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<東京怪談ノベル(シングル)>


●審判の代行者(2)

 教団員達が散った中、教祖を中心にするかのように輪が出来ていた――そう、教団員達の死体の山だ。
 教祖の瞼がヒクヒクと痙攣し、ギリギリと歯ぎしりする音が響く。
「このような、小娘一人に――!」
「ええ、小娘一人に、滅ぼされますのよ」
 黒いローブを纏う教祖の身体から、憤怒の炎が立ち上る……まずい、と瑞科は剣を一閃させた。
 だが、流石の瑞科も精神界と物質界の隔たりを超える事は出来ない。
 それは教祖により受けとめられ、鍔迫り合いを起こし、瑞科は一旦バックステップで下がる。
 いつの間にか、硫黄の臭いが強くなり瘴気が溢れだす。

 ――目の前の教祖、否、『だったもの』は土気色の唇をべロリと肉厚の舌で舐めると、両手を広げて瘴気の塊を放とうとしていた。



 突如、教祖『だったもの』の肉体が、内側からの圧力によって破裂した。
 飛び散る肉片をかわし、或いは切り裂いて白鳥・瑞科(8402)はその青い双眸で見据える。
 栗色の長い睫毛が、一瞬、憂うかのように伏せられた後、気丈に持ちあがった。
 凛とした光を湛え――そして、稲妻のような速さでその場から飛び退る。
 音速を超える不協和音を放ち、先程まで瑞科がいた場所には小さなクレーターが出来ていた。

「逃げるだけか、小娘!」

 部屋全体に響き渡る、低くしゃがれた声……聞いているだけで常人ならば、吐き気を催し、或いは発狂していただろう。
 決して、瑞科も聞いていたい声ではないが――新しいシスター服のお陰か。
 或いはその折れる事のない心故か、または、その両方の要素によって正常な状態を保っていた。
「他人を盾にしておいて、良く言えますわね」
 溜息が一つ、落ちた。
 不快そうに震える、目の前の肉の塊――最早、そうとしか表現できぬ程にそれは醜悪だった。
 動くたびに硫黄の臭いが強くなり、ぶるぶると腫瘍が震える。
 爪と牙は黄色く変色し、やたらと尖ったその異形は瑞科へと肉薄、爪を奮う。
「その肉を裂いて、ぶちまけてやる!」
「何処を、見ていらして?」
 ガン、と天井に突き刺さった爪、異形を踏みしめ、その爪へと剣を奮った。
 グキリ、と鈍い手ごたえと共にぐずぐずと崩れ落ちる爪。
 それは瑞科の服に触れるよりも早く、四散し消える。

「それとも、見えていらっしゃらないのかしら?」

 髪を掻き揚げれば、長く伸ばされていながら枝毛一つない髪がふわり、と揺れた。
 白魚の様な手に握られた剣を構え、向かってきた腕の一つを一閃。

「ハッ、ただの肩馴らしに決まっているだろう!」

 ゴトリと落ちた腕は、ビキビキと指を動かしながら床を這いまわる。
 黒く濁った液体が、床に書かれた悪魔召喚の魔法陣を汚し、汚臭を放った。
 そして一定の場所まで瑞科に近づいたかと思うと、いきなり爆発する。
 飛び退った瑞科を、別の腕が追いかけ、鋭い爪が迫りくる。
 瑞科はトトト、と腕と爪を蹴飛ばし、宙を自在に駆けては避け、自分の身体に触れる前に円を描き断ち切った。
 重力に従い、自分に落ちてくる前に剣を振るい、その反動で落下地点から回避して見せる。
 異形は痛覚など無いのか、じわりじわり、と黒い液体を滴らせながらにじり寄ってきた。
 目を背けたくなるような醜悪さ、そして断ち切られた爪が再生し始めている事に、瑞科は気付く。

(「この場所にいれば、常に再生できるという事ですの――?」)

 言わばこの場所は地獄とまではいかないが、悪魔に魂を売り渡した異形とって好都合な環境だろう。
 悪魔召喚の魔法陣に数多の死体、汚らわしい魔術具達、人毛のタペストリーと黒鏡。
 神を冒涜する為だけに作られた部屋は頑丈な作りをしている、だが、瑞科にとって破壊するのは容易い。
 ――とは言え、この強い瘴気を放出する気にはなれない。
 誰しもが瑞科のように強くはない、本当に強い者である瑞科は、そのことを十分に理解していた。
 溜息を吐き、死者の手を爪先で蹴飛ばす。
 くるり、と動いた死者の手の指が指し示していたのは……。


 ――愚者。




 愚か故に罪深いのか、罪深いが故に、愚かなのか――。
 それは誰にもわからない、ただ一人、神を除いては。
 だが、少なくとも聡くあろうとすることは出来る……今の瑞科のように。

(「再生し続ける……再生を上回るスピードと力で、攻撃しましょうか」)

 それも可能だろう――だが、聡い者は総じて尤も効率的な手段を知っている。

(「魔術具……」)

 瑞科が床に向かって剣を突き立てた、死者の手がぱっくりと割れ、青白い肉を晒す。
 続いて叩きつけたのは、黒鏡だ。
 悪魔と地獄を繋ぐ、一つの道筋、それを断ち切る。
「う、うぅぅ――ぐぁっ!」
 ぼこり、と肉腫が蠢く、異形の動きが目に見えて衰えると共に、瘴気が少しずつ弱まっていく。
 ――力を貸した悪魔との繋がりが絶たれ、魔力の供給を受けられなくなったのだ。
「さあ、裁きの時間ですわ!」
 タン、と軽やかに床を蹴った瑞科、襲い来る腕を切り裂くと一直線に向かう。

 異形の中心部へ……。

 聖なる銀が、異形を突き刺し壁に縫いつけた。
 シュウシュウと音を立てながら、異形の身体が破壊されていく。
 再生より死滅が上回ったそれは激しく抵抗したが、やがて力を失うと、ガクリと崩れ落ちた。
 無数の蠅の集まりになり、そして――静かになった。

 ……任務達成の高揚感、それを味わう。
 そしてそれにしても、と傷一つ、シミ一つないシスター服へ視線を向ける。

(「新素材の服……素晴らしい出来ですわ」)

 彼女は白い指先で純白の戦闘用シスター服を撫で、口元に笑みを浮かべるのだった。



 凱旋した瑞科を待っていたのは、教会の神父だ。
 早い帰りに、また腕を上げたな……と、でも思っているのだろうか?
 その笑みには、満足そうなものがあった。

「教祖を始め、教団員は全て壊滅。異形も送り返しましたわ」
「御苦労、本当にきみは強い」
「ええ、弱い敵でしたわ……口ほどにもない」
「瑞科の強さは、武力だけじゃない――そう言えば、新しい服はどうだった」
「大満足ですわ。着ていて、守られている気がしますの」
 その言葉に、神父は自分の事のように嬉しげに笑った。
「今回よりも、もっと小さい悪魔崇拝教団である『セクト』と呼ばれる教団を、教会の情報部が内定して拠点を捜索している」
 そこの殲滅が、次の司令になるだろう、と神父は告げた。
 瑞科の瞳に、任務へ向ける喜びの色が宿る。
「早く見つかれば、いいですわね」
「ああ、更に被害が出る前に……もう退室してよろしい」
「では、失礼いたしますわ」
 次も頼む――と神父の声が追いかけてくる。
 退席の辞を述べ、任務達成の高揚と次の任務へと思い馳せ、瑞科は司令室を退室したのだった。



<審判の代行者(2) 了>