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<東京怪談ノベル(シングル)>


●審判の代行者(1)

「でも、瑞科はいいよね。タイトスーツにタイトスカート。体形に自信がなきゃ着れないよ!」
 白鳥・瑞科(8402)へと声をかけた同僚も、筋肉で引きしまった足を惜しげもなく出したファッションだ。
「女は見られて、綺麗になりますわ」
 くすっ、と笑みを零した瑞科に、同僚も笑って返した。
「確かに、それはあるかも――って、瑞科、呼ばれてる」

『武装審問官。白鳥・瑞科様――至急、司令室へ』

 任務に、鼓動が高鳴るのが分かった。
 タイトスーツとタイトスカートの姿そのままに、瑞科は司令室へと足を向ける。
 細く長く伸びた、白い足と女性らしさを保ったヒップライン。
 細くくびれたウェストと、豊満だが綺麗な曲線を描くバスト……羨望の視線を集めながら、彼女は足を止めた。
「失礼致します」
 司令室には、司令官である神父が腕を組んで待っていた。

「今回のものは、大規模になる。悪魔崇拝教団について、情報は入っているかね」
「ええ、噂程度には存じておりますわ」
「情報部が尻尾を掴んだ、まずはそこを壊滅して貰う」
「お任せを」

 主のご加護があるように、と神父の祈りを聞きつつ司令室を後にする。
 優秀な司令官である彼の神父は、瑞科の力量を信じてこの任務を任せたのだ。
 期待に応えなければ、と強く思う。

 自室に戻ると、新しい戦闘シスター服へと手を伸ばした。

『戦う白鳥さんが、孤独にならないように』

 そう、書かれたメッセージカードは瑞科の目の付く所に置いてある。
 少しだけ眺めてから、ゆっくりと服を脱いでいく。
 部屋の明かりの下で、肌理の細やかな身体は陶器のような滑らかな艶を帯びていた。
 呼吸のたびに胸が上下し、あくまでゆっくりとタイトスーツを脱ぐ。
 純白の下着だけの姿になると、服が皺にならないように畳む。
 動くたびに、鎖骨の縁がが、肘のくぼみが甘いミルクのような色を浮かべる。
 そして瑞科は、身体にピッタリとフィットする、腰下まで深いスリットの入った戦闘用シスター服を纏った。
 至るところにレースのあしらわれた戦闘用シスター服、ベールを被り、布の手袋と革製の手袋をはめる。
 コルセットはウェストのくびれを強調させ、穢れる事を拒絶する誇り高い乙女であることを仄めかしていた。
 編みあげのブーツを履き、ロザリオを身につける。
 帯剣すれば、気持ちも引き締まるのがよくわかった。

「白鳥・瑞科。必ず、任務達成して見せますわ」

 桃色の唇が紡ぐ言葉は、勝利を確信した強気な言葉――それを事実にするのが、白鳥・瑞科と言う女性だ。
 長い髪を靡かせ、司令室で聞いた情報を思い出し彼女は、現場へと急いだ。



 カツカツカツ、とブーツを靡かせ向かったのは、以前は大きな教会であった場所。
 今はうち捨てられ、十字架は錆び切ってしまっている。
 神にすら顧みられなくなった場所に、悪魔崇拝の教団は存在していた。
 迷うことなく、地下へと向かう。

「真の神。大いなる力の持ち主、地獄の主よ。その力を我に与え給え、我が呼びかけに応えよ、速やかに……」

「随分と、楽しそうな事をしていらっしゃいますわね? わたくしも、参加して宜しいかしら?」
 蠱惑的な微笑みを浮かべた瑞科は、チラリと魔法陣の中に横たわる哀れな犠牲者へと短い黙祷を捧げる。
 肉体から離れた魂は、神の許へと召されているのだろうが――確かにその犠牲者の、礼を聞いた気がした。
 間にあわなかった……と悔いる瑞科だったが、少しだけまなじりを和らげる。
「人の命を弄び、神を冒涜し、悪魔にひれ伏した罪により、此処にいる全員――死んでいただきますわ」
 厳かな審判、まるでそれは終わりの時に訪れる笛の音。
 だが、愚かな者は気付かない――。
「グレモリーか? おお、地獄の麗しき公爵夫人よ――!」
 感極まった教団員の言葉を、無言の一突きで黙らせる。
 麝香と硫黄の不快な臭いが立ち込める儀式の間に、醜悪な甘さを持つ鉄錆の臭いが混じる。
「……違う、違うぞ! 銃を構え!」
「させませんわ!」
 ハッとして叫んだ教祖の言葉に、銃を取りだした教団員……だが、瑞科はその圧倒的な能力で銃弾をかわし、一気に肉薄。
 一閃すると銃身を斬り捨て、返した剣で鳩尾に柄を叩きこむ。
 胸骨が粉砕され、血を口から流しながら崩れ落ちる教団員――血が、黒い服を染め上げた。
 後背からのメイスによる攻撃は、蹴りで弾き飛ばすと同時に反転、その喉を抉る。
 切っ先が触れる、切り裂く、血が噴き出す。
 激しく噴き出した血が瑞科に降り注ぐも、シスター服は高貴な白のまま、汚れる事を知らない。
「な、なんだ……この女は!?」
 フルオートのサブマシンガンが激しく火を噴いたが、瑞科は踊るようにかわす、タタタ、とまるでフラメンコでも踊るかのようなヒールと床のぶつかる音。
 ゴロリ、と転がった魔術具、死者の手は『次はお前だ』とばかりに一人の男を指差した。
「新たな生贄になりそうですね――」
 ニヤリ、と下卑た笑い声を浮かべた男、死者の手に指示された事も気づかず、首と胴が分かれた。
 壁にぶち当たり、コロリと一回転して落ちた首は驚愕に目を見開いたままその動きを止める――恐らく、本人は絶命したことすら気付かなかっただろう。
 それは、悪魔が地獄から差し伸べた気まぐれな優しさだったのか……それとも、情けを乞う暇すら与えぬという無慈悲だったのか、それは分からない。
 首を一閃して見せた瑞科は、若々しい桃色の唇に蠱惑的な笑みを湛える……そして、重力から解放されたかのような跳躍を見せた。
 銀色の刃は鋭く閃き、空間を抉り教祖に肉薄する――教祖様! そう言って飛び込んでくる教団員の胸を貫く銀の剣。
「おお、真なる神よ――!」
 跪き、恐れの表情で悪魔へと、
「神の名を騙り、そして人の命を弄び、悪魔に跪く」

 カツカツカツ、と響き渡るブーツの音。
 それは裁きの天使、ミカエルの化身の様な誇り高い美女のもの――だが、そこに聞こえるのは死の天使の足音だった。
 絶望が音と共に忍びより、心に巣食っては侵食する……紛うこと無き悪魔の好むもの。
 悪魔と人間は決して、理解し合う事はないだろう――掠奪者は掠奪される者の気持ちなど知らぬのだ。

「その罪がどんなに重いのか……神に代わり、わたくし、白鳥・瑞科が裁きますわ」

 声は勿論の事、その空気の振るえさえ輝き、祝福しているかのようだった。
 明確な意思を以って告げられたその言葉、神聖さで言えば、教徒の歌う讃美歌のよう。
 青い瞳が、一つの影を射抜く……暗く、淀んだその影。
 狂気に取りつかれた、濁った瞳と瑞科の澄んだ瞳がかち合う。
 ただ一人、立っている者。

 ――みしり、みしり、教祖の中で憎悪が増していく。



<審判の代行者(1) 了>