのスタイルの良さに周囲の人々は誰もが振り返ったり横目で見たりと、瑞科の同僚もまたその周囲の視線に辟易としている。

「凄いね、瑞科……」
「何がです?」

 ショッピングモールの入り口の自動ドアを抜け、エスカレーターに乗り込む瑞科に向かって同僚が振り向いた。

「だってさ、そんな色気もない服装で周囲からの視線は集めるし、振る舞いは品があるし。なんか怖いものなしって感じ」
「そうですか?」
「そうだよ。住む世界が違うっていうか、さ」
「そういうものかしら?」
「あ、あそこいこ」

 エスカレーターを上り、近くにあった洋服屋へと向かって歩いて行く。
 このショッピングモールはそれなりに有名なお店が名を連ねている。瑞科はあまりそういう事にも興味を抱かないが、同僚によると、週末や休日は混雑していて大変らしい。
 この日は平日という事もあり、人もまばらだ。だからこそ、とでも言うべきだろうか。瑞科に視線を奪われて立ち止まる人も多い。

「瑞科、これは?」
「派手過ぎではありませんか?」
「そうかな? 瑞科なら似合うと思うんだけど……」
「せっかく選んでも、普段は滅多に着ませんからね」
「それは瑞科ぐらいだよ。まったく、私と同い年なのに、何でこう遊んでやるーとかっていう若いパワーがないのかなぁ」
「いつ如何なる時でも、わたくしは――」
「――あ、じゃあこれは?」

 瑞科の言葉を遮って他の服を瑞科の前に差し出す。「うーん」と唸って棚に戻すあたり、イメージ通り、とはいかなかったらしい。






「買ったぁー」
「買い過ぎじゃないかしら……」

 満足げな同僚に、呆れたように瑞科が声を漏らした。
 結局二時間近くモール内を散策し、買い物に付き合わされる形となった瑞科は、ようやくの昼食に、とモール内にあるレストランを訪れて一息ついていた。
 個室タイプに仕切られた一室で二人はメニューを見つめていた。


「任務がない時ぐらい、こうしてゆっくりするのも大事だよー。それに、今回の任務はちょっと……」
「何かあったのですか?」
「……瑞科、悪魔との契約をする人に共通する事って何だと思う?」
「共通する事?」

 瑞科が不意な問いかけに驚いたように尋ね返した。

「私さ、悪魔と契約する人は、何かを欲しがる人だと思うんだ。今以上の何か、とかさ。それは勿論人間だから、そういう欲って消えたりはしないと思うけど」
「欲、ですか……」
「うん。私は瑞科みたいにスタイルも良くないから、服を着飾って綺麗でいたいって思ったりもする。でも、まだ足りないって思う。いつもそう」

 同僚の言葉に、瑞科が小さく笑った。

「わたくしも、何も完璧ではありませんわ」
「そんな事――」
「――ですが、わたくしは自分に誇りを持っています」
「誇り……?」

 瑞科の言葉に、同僚の女性は思わず口を開けたまま瑞科を見つめた。

「えぇ、誇りです。仕事にも自分に対しても、誇りがなければ折れてしまいそうになる事もあるでしょう。ですから、わたくしはこの心が決して折れる事がないように、強く自分を持とうと心掛けていますわ」

 目を閉じていた瑞科が、その青い瞳を薄らと覗かせて同僚を見つめた。

「何があったのかまでは分かりませんが、貴方は綺麗ですし、実力もわたくしは知ってますわ」
「瑞科……」
「不安にならない、という事はありません。そこまではわたくしも自分を驕ってはいませんが、それでも折れない自分を持つ。わたくしが、いつも自分の中で言い聞かせている事ですわね」

 同僚にとって、瑞科のこの言葉は意外だった。
 いつも完璧な立ち振る舞いと仕事。完璧過ぎるその容姿に加え、優しい性格。そんな完璧な人間が、不安になる事はないのではないか、と自分の中で勝手に解釈していたのだから。
 しかし目の前にいる白鳥瑞科は、凛と強く在ろうと心がけ、それ故にこんなにも揺るがないのだ、と気付かされた。

 そんな瑞科を見て、同僚が安堵したように小さくため息を漏らした。

「……ありがと、瑞科」
「……?」
「瑞科の事、実は機械か何かじゃないかなって勝手に見てたけど、そうじゃないんだね」
「……わたくしも、決して完璧にはなれませんから」
「さ、何にする? 早く頼もうよ」
「えぇ」

 こうして、このいつもと違う瑞科の休日は過ぎていくのだった。




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