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VamBeat −Unison−
久方ぶりの残業に、外はもう真っ暗。本性は異世界の存在だと言っても、この世界で職を持っている以上、事務作業というものは存在するわけで、セレシュ・ウィーラーとて例外ではない。カルテの整理だの、売上の計算だの、その他諸々。
トントンと、ゲンコツで肩を叩きながら家路へと急ぐ。
―――ドン!!!
「!!?」
突然の爆発音。
セレシュは足を止め、ゆっくりと粉塵が舞う方向へと視線を向けた。
何か光りの玉のようなものが飛び、少女が跳び去った足元に落ちる。光りの玉だと思ったそれは、地面にめり込んだ瞬間ただの銃弾へと変わり、何かしらの力を纏わせているのだと分かった。
しかし、
(うわ、またかいな)
セレシュは思わず近くの電信柱の影に隠れる。
襲った方も、襲われている方も、どちらもセレシュには見覚えがある。それどころか少女の方など、3度目だ。
先日と違い、銀髪に赤眼の彼女は、ぐっと腹部を押さえている。黒髪の時と違い、服に血が滲んでいた。
(ここまで来ると何かの縁なんやろな)
セレシュは粉塵と弾幕が止んだ隙を突き、少女と青年の間に割り込んだ。
「あなた…!」
少女――セシルの瞳が驚きに見開かれる。
「とりあえず殺し合いとかやめへん?」
銃弾を構えたままの青年神父をセレシュは真直ぐに見つめる。
「殺し合い、ですか?」
神父は確認するように言葉を区切って、逆に問いかける。
「せや。いくら吸血鬼かて、ひっそり静かに行きとるなら狩る必要ないやろ」
「貴女には関係の無いこと」
言葉と同時に放たれる弾丸は、先ほどと同じように光属性の魔法が付与され、効果範囲を格段に広げている。
「っ…!」
セレシュはいきなり後から服をつかまれ思いっきり引っ張られる。体勢を無理矢理崩され、地面に頭がつくギリギリで、セシルに支えられ、尻餅を着く程度で済んだ。が、そもそも服を引っ張ったのはセシルだ。
「庇うというのですね?」
どこか先ほどの声音よりも明るさのようなものが見て取れる。けれど、その明るさは必ずしも良い方向ではないが。
「おおきにな」
防御の魔法が使えるため、実際はわざわざ避けずともきっと大丈夫だっただろうが、セシルが起こした行動に、セレシュは短く礼を言う。そして、服を掴むセシルの手をそっと自分の手で包み、神父を見た。
「輸血パックとかあまり迷惑かけない生き方もあると思うんよ! それともセシルは狩られる様な生き方しとるん? 話を聞いてる限りそんな感じは―――」
「違うの!」
言葉に否定を挟んだのは、神父ではなく、セシルだった。
まさか、セシルが反論してくるとは思わずに、セレシュはきょとんと眼を瞬かせる。
「何が、違うん?」
小首を傾げたセレシュに、セシルは大きく首を振る。
「そういう事じゃ無いの」
「思い違いも甚だしいですが――…」
そして、2人同時に言葉が発せられ、どちらもその声に気付き、言葉を噤む。
はぁとため息を着いたのはセレシュだ。
「やっぱり2人は昔からの知り合いなんやろ。神父さんかてセシルがそういう性格やない事を知ってるんとちゃう?」
ガチャリと、大仰に弾を装填し直した音が響く。
「貴女の言う通り。私はセシルを狩りましょう」
「ちょっ! なして、そうなるんや!!」
少しは状況を話してくれそうだと思ったのに!
「戦闘以外で解決方法ないんかいな!」
「戦闘しているつもりはありません」
確かに、神父が一方的にセシルを追いかけている状況を戦闘と呼んでいいものかどうか疑問が残る。だが、神父が口にした言葉は、そんな表面上のものではなく、全く別の意味を孕んでいるような気がして、セレシュは叫んだ。
「なら、この状況はなんやって言うんや!」
もし、あえて言うとするならば、一方的な暴力。
「私はいいから、逃げて!!」
「そないな事できるかいな!」
このまま離れれば確実にセシルは死ぬ――とは断言できないが、重傷を負うだろうことは嫌でも分かる。
「なしてこないな事になったのか、理由だけでも教えてくれたってええやろ!」
「貴女には関係の無いこと」
「それしか言えんのか!!」
止めた時と同じ言葉を言われ、セレシュはきっと眉を吊り上げる。
確かに関係はないだろうが、それでも2人に遭遇してしまっていることを偶然で片付けるには、浅からぬ縁では無くなってしまっている。
セシルはやはり神父に向けて、一切の敵対心を見せない。ただ、攻撃を避けるのみ。ここは、やはり逃げるしかない。
光りは自分の属性に近いものがある。単純に考えれば吸血鬼は闇の眷属である。あの神父は、属性を考えた攻撃をしているのだろうか。
が、そんな悠長な事を考えている暇はない。
打ち放たれる銃弾は、相変わらず光魔法を纏ったものだ。そもそも神父が魔法なんて邪道じゃないのか!
セレシュは防御の結界を作り出し、その弾丸を弾く。
弾いた弾丸が地面から土埃を巻き上げ、眼くらましの効果を生み出すことを期待して。
そして、追加とばかりに神父に足止めの魔法をかける。
「逃げるで」
セシルの手を引いて、セレシュは走った。追いかけてくる気があるとしても、それなりに時間を稼ぐことは出来たはずだ。
だが、前セシルが言っていたことが今も有効であるならば、神父は深追いしてこない。
「人間に戻るんや。そうすればその傷の血も止まるんやろ」
セレシュに言われたとおり、セシルは眼を閉じる。そのまぶたの動きに合わせて銀髪が黒髪へと変化していった。
一度流れ、染み込んでしまった血を消すことは出来ないが、やはり黒髪の姿に戻ると、血が全く流れなくなる。
「セシル。その傷治す気はあるん?」
「でも、治すには――」
「言うたやろ、輸血パック。伝手で手に入らんことないし」
無理だと言うような声音が混じったセシルの言葉を、被うように、セレシュは言う。
「でも…」
「まぁなんや。普通の人かて、大怪我すればお世話になるんや。セシルかて、同じと思えばええんとちゃう?」
その言葉に、一度瞳を大きくして、セシルはふっと息を吐く。
「そうやって割り切れたら、本当に楽ね」
数えるほどしか出会っていないけれど、それなのにここまで自分の事を考えてくれることが嬉しくて、セシルの顔に、ほんのりと笑顔が浮かぶ。
「そのための血だとしても、自分から欲しいって言ったら、私きっと……」
本当に吸血鬼になってしまう。そう続きそうな言葉を吐き出すことが出来ず、セシルは俯く。
「無理にとは、言わんよ。ただ、このままで良いわけない」
人の姿であるならば、血が流れず、穿たれた傷口だけで致命傷にはならなくても、神父が居て、彼から逃げようとする限り、セシルは人から吸血鬼へと変化を余儀なくされる。そうすれば、この傷口は一気に致命傷へと変化する。
もし、本当に傷を治して欲しいと思うなら、きっと、無理矢理に血を飲ませるしかないのだろう。
例えそれによってセシルの信頼が落ちようとも。
「なあ、教えてくれへん? 何が、違うんや?」
セシルは一度顔をあげ、セレシュを見る。そして、流れるように視線を外し、口を開いた。
「彼が私を追いかけているのは、神父としての務めじゃないから」
「なんや、私念かいな」
それは確かに、セレシュは関係ないし、戦闘でもない。
とは言っても、行動が少々苛烈すぎる気がしないでもないが。
「それなら尚更、話し合いでも解決できそうなんやけどなぁ」
何が神父を衝動に駆り立てているのだろう。
セレシュは首を傾げる。
漆黒の夜の中で、月だけが眩しいほどに輝いていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【8538/セレシュ・ウィーラー/女性/21歳/鍼灸マッサージ師】
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■ ライター通信 ■
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VamBeat −Unison−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
ただの吸血鬼とそれを追う聖職者ではない、2人の本当の関係性が徐々に見えてきたような感じになってます。
それではまた、セレシュ様に出会えることを祈って……
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